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19 大当たり

 公爵領の北西、広大な砂漠の見え始めた辺りでミーティアたちと別れて単独行動を開始する。


 私の単独行動にはかなり異論も出たのだけれど、少し試してみたいことがあって、神にそれを狙い撃ちにされた場合のことを考えて許可してもらった。

 どれだけ信用されていないのかとも思ったものの、どうやらここに来る前に見せた世界の改竄がまずかったらしい。


 よくよく考えてみれば、「世界を改竄できるようになった」などと言う人が、「ちょっと行ってくる」などと言い出せば、必死に止めるのは自明の理だ。

 私だって、逆の立場なら止める。


 それでも行かせてくれたのは、やはり信頼されていると考えていいのだろうか?

 とにかく、その信頼を裏切らないためにも、さっさと終わらせてしまおう。


◇◇◇


 領域を前方――監獄のある方角に限定して展開する。


「あっ……」

 件の監獄よりも先に、サンドワームを見つけてしまった。

 背筋から尻尾までがぞわぞわする。


 地上の、それも3メートルくらい上空に限定して展開していたのに、なぜだ!?



 というか、そこの砂上船。

 どうやって砂の上を走っているのかはいいとして、何を悠長に襲われているのか。

 危険地帯を渡るのだから、それなりの用意をしているんじゃないのか!?


 などと、いちゃもんをつけても仕方ない。


 確認は取っていないけれど、どう見てもそうだとしか思えない人物が船に乗っていた。

 監視をしているのではなかったのだろうか?


 どういうことなのかとアルを問い詰めたいところだけれど、とにかく、放っておくわけにもいかない。




 現在地から船まで三百キロメートル少々。

 砂漠であっても、本気で走ればすぐに着く距離だ。


 しかし、それで生じる振動などで新たなサンドワームを呼び寄せるようでは本末転倒だし、いまだに上手く飛べない私では、空を飛んで行くのは走るのよりずっと遅い。



 それでも、考えていることが全て上手くいけば、全て解消するはず。


 そもそも、理屈の上では何でもできるはずなのだけれど、さすがにその状態の私をイメージできない。


 試しに、一番駄目っぽいもの――サンドワームが世界から消滅しますようにと願ってみたけれど、いつまで経ってもサンドワームは船を絶賛襲撃中。

 ……肝心なところで役に立たない能力だ。


 この分では、世界から虫を駆逐することも不可能だろう。

 残念だ。

 とても残念だ。


 とはいえ、それは予想の範囲内。

 悲しいことだけれど、仕方がない。


 だからこそ、ドワーフの町で武器を入手してきたのだ。


 もっとも、それらの武器を使うには有効射程内に近づかなければいけないのだけれど、それくらいなら世界を改竄することで簡単に実現できる。



 《転移》とも《瞬間移動》ともまた違うような気がする方法で――いや、むしろ、こっちが瞬間移動? いや、移動ではない気がする。

 位置の入れ替え――とも少し違うし、まあ、何でもいいか。



 とにかく、移動という過程を省略して、現場に私が出現する。


 やはり上手くいった。

 といっても、展開させていた領域を、砂上船の上空100メートルで私の形に収束させて、それと同時に広げていた意識とかも統合しただけ。

 上手くいかない方がおかしい。


 それに、領域の扱いにも慣れたけれど、やはりこの形このサイズが一番楽だ。



 さておき、眼下で繰り広げられるサンドワームと砂上船との攻防――というか、正確には砂上船は防戦一方だった。


 想定外の事態でも起きたのか、それとも対策を怠っていたか、船員さんが何らかの液体の入った容器をサンドワームにぶつけているけれど、効いている様子はない。

 むしろ、サンドワームに滑りとテカりが出て危険で気持ち悪くなっているだけだ。

 一刻も早く止めさせなければ大変なことになる。


 などと、観察している間にもサンドワームと砂上船はどんどん離れていくし、私の身体は落下していく。


 大雑把な移動には使えるけれど、戦闘機動には使いづらいか――いや、これも認識の問題か。

 良くも悪くも、ある程度以上に想像できることしか実現できないのだろう。


 ふと、重力とか慣性の影響を受けなければ、少なくとも落下することはなくなるのでは――と考えたのだけれど、実行直前に朔に止められた。

 星の自転とか公転に置いて行かれる可能性があるとか。


 それは困る。


 ならば――と、サンドワームを撃つのに砂上船が邪魔になるので、瞬間移動させようとしたのだけれど、それは船と乗員の存在が世界の改竄に耐えられそうにない感じがして中止した。


