01話 日常と本音
仲間達と共に魔王を討伐してから、大体三百年の歳月が経った。魔王が復活したとも、魔物が増えたとも聞かない今現在は、平和そのものである。
ワシの名前はシルヴァ。現在はエルフ達が多く住む、色々な噂が絶えないサンクトゥスの森の長をしておる。まぁ長などと大層な肩書ではあるが、実際は無理矢理長にされただけの、ただのハイエルフじゃがな……。
コトリと先程まで使っていた羽ペンを机の上へ置く。
伸びを一度すると、ゴキゴキと身体中から鈍い音が鳴った。
「うむ、今日はこのくらいにしておくか」
最近生まれたエルフの子等の名前を考えるは、長の務めといえども毎度の事ながら骨が折れる。そろそろしんどくなってきたというのに……。
ちらりと机の上に乗っている書類の山を見て、ため息をついた。
終わらせても終わらせても減らない書類が憎い。
……そういえば長に君臨してから、ワシまともに休んだ事あったか?
改めて考えてみても、書類仕事や子等の世話をしている事しか思い出せない。
むう、これがかつての仲間が言っておった《しゃちく》というやつか?そんなもんにはならんと高を括っておったが、見事になってしまったな、不甲斐ない。
書類整理をしつつ、そんな事を考える。ハッ!手と目が勝手に……!
先程終わりにすると決めたばかりだというのに、傍に書類があると勝手に内容を確認し、書き込んでいるのだ。
「こ、これは流石に良くないのう……」
「はい、いつもの事ながらシルヴァ様は本当に働き過ぎでございます」
「うおおお!? アーラ!?」
背後から聞こえてきた、呆れを含んだ声に驚く。
心臓に悪いからいきなり現れるのは止めてくれと毎回言っておるのだが、この子は聞いていないのか、聞いているがわざとなのか、毎回背後から話しかけて来る。
全く、悪戯好きな所は父親にそっくりじゃな。
この子はワシの友人の娘のアーラ。ほんの数百年前まではよちよち歩きをしていたのに、今では立派な大人のハイエルフに成長した。時の流れは早いのう……。
アーラの幼い頃の事を考えていると、目の前に紅茶が入ったティーカップが差し出された。ん~、今日も良い香りじゃ!
アーラにお礼を言いつつ、カップを受け取る。
他の皆にも飲ませてやりたい程、アーラ特性の紅茶は絶品だ。こんなに美味いのに、なぜ皆一緒に茶を飲んでくれないのか……長はちょっと寂しいぞ?
もしやワシ嫌われて〈それは絶対にあり得ません〉アーラ毎回言っておるが、脳内に直接語りかけるのは駄目だと言っておるじゃろう?〈申し訳ございません〉うむ、分かったならよろしい。
今日の連絡をアーラから聞いていると、外がザワザワと騒がしくなっている事に気付く。全く、また誰かが問題を起こしたな……。
今日はなんじゃ?子等のおもちゃの取り合いか?それとも森の一部を吹き飛ばす程の喧嘩か?偶に来る命知らずな侵入者達か?
ま、何にせよ面倒くさい事には変わりあるまい。
頼みの綱のアーラは母親から呼ばれているらしく、少し出てきますと部屋から退出した。流石に一人で処理するのは、ちとキツい気がするんじゃが?
少し時間が経ってから、ノックも無しに大きな音を立てながら開かれる扉。
そこに立っていたのは
「シ~~ルヴァ! たっだいま〜~!!」
旅に出たいからと、結果的にワシに長を押し付けた張本人兼友人であった。
白い肌は健康的な褐色になっており、身長も少しばかり伸びている。
背負っている鞄に傷や汚れが目立っている事と、はみ出している荷物から推測するに、様々な地を思い切り楽しみながら巡って来たのだろう。
ワシが毎日必死で仕事をしている間、お前は呑気に旅をしていたと……。
「どこに行っておったんじゃ、この大馬鹿者が!!」
「そんな怒るなって! 久し振りの再会なのに寂しい~!」
「やかましいわ! 全てワシに押し付けおって! この三百年間、どれだけ大変だったか……!」
へらへらと笑っている友人のマレフィキウム、通称レフィの頭を掴む。
痛いだの、暴力反対だの言っているが知るか!!
