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04 ユノ

「ようやく私の番か」


『って言ってるけど、ボクに話をさせるつもりなんだけどね』


「いや、その方が助かる。ユノの言うことはよう分からん」


『ボクにも分からないことだらけで、推測も結構入るよ』


「それでもヒントになりますし、ユノの理論よりは分かりやすいはずです」


「あれ? 何だかいきなり風当たりが強くない?」

 全く否定できる内容ではなかったけれど、そんなに私をディスるような前振りは必要無いと思って抗議してみる。

 ディスるにしても、少しはオブラートに包んでほしい。



「じゃあ、試しに心臓刺されても平気な理由言ってみなさいよ? あれは吸血鬼でも死ぬわよ?」


「平気じゃないよ。死ぬほど痛かったよ?」

 痛いだけで死にはしないけど。


「『痛かった』で済んでる理由を訊いてるんだぞ?」


「うーん……? 心臓の役割って血液を循環させるポンプじゃない? それで、血液を循環させる理由は酸素の供給だよね。けれど、私は気合で呼吸を卒業しているから、心臓も動かす必要が無い。だから心臓を刺されても平気」

 こんなことは考えなくても分かることだと思うのだけれど。

 せっかくだから、もう少し補足しておこうか?


「それに、目で見なくても気合で見えるし、この分だと脳が無くなっても気合で平気かもしれない。それに、性別や種族が変わったり耳とか尻尾とか生えたりしても、私が私であることは変わらないでしょ? だったら剣が刺さっても私は私じゃない?」


 あれ?

 間違ったことは言っていないはずなのに、なぜか私を見るみんなの目が冷たい。


「すみません、努力はしてみましたが……、確かにそのとおりなんですけど、いろいろと大事なことが抜け落ちている気がします……」


「儂にも、お主が何を言っておるのかさっぱり分からん」


「やっぱりこうなるわよね」


「心臓より頭の方を心配したくなる回答だな。それと、血液の役割は他にもいろいろあるぞ?」


「あれ? 分かりにくかった? というか、刺した本人がそんなこと言う?」


 ここにきて、一周回って気づいた事実。

 やはり気合とか気持ちは大事。


 私の出す料理やお酒も「美味しくな〜れ」と念じて出した方が美味しいのだから、これ以上の証明はないのだ。


「それは悪かったと思ってるけど、俺の神剣だって変質して『殺神剣』になってるんだぞ? ってか、お前は本当に何を言っているんだ?」


「それは私のせいじゃない。私は被害者」


「それで、朔よ。結局どういうことなのじゃ?」

 埒が明かないと思ったのか、ミーティアが話の矛先を変えた。

 なぜ分からないかなあ?


『さっきも言ったけど、ボクにも分からないことが多いから、分かってることからひとつずついくね』

 朔まで……。

 分かりやすいと思うのだけれど……。



『まず、ボクとユノは、本質的には「種子」と呼ばれる存在。それと、もう知ってると思うけど、この世界のシステムも種子』

 いや、私は人間だよ?

 あるいは種子かもしれないけれど、ある意味ではみんな種子なんだよ。


『ひと言に種子っていっても、性格とか性質はバラバラ。ボクは解析と再現が得意だけど、基本的に直接干渉できるのがユノを通してだけ。システムの効果が落ちる新月の夜には実体化できるけど、それはつまり、ボクがシステムより領域の構築能力が低いってことだろうね。そのシステムは、君たちに利用されることに特化してる万能型。矛盾した言い方だけど、効果範囲――というか領域の広さと持続能力、安定力はちょっとボクらには真似できないレベル』

 私の知らないところでいろいろ調べているんだなあ。


『それで、肝心のユノなんだけど――まず、君たちの目に映ってるユノだけど、それはユノの一部とか水面に映った影というか、君たちの概念で認識できるユノの姿なんだ。君たちの目に映るそれそのものは人間だから、破壊することも可能なんだけど、鏡に映る像を壊しても本体には影響が無いように、ユノの本質からすると「肉体や魂や精神が破壊されても直せばいいよね?」程度のものなんだと思う。それが、心臓を破壊されても死なない理由』


 なるほど、そういう理屈なのか。

 つまり、どういうこと?


