18 餌付け
ひと足先に、ミーティアからパラシュート無しで降下する。
目標は、こそこそと戦域を離脱しようとしている帝国兵さんの集団。
私としては、多少の時間のロスよりみんなの安全の方が優先されるので、戦力を分散させるつもりはなかった。
それでも、「信頼して任せて」と言われてしまっては、その意思を尊重するしかない。
とにかく、私の相手は帝国兵さん6人だけ。
真っ黒な装備で夜の闇に溶け込んで、竜の卵は担架に乗せて、更にギリースーツを纏って偽装しているものの、私の領域の中では無意味だ。
なお、落下中に少し周辺を確認したところ、竜の塒らしき場所の周辺には、多数の帝国兵さんらしき死体が転がっていた。
大半が炭化した死体ではあったけれど、中には爪や牙に引き裂かれたらしい人もいて、その首には一様に首輪が付けられていたことから、犯罪者や奴隷などを捨て駒にしていたと思われる。
捨て駒を利用して竜を誘き出して、その間に本隊が悪さをする――と、こういうことだろうか。
捨て駒にされた人たちはこのとおり死んでしまうわけなのだけれど、この世界では人材は貴重ではなかったのだろうか?
彼らの価値と竜の卵を天秤にかけたということなのか?
莫迦にするわけではないけれど、竜って生産性低いよ?
派手な衝突音と土煙をあげて、帝国兵さんの進路の少し前に着地する。
翼のおかげでバウンドしない程度には衝撃を抑えられるようになったものの、土煙は以前以上に巻き上げるようになってしまった。
もちろん、今の私ならもっと上手く登場できるはずなのだけれど、今回は帝国兵さんを驚かせて、その隙に卵を回収するという目的もあったので、わざとこうしたのだ。
もちろん、その甲斐もあって、帝国兵さんが驚いて隠形を解いた隙に卵の奪取に成功した。
……よくよく考えれば、領域で回収した方が楽だったような気もするのだけれど、まだ自我もないであろう卵に領域で干渉しても大丈夫なのかは不明だし、恐らく本能的にそういうことが気になったのではないだろうか。
決して今思いついたとか、何かに言い訳をしているわけではない。
「弁明があるなら聞こうか?」
突然の襲撃に、そして、せっかく盗み出した卵を奪われてしまって狼狽えている帝国兵さんに声をかける。
結果がどうなるかは別として、話も聞かずに荒ぶる神のようにはなりたくないし、一応言い訳くらいは聞いてあげよう。
しかし、返答はない――というか、黙って剣を抜いたことが返答か。
いや、意思決定はもっと上の方で行われているのだろうし、彼らもまた捨て石なのか。
「マリアベル、やって」
今回の私は大きな卵を抱えているので、雑用は使い魔たちに任せる。
「イエス、マム」
どうにも気の抜けた声で返事をしたマリアベルが、声とは対照の素早い動きで、帝国兵さんたちに襲いかかった。
「アドンとサムソンは最寄りの駐屯地を。今回は皆殺しで、囚われている人がいれば保護しておいて」
アドンとサムソンには、彼らの拠点の攻略を指示した。
皆殺しにするかは少し迷ったけれど、砦ならともかく駐屯地だったので、一般市民の生活の大勢には影響は無いと判断した。
「「イエス、マム!」」
こちらは威勢のいい返事で、敬礼してから駐屯地へ向けて飛んでいく。
というか、彼らは朔か私の中で、地球の軍隊ごっこでもやっているのだろうか?
