21 カチコミは計画的に
オアシスで、夕日をバックに素敵なお肉で空腹と心を満たし、清純な水と月明かりを浴びて汚れと疲れを流して、天蓋ベッドで星を見ながら眠る。
なかなか趣のある一夜だった。
機会があれば、アイリスたちともやってみようと思う。
さておき、昨日から――昨日会ったばかりだけれど、オリアーナさんたちの私を見る目が痛い。
蔑まれているとか、怖がられているわけではなく、リリーのようなキラキラした目で私を見ているのだ。
実験、という考えが先にあって、オリアーナさんたちのことをすっかり忘れていたけれど、よく考えれば、オアシスを創って、更にシャワー代わりの滝を創ったり、安眠が約束されたベッドを創ったりと、やりたい放題はまずかったかもしれない。
ベッドだけなら、「《固有空間》に入れていた物」で誤魔化せたかもしれないけれど、オアシスや滝は言い訳が思いつかない。
地殻変動で通るだろうか?
無理かな……。
恐らく、こうやって変な噂は生まれていくのだろう。
もちろん、オリアーナさんたちには今日のことは決して口外しないように言っておいたので、今回のことは問題は無いと思うけれど。
跪かれて、両手を合わせて拝まれていたけれど、問題は無いはずだ。
◇◇◇
アイリスたちとアルは、昨日までにアズマの町に潜入していた。
アイリスたちは幻術や《認識阻害》で、アルは《転移》で――と、それぞれの能力を有効に使って潜入していたようだ。
もっとも、そんなことをするまでもなく、町の警備が機能していなかったようだけれど。
そんな状況であっても、王国でも屈指の大都市だったアズマにおいて拠点を用意するのは、木の葉を隠すには森の中へ――とはいかなかったようだ。
セーフハウスとしてアルが用意していたのは、町外れにある廃れた家畜小屋だった。
もちろん、アルが無能だったということではなく、アルでもこの程度の物しか用意できなかったということだ。
町にはとにかく活気がない。
私たちも町に到着して、その様子を見て驚いた。
整然と立ち並んでいる建物の数や、その大きさなどに、大都市であった名残はある。
しかし、昼間の大通りにすら人の姿がない。
略奪でもあったのか、商店らしき建物は壊されたまま放置されていて、路地にはいつのものかも分からない死体が転がっていたり、更にはゾンビ化して徘徊していたりもする。
正にゴーストタウン――などと、笑いを狙える状況ではない。
とにかく、こんな状況下で新たに活動を始めるなど、目立つどころの話ではない。
ケヴィンさんとオリアーナさんが言うには、十年前――前公爵が健在だった頃は、治安も良く、人々は活気に満ち溢れていて、努力次第で夢を掴むことも不可能ではない――そんな、希望に溢れていた町だったそうだ。
しかし、ルークさんが当主の座に就くと、増税に次ぐ増税に、権力、暴力、財力などの、力による理不尽が罷り通るようになった。
王国内では本来自由であるはずの、国内の移動や移住の権利までもが厳しく取り締まられ、公爵領から逃げようとすれば、親族まで殺されることもあったとか。
もちろん、そんな治世が長く続くはずもなく、公爵領の人口は急激に減少して、それに伴って生産力も低下した。
いまだに潤っているのは、他国から物資や資金の援助を受けているルークさんとその周辺のみ。
当初は我が世の春を謳歌していたゴロツキや汚職官憲も、こんなはずではなかったと焦りや後悔の色を隠せない。