このまま卵の様に握り潰してやろうか……?少しずつ、手に力を籠める。
ワシが本気だと悟ったのか、レフィは半泣きになりながらほぼ叫ぶように謝罪を口にした。次似た様な事をしたら許さんからな!
半泣きだったが手を離した瞬間、いつも通りの笑顔を浮かべるレフィ。
お前は本っっっ当に昔から変わらんな……。
旅での出来事を喋りつつ、レフィは部屋の中を興味深そうに見回し、探索し始めた。いや、用が終わったなら帰れ。
「それでその時オークが____あ、そういや旅をしてた時に、お前の元仲間達と偶然会ったよ」
「おおそうか! 元気じゃったか? 会ったのはいつじゃ?」
「んーっと百年位前かな。そうそうシルヴァ、お前にすんごく会いたがってたよ」
ニンマリと揶揄う様に、レフィは笑った。
……ん?待て、今百年前と言ったか?
ワシが仲間達と旅をしていたのは、三百年以上前だ。
ワシはハイエルフだから、病気さえしなければ千年以上生きる。
しかし、ワシの仲間達は殆ど人間だった。人間は長くとも百年くらいで死ぬ筈であろう?なのにレフィが会ったのは百年前だと言う。
何度も確認したが、レフィは絶対に百年前だと言い切った。
此奴は基本ちゃらんぽらんだが、記憶力だけはとてもいい。いつまでも昔の事を揶揄われてムカついていたが、今回はその記憶力が役に立った様だ。
酷い!なんて言って絡んで来たが無視じゃ、無視。
「なあレフィ、一応確認なんじゃが人間は百年位しか生きられんよな?」
「当たり前だろ? なにシルヴァ、働き過ぎて頭でも可笑しく「[ファイアボーr]」何でもないです! シルヴァの言う通り、人間は長く生きても百数年位。
そんでシルヴァ達が魔王を倒したのが三百年位前で、俺が会ったのは百年前」
「二百年も経っとるな……」
「更になんと、その元仲間達年を取ってなかったんだ! 魔王討伐した時と姿が全然変わってないなんて、すっごい不思議だよねぇ〜!」
ぺろりと舌を出しながら、言うの忘れてた!ごめんね!とレフィは笑った。
……そうか、そんなに頭を卵みたいにされたいか。
逃げ回るレフィを追いかけ、再び頭を掴んでいると、怒りを滲ませた声と共に大きく開かれる部屋の扉。
素早くレフィから離れ、防御と防音魔法を自分と部屋にかける。
途端に、部屋の中に響く大きな歌声。
防御と防音魔法を唱えていなければ今頃鼓膜は破れ、部屋の中はボロボロになっていただろう。実際にレフィは防音魔法は間に合ったが、防御が間に合わなかったらしく、吹き飛ばされて服がボロボロになっていた。
※ワシとレフィだから生きているが、普通のエルフ達や人間達だったら間違い無く死んでおるぞ!良い子は絶対に真似をしないように!
