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17 散財or投資

 私とソフィアのアナグラでの目的は早々に果たした。


 なので、次はアイリスやリリーの欲しいものでもあればと思ったのだけれど、特に思いつかないとのこと。


 防具くらいは新調してもいいのではないかと思ったのだけれど、彼女たちの戦闘スタイルとドワーフ製の金属鎧の相性が悪いらしい。


 そもそも、ふたりともかなりの高レベルなので、下手な鎧を着るより、魔法で防御力を向上させたり、スピードや身のこなしを活かして回避した方がいいのだとか。


 私としては、システム補正が分からないので不安なのだけれど、当人たちにそう言われては無理に勧めるわけにもいかない。

 ということで、残りの日程は特に目的を定めずに、目についたものを見て回ることにした。


◇◇◇


 鉱山や製鉄施設などの見学や、陶芸の体験など、最初はリリーのための社会見学のつもりのものでも、みんなでやってみると案外楽しめたりする。


 もっとも、前者は宝石や希少な鉱石の展示販売で、後者は誰が一番ユニークな物を作れるかという勝負で盛り上がっただけで、何をするかよりも、誰とするかが重要だったのだろう。


 ただ、アイリスの不器用さは陶芸でも有効で、可愛いネコの装飾の付いた夫婦湯呑を作ろうとして、鬼瓦のような物が出来ていた。

 ショッキングな食器である。

 ユニークさでは一番だったけれど、作った本人も含めて認め難い結果になってしまった。



 それはさておき、結局のところ、大半の時間は買い物に費やされた。


 とはいえ、ここは工業の町なので、女性が喜ぶような物はそんなに多くはない――服や装飾品もデザインより機能性が優先されていて、女の子がキャーキャー騒ぐような物はほとんどないといってもいい。


 そもそも、そういう物が欲しければ、他の町に行くべきだろう。



 そんな中、アイリスが興味を示したのは、大衆用の服屋だった。


 そこで大量のジャージやスウェットを購入していた。


 アイリスは、今まで部屋着でも正装に近い格好をしていたので、そういう教育を受けてきて、それに慣れている物だとばかり思っていたけれど、やはりオフのときくらいは楽な格好で過ごしたいらしい。


 もちろん、それらはアルスや王都にも売っているのだけれど、そこではアイリスやお付きの人の顔までもが売れすぎていて、なかなか買いづらかったのだとか。

 売れているのに買えないとはいかがなものか。

 冗談はさておき、半ば諦めて、忘れかけていたところに店頭で見かけて、買い占める勢いで爆買いしていた。


 私は着られないし、着られたとしても、どちらかというと裸族派なので着ないと思うけれど、確かに機能性は高く、値段もお安めだ。

 なので、リリーたちの分も購入しておいて、お城で着てもらおうと思う。

 ……お城とジャージって相容れない存在に思えるけれど、自室だけなら問題無いはずだ。



 リリーが欲しがったのは、包丁とかお鍋などの料理道具だ。

 お城に帰ればご飯はほぼ自動で出てくるし、これからはマザーもいるので、必ずしも料理をする必要はないのだけれど、料理はリリーの数少ない趣味らしいので、好きなだけやらせてあげることにしている。


 それに、将来お嫁に行くときは料理ができた方がいいに決まっているし、ホムンクルスやマザーといった教師がいるときに覚えた方が絶対にいい。


 まあ、リリーをお嫁さんにするには、まず私を乗り越えてもらう必要があるのだけれど。


◇◇◇


 翌日は、またもや車両や船舶などを見て回った。


 車両は既に何台も買っていたので、それとは違うタイプの敷地内移動用の物を数台、ミーティアが竜型洗浄用に放水車を欲しがったのでそれも数台、ちょっとした移動用に四輪バギーや、作物の収穫用の軽トラなども購入した。


 カモがいると察した職員さんに「随分ご立派なお屋敷なのですねえ」と両手を揉みながらあれこれ勧められた物を、もう言われるままに買った感じだ。


 まあ、はしご車だって時計塔や城壁に何かするのに使えるだろうし、カートだって敷地の片隅にでもサーキットでも造ればいい。

 フォークリフトやクレーン車だって何かに使えるだろう。


 何にしても、場所もお金も充分にあるのだから、将来的なことも考えていろいろ用意しておこうというだけ。

 つまり、先行投資であって、みんなの同意も取れているので、誰に遠慮する必要も無いのだ。



 その勢いのまま、船もあまり大きくないものを何艘か購入した。


 私たちにとっては外敵の存在は障害にはならないけれど、さすがにあまり大きな船は使い道が思いつかないことと、港の整備をどうすればいいのかも分からないので、とりあえずお試し感覚で買ってみただけだけれど。