「つまり、それは不死とか不滅ということでしょうか?」


『いや。みんなも迷宮の種子を見たよね? あれは欠片だけど、ボクらもいずれは魔素を放出し尽くして消滅するんじゃないかと思う。君たちの認識では無限にも思える時間かもしれないけど、一応は有限。とにかく、生死の概念が君たちと違ってるとでも思ってもらえればいいよ。もちろん、この世界の概念でもユノを殺す方法はある――最も簡単な方法はユノから全ての魔素を奪うことだけど、世界の種子ってキーワード、魔素を生み出すこと、世界を改竄――創造する能力を持ってるって考えると、思いつくものがあるよね』


「世界樹、ですか?」


「世界樹――創世の樹の魔素を奪い尽くすなど、不可能じゃろ」


『世界樹を資源のひとつとして考えれば、人間とか――知性のある生物に、奪い合いの対象にされたり、大勢で時間をかけて食い荒らされれば涸れるんじゃないかな? ボクたちには自我があるからそう簡単にはいかないけど、システムがそうなっていないのが不思議――ああ、この世界の人はそういう認識をしていないのかな? それで、その事実に辿り着く可能性のあるボクたちを排除したい? そう考えると辻褄も合うのか――ゴメン、この話は忘れて』


「もう遅いよ……。でも、考えてたのは精々がシステムの有効活用くらいで、独占できるものって発想はなかったな」


「空気や魔素と同じで、あって当然のものでしたからね」

 うーん、確かに私は不死でも不滅でもないとは思うし、魔素を奪われ続ければ弱体化するのも事実だと思うけれど、魔素なんて気合でいくらでも出せるものだし、それで枯渇するというのは少々考え難い。

 朔も少し勘違いしているようだけれど、魔素は確かに有限だけれど、魔素の素――というか、本質はある種の無限なんだよ。


 そもそも、みんなとは「死」というものについての考え方が、根本的に違うような気がする。

 とにかく、天使の態度はそんな感じではなかったようにも思うけれど、結果として口封じにもなるし、そういう意図を含んでいたことは否定できない。


 つまり、私と接触しているアイリスたちも安全ではないのかも?

 恐らく、下手にそういう行動に出なければ大丈夫だとは思うけれど、万一の備えはしておいた方がいいかもしれない。


『とにかく、天使との戦いの時にボクがユノを止めなかったら、本当にそんな存在になってたかもしれない。まあ、ギリギリで止めたせいで、全能には程遠い能力に落ち着いちゃったんだけど、それでもユノが元どおりの自我を持ち続けているのはすごいことなんだ。しかも、歪な形ではあるけど、本来の能力を活用していることがまた驚きだよ』


「それが世界の改竄ってやつ?」


『うん。――といっても、世界の改竄は、君たちも多かれ少なかれやってることだよ。過程の省略と言い換えてもいいかもしれない。魔法を例にすると、呪文の詠唱と発動の間に、本来あるべき物理現象とかが省略されてるでしょ』


「――確かに、火の玉や矢なんかが段階をいろいろすっ飛ばして出てくるのを不思議に思ったことはあったけど……。結局、ある程度プロセス飛ばさないとトロくて実戦には使えないし、そんなに深く考えたことはなかったなあ」


『それと、魔法って自分の身体から離れた場所にも出せるのに、敵の体内に直接発生させたりってあんまり見ないよね?』


「リリーの毒も失敗が多いです」


「よほどの能力差があれば可能じゃがの。じゃが、そうするくらいなら普通に戦った方が効率が良いのじゃよ」


「デバフの類は、効けばかなり有利になる――それこそ、格上殺しも可能にするんだけど、相手が強ければ強いほど効きにくい。当然、相手も対策してくるし、余計にな」


『ふうん。でも、生体には難しくても、死体には問題なく直接火とかつけられるよね。この難易度の差が何なのかっていうと、生物――特に知性とか自我の高い存在ほど、それぞれ固有の世界を持ってるんだ。それがまあ、個性であり、特性であり、ボクらが領域と呼んでるものだったりするんだ』