 乗員だけならレジストされたのかもしれないと思うところだけれど、船までというのが解せない。


 一旦朔に取り込んで、再出現させる感じでの位置の調整だと普通にできるので、何か見落としている条件があるのかもしれない。



 とにかく、今するべきことは考えることではなく、名前すらも忌まわしい生物の撃退である。



 仕方がないので砂上船の甲板に移動して、全身の毛が逆立つのを我慢して、アサルトライフルを取り出し構えてトリガーを引く。


 あれ? 弾が出ない。

 というか、何か引っ掛かっている感じでトリガーが引けない。


『セーフティ! 安全装置を外さないと!』

 ああ、そういえばそんな物もあったような――というか、最初から解除してくれていてもいいのに!


 焦る心を抑え、安全装置を解除して、今度こそ銃弾の雨を浴びせた――のだけれど、サンドワームの外皮は予想以上に硬くて、銃弾は全て弾かれてしまった。

 この役立たずめ。


 ちなみに、ミミズは静水力学的骨格とかいう機能を有しているので、見た目以上に頑丈らしい。

 まさか、銃弾を弾くほどとは思わなかったけれど。


 だったらと、今度は対物ライフルを取り出す。

 今度は安全装置は解除済みだ。


 さすがに何度も同じ失敗はしない。


 ついでに、射撃の反動で吹き飛ぶのを避けるために、世界と私の位置を固定するために、私自身をアンカーとして、砂上船や周囲の空間に――というか、世界に打ち込んで固定して、再び引き金を引く。


 あれ?

 これを空中でやればよかったのでは?


 とにかく、アンカーを撃ち込んだ私は吹き飛ぶどころか微動だにせず、「ドン」と大きな音と共に、サンドワームの一部だけが弾け飛んだ。



「よおーし! 助かったぜ嬢ちゃん! もいっちょ頼むぜ!」


 後ろの方から無責任な声援が飛んでくる。


 追撃?

 とんでもない。


 十メートルを軽く超えるサンドワームが、体液を撒き散らしながらビッタンビッタン暴れている様には、尻尾の毛が抜けそうなほどの恐怖を覚える。


 あまりの光景にアンカーは抜けた。

 腰も抜けそう。


 さらに、その音と体液の匂いに惹かれて集まってきた他のサンドワームによる、身の毛もよだつ共食い大会が始まった。


 ヤバいよこれ、神より怖い!


 もう怖いものは無いとか調子に乗ってすみませんでした。

 ――そしてさようなら、私の人間性。


『わ!? ちょっと待って!』

 朔の制止を振り切って、私の頭上に出現する巨大な砲塔。


 帝国の砦で奪っていた物を、一も二もなく発射する。


 対物ライフルとは比べ物にならない轟音が響いた。


 その衝撃で砂上船の一部が壊れて、砲弾は目前で絡み合っていたサンドワームを木端微塵にしながら貫通した。



 アンカーが解除されていた私は、反動で砂上船のキャビンまで飛ばされた。


 もちろん、受け身を取ったので、キャビン以外は無傷である。


 しかし、サンドワームだったものの残骸の広がる光景に深い心の傷を負ってしまった。

 さらに、降り注いでくるその残骸に、言い表しようのない恐怖と嫌悪感を覚えたので、一目散に船尾まで後退して、荷物の隙間に身を隠した。


 排泄の不要な身体でなければ、漏らしていたかもしれない。


 砂漠、恐ろしい所だ。


◇◇◇


「いやー、お嬢ちゃんのおかげで助かったぜ。本来なら無賃乗船は砂漠に投げ捨てるところなんだが、嬢ちゃんは船の恩人だしな。オアシスの町でも国境でも、特別にどこでも連れてってやるぜ!」


