08 ブランコ
買い物からの帰りと下校時刻と重なったので、学校から出てくる蘭を車の中で待っていた。
一斉に子供達が校門から出てくる。その様子をカイルは窓にくっついて見ていた。
一際笑顔の明るい女の子が出てきた。蘭だ! 百合が車から降りて、「蘭! こっち」と手を振ると蘭の他に2人の女の子が付いてきた。
「蘭ちゃんのママ、こんにちは」と挨拶した後2人は、車から降りてきたカイルを、興味津々で見ている。
「こんにちは、カイルです」と言うと、小さくても女子だ。
「うわ、かっこいい」
青い目を覗き込み、直ぐに反応する。
その様子に百合がにんまりした。
(加奈子ちゃん、結構肉食系かも)
その加奈子ちゃん、カイルの手を握って、「ねぇ、今日公園でカイル君も一緒に、みんなで遊ぼうよ」と誘う。
「じゃあ、お母さんのお許しをもらってからね」
「はーい」2人とも元気な声で返事をした。
折角蘭を迎えに来たが、カイルもみんなと一緒に歩いて帰る事になり、百合だけ車で帰宅した。
バックミラーで見ていたが、ずっと加奈子ちゃんはカイルの手を握ったままだった。
(蘭、頑張れ)と思う母心。
百合が自宅に到着してから、十数分後にカイルと蘭が帰ってきた。
「「ただいま」帰りました」
元気な声と重なって、丁寧な挨拶も聞こえる。
「おかえりー。手を洗ってきたらおやつね」
「「はーい」」
テーブルの上のドーナツを見て、「オー」と歓声を上げる蘭。
「そのドーナツ、カイル君が選んでくれたのよ」
百合が牛乳を、コップに注ぐ。
「えー、嬉しい。美味しそう」
蘭が箱を覗き込んでいる。
「カイルはどれ食べたい?」
蘭が聞くと、カイルはクスッと笑った。
(今日2度も『食べたい物』を聞かれた)
「蘭が先に選んで」
「じゃあさ『せーの』で一緒に食べたいのを指差そう」
2人で指差すと、2人共もちもち食感の丸い玉が繋がっていて、その上からチョコがかかっているドーナツを、指差した。
「あっ」
カイルは気まずくなったが、蘭は「やっぱり一緒のを選べたー」とはしゃいでいる。
「僕は違うのにするね」
カイルが申し訳なさそうに言うと、蘭は首を傾げる。
「何で? 一緒にチョコのドーナツ食べようよ」
そのドーナツは一つしかない。
カイルが蘭の言う事が分からないでいると、さっさと半分に千切った。
「カイルは次にどれ食べたい?」
もう1度蘭が聞くので、その隣のイチゴチョコがかかっているふわふわドーナツを選んだ。
勿論、蘭はそれも半分に分ける。
「これで、2種類のドーナツが食べれるよ」
蘭がウキウキしながら、お皿に乗せた。
カイルはそれを噛み締めた。
2つとも、カイルの意見を聞いてくれたドーナツだ。
カイルの意志など聞いてくれた事のない世界から一転、百合も蘭もカイルがどうしたいかを聞いてくれる。
また心がホワッと温かくなった。
おやつを食べた後、カイルは蘭と公園に来た。
公園に着いた時、もう加奈子と千香が公園で待っていた。
「遅いよー」
加奈子が公園の入り口に走って来て、直ぐにカイルの手を繋いだ。
カイルは初めての公園で、あるもの全てが珍しく、立ち止まって見渡していた。
「どうしたの?」
加奈子がカイルの顔を覗き込む。
「あれは何?」
ブランコを指差すと、加奈子も千香も顔を見合わせて驚いていた。
蘭は一人、慌てて言い訳を考えた。
「カイルの家の近くに公園がなかったの」
切羽詰まると、とんでもない言い訳を思い付いてしまう。
しかし、子供の世界では、しばしば受け入れられる事があるのだ。
「ふーん、そうなんだ」
あっさり納得した加奈子ちゃんの目が光る。
「じゃあ、私が遊び方教えてあげる」
カイルの手を引っ張って、ブランコに座らせて、漕ぎ方を見せる。
加奈子ちゃんの熱血指導が始まった。
「そう、そこで足を伸ばしてー。うん、カイル君上手い」
それを蘭と千香が、手を叩いて応援していた。
そこに小学校1年生と小学校3年生の尾形兄弟とその手下2人がやってきた。
「おーい、加奈子。なんだソイツ?」
「ソイツって言わないで」
加奈子は揺れてるブランコから飛び降りて、尾形兄弟を睨む。
「女に守られてやがるのー」
「こいつ、ブランコも漕げないのかよ」
「男なら立ち漕ぎだよな」
「立っても座ってもどっちでもいいでしょ! 私はカイルと遊びたいんだから、あっち行ってよ」
蘭が尾形(弟)にそう言うと、尾形(弟)は一瞬怯んで悲しそうな顔になったが、直ぐに怒りをカイルに向けた。
カイルがブランコから立ち上がったところを、尾形(弟)が突き飛ばした。
(何で意地悪するんだろう?)