当然、こんな町に真っ当な感覚を持っている人は来ない。
王国もよくこんなになるまで放置したもので、ルークさんにも、こんな町の領主なんてやっていて楽しいのかと問い質してみたい。
「偉大なる先祖から受け継ぎ、父祖たちが心血注いで築き上げた領地が、たかが数年でここまで腐敗してしまっているとは……」
ケヴィンさんが十年振りに見る故郷の有様に、溜息混じりに愚痴をこぼしていた。
「あの愚兄には、領地を運営する能力も資質もありません。ただ喰い荒らすだけの害虫――ユノ様が仰るとおり、駆除するほかにありません」
私には十年前のこの町の姿は分からないけれど、ふたりが本当に心を痛めていることは理解できる。
ただ、現在のふたりの姿は、パーティードレスを着た口裂け女と、隈取タキシードの不審者である。
微妙に心に響かない。
また、私もバケツを被っているので、ゴロツキが目を逸らして歩くくらいのイカれた集団になっていたようで、心配していたような騒動は起きなかった。
ひととおり町を見て回ったあと、瞬間移動でアイリスたちと合流する。
アイリスたちは、突然出現した私に驚いていたけれど、私としては、私の出現する前に私の存在に感づいたリリーの方が驚きだった。
さすがに出現位置やタイミングまでは分からなかったようだけれど、私が出現する直前からリリーの耳や尻尾がそわそわしていたので間違いないだろう。
確かに、瞬間移動をするには領域を展開する必要があるので、理屈ではあり得ることなのだけれど、これはさすがに感覚が鋭すぎる。
しかし、そのリリーも、口裂けオリアーナさんと隈取ケヴィンさんの出現には驚いたようで、ものすごく尻尾を膨らませていた。
リリーには気の毒だけれど、こういうところを見ると、まだ子供なのだと安心する。
なお、瞬間移動をアルに見せたのは、うっかり朔に生物を取り込んだりしたところを見られても、瞬間移動と言い張ることが目的だ。
ものすごく微妙な違いはあるけれど、人間には気づかれないはず。
気づかれたときはもう開き直ろう。
さておき、アルの注文どおりにケヴィンさんを確保した。
しかも、洗脳も無力化済み。
最近の私の有能さは止まるところを知らない。
更には、洗脳無力化済みのオリアーナさんも同様に確保している。
完璧だ。
完璧すぎる自分が怖い。
「何その顔? 莫迦にしてんの?」
だというのに、褒めるどころかこの態度。
人を見た目で判断してはいけないと教えられなかったのか?
とはいえ、ふたりを確保できたのは偶然によるところが大きく、そのせいでいろいろと準備が足りていないことは認めよう。
それでも、ケヴィンさんはともかく、オリアーナさんを確保してしまったことから、これが公爵側にバレる前に作戦を決行することになった。
急なことなので、王国との足並みが揃わないけれど、この機を逃すわけにはいかないと、私たちだけで先行することになってしまった。
「ふふふ、グレイ君。表向きは犯罪者の私が、堂々と外を歩けるわけがないだろう?」
「私だってそうです。ユノ様のそんなお心遣いが理解できないとは、器の小さい男ですね」
ケヴィンさんとオリアーナさんの、アルへの当たりが微妙に厳しい。
「洗脳を無力化したというか、上書きしていませんか?」
「さすがユノさんです!」
洗脳はしていないけれど、「さすが」と言われるような状況ではないはず。
いや、ふたりを連れて帰ってきたという、成果のみに対しての「さすが」なのかな?