「サンドワーム避けの香は焚いてたんだけどな、たまーに効かないやつがいるんで困るんだよな」


「そんな隅っこでガタガタ震えてどうした? 船酔いか?」


 あまりこんなことは言いたくないけれど、貴方たちが無能なせいでこんなことになっているのだと、心の中で呪いの言葉を吐く。

 彼らにも、私の動体視力で見る、てんこ盛りのサンドワームが爆散する様がどういうものかを教えてあげたい気分だ。


 あ、思い出しただけで震えがくる。



 とはいえ、私が私の意思で介入したのだから、八つ当たりするのは筋違いである。


 感謝と心配をする船員さんに、大丈夫だと身振りで伝えて立ち上がる。

 そして、甲板の隅から私を窺っていた目的の人物へ向けて、対物ライフルを杖代わりにしてヨタヨタと歩き出す。




「こんにちは。貴女、公爵家所縁の人?」


 その女性からは、何となく――というか、そっくりそのままといっていいくらいに、公爵の面影を感じる。

 容姿は整っているといってもいいのだけれど、あの公爵を連想する時点で台無しである。


 こんな所で何をしているのかは知らないけれど、護衛っぽい人もふたりついているし、まず間違いないと思うのだけれど。


 しらばっくれるようならこのまま銃でも突きつけるとして――

「!? ――こちらへ」

 返事より先に腕を掴まれて、そのまま彼女たちの船室へ連れ込まれた。


 乱暴でもされてしまうのだろうか?


 冗談はさておき、人前では話せないような、秘密のお話でもしてくれるのだろう。


◇◇◇


「なぜ分かったかは――あの顔を知っている方なら当然ですね……」


 怒気を隠そうともせず、ものすごく嫌そうな顔で、唸るように呟く女性の様子から、本気で嫌がっていることが竜眼がなくてもよく分かった。


「申し遅れました。アズマ公爵家次女の【オリアーナ・アズマ】です。危ないところを助けていただいたことを感謝します。――それで、貴女も兄に迷惑を掛けられた口かしら? でも、ごめんなさい。私にはどうにかしてあげる力はないの」


「オリアーナ様、そんな大声で!?」


「そうですよ! どこに間者がいるか分かったものではないのですよ!? いえ、一番恐ろしいのは――こんな愛らしい見た目の方でも、油断してはいけません!」


「考えてみなさい。仮にこの方があれの手の者だったとして、あれがこんな美しい娘を手元から離すわけがないでしょう……」


「「…………」」


 この人たちは、私のことを知らないのか?

 ずっと王都で監視されていたと聞いていたので、てっきり新年会や神前試合のことも聞いているかと思っていたのだけれど。


 というか、アルは一体何をやっているのか。

 この人の監視はアルの担当ではないのか?

 それとも、ここで遭うのも計算のうちなのか?

 一応、同じ目的で動いているチームなのだから、最低限の報連相くらいはしてほしいところだ。



 さておき、彼女が洗脳されているのは事実なようで、私の目には、魂に打ち込まれた楔のようなものが見える。

 ただ、そこそこしっかり食い込んでいる割には、彼女の自由意思を侵害するものではないらしい。


 その証拠に、お兄さんのことは毛嫌いしているようだし、悪口も普通に言っている。


 妹に嫌われる兄に少し同情してしまうけれど、それはそれと切り替える。



「コホン。――失礼しました。ええと――」


「ユノです」

 いつものように相手が落ち着くのを待ってから名乗る。


「ユノ――様って、あの噂の!?」

 あの噂と言われても、私には何のことか分からない。


 新年会と神前試合のものだとは思うけれど、噂とは尾ひれはひれがつくもの。


「神前試合でジョーダン将軍を半殺しにして、うっかり王都西の平原で光と闇の大破壊を起こして、大きな湖を造ったという、あの!?」


「私が聞いた話では、新しくできた湖はグレイ辺境伯とデスとの壮絶な戦いでできたものだと――」


「いや、湖の件は確か――グレイ辺境伯が、突然の光と闇の黙示録の原因を探りに行って、そこで遭遇した悪魔と交戦して、撃退した時に出来たものだ聞きました」


 ちょっと待ってほしい。

 微妙に合っていたりいなかったり、そもそもうっかりで湖ってできるものなの?


