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09  スライムが

和室で百合と蘭とカイルは3人で寝ていた。

カイルは今日の事を思い返すと、同じ場面が頭の中で再現される。


尾形兄弟に意地悪された時、

颯爽と自分の前に庇うように立ち、カイルを守ってくれた葵。


(嬉しかったなー。カッコ良かったな)


カイルは今まで誰かに、庇ってもらったり、守ってもらった記憶がない。

母でさえ、侍女に冷たく扱われるカイルを、悲しそうに見ているだけだった。


『俺の弟を虐めるなよ』


『4人対1人、卑怯だろ』

葵の言葉が頭の中でリフレインする。


そして、カイルは今までの嫌な体験を思い出す。

意地悪な侍女が、何もしていないのに嘲笑ってくる。

鞭で叩こうとしてるのに、止めない大人達。


また葵の声が聞こえる。

『卑怯だろ!』


今まで感じていた理不尽を、葵が言葉にしてくれた。


葵は大人に比べたら小さいけど、今まで見た背中の中で、一番大きく頼もしく感じた


(今日は沢山楽しい事があったな。百合と買い物、友達と公園で遊ぶ。そうだ、明日の朝は早く起きないといけないんだった)


寝ようと目を瞑るが、明日のスライム作戦を、考えるとちょっとワクワクした。


しかし暫くすると、カイルは小さな寝息を立てていた。




次の日の朝、春木家は全員早起きだった。

蘭さえも、一度の目覚ましで飛び起きた。


早めの朝御飯を食べて、カイルは向こうの部屋で、スライムを置いて、魔法の灯りを落とし、侍女が来るのを待っている。


壁の向こうでも、百合、葵、蘭がカイルを見守っている。


カイルは緊張気味だが、3人がいるので、心強い。


ガッ ガガッ

葵が扉を開けにくく細工したので、侍女はいつものように大きく扉を開けられない。


「チッ、もう」

侍女がイラつきながら、部屋に入ってくる。でも、いつもより更に薄暗い室内に、足を止める。


足元がボワーッと明るい。


ガシャーン!