「分かるような分からないような……」


「認識しておるかどうかは別として、儂らはそれぞれ世界の中にはあるが、世界とも他者とも違うもの――とでもいえばよいのじゃろうかの?」


『おおむねそんな感じ、かな? それで、そんな他人相手に過程を省略する手段がアルフォンスたちの使う《時間停止》だと思うんだ。さっきも言ったけど、《時間停止》にかかわっていなかった人たちからすると、それこそ世界の改竄にしか見えないだろうしね。恐らく、時間の止まった世界で行動するっていうのも、世界を改竄するために必要な「過程」なんだろうね』

 朔は、『いろいろ矛盾してる気がするけど』と言いつつ、更に続ける。


『ついでに言うと、ユノなら本当に時間を止めることも可能かもしれない。光も空気も無くても全てを認識する手段を持ってるし、指一本動かさなくても世界を改竄できる能力を持ってるからね。もっとも、世界の改竄ができるって時点で、時間を止めること自体が無駄なプロセスでしかないけど』


 難しい話が続いたせいか、段々と脳が理解を拒否し始めてきた。

 というか、何を言っているのかさっぱり分からない。


 それでも、リリーも真剣に聞いているし、彼女に悪影響を与えないためにも、聞いている振りはしておかなければならない。


「時間の止まった世界で、スピード差や制限時間に時間経過があるとか、普通に考えればおかしいわよね」


「まあ、ユノが近くにいるだけで変なエラー吐いてファンブルする時点で予想はできてたけど、それでもユノがいない時に相手が使ってくることを考えれば、取得推奨スキルなのは変わらないな」


『そうだね。とはいっても、ユノの使える能力は完全じゃないからできないこともあるけど、この世界の概念や因果に囚われてないから、想像もできないこともできる――かもしれない。料理なんかはそれに当たるかな』


「もしや、ユノはイデアに直接干渉しておるのか?」


『その「イデア」の定義が分からないと答えようがないけど、ユノには、魂とか精神とか、普通の人には見えてないものが見えてるみたい。論理的には本人も分かってないし、極めて感覚的に能力を使ってるから、そうかもしれないし、それ以上の何かにも干渉してるかもしれない』


 朔の言葉を、首を縦に振って肯定する。

 イデアって何? 誰?


 とにかく、私が「できる」と思ったことは大体できる。

 難しいことを考えても深みに嵌るだけだし、乱用するのも控えるつもりだし、それでいいと思うのだけれど。


「瞬間移動が私たちに使えないのもそれが理由?」


『そうだね。ユノだと影響を受けない概念とかでも、君たちの存在は耐えられないみたい。ボクやユノの中に回収しちゃえば影響は受けないみたいだけどね――と、こんなところでどうかな?』


 いいんじゃないでしょうか?

 というか、ネタバレしすぎな気もする。

 さらっと生物も取り込めることもバラしているし。


 それでも、みんなと一緒に瞬間移動を使うにはそれ以外の方法はないし、みんなを騙して使うのは気が引けるので、良い機会だったともいえる。


 それに、朔のことだからきちんと考えた上での発言なのだろうし。



「他にもいろいろ聞きたいところだけど、これ以上話されてもこっちが提供できるネタがないし、今でも充分にショックを受けてるから、落ち着くだけの時間がほしいな」


「何せ、世界の改竄ですからね」


「リリーはかっこいいと思いますけど」


「元々高い戦闘能力を持っておったが、もうそれすら遊びでしかないとはのう」


「この子がそれを持ってることが良いことなのか悪いことなのか……。覇道を進むとか、莫迦なことを言わないだけマシなのかしら?」


『心配しなくても、世界の性質を変えてしまうような危ない力の使い方はしないと思うよ』


「相手も選ぶよ」


『でも、ついうっかり――はあるかもしれない。これもさっきも言ったけど、基本的にユノは成長しないからね。一見成長したように見えても、本来のユノからするとできて当然のことで、それを成長と呼ぶにはどうかと思うし、そもそもみんなの考える成長とは概念とか尺度から違うと思う』


「それも一種の成長のようにも思えますが……」


「根本的なところは全く変わらんということじゃろうな」


「本当、変なところでブレない子ね……」


「何て言い草」

 とはいうものの、自分の能力を使いこなせないようでは強く反論もできない。


「まあ、多少なりとも神としての自覚を持ってくれればいいよ……。今は」

 まるで譲歩したかのような言い方だけれど、それはそれで難しい。


 アルは、ある日突然「虫としての自覚を持て」と言われたとして持てるのか?