 あれは神の仕業なのだけれど?

 私は被害を食い止めようと頑張ったんだよ? 

 いや、結果的にそうなっただけだけれど。


 とにかく、断固として抗議したいところだけれど、本当のことを話すわけにもいかないし、話すと余計に危険人物になる。

 面白くはないけれど、ここで彼女たちの誤解を解いても何の解決にもならない。



「そのユノ様が、こんな所で一体何を……」


「害虫駆除です」


「そう……。あの愚兄ももう終わりなのですね……」

 多少ぼかしたつもりなのだけれど、オリアーナさんには通じてしまったらしい。


 さすが貴族というべきか、腹芸では敵わないと思うので素直に頷いておく。

 いや、もしかすると鎌をかけられただけか?

 もう頷いてしまった後なので、手遅れだけれど。


 もちろん、洗脳の効果などで変な動きをするかもしれないので警戒はしていたけれど、特におかしな様子は見られなかった。

 そのことからも、洗脳の効果はそうそう表に出てこない――若しくはそう見せかけられるようにしているのか?

 分からない。


 とにかく、魂に干渉しているのは大したものだし、他の人に解除不可能というのも頷ける。

 ただ、それで油断したのかもしれない。



「恥を忍んでお願いします。私と――取引をしていただけないでしょうか?」


 しばらくの沈黙の後、オリアーナさんが瞳に強い意志を宿して、私を正面から見詰めてから頭を下げた。

 アイリスもそうだけれど、こういう目にはなぜか惹かれるものがある。


 もちろん、浮気とかではない。

 ひとりの人間としてなので、疚しいことは何もないはずだ。



 私が無言で先を促すと、オリアーナさんはひとつ深呼吸してから切り出した。


「私に差し上げられる物であれば全て差し上げますので、兄――監獄に囚われている方の兄と、弟を助けていただけないでしょうか?」


「なぜ?」

 噂でしか知らない私に、己の全てを賭けて願うことが兄弟の救助とか、私の琴線に直撃して大ダメージだ。


 ただ対象の破滅を望むだけの復讐のような、誰も得しないようなものとか、何の覚悟もない分不相応な願いなどは唾棄すべきものだけれど、よほど親の教育が良かったのか、本人の資質が高かったのか。


 しかし、請け合うにはまだ早い。

 何食わぬ顔を装って、理由を問う。


「当然、血を分けた兄弟に生きていてほしい、幸せになってほしいというのが一番の理由ですが、父から――ご先祖様から受け継いできた領地を、一刻も早く立て直したいのです。そのために、兄弟の力を合わせる必要があります」


「領地のことは自分でやればいいのでは?」


「そうしたい気持ちもありますが、私は兄の洗脳によって支配されていますので、命令されれば逆らうことができません」


 ん?

 何だか話が噛み合っていない?


 もしかして、領地のことは兄妹を助けた後で、自分たちでどうにかするつもりなのか?

 公爵にどう対抗するのかはまだ未定だけれど、それも兄弟の力を合わせてと考えている?

 そこまで私に頼ろうとも、王国の支援が得られるとも考えていないのか。


 とても良い覚悟だ。

 変に誰かのためなどと口にしないのも私好みだ。


 兄弟を助けた後の展望――現公爵をどうするかの腹案はまだないようだけれど、それは王国か、アルか、私が手を貸さないとどうにもならないだろう。


 それを理解していながらも、諦めずに自身にできることを考えている姿勢がとても良い。


 洗脳と誤解さえ解けば、後釜は彼女で安泰なのではないだろうか?

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しく読ませてもらっています。 「尾ひれはひれが付く」という言葉を初めて目にしました。何なんですかねこの言葉。「はひれ」の部分が理解不能です。「尾ひれ は ひれ が 付く」では何を言いたい…
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