「ギャッ! ス スライム?」

ご飯もスプーンもひっくり返してしまい、自分も派手に尻餅を付いた。立ち上がろうとした時だった。

ムニョ・・・

「え? ムニョ?」

スライムを、直に触っていた。


「ア、ア、ギャー」

侍女が四つん這いで逃げていった。


葵の「今だ」の声に合わせて、春木家全員投入。


偽スライムを全て回収し、カイルは魔法の灯りを元の明るさに戻す。そして、ベッドで眠ったふりをする。


暫くすると、侍女が下男ときっちりした格好の男を連れて戻ってきた。


先頭に立たされた下男は、恐る恐る入ってきたが、何もないと分かると侍女を叱りだした。


「何にもねぇじゃないか。どこにスライムがいるんだよ!」


もう一人の男は、部屋に入るのも嫌なのか、入り口から半身だけ部屋に入って、そのままの姿勢でカイルに質問をする。


「カイル、起きなさい」


呼ばれたカイルは、眠そうにシーツを被ったまま体を起こす。


「ここにスライムが、いたらしいのだが、見たか?」


「見てません」


下男も男も、『やっぱりな』という顔になった。


「本当にいたのよ! だって触ったのよ」

侍女は手を差し出して見せる。


「スライムを触ったのに、ただれてないじゃないか。やっぱり寝惚けてたんじゃねえか!」


「本当に朝の忙しい時間に、困りますね」

男は忙しい最中に呼び出されて、眉間に皺を寄せて侍女に注意する。

それぞれ文句を言いながら、3人はドアに鍵を掛けて遠ざかっていった。


百合は、床にこぼれたご飯の後片付けをしながら怒っていた。


「こんな粗末なご飯しか持って来ないのに、こぼしたら違うご飯を持って来る気もないの? 大人3人もいて、誰も気付かないの?」

ぶつぶつ小声で怒っていたが、カイルが傍に来たら、サッと笑顔に変わる。


「さぁ、みんな家に戻って用意しましょう」

百合が打って変わり、優しく明るい声になる。






食後、百合は張り切って3人に出かける為の服を用意していた。

「蘭、服はこれ来てね。葵はこの服でねー」


「ホームセンター行くのに、わざわざ新しい服を着ていかなくてもいいんじゃないの?」

葵が白い長Tを、広げて首を傾げる。


「まあまあ」

にやける百合。

百合の野望は10分後達成する。


カイルが着替えて、ソファーで座っている。そこへ、2階から葵も着替えて下りてきた。


「おぁ?」

葵が変な声を出す。


「カイル君が選んでくれたのよー」

「ペアルックか・・・」

葵は母にやられたな、と思ったが、カイルが葵を見上げ、キラキラお目目で次の言葉を待っているのを見て、本音を飲み込んだ。


「かっこいい長Tだね。このニコニコマークがいいよ。今日はお揃いでお出掛けしよう」


「うん」


2人の心暖まる会話と、兄弟お揃いの服を着てお出掛け。

(あー、今日も母は癒されるわー)

ほわーっとなっている母の横で、

蘭が携帯で、そんな2人の動画を撮っていた。


「お母さん、見て!」

キレイに撮れている動画に、思わずハイタッチした。




百合がせっせと、洗面所でお出掛け前の化粧をしていた。

葵はダイニングで向かい合わせに座っているカイルに、外出時の心得を、教えていた。


「カイル、絶対に外で魔法は禁止だからな。見つかったら大変な事になる。人体実験とか、大人は狡いからカイルを、金儲けの道具にするかも知れない。気を付けて行こうな」

葵がとても神妙な顔で説明をする。


「うん」

カイルの顔も緊張で強ばった。

先日、尾形君に魔法を使わなくてよかったとほっとした。


お出掛け前の説明も、百合の化粧も終わり、4人は車に乗ってホームセンターに向かった。


ホームセンターに着くと、色とりどりの花が並んでいた。

色んな小石、大きな石、材木。


カイルがキョロキョロしていると、蘭が手を握ってきた。


「店内はもっと広いから・・迷子になるといけないし・・」

蘭は昨日、加奈子にカイルを取られてしまった気がしていた。


しかし、店内で迷子になりそうなのは蘭の方だった。

「あっちに猫ちゃんがいるよー。カイル、こっちには魚が泳いでるよ」


「蘭、ウロウロしてると迷子になるわよ」

百合は元気に走り回る蘭と、一緒に付き添いをしてくれているカイルを目で追った。


店内の木材売場で、葵が店員に切ってもらうサイズを伝えている。

木材先払いで1カット30円。


家のノコギリで時間を費やすより、お店で切ってもらう方が、断然時間を有効に使える。


切っている間に蝶番、ネジを探す。

その時、その他3人がペットコーナーのワンちゃんの前で、デレデレになっていた。


「柴犬、可愛いー」

蘭がしゃがみこんで見ている。


「この子も可愛いよ」

カイルがチワワとガラス越しに見つめてる。


(蘭もカイルもかわいいわー)