 とはいえ、お城の周辺は水深の浅い場所が多いため、そのままでは利用できない。

 ホバークラフトのような、水面から少しでも浮くような飛空船タイプはミーティアが情緒不安定になるので採用できず――とまあ、そういう事情なので、船は職員さんの期待にはあまり応えられなかった。


 なお、職員さんは、更に商品の運搬でもひと儲けと考えていたようだけれど、全てお持ち帰りと完全に当てが外れた状態だった。


 しかし、職員さんは、私たちの想像もしていない、とんでもないものを売り込んできた。



 それは、人だった。

 もちろん、人身売買とか臓器売買といったヤバいものではなく、私たちの買った商品の整備をする人員や、ちょっとした部品を製造できる鍛冶屋さんなどとのレンタルというか、交渉権というか、説明の難しい微妙なものだった。


 アナグラとしては、腕の良い職人さんをホイホイ引き抜かれては大損害なのだけれど、個人の意思で出て行く人や、拉致や脅迫などといった非合法的手段で連れ去られる人をゼロにするのも難しい。


 しかし、一定のレベルには達しているものの、最高位には届かない層の職人さんたちであれば、この町では仕事が芳しくなくても、他の町では重宝されて仕事が増える――経験も積める上に、アナグラの宣伝にもなる。


 そうして職人たちが流出してしまう前に、商工ギルドが間に入って、相手方の国や町、個人とのレンタルや移籍の条件をまとめるのだとか。


 職人としては、活躍の場と生活の保証が得られて、顧客側も、何かあるたびにアナグラに出張依頼をするしかないことを即時対応してもらえるとか、商工ギルドとしては紹介料が手に入ると、WIN-WINの関係というのが商工ギルド側の言い分だ。


 実際には、職人さんが上を目指すのであれば、環境の整ったアナグラで修行するのが一番なのだけれど、だからといってここで鳴かず飛ばずのまま続けても食べていくことが難しかったり、思ったように修行もできないのが現実だ。

 だったら、余所の土地で経験を積んで、お金を稼いでから出直そうということになるらしい。


 平たくいうと、私の町は(てい)のいい二軍キャンプのようなもので、職人はうちで稼いで、いずれアナグラに戻ることを目標にするということだ。


 そして、アナグラの商工ギルド的には、私のお金を使って人材を育成しようという算段なのだ。


 それに、たとえ職人が帰ってこなくても紹介料は取っているし、アナグラの設備がなければ、アナグラ以上の物は造れない――と、そういうことなのだろう。


 とまあ、一応誰も損をしていないとかそんな感じで、なかなかよく考えられているように思う。


 それに、どんな理由であれ、私たちに機械の整備なんてできないし、上手くいけば、町の住人たちが鍛冶や整備などを学べるかもしれない。

 亜人たちに自立を促すなら、教育を受ける機会は設けた方がいいだろう。


 とにかく、せっかくの機会なので――といっても即断できる内容ではないので、条件内で収まる範囲で様々な人材を募ってもらうようお願いしておいた。


 集まった人材は、日を改めてアルに運んでもらうとして、アルへのお土産として、アルとアルの家族用の船も買っておいた。

 これでアルも、遊びたいなら港の整備もしなければいけなくなった。

 我ながら策略家である。


 これくらいいろいろと用意しておけば、妹たちを召喚したときに怒られる度合いも減るだろう。


 減るといいな……。


◇◇◇


 こちらからは日本には戻れないという世界の仕組みの問題で、私が日本に帰るのが最後の手段になってしまった以上、妹たちを召喚する方向で計画を進めることにした。

 表現として矛盾しているけれど、仕組みを作った存在と敵対する覚悟ができれば可能というだけ。

 そうるすと、両方の世界が滅茶苦茶になると思うので、二の足を踏んでいるのだ。


 なので、妹たちと再会して、その後も平穏な生活を送るためには、彼女たちをこちらに召喚するか、管理者を始末する必要がある。

 後者は始末まではできなくもないと思うけれど、その後釜をどうするかを考えると打つ手無し。

 まさか、放置するわけにもいかないだろうし。



 なので、総合的に考えて、安全策を採る。


 こっちの世界では、コンビニやインターネット、特に通販サイトが使えないことに文句を言われそうだけれど、それ以外は自然も多く、案外平和なものだし、きっと気に入ってくれると思う。