悲しいのと、怒りでカイルが手に魔力を込めようとした時だった。
「おい、何してるんだ?」
葵が公園に走ってきた。
「あっ、キャプテン」
葵を見ると、男の子達はみるみる大人しくなった。
男の子達全員葵と一緒の、野球チームのメンバーだ。
「怪我してない? 立てる?」
葵が優しく手を引いてカイルを立たして、服の砂をパンパン払う。
「俺の弟を虐めるなよ。4人対1人って卑怯だろ」
「「はい・・」」
怒られてる4人は、葵の前に項垂れて、消えそうな声で返事をした。
葵の『弟』発言を素直に飲み込んだ。
「今から塾に行くけど、カイルと一緒に遊んでやって欲しいんだ」
「はい」
葵は時計を見て、
「もう行くけど、絶対に弟を虐めるなよ! カイル、何かあったら必ず俺に言うんだぞ」
そう念押しして、倒れた自転車を起こして塾に急いだ。
男の子達と、カイルの間に妙な空気が流れたが、それを変えたのはカイルだった。
「僕、公園に始めてきたから、ブランコも始めてで・・だから教えてくれない?」
カイルがしっかりした声で、話しかけると、尾形兄弟(兄)がちょっと鼻を膨らませ、胸を張る。
「仕方ない。俺が教えてやるよ」
そこからその後は、男5人が固まってブランコ、滑り台、ジャングルジム、砂場を回って遊んだ。
加奈子は最後まで、尾形兄弟を睨んでいた。
5時『夕焼け小焼け』の曲が流れてきた。
「そろそろ帰ろう」
尾形(兄)が砂場の山を潰しながら、立ち上がる。
カイルはまだまだ遊びたかったけど、もう薄暗くなっていた。
「おい、カイル。突き飛ばしてごめんな」
カイルが呼ばれて振り向くと、尾形(弟)がそっぽ向きながら、謝った。
「うん、いいよ」
カイルが言うと、尾形(弟)がにんまり笑った。
(こんな感じで友達って出来るのかな?)
カイルもにっこり笑った。
家に帰ると、カレーの香りが充満していた。
その香りで、2人ともお腹が空いていたのを思い出した。
カレーを食べながら、蘭とカイルが順番に、公園での出来事を話した。
百合は一所懸命に話す2人の様子が、可愛くてふふっと笑う。
夕御飯の後、リビングでそれぞれの勉強を始めた。
算数の宿題で、蘭が行き詰まっていると、カイルがそれを見守っている。
「カイル、この問題教えて」
この言葉を待っていたカイルは、蘭に丁寧に教える。
百合は台所で食器を洗いながら、ため息を付く。
(最初は蘭がカイルを教えてたのよね? いつの間に逆転しちゃったのかしら?)