「レ~フ~ィ~……? 嫁と子供を置いて旅に出た〈放送禁止用語〉が、今更何で帰って来ているのかしら? 私達に何か言う事、なぁい?」
「ひ、久しぶり、カネレ。……え?子供?」
部屋に入ってきたのは、レフィの嫁さんのカネレと、娘のアーラ。
そう、アーラはレフィとカネレの娘なのだ。正直、痴話喧嘩は帰って家でして欲しい。貴重品やら大切な書類やら何やらが、沢山ある此処で暴れられても困る。
ため息を一つつくと、眉を顰めたアーラが「止められず、すみませんでした」とワシに謝罪した。アーラ、お主が謝る事では無いぞ……元はと言えば、全部レフィが悪いのじゃからな。
三百年程前、仲間達と共に魔王討伐を成し遂げたワシは一旦、サンクトゥスの森に帰る事にした。国に仕え始めてから一度も帰っていなかったし、レフィが長になる瞬間を見届けると約束していたからである。
国から賢者の位を授かり、仲間達と別れ、ワシは森へ帰った。
久しぶりの地元は空気も食事も美味く、友人達とも久し振りに話せてワシは舞い上がっておった。そう、レフィがコソコソと何かを準備している事に気付かずに……。
次の日、レフィが忽然と姿を消した。部屋の机の上には置き手紙が一枚。
手紙の内容を至極簡潔にまとめると「長になるより旅の方が楽しそうなので旅に出ます!探さないでね!」だ。
何ともレフィらしいといえばらしいが、周りからすれば大大大大大迷惑である。
しかもレフィの嫁さんのカネレはその時子を宿していてな、その子がアーラという訳じゃ。長になった時に子を授かったと言うつもりだったらしいが、当の本人は長にならずに旅に出てしまった。
他にも長候補がいなくなった為、誰が代わりに長になるかという問題も浮上した。あの時は本当に大変じゃった。
そもそも色々と問題があったレフィが何故長候補に選ばれたかというと、ひとえに皆の中で一番実力があったからである。保有する魔力の量、類稀なる魔法の使い方etr……そしてレフィ本人も、長になる事を拒否していなかった。
逆に面白そう!とワクワクしていたのだ。
まあワクワクは長になるまで持たなかったが……。
一番の実力者がいない今、当然長になるのは二番目の実力者。
ここまで言えば分かると思うが、その二番目の実力者がワシだった。
最悪、その一言に尽きる。
絶対に嫌だと抵抗こそしたが、周りの圧力や憔悴しているカネレを守るため、ワシは渋々……いやほぼ無理矢理、長にされたという訳じゃ。
レフィとは違い、ワシは長教育を受けてはおらんかったし、エルフ族の細かい作法なんかはあまり知らなんだ。
理不尽な要求、他のエルフ達との交流、やってもやっても減らない書類……毎日が天手古舞じゃった。
が、数年程経てば嫌でも慣れる。正直慣れたくなかったがな!
運が良い事に比較的サンクトゥスの森のエルフ達は、皆協力的であった。まぁその代わりか血気盛んな者達が多く、今でも喧嘩の仲裁には毎回苦労させられる。
恋をするのも良いが、痴情のもつれで森の一角を吹き飛ばすのは止めい。
木を生やすのも案外大変なんじゃぞ?
罰として魔法を使わず凹んだ地面を元に戻させたがな。
……というか、子供の前で親が喧嘩をするのは良くないぞ!見えない所で喧嘩せい!全く、アーラの教育に悪影響じゃ!
レフィとカネラに転送魔法をかけ、二人の家まで一気に飛ばす。
カネラ、周りに迷惑をかけなければ彼奴の事は好きにして良いからな。
レフィは……一度こってり絞られるがよい。
「シルヴァの裏切り者ーーーーー!!」
「全く、最後までうるさい奴じゃ……」
それにしても、まさかレフィが帰って来るとは……。
新しい悩みの種が増えた事に頭を抱える。
また明日からレフィに振り回され、付き纏われるのだろう。
幼少の頃から、何故かレフィはワシの傍から離れなかった。やめろと怒っても、魔法を使って逃げても、レフィ本人は楽しそうに、かつ当然の様に隣に居座る。
まぁ偶に役に立つからと、ワシもワシで止めずに好きにさせていた事が良くなかったのかもしれんがな。
とりあえず彼奴の事は置いといて、今一番気になる事はレフィの話に出て来た、かつての仲間達の事だ。
別れる際、遠くにいても連絡が出来る魔道具を渡したが、森に帰って来てからというものの、一切鳴っておらん。最早この部屋の装飾品と化している始末……。
ワシのはまだ使える事から、向こうの魔道具が壊れたと考えて間違いない。
しかし壊れたなら直せばよいじゃろうに……そんなに難しい魔道具でもないぞ?
ちゃちゃーっと修復魔法をかければ一発じゃ!
それに直さなくとも、ワシの住んでいるサンクトゥスの森に来てくれれば、帰りたくなくなる位もてなすが?