「一体何をやってきたのじゃろうな……」
「この娘は、こうやって信徒を増やしていくのね……」
人聞きの悪いことを……。
いやしかし、オリアーナさんたちの私を見る目が、シャロンたちのそれと似ている気がするのは認めよう。
私は客観的な判断ができる人間なのだ。
とにかく、これ以上おかしなことにならないように、注意はするべきだろう。
「館内だけじゃニャく、町中で昼夜を問わず工作員が活動してますニャ。対象が多すぎて一網打尽にするのは難しいですニャ」
引き続き町を探らせていたノワールから、現状の報告を受ける。
とはいえ、前回の報告から大きな変化はない――あれば作戦を練り直さなくてはならなかったので、ある意味では朗報といえるだろう。
私たちが見てきたとおり、町中には一般人よりゴロツキとか、あからさまに堅気でない人の方が多かった。
その中の何割が間諜や工作員なのかは分からないけれど、私たちだけでその全てに対処するのは難しい。
私たちだけなら、みんな工作員ということにして闇に葬ってもいいのだけれど、アルたちがいるのでそうもいかない。
作戦では、表舞台に立つのはアルとオリアーナさん、そして実力は高いものの数は少ない王国の精鋭さん。そして、保険のケヴィンさん。
ただし、急な作戦決行なので、王国の精鋭さんたちは少々遅刻する。
これ以上大掛かりな作戦になると、ルークさんや他国、それ以外の勢力にも察知される可能性が高くなって、そうなると戦闘規模が大きくなる――最悪は戦争に発展するおそれもある。
なので、最低限の人数で、相手に対応される前に全てを終わらせる。
そして、下手に手出しできないように、速やかに体制を整える。
もちろん、そんなに簡単に事が済めば誰も苦労しない。
そこで、その足りない人手や、アルたちに不都合なあれやこれやを解消する裏方仕事をするのが私たちである。
アルはまず赤毛の女の人の対応に当たって、その後でルークさんの処分に当たる。
なお、彼の罪状は「反逆罪」だ。
新年会以降、アルが襲われた回数が5回。
全て撃退はしたそうだけれど、捕まえられたのは末端ばかり。
領地や神前試合の運営などの仕事もあって、公爵ばかりに構っていられなかったんだと言い訳をしていたけれど、アルが忙しいのは充分理解している。
というか、一生懸命頑張った人のミスを責めたりはしない。
ここまでの結果は全て最善のもので、それを無駄にしないために、ここからも頑張るだけだ。
とにかく、アルが捕まえた人たちからは背後関係は明らかにならなかったのだけれど、先日私たちが捕まえたローブの人が、いろいろと素直に吐いてくれた。
そのおかげで、彼の所属していた犯罪者集団のトップを検挙できて、そこからアズマ公爵との繋がりが明らかになった。
もっとも、この時点でのアズマ公爵の罪状は、アルに対しての傷害の教唆――しかも、未遂で物証も無し。
展開次第では逃げられる可能性もあると微妙なところだったので、親善試合運営業務における王国とアルの関係を委託から代理に摩り替えて、アルに対しての攻撃を、王国に対するものと拡大解釈したのだとか。
世界を改竄する私がいうのもどうかと思うけれど、王国やアルの改竄力もなかなかのものだと思う。
もちろん、こんな言いがかりに近い暴挙は、公爵をはじめとした多方面から物言いが入ると予想されるけれど、結局は勝てば官軍なのだ。
さておき、アルがなぜその赤髪の女の人に固執しているのかまでは教えてくれなかった。
それでも、アルから要請があったときや、アルの手には負えない状況になったと判断したときは、私が介入するので問題は無いだろう。
そして、本命のルークさんについて。
彼の洗脳は、固有名称が《独裁者》というユニークスキルで、彼に屈服したり恐怖した人を支配する能力であることが判明している。
この情報が確かなら、対峙しなければ掛けられることはない。
また、同格以上には通じない能力である。
使い方によっては怖い能力だと思うけれど、本人に使いこなす技量がないことが救いだろうか。
まあ、違っていても最悪は私が殺せばいいだけの話で、私なら証拠を残さない殺し方などいくらでも思いつく。
最悪、関係者は皆殺しにして、最終的にアルがやったと言い張ればいい。
問題は、ルークさんが死ねば洗脳も解除されるのかという点に尽きる。
永続する魔法は存在しないという観点からも、死ねば解ける、若しくは時間経過で解除されると思うのだけれど、魂にまで干渉しているものがそう簡単に解けるかは微妙なところ。
少なくとも、確認のためのサンプルは確保しておきたいとのことだ。