リビングから蘭の声が聞こえる。
「あぁ、そっかー。分かったよ。かいる、ありがとう」
(まあ、仲良く出来ていいか)
百合が笑って納得していると、玄関から、また元気な声がした。
「ただいまー。お腹空いたー」
葵の声が聞こえると、カイルが一目散に玄関に駆けて行く。
「お帰りー。お兄ちゃん」
カイルの元気な声が一番に着く。
「おー、ただいま」
そんなカイルが可愛くて、葵がカイルの頭をくしゃくしゃと撫でる。
カイルの顔が嬉しさで、くしゃっと笑う。
「お兄ちゃんのお陰で、友達出来たよ。それで僕ね、ブランコ立ち漕ぎ出来るようになったよ」
カイルは、葵が帰ってきて洗面所で手を洗って、食卓に着くまで付いて回って話をしていた。
葵がカレーを食べながら、話を聞いている。
「そうか、カイル。沢山出来ること増やそうな。今度一緒に野球の練習に連れていってあげるよ」
「うん」
目を輝かせたカイルが葵を見ると、優しく微笑んでいた。
葵は食後、みんなをカイルのいた牢屋の部屋に連れていく。
「毎朝毎朝、カイルがこの部屋に呼び戻されないようにしようと思う」
「どうやって?」
百合が暗い部屋を見渡しながら聞く。
「この部屋に誰かが来ると、カイルは戻るんだよ、つまり、この部屋に誰も入ってこないと、カイルはずっと家に居られるって事だ」
「うん、そこは分かったけど、それで?」
「あの氷人形のような侍女は、この部屋に足を踏み入れたくなさそうなんだ。だから扉に小さな小窓を付けて、そこからご飯の出し入れが出来るように、してやるのさ」
葵は話ながら、ドアの大きさを、メジャーで測っていく。長さを言うと百合が紙に書き込む。
「急にドアが変わってたら、不審に思われるよ」
蘭が心配そうに聞く。
「あいつは、何の関心もないさ。ここの部屋のドアが変わってたって、気にもしない筈だよ。その前に、もっと中に入りたくないようにしてやるのさ」
葵がドアの大きさを測り終えると、「明日の朝、これを部屋の入り口と、後適当にばら蒔こう」と、蘭とカイルにスライムを渡す。
「うわッ これスライム? スライムが光ってる?」
カイルは驚いてスライムを放り投げた。
「スライムって面白いよねー」
蘭がスライムをブニブニ握って遊ぶ。
蘭の言うことを、信じられないという顔で、スライムで遊ぶ蘭を見ている。
「もしかして、本物のスライムがこっちの世界ではいるの?」
蘭がカイルにずいっと近寄って聞いてくる。
「本物のスライムって、これ偽物のスライムなの?」
カイルは投げ捨てた物体を、恐々と、ツンツン突く。
「あーびっくりした。そう言えば、蘭の世界では魔獣とかいないんだね。こっちは沢山居て、スライムもいるよ」
安心したら、カイルも偽物スライムを、ニギニギして遊ぶ。
「蘭もカイルも遊んでないで、それっぽい形に丸めて、その辺りに置いてみて」
蘭もカイルも遊ぶのを止めて、スライムっぽい形に丸めて、部屋に点々と、いい感じに置く。
「よし、じゃあ電気消すよ」
真っ暗にすると、偽スライムがボワッと光る。
「蓄光の粉を混ぜて、スライムを作ったんだ」
「不気味ねー・・」
「不気味だろう? 今日は蘭の部屋の電気を付けたままにして、スライムに光を貯める。朝、無愛想侍女がくる前に向こうの部屋を暗くしてこれを置いとく。すると光るから、驚く筈だ」
「それ、面白い」
珍しく、黒カイル君が現れる。
「侍女が驚いて部屋を出た後、大急ぎで偽スライムを、回収する。カイルは何を聞かれても『知らない』『見てない』『分からない』だけ言ってね」
「うん、分かった」
「明日は土曜日。学校も、丁度野球もないし、みんなでホームセンターに行こう」
カイルはホームセンターが何なのか分からなかったが、葵のニコニコしているのを見ると、楽しい所なんだと思った。