百合はその様子を、不審者並に写真に納める。



暫くすると、葵が3人を探してペットコーナーにやってきた。


「「お兄ちゃん、ワンちゃん飼おうよー」」


可愛いのが2匹纏わり付いてくる。

「今は2匹のお世話が大変なので、飼えません」

葵にそう言われた2人は、意味が分からず首を傾げる。


その様子も、不審者百合が動画を撮っていた。


「おーい、用意出来たよ」

知らない男の子が、葵に声を掛けた。カイルはびっくりして葵から離れる。

甘えている所を、他の子に見られたのが恥ずかしかったのだ。


「レン、ありがとう。これは弟のカイル。レンは他の野球チームのキャプテンをしてて、このホームセンターの長男なんだ」


「こんにちは、カイル、蘭ちゃん」

日に焼けて短い髪の毛が爽やかな感じが、葵に似ていた。

「こんにちは」

ちょっと恥ずかしげに、カイルがオズオズ挨拶する。


今日は大きなサッカーの大会が一斉に行われてて、どこの小学校のグランドも野球が出来ない。


なので、レンも家のお手伝いをしていた。

「さっきの木材とか葵ん家に運べばいいのか?ってお父さんが聞いてたぞ」


「そう、家に配達をお願いしてたんだ」


すぐに、配達をしてくれるというので、ワンちゃん達に別れを告げて、さっさと帰る事になった。


家のガレージで、電動ドリルなどの工具を使い、蝶番を付けていく。

4人で作り上げた扉は、監獄仕様の、食事の配膳用小窓が付いていた。

小窓を開けると小さな台があり、部屋に入る事なく食事が置ける。この扉を部屋に取り付ける作業が残っている。


「あの侍女が喜ぶのは悔しいが、毎朝カイルがこの部屋に、戻されないなら、そっちの方がいいもんな」


「ドアが変わって、本当にあの侍女が大騒ぎしない?」

蘭が心配そうに聞く。


「あの女、この前のスライム騒ぎで何かあっても言い出しにくくなってるから扉が変わってても言わないだろう。しかも、侍女には都合よく変わってるから、気にもしないよ」


みんなで壁の中に運びいれた。


小型カメラを元の扉の壊れた隙間に入れて、外の様子を探る。


映像を取り込んだパソコンを4人が覗き見る。

カイル以外、愕然とした。


映像には、この部屋の前に左右3部屋ずつ並ぶ牢屋が映っていたのだ。


牢屋には誰も入っていなかったが、更に奥のこの部屋は独房的な意味合いの部屋なのだ。

薄々は気付いていたが、目の当たりに見ると怒りが収まらない。


蘭と百合は目を真っ赤にしながら、泣くのを堪えていた。

葵は目を見開いたまま、画像を睨み続けた。


カイルはみんなの様子が、急に変わった事に戸惑っていた。


「ねぇ、どうしたの?」

外の様子とみんなが押し黙っている理由を考えると、急に思い当たった。


(どうしよう。みんな、僕が悪い事をして、ここに閉じ込められたと思ったんだ)

3人に犯罪者だと思われる恐怖が、カイルを襲う。


カイルが震え出した瞬間、蘭がカイルに抱き付いた。それに続いて、葵、百合とカイルを優しく包み込む。


「作業を始めよう」

葵が潤んだ目で、笑いながら声を掛けた。


カイルは、みんなが自分を信じてくれている事に感謝した。


電動ドリルを使わず、手で作業をしていた葵が、カイルに尋ねた。

「カイル、魔法で音とか消せたり出来る?」


「出来るよ」


「オー助かる。ついでにこの扉の閂をずらして、開けれる?」


「うん『サイル』・・・外したよー」


「えっ? もう外したの?」


そのやり取りを聞いていた百合が呟く。

「えっ? 魔法? カイル魔法が使えるの・・」

百合の目が、ギラッと光ったが、誰も気が付かなかった。


カイルの魔法と電動工具のお陰で、早く取り付け作業が終了した。


蘭と百合は居残りで、カイルと葵が牢屋の先の行けるところまで見に行った。


建物の内部に忍び込めた2人は、電池式小型カメラを数ヶ所、設置して帰ってきた。


葵が最近スパイ映画をTURUYAでよく借りて来ているなと思ったら、この為だったのかと百合は納得した。




翌日、無愛想侍女が昨日の事もあって足取り重くカイルの牢屋の入り口の前に立った。


すると中に入らなくてもいいように、扉に小窓があってそこに小さな台が取り付けられている。


一瞬『誰が作ったのだろう?』と思ったが、侍女にとって不気味な部屋に入らなくていいのなら、そんな事はどうでも良かった。


カイルの事を気にする事もなく、台の上に残飯を置いてさっさと帰った。



扉を取り付けた日の翌日からカイルが、朝にあの独房に引き戻される事はなかった。












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