 友達関係は申し訳なく思うけれど、恋人に関しては諦めてもらおう。

 むしろ、恋人なら、追いかけてくるくらいの気概がないと認められない。


 ただ、彼女たちも、甘やかすだけで腐らせてしまうわけにはいかない。

 できれば、こちらの世界でも勉強や職業訓練ができる場所を用意しておきたい。


 ついでに、城下町の子供も通えるようなものを造るのもいいかもしれない。

 教師とか講師となる人材をどうするかという問題はあるけれど、とにかく、アイリスやアルにも相談してみよう。


 何にしても、先にサンドワームと公爵の問題を片付けてからだ。


◇◇◇


 町をひととおり見て回った後に、この町のギルドに寄ってみた。

 名目上は息抜きで来たとはいえ、大した労力でもないのだし、情報収集くらいはしておくべきだろう。



 ギルドの建物に入ると、ここでも当然のように「ここはお嬢ちゃんの来るところじゃないぜ」的な出迎えを受けた。

 今日はみんなでBランクのカードをぶら下げているのにだ――いや、まあ男の人なら胸とか太ももに目が行くそうなので、目に入らないのも仕方ないのか?

 いや、でも、女性の視線も私に集中しているし、何かそういう原因でもあるのだろうか?


 とにかく、事情を知っていると責めることもできないので、カードを見せながらちょっと良いお酒の瓶をふわりと放り投げて渡す。


「おっと、ベテランだったのか。悪かったな、そんな風に見えなかったもんだからさ」

 バツが悪そうに頬を掻く強面の男の人に「気にしていません」とひと言だけ告げて、掲示板に貼り出されている依頼に目を通していく。


 アルスのエリート冒険者さんが、「依頼の内容を見れば、その地域の特徴とか情勢なんかも分かったりするんだ」と言っていたのに倣ったものだ。



 確かに、ここでは希少鉱石の採取や、鉱山内の危険区域への護衛依頼などが目立つ。

 報酬はそこそこだけれど、アルスの迷宮ほどの危険もなく、優秀な鍛冶師へのポイント稼ぎになるかもという期待で、結構人気が高いらしい。



 そんな中、「邪教の徒の排除」という依頼が目に留まった。


 詳しく見てみると、依頼者は帝国領の小さな村の住人らしい。

 なぜドワーフの町のギルドに帝国領の住人の依頼が? というのは分からないけれど、辺境の村では、国家など納税以外の実感などないのかもしれない。


 職員さんや、お酒で懐柔した冒険者さんの話では、現在の帝国内は、皇帝の恐怖政治と貴族社会の腐敗でかなり荒んだ状態にあって、その空気に倦んだ人たちの間で、一種の終末思想のようなものが流行っているそうだ。


 曰く、「この世界は間違っている。間違った世界を肯定する神共々浄化されるべきだ」などと、自身の努力不足を棚に上げた、責任転嫁にしか聞こえない寝言を謳い、それが徐々にエスカレートしていって、今では人を攫って、生贄を捧げるなどの儀式にまで手を出しているという噂まである。