マリアベルが帝国兵さんたちを斬り殺した頃、ちょうどミーティアたちが現場に介入したのが確認できた。
竜型のミーティアが暴れていた火竜の首根っこを掴んで大地に押しつけ、ソフィアとリリーが挟み撃ちにする形で亜人や魔物を制止する。
実力差がありすぎたせいか、制圧はあっという間だった。
「争いを止めなさい! これ以上争いを続けるなら問答無用で排除します!」
その一瞬の静寂と心の隙に、アイリスの力を持った言葉が場を制した。
心配するのも莫迦らしくなるほどの力の差――なのだけれど、やはり私には相手の力を測る術がないので、蓋を開けてみるまで結果は分からない。
なので、心配しなくなることはないのだろう。
とにかく、今回は無事に終わりそうなことを喜ぼう。
――と、その前に、今もガンガン燃え続けている火を消しておこう。
今でも火を熾す能力はまともに使えないのだけれど、消すだけならいろいろな方法がある。
火種となっている物を全て取り込んでしまうのが、最も簡単で確実だろう。
しかし、せっかくなので、天使と戦った時に理解した領域の使い方を試してみようと思う。
といっても、今までも無意識に使っていた能力なので、特別なことは何もない。
効果範囲を領域内に収めて、ただ火が消えたところを想像するだけ。
火の範囲とか勢い、火の燃える要因、それどころか連続性も考えなくていい。
それだけで、寸前までこれでもかと燃え盛っていた炎が、電気のスイッチを切ったかのように一斉に消え失せた。
もちろん、再燃する気配もない。
「ユノ様、お見事ですー」
マリアベルがあまり感心していないような口調で、採れたて新鮮な生首を並べて跪く。
「私がやったって分かるの?」
「もちろんですよー。これだけ前後関係や因果を無視した能力を使えるのは、ユノ様だけですからー」
『大丈夫。ボクの探知できる限りでは、ユノがやった証拠は状況証拠だけだから』
何が大丈夫なのかは分からないけれど、とにかく、これが私の――というか、種子の力の本当の使い方、だと思う。
世界の改竄。
いや、本来は可能性を創造とか操作する能力だと思う。
しかし、私の侵食力とか干渉力が強すぎるのか、世界がろくに抵抗できないせいで、どうしても改竄のようになってしまう。
両者がどう違うかは上手く説明できないけれど、とにかく、私は私の領域内では何でもできるのだ。
もちろん、私の想像できる範囲に限るとか、それに応じた領域の強さは必要になるけれど、想像できる範囲なら過程や細かい条件などは全て無視できるし、創造した後は、世界が勝手に帳尻を合わせてくれる。
そして、今回の結果から見るに、改竄は不可逆のようだ。
私の領域内で「火が消えた」世界を創造したのが、領域を解除した後でも有効というか、本質的には世界の侵食なので、対象が私の侵食能力を上回らなければ私のやりたい放題。
その気になれば、二度と火事の起きない世界に改竄することもできるかもしれない。
しないけれど。
もちろん、私の能力も「永続する魔法は存在しない」という原則に縛られているはずだけれど、世界が終わる方が早いくらいに持続させることはできそう。
うん、これは調子に乗ると大火傷しそう。
本格的な運用は、もう少し簡単なことで実験を重ねてからにしよう。
「お待たせ」
「おかえりなさい。こちらは万事恙なく、といったところです」
「おかえりなさい!」
「やはり山火事を消したのはお主か?」
「あれ? と思ったら大体この娘が犯人よ」
まだ仕事中のアドンとサムソンを残してみんなのところに戻ると、アイリスとリリーは温かく出迎えてくれた。
そして、ミーティアとソフィアには、なぜか犯人扱いされていた。
というか、ソフィアの理屈だと、これから何かが起こるたびに私が容疑者にされるのだろうか?
『ユノがやったのは確かだけど、犯人は酷くない?』
「まあ、今回は良いことをやったわけじゃしな。で、何をどうやったのじゃ?」
『恐らくだけど、世界を改竄した』
「「「……」」」
「ユノさん、すごいです!」
褒めてくれるのはリリーだけで、他のみんなには冷めた目を向けられていた。
『あ、言っておくけど、君らの魔法だってある種の世界の改竄なんだからね?』
「確かにそうじゃろうが、規模がのう。それに、どうにも解せん部分がある」
「何にしても、アンタが考えなしに力を使うと、すぐに変な噂が立つんだから。ちゃんと自覚しなさいよ?」
『まあ、まだボクにもよく分かってないし、あんまり無茶はさせないように気をつけるよ』
「でも、火だけを綺麗に消すなんてすごい進歩じゃないですか! 以前なら、辺り一帯更地にしてしまう可能性もあったんですから」
アイリスが良い感じに締めてくれたような感じだけれど、素直に喜んでいい内容なのかは分からない。
今回は、私的には何の落ち度もない――完璧な仕事をしたつもりだ。
他人の評価なんて気にしないけれど、私が完璧な仕事を繰り返していけば、いずれはそれも変わってくるだろう。
