03話 門出と予感
「つ、ついにこの時が……!」
恐る恐る、サンクトゥスの森の外へ足を踏み出す。
いくら待っても誰も捕まえに来る事は無く、ワシは安堵のため息をついた。
自由……本当にワシは自由になったんじゃな!
ま、といっても周りは代わり映えのしない似た森なのだが。
しかし「サンクトゥスから出られた」というに事実に浮かされている為、似た様な森でも十分に解放感があった。
三百年以上サンクトゥスの森に縛られていたからか、少しだけ寂しさを感じながら背を向ける。向こう二百年は絶対に帰らんぞ!
さて、自由にはなったがこれからどうするか。
三百年前に仕えていた国にでも行くか?
色々旅をするのには金も掛かるだろうし。
じゃがなぁ……報酬が良い代わりに如何せん、人使いが荒かった覚えがある。
三百年も経っていれば多少変わってはいるだろうが、何となく行きたくない。
勿論良い思い出もあるにはあるが。
ああそれと、昔の仲間達がいたという所にもいかなければ。
確かレフィが言っていた場所は元仕えていた国、《アストルム》の近くだった筈。まぁ国に入らず森にだけ行けば良いか。
『それって《フラグ》って言うんだぜ!』
などと笑いながら言っていた、かつての仲間を思い出す。
そう言った本人も、次の瞬間には魔物の巣穴に落っこちておったな……。
基奴は本当によく笑うお調子者だった。
この世界を救う為に召喚された《勇者》という者だ。
彼奴には、本当に申し訳ない事をしてしまった。
まだ召喚する準備が整っていないと説明したのに、王が痺れを切らして無理矢理召喚してしまったのだ。全く!効率重視のせっかちめ!
そのせいで勇者は元の世界に帰れず、この世界で勇者として生きて行く事になってしまった。……あぁ、今思い出しても頭が痛い。
無理矢理連れて来られ、戦って欲しいと決定事項の様に言われ、挙句の果てには魔王を倒しても元の世界に帰れない。
しかも勇者は召喚された時、齢十五だったのだ。
「問題ないな」と言った王の頭をこの時は殴り飛ばしたわ!
一国の王がなんて事を!十五はまだ庇護される年だというのに……。
だから息子に嫌われるんじゃ!この大馬鹿者!!
とまぁそんな事があり、勇者は一時期心が不安定になってしまったのだ。
因みに勇者と一番最初に仲良くなったのワシ((どや))
召喚したからと言って、絶対に勇者になる必要はないからな……。
一年程経った頃、勇者も段々と表情を表に出す事が出来る様になった。
あんなに怯えておったのに、第二の勇者を召喚すると言ったら「俺が魔王を倒しに行く!」といきなり言い始めた事には驚いたのう。
つい感動して、視界が滲んだ事は秘密だ。
「誰にも知られたくないから」と勇者に言われ、聖女の王女と、王国騎士の王子と共に、城を抜け出して旅に出たのは傑作じゃった!
慌てている王の姿を見て、事情を知らない者以外は皆笑っていたからな。
これぞ日頃の行いが表に出ている良い例である。
これに懲りたら、自らの行いを見直しておくんじゃな!
そしてワシ達は魔王を倒す為に旅に出たのだ。
たまたま再会した知り合いの鍛冶師のドワーフ、旅の途中で仲良くなった吟遊詩人の二人も仲間になり、毎日とても賑やかであった。
勿論旅は過酷で辛く、時には衝突する事もあったが、本当に毎日が楽しかった。
三百年経っても、鮮明に思い出せる程に……。
あ~~~いかんのう、年を取ると涙もろくてかなわんわい。
まぁまだワシ五百歳になったばかりじゃがな!
まだまだ知りたい事や、やりたい事が沢山ある。
うむ、手始めに一番近い村に行ってみるか。
確か、東の方角だったと思うが……。
<しるだ! しるひさしぶり!>
<げんき? ぼくらはげんきだよ!>
<むらはねぇ、あっちだよ>
<ちがうよこっち!>
三百年前の記憶を頼りに、森を進む。
木々が風に揺られて、気持ち良さそうに葉を揺らした。
ふふ、そうかそうか、この道を歩くのは久しぶりだったな。
丁度良い、彼等に少し質問をさせて貰おう。
木々達から温かな歓迎を受けつつ、最近森で起こった事を聞く。
<さいきんはねぇ、もりにくろいらんぼうものがきたの!>
「ふむ、乱暴者とな?」
<くろいらんぼうもの! ぼくあいつきらい! おっきなするどいつめでね、ぼくたちのことひっかくの。すごくすごーくいたいんだよ!>
<むらのひともこわがって、むらからでてこなくなっちゃった……>
木々達が言う乱暴者は、おそらく[ブラックベア]だろう。
個体数こそ少ないものの、非常に凶暴な性格をしており、攻守共に優れたモンスターの一種である。縄張り意識が強く、木の幹に爪痕を残す事が多い。
ふむ、ブラックベアか。そんな凶暴なモンスターが何故この森に?