しかし、いくら待てども来なかった。ワシが行けたら良かったのじゃが。
後から知ったのだが、長はこの森から出てはいけないという決まりがあるらしい。古いしきたりではあるが、必ず守らねばならない決まりなのだ。
破ったり、古くさいとか言ったらワシが怒られる。
この年で子等の前で叱られる事は避けたい。
とりあえずそういうわけで、ワシはこの森から出ることが出来ん。
長になりたての頃は仕事が辛く、何度も脱走を試みた事があった。
まぁ毎回何故か一瞬で捕まえられて叱られたが。
ワシを捕まえた爺共は背中に目でも付いておるんか?
当時の事を思い出し、懐かしく思う。
それに今は長の仕事が大変でそれ所では無い。責任もあるしのぅ……。
……でも本当は、今も旅をしたいと思っている。
元々ワシは一か所に留まる事が大の苦手なのだ。
昔から新しい物が好きで、後先考えず直ぐ行動してしまう、困った性格をしていた。あのレフィにも呆れられてしまった事がある位じゃからな。
もし生きているのならば仲間達の顔を見たいし、声も聞きたい。
逢って、この三百年の間に起きた事を話したい。
やりたい事もしたい事も沢山ある。じゃがワシは今、サンクトゥスの森の長。
皆の先頭に立って、皆を導かねばならない。
___それがたとえ、ワシの望みでなくとも。
長を引き受けた時から覚悟はしていたが、やはり旅の話や外の話を聞くと、どうしても外に出たくなる。言葉だけではなく、周りから物理的にも止められれば、更に出たくなるのが人族のサガじゃろう?
なのにそれが分かっておらんのか、ワシはずーーーっと長のまま、とうとう三百年の月日が経ってしまった。
本来であれば、百年もしたら長を代わっても良いと、しきたりにも記述されている筈なのに……。
この間も辞めたいと言った瞬間、森の皆に「頼むからもう少しだけ長でいてくれ」と泣き付かれた。いや何故泣く?泣きたいのはこっちじゃ!
外に出たいのにしきたりのせいで出れず、長を辞めたくても辞めれず、ワシは一体どうすればよいのか……。
頭を抱え、悩んでいるワシの手をアーラがそっと握る。
「………シルヴァ様は、私達が嫌いですか? 嫌いだから、サンクトゥスの森から出たいのですか?」
「アーラ、それは違う。ワシは皆の事を大切に思っておるし、愛している。じゃがワシは元々、長を務められる程大きな器を持ってはおらん」
「っそ、そんな事はありません! シルヴァ様以外には、このサンクトゥスの森の長は務まりません! 私としてもシルヴァ様には私と共に、この森にずっといて欲しいと勝手ながら思っています。ですが……」
言いたいが言いたくない、そんな表情をさせながら、アーラはワシと目を合わせた。窓から差し込んだ光が、ワシとアーラを照らす。
……本当に、大きくなったのう。昔は自分の意見など、思っていても言わなかったというのに。
「私、は………シルヴァ様の御心のまま、進むのが良いと思っております」
「じゃが、ワシはここから出る事は出来ん。長としての責務や、書類なんかの整理もあるしのう」
「……わかりました。ではそれが全て無ければ、シルヴァ様は心置きなく自由になれるのですね?」
「ん?まあそう、じゃな」
?何だか雲行きが怪しくなって来てはおらんか?
いつもよりも、目の前にいるアーラの瞳に光がないような気がする。
見間違い……か?
「シルヴァ様の幸せは私の幸せでございます。シルヴァ様にお会いしたあの日あの時から、私の全てを捧げると私は神に誓いました」
「お、お主そんな事考えておったんか!? ワシにそこまでの価値はないと前にも言〈あります〉じゃから直接脳内は止めろと言っておるのに……」
「なのに私の父親という、外堀から埋めて行く粘着束縛最低クソ野rンン゛ッ……失礼いたしました。カス野郎のせいでシルヴァ様は長にされてしまった」
「隠せておらんぞ?カスは流石に可哀そうではないか? まぁ元はと言えば、全部レフィが悪いのは確かじゃが……」
「お優しいですね、シルヴァ様。ではそのカス野郎を消しましょう」
「ア、アーラ? 流石に犯罪は良くないぞ……?」
「……もうシルヴァ様、冗談ですよ冗談。まぁ消すのは最終手段として、私にとっても良い案があるんです」
にこりと微笑んだアーラの顔は、今まで見た事がない程楽しそうであった。