私たちの第一目標は、オリアーナさんとケヴィンさんを連れて――足手まといだけれど、余所で問題を起こされても困るので帯同させて、末弟のエドワードさんの確保に当たる。
ただし、ただ足手纏いを連れているだけでは能がないので、今回は変装などはせずに、むしろ、彼女たちが主導している体で、拉致された人間や亜人たちの解放という名目で堂々と乗り込む。
つまらない嘘を吐いても、バレると面倒なだけだし、実際に被害者を保護しておけば、どうとでも言い張れる。
もっとも、そうすると大量虐殺などしてしまうと後々問題になるのは目に見えているので、基本的に敵対者は捕縛か無力化していくことになる。
後々、捕虜が間諜や工作員だと証明できれば、外交カードにもなるのかもしれない。
そこはミーティアという嘘発見器と、ソフィアという逃亡妨害装置の働きに期待しよう。
何にしても、こちらに関しては失敗する要素はほとんどない。
この間、町の方は手つかずになってしまうのだけれど、アルは最初から町の攻略は後回しにするつもりだったようで、そちらは後詰の王国からの援軍に任せるようだ。
とにかく、アルと私たちは、当主の交代と体制を万全にすることを優先する方針だ。
もちろん、同時に攻略できるならそれに越したことはないとのことだけれど、町を制圧できるだけの部隊を動かそうとすれば準備にも時間がかかるし、バレて守りを固められては本末転倒になる。
「間諜や工作員のリストがもったいないけど――」
「少しだけニャら、ボクらの方でヤレますニャ」
「うーん、有り難いけど、いいのかなあ? 君らとユノとの関係がバレたりすると面倒なんだけど」
「見縊るニャですニャ。そんニャへまはしニャいですニャ。それと、エテ公風情がユノ様を呼び捨てにするニャですニャ」
ノワールは思いのほか口が悪かった。
「その男は、ユノ様のギリギリご友人だ。多少のことには目を瞑れ」
アルにガンをつけるノワールを制したのはアドンだった。
そういえば初顔合わせになるのか――と、ノワールの膨らんだ尻尾を見て思い出す。
多くの人は最初で最後の出会いになる存在だけれど、私たちが亜人さんの保護を続けるなら、これからも顔を合わせることになると思うので慣れてほしい。
「人間にしては見どころはある。ところでユノ様、よろしければ我らもお手伝いを」
そして、続けて出現したサムソンに挟み撃ちにされる。
「私たちにも出来だ――活躍の場をー!」
さらに、「出来高」と言いかけたマリアベルが背後に出現する。
マリアベルとは面識があったはず――というか、ノワールにそんな余裕は無さそうだ。
「デュラハン増えてる……。でも、デスよりマシかと思ってしまう自分がいる。デスって姿消せるんだっけ? 大量不審死……ギリギリ許容範囲?」
「当然、姿くらいは消せる」
「死体も残さぬ」
「身元も分からないくらいにできます」
『ターゲットにはユノが事前にマーキングしておけば間違えないだろうし』
「じゃあ、お願いしちゃおうかな……」
ああ、迂闊にそんなことを言うと……。
『実は、他にも協力したいって連中がいるんだけど』
「え? それはちょっと……」
『フェアリー』
「「「はーい」」」
「何だか知らないけど任せて!」
朔の言葉に合わせて、妖精さんが出てきて、イナゴの大群のように部屋中を飛び回る。
さすがに狭い室内では邪魔すぎる。
勝手に出さないでほしい。
「何をどう協力するんだ……?」
『ダークエルフ』
「「「御意!」」」
だから勝手に出すなと――室内に入りきらなかったダークエルフが、家畜小屋の外で跪いている。
そういえば、あれから解放するのを忘れていた――瞬間移動でうちに置いてくればよかったかもしれない。
「お、おう。いや、何で?」
『ケンタウロス』
「は?」
『鬼、アラクネー』
「魔物じゃねーか!?」
その台詞は、アドンやサムソンが出たときに言うべきだったかな。
というか、どうしてみんな跪いているのだろう?
朔の中から私を見ていた――ミーティアと戦った時ほど大したことをした覚えはないし、となると朔に何かされたのか?
可哀そうに。
「公爵と帝国のやり方に不満を覚えていた、亜人や魔物の一斉蜂起……? さすがに無理がある気が……。まあ、いいか!」
とにかく、アルも無駄にやる気を漲らせている彼らに、今更必要無いとは言えないようだ。
私も、基本的に本人の意思を尊重する派なので、アルが止めないなら止めるつもりはない。
しかし、これがまた私の変な噂になっていくんだろうな、と思うとやるせない気持ちになる。
きっと、百鬼夜行の噂と合体するのだろう。
私も魔王とかになっちゃうのかな?
邪神よりはマシだね!