「卵を奪われて怒っていたの?」
内輪の話で、呆然といている外野――というか、今回の争いの当事者を置いてけぼりにするのはよくないと思って、騒動の元凶のひとつである竜に声をかける。
「ギャ」
竜はこちらの言葉を理解しているようだけれど、やはり私には竜が何を言っているのかさっぱり分からない。
仕方ないのでミーティアを見上げると、頷かれたので多分合っているのだろう。
マリンのようにジェスチャーを交えてくれると分かりやすいのだけれど、ミーティアに押さえつけられたままではそれも無理か。
「これ?」
「ギャウ!」
朔から卵を取り出して竜に見せて、ミーティアに確認を取る。
さきと同じように頷かれたので、これも合っているのだろう。
というか、最初からミーティアに交渉を任せればよかった。
とにかく、この卵はこの竜のもので、これを奪われたことで怒っていたということで間違いないだろう。
「貴方たちは卵の盗難について何か知っていますか?」
私の目配せを受けて、アイリスが亜人さんたちに問いかけたものの、みんな首を横に振るばかり。
ミーティアの竜眼で分かる範囲でも嘘はないようだ。
「彼らは無関係。もう襲わないで」
「ギャウ」
特に確認もせず肯定と受け取ると、ミーティアにお願いして拘束を解いてもらう。
中位の竜ということで、マリンよりも高位らしいし、頭も良いのだろう。
つまり、下手な行動をすればどうなるか分からないほど莫迦ではないということだ。
「被害は?」
今度は亜人さんたちに向けて問う。
「負傷者はいっぱいいるよ。でも、死者はいないよ」
馴れ馴れしい口調で答えたのは、蝶のような翅を持った可愛らしい女性。
ただし、手のひらサイズで、どう見ても妖精さんだ。
可愛い。
「ユノ様に向かって何と馴れ馴れしい口調。死にますか?」
そんな妖精さんをマリアベルが脅す。
腰が抜けて落下する妖精さんを掌で受け止めて、じっくりと観察する。
蝶も、幼虫は当然として、成虫でもあの腹部は苦手なのだけれど、妖精さんにはそんなものはついていない。
翅だけなら綺麗なものなのでセーフだ。
「口調くらいいいよ。アイリス、負傷者をお願い」
芋虫風情が馴れ馴れしければ、ドワーフの町で仕入れた武器の実験台にしてやったところだけれど、妖精さんは愛らしいので許す。
むしろ、誰か城下町の人たちや、使い魔たちの「様」付けを止めさせてほしい。
「はい。では、重傷者のところから案内してください」
アイリスが手近にいた妖精さんに話しかけたけれど、その妖精さんはポカンとアイリスを見返すだけで反応が悪い。
恐らく、いつの間にか戻ってきてアイリスの護衛についていた、2体のデスが原因だろう。
必要無いとは思うけれど、亜人さんや魔物の中にはムキムキな男連中もいるので、アイリスが優しいからと図に乗らせないためにも、一応つけておいたのだ。
「で、この火竜はどうするんじゃ?」
どうしていいか分からず、大人しくお座りをしていた竜を、ミーティアが指を差して尋ねてくる。
なお、ミーティアによると、この竜は「火竜」と分類される種類らしい。
ミーティアのように色で呼ばれるのは、古竜の中でも特に力を持つ存在に限られていて、それ以外は、属性や生息地にちなんだ名で呼ばれることが多いそうだ。
なので、この個体は赤褐色の鱗――たとえ、青でも緑でも火属性の竜なので火竜とよばれるのだ。
それはともかく、アイリスが情報収集と怪我人の治療を行ってる間に、こちらは竜の処遇を決めてしまおう。
『亜人や魔物はどうでもいいけど、この竜はウチで飼おうか』
「ギャワ!?」
確認しなくても分かる、火竜の不満そうな声。
『見逃しても構わないけど、君が帝国に利用されたり、それ以外でもボクたちの邪魔になるようなら殺すよ?』
「ギャワワ!?」
竜にとっては青天の霹靂としかいえない状況かもしれない。
だとしても、こちらにそれを斟酌してやる必要は無い。
そもそも、竜を説得するのに脅したりする必要は無いのだ。
「じゃあ、帰っていいよ」
火竜から興味を失った体で手をヒラヒラさせる一方で、《竜殺し》を樽で出してミーティアに渡す。
「飲んでもよいのか!?」
今夜飛ぶことが決まっていたために禁酒させていたミーティアが、喜びに声を上げる。
もちろん、飲酒飛行など許されないので、次に飛ぶのは酔いが醒めてからだ。
そして案の定、火竜が食い入るように《竜殺し》を見詰めていて、物欲しそうに口が半開きになっていた。
もちろん、涎も滝のように流れている。
「まだいたの?」
「キュウゥン……」
少し意地悪をしてみただけなのに、これ以上ないくらい切なそうに鳴く火竜がいた。
匂いだけで堕ちたようだ。
【カリン】と名付けた火竜に《竜殺し―アメリカン―》を与えながら、町でのルールを教えていく。
仕事は特に思いつかないけれど、火を扱う仕事の補助でもさせることになるだろう。
やったね!
念願のライターをゲットしたよ!