 しかし、やらなければいけないことならやるしかないので、いずれはそれっぽく振る舞えるようにはしておきたいと自分でも思っている。

 本来は、やりたい人がやるべきだと思うのだけれど――。


 とにかく、それには神がどんなものなのかを知る必要があるのだけれど、以前遭遇した天使は傲慢そのものだったし、アイリスの神は、何というか軽い感じがする。


 残念ながら良いお手本がいない。



「ところでさ、お前にドワーフの送迎頼まれてたけど、自分でやればいいんじゃないかと思うんだけど?」


「私が行ってもいいの? 後から苦情は受けつけないよ?」

 大した手間ではないので、私が行ってもいいのであれば当然そうする。

 というか、アルの耳に入っていないならそうした。

 しかし、今回は既にアルにお願いしてしまっていたので、いつの間にかこっそりととはいかないのだ。


「ああ……うん、そうだな。俺が行った方がいいのかな」


『もちろんお礼はちゃんとする――というか、これでユノの胸を揉んだのをチャラにしようか』


 ……胸を揉まれたくらいのことは、別に気にもしていなかったけれど。


 とはいえ、交渉条件として使えるならそれでもいい――いや、価値観は人それぞれだけれど、そこに付け込むのは後々の関係に悪影響を及ぼすかもしれない。

 後で適切な報酬を支払っておこう。


「え!? この程度のことで揉んでいいのか――あ、いや、その、あれだ。ドワーフを連れてくるってことは、鉱石なんかも一緒に仕入れとくのか?」

 何か余計なことを言いかけたアルだけれど、アイリスたちにギロリと睨まれて目線と話題を逸らした。


 そんなに揉みたいものなのか?

 まあ、自分でも揉み心地はなかなかいいと思うけれど、仕事の報酬とするのはいかがなものか。

 いや、アイリスたちも私の胸を揉みたがるし、他人の胸になると違うのかもしれない。


 それに、私も今でもアイリスやミーティアの胸に目が行くことがあるし、物理的に揺れたり動いたりすると、見ている方の心も揺れたり動いたりする本能的なものが誰にでもあるのではないかと思う。


「それは必要無い」

 それはともかく、アルの提案に断りを入れる。


「ああ、ノームがいれば何とかなったりするのか?」


『ううん。質は良くなるらしいけど、量を増やしたりはできないんじゃないかな』


「鉱山を創るよ」


『鉱石の自動販売機を創ってもいいんだけど、そこまで甘やかすと人間がダメになるでしょ? だから、ちょっぴり危険の付き纏う鉱山を創って、町の住人に解放しようと思う』


「『でしょ』とか『だから』って言われても全然理解できん。ってか、さっき危険な力の使い方はしないって言ってなかったか!?」


『そんなに危険なものでもないでしょ。それにボクもさっき言ったじゃないか』


「ユノが資源……。でも、大丈夫ですか? ユノの創るものってかな――少々変わったものが多いじゃないですか?」


『大丈夫。調整はボクがやるから、木に生ったり奇怪な生物が生まれたりはしないはずだから』


「朔は解析と再現が得意じゃったか」


「ドワーフの町で鉱山の観光もしましたしね!」


「それなら安心――していいのかしら?」

 どうにも、前科の多い――ケーキの生る木を創ったり、邪神君やマザーを創ったりしている私には信用がないらしい。

 だったら食べたり利用しなくてもいいと思うのだけれど、「それはそれ、これはこれ」とか「この後スタッフが美味しくいただきました」などと言い訳をしながら最大限に利用する姿は、人間そのものといってもいい。


 まあ、妹たちにもそんなところはあったし、そんなところも嫌いではない。


 とにかく、妹たちがこのお城や町に来たときに、どんな顔をしてくれるのかを楽しみに頑張ろう。

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