この周辺にいる凶暴なモンスターは、三百年前ワシが全て倒した筈。
生き残りがいたのか?それとも縄張りを追われてこの森に来たのか?
……兎に角、村の人間が襲われる前に倒すか、森から追い払ってしまわねば。
村の中に籠っているのなら、助けを呼ぶことも出来ていないだろう。
此処から大きな町に行くまで、かなりの距離がある。
ブラックベアだけではなく、他にも凶暴なモンスターがいるかもしれない。
「わかった、その乱暴者はワシが懲らしめてやろう」
<ほんと? しるにならまかせられるね!>
<がんばって、しる! おうえんしてるよ!>
<つめにきをつけてね!>
「ああ、色々とありがとうな」
木々達に別れを告げ、森の中を進む。
少し進むと一本の木の幹に、ブラックベアのものだと思われる、大きな爪痕が刻まれていた。地面にある足跡の大きさから見ても、相当大物だと見て取れる。
……これは早く村に行かないと不味いな。
サンクトゥス周辺の森の木々には、基本的に実が生らない。
ワシ達エルフ族と同様、普通の木々と比べて寿命がとても長いからである。
しかし中には実をつける木も存在するが、元々この森の土壌では普通の木々や作物の栽培がとても難しく、限られた者にしか育てる事が出来ない。
昔からある言い伝えでは、木々等が育たないのは欲深い者が実や作物を全て独占し、森の精霊達の怒りをかったため……とも言われている。
本当の所は分からないが実際、サンクトゥスの森には実に様々な人間が来た。
___そう、特に《欲深い者》が。
時には子供のエルフを人質に取り、時には森を焼き払おうとした。
その際、言い伝えは本当の事なのではないかと思った程だ。
まぁ当の精霊達は否定していたがな……。
そんなほぼ不作なこの森で、暮らしている者達がいた。
《緑の手》を持つ、特別な人間達だ。
自然の精霊から加護を受けた、稀な人間達の事を総じてそう呼ぶ。
そもそも人間が精霊から加護を与えられる事自体珍しい。
殆どの人間には精霊の声は聞こえず、姿も見えないからだ。
彼等の手にかかれば、荒れた土地は草木溢れる美しい森になるという。
しかし、特別な加護を持つ人間は皆悲惨な末路を辿っている。
心無い者達には迫害され、欲深い者達には利用されたのだ。
追われ、逃げ出し、そうして彼等はこのサンクトゥスの森に来た。
ワシが長になって直ぐの事だった。
周りのエルフ達は反対したが、ワシは彼等を受け入れた。
人間だから?汚らわしいから?はっ!そんな事で追い返すなどもっての外!
追っ手が来たのなら追い払ってしまえばいい!
しきたりを知らぬなら覚えるまで教えればいい!
汚らわしいなら風呂にでも突っ込んでおけ!
新しい物は新しい者達からしか生まれない。
それに……正直面白そうだと思ったんじゃ!
それが一番の理由だ。だって気になるじゃろ?
どの様に草木が生えるのか、どの様に成長するのか、ワシは知りたかった。
理由なんてものはそれで充分。
ワシは「緑の手を見たい」、彼等は「安息の地が欲しい」。
これぞ、うぃんうぃんの関係というやつじゃ!
彼等は人間の中でも特に性根が優しく、中には気難しいエルフと契りを結んだ者もいる程であった。あれには先代も驚いていたのぅ……。
彼等と出会えた事で良い事も悪い事も、数え切れない程あった。
これも女神の導きなのだと、ワシは信じている。
彼等の危機は我等の危機。
少し遅くなってしまったが、隣人の為に一肌脱ごうではないか!
持っていた杖を持ち直して気合いを入れ直す。
「ふふふ、腕が鳴るのう!」
久しぶりの討伐の予感を感じ取り、ワシはにんまりと笑った。