◇◇◇
「終わりましたー!」
しばらくすると、治療活動を終えて戻ってきたリリーの体当たりを、軸をずらして回転モーメントに変えて受け止めて、アイリスやソフィアたちにも労いの言葉と飲み物を手渡す。
それから、アイリスが治療中に得た情報を教えてもらったのだけれど、特に有効な情報は得られなかったようだ。
一応、一部の亜人さんから「最近、帝国の動きが活発になったような気がする」という話も聞けたらしいけれど、それは誰でも知っていることで、具体性にも欠けるのであまり役には立たなかった。
まあ、ここが帝国領からそこそこ離れた地域なので情報が入ってこないのだろう。
いろいろな種族が協力していたこの状況は、各々の種族の棲み処を守るために止むを得ず協力しただけとのことだそうだ。
本来なら捕食者と被捕食者の関係の種族もいるので、今回のみの特例措置なのだ。
ひとまずこの件はこれで終わりだ――と、火竜は私たちで引き取るから帰っていいよと伝えると、大半の人たちは棲み処へ帰っていった。
しかし、いくつかの種族の、結構な人数が途方に暮れた感じで残ったままだった。
どうやら、命は助かったものの、棲み処を失った人たちらしい。
流れ的にそういうことのようなので、ここでも希望者がいるようなら城下町に受け容れても構わないと、少々慣れてきた感もあるアイリスが諸々を説明してくれた。
入植を希望したのは、ここにいる妖精――【フェアリー】55名、【ダークエルフ】58名、【ケンタウロス】95名、【鬼】112名、【アラクネー】77名。
それと、避難している彼らの同胞たち。
一応、フェアリーを除いて、みんなそれなりに力のある種族らしい。
集団とはいえ中位の竜と戦えるのだから、最低限それくらいの実力はあるのだとか。
それでも、壊れてしまった集落の復興や、新天地を目指すとなると、現状の物資の乏しさが大きな問題となる。
後者だと、移動中や移住先での先住者とのいざこざなど、様々なリスクを背負うことにもなるし。
そんなリスクを背負うくらいなら、それぞれのプライドや葛藤などには目を瞑って、力ある存在の庇護下に入ろうと決断したらしい。
少なくとも、火竜を片手間で制した私たちの力は疑いようがない。
ここでは、火竜と戦える実力がある程度では、何の自慢にもならないのだと。
驚くほど判断が早い。
普通に考えれば胡散臭い話で、即決するなど頭の心配をしなければいけないのだけれど、彼らにとって「力がある」というのは、一種の信頼の指標になるらしい。
なおかつ、棲み処が無事な種族をタダで帰らせたことで、悪巧みではなく強者の気紛れだと感じたようだ。
アイリスの説得の効果も高かったのかもしれない。
それでも、これだけの数を受け容れても破綻しない町があるのかとか、先住種族と上手くやっていけるのかという心配はあるようだけれど、先住者はみんな狂信者なので、種族の差を気にしていない。
食料についても、最悪は私の能力でどうにでもなるし、改善している最中でもある。
まあ、朔が『多くの種族が共存共栄できる地になればいいね』とも言っていたし、どこまでできるか、とにかく見守ってみようと思う。
しかし、その前に私と共存できるかどうかという問題がある。
私は博愛主義者ではないのだ。
特に、意志があるのかないのかはっきりしない存在は駄目だし、虫っぽい見た目もどうにも駄目だ。
フェアリーは、翅だけなのでセーフ。
むしろ、可愛いのでよし。
貴方たちには特等席を用意してあげよう。
ダークエルフは、エルフであるフローレンスさんと近い種族らしく、男女ともに美しい容姿なのでセーフ。
見た目だけが全てではないけれど、他人を不快にさせないのは重要な要素のひとつだと思う。
ケンタウロスは、上半身は人、下半身――馬の首から下部分が馬の半人半馬。
鬼は、額の角が特徴的な、人間より大きな身体の種族で、どちらも少し臭うもののセーフ。
しっかりとお風呂に入る習慣をつけさせよう。
アラクネーは蜘蛛の身体に人間の女性が生えた魔物。
普通の蜘蛛なら文句なくアウトだけれど、彼女たちは下半分さえ見なければ――どちらかといえば、アウトいやギリギリアウトか?
しかし、彼女たちの出す糸は良い素材になるからとアイリスに説得されたのでセーフ。
できる限り下半分は見ないように気をつけよう。
それでも、人間部分がピチピチのボディスーツを着ていて、怪しいマスクでも着けているようならアウトにしていたかもしれない。
著作権的な意味で。
冗談はさておき、意思の疎通ができる――というのが最大の理由だ。
人を見た目で判断してはいけないというのは、我が身をもって充分に経験しているのだから。
とまあ、この結構な人数が、更に避難している人がまだ数多くいることが、カリンの起こした森林火災がどれほどのものだったかを物語っていた。
ミーティアはそれほど酔ってはいないけれど、念のため4時間おいて、その間に入植希望者を集めさせる。
4時間後にミーティアにアルコールが残っているようなら、《解毒》の魔法を掛けてから出発することにしよう。
アルに再度竜の小屋をお願いしなくてはいけない。
さすがに竜の小屋にはしっかりとした強度が必要だと思うし。
対価はパワーアップした私の魔法でも食らってもらおう。
いっそのこと、アルも餌付けしてしまおうか。