 本来なら帝国が対処すべき問題なのだけれど、腐敗がそこまで進んでいるからなのか、それとも件数が多くて手が回らないのか、問題が解決される様子がない。

 ギルドへの依頼にしても、依頼の報酬額が少なすぎる上に他国領のことなので、受ける人がいないらしい。


 私もいちいち首を突っ込みたくはないのだけれど、狂信者の集団とか生贄というキーワードが気になるので、放置するのも精神衛生上よろしくない。


 一応、話を聞いた限りでは、これは悪魔崇拝の類で、私――というか、邪神は無関係らしいのだけれど、悪魔だったらいいか、とはならないのも困りものだ。


 とはいえ、まだ帝国領内で派手なことをするつもりはないので、帰りに上空から様子だけ見るだけにしておこう。


◇◇◇


 帰途も当然のように夜間の飛行になる。


 ミーティアの《認識阻害》の魔法と、周囲の景色を移す銀の鱗は目立ちにくいとはいえ、やはり夜間の方が人目が少なく、万一の可能性も更に低くなる。


 街の灯が見えない程度に離れた所で、ミーティアの背に乗って空高くへ舞い上がる。

 そこから山裾に沿って西へ飛んで、件の依頼にあった場所を、恐らくこの辺りだろうと当たりをつけて、領域を使って広範囲に捜索する。



 見つかったのはゾンビ。

 しかも大量の。

 見なきゃよかった。


 とにかく、山裾から少し離れた、廃墟と化した町の外れにポツンと建っている、寂れた修道院か教会か、そんな感じの建物。

 その敷地にある墓地には、多数のゾンビが、それこそ(ひし)めきあうように徘徊していて、とてもではないけれど、まともな教会には見えない。


 この世界では一般的なことらしいのだけれど、墓地も万一のことを考えて高い塀で囲まれている。

 この教会の墓地も、その例に漏れずに高い塀で囲まれているので、ゾンビが溢れ出す心配は無いと思う。


 だからといって、ゾンビを放置していいわけではない。


 ゾンビが沢山湧くようなところでは瘴気が濃くなって、もっとヤバいアンデッドが湧いたり呼び込んだりするそうだし。


 それに、特に並外れた認識能力を持っている私には、精神的にキツイのだ。

 見た目はグロいし、臭いし、虫も湧くしで。


 ミーティアに魔法で焼き払ってもらおうかとも思ったけれど、幸か不幸か、邪教徒とやらの集会はお休みのようなので、この憤りは次回――があれば利息も含めて支払ってもらおうと思う。



 それよりも、ここより遙か北西の山肌が、煌々と輝いていることの方が気になった。


 どうやら、竜が暴れていることが原因の山火事のようだけれど、様々な種族の亜人さんや、知性のある魔物が協力してその侵攻を食い止めている。


「派手に燃えているね」


「中位の火竜が暴れておるようじゃな。食い止めておるのは亜人と魔物か。よう善戦しとるようじゃが、火竜の方もよほど怒っておるようじゃ。これは竜以外が全滅するまで終わらんのう」


 さすがに距離が離れすぎているので、見えているのは私と《遠視》の竜眼を持つミーティアだけのようだ。

 それでも、ミーティアが詳細を伝えてくれたので、みんなにも状況は伝わっただろう。



 なぜこんなことになっているのかと、目視から領域に切り替えて確認してみると、竜の卵らしき物を抱えてこっそり移動していた帝国兵さんの一団を見つけた。


 リリーの村を襲ったのと同じ黒尽くめの鎧で闇に紛れて、竜の《魔力感知》を警戒してか、魔法やスキルの類は一切使わずに、ゆっくりとしたペースながら気配を殺して、確実に竜からの距離を稼いでいる。


 竜はおろか、普段なら何でもない魔物も相手にできないほど弱体化しているはずだけれど、代わりに、目視以外で探知される可能性を極限まで下げている――ということなのだろう。

 地味な手ではあるけれど、《魔力感知》に頼った竜には存外有効なようだ。


 もっとも、ミーティアの《遠視》の竜眼のような特殊能力の前には無駄な努力のようけれど、《遠視》のような地味な能力を獲得する古竜も少なく、そもそも、上位以上の竜でなければ特殊能力付きの竜眼を持つことは稀らしい。


「卵泥棒がいる」


「儂に手を出してきた時も中途半端な戦力じゃったが、もしや、卵でも狙っとったのか? ――儂、卵なんぞを産んだ覚えはないのじゃが」


「竜の卵は貴重ですから。――それも、古竜のものともなれば相当な価値でしょうし」


「それより、ユノさんはどうするんですか?」


「アンタの考えてることくらい、大体分かってるけどね」


 分かっていると言われても、別にどうしたいとも思わないのだけれど――いや、卵を子供と看做せば、これは誘拐ともいえる。

 大人が自分の意思でしたことなら全て自己責任だと思うけれど、子供は無条件に大人の庇護下にあるべきだと思う。

 であれば、看過するのは私らしくない?


 それに、あそこで奮戦している亜人や魔物にも子供がいると考えれば、目の届くところくらいは手を差し伸べるべきか?


 まあ、いいや。


 ソフィアに指摘されたとおりになるのは少し負けたような気もするけれど、どうせ正解なんて存在しないのだし、迷ったらとりあえずやってみよう。

 下手に殺さなければ、取り返しはつくはずだ。



『それじゃ、ユノは卵の回収。ミーティアは竜を、ソフィアとリリーで残りを制圧、アイリスはどうにかして事態を鎮静化させて』


 決心した途端に、朔が作戦――というほどのものではないけれど、役割を決めた。

 ただし、アイリスだけハードルが高い。


「「はい!」」

「うむ」

「任せて!」


 特に面白いことでもないのに、なぜかみんなやる気満々だ。

 まあ、私もやると決めたからには真面目にやるべきか。

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