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05  着替え

カイルと蘭の部屋の壁が繋がってから、2週間が過ぎた。


朝、蘭が起きると薄いタオルケットでは、寒くなっていた。


「おはよう、カイル。今日は肌寒いよ」


「そうだね。こっちも急に寒くなってきたよ」


どうやらこっちと壁の向こうの季節は、同じらしい。


「カイルはお布団持ってるの?」

蘭はがらんとした部屋を見渡し、一応聞いてみた。


「おふとん? あぁ寝具のことだね。僕はこのシーツを持ってるよ」


見れば、破れた薄い布だった。

(これは、冬寒すぎるやつだ)

蘭は和室の押し入れに、お客様用の毛布や布団が山の様に入ってる事を思いだし、にぱっと笑う。


今日はちょっと寒いから、長袖のシャツを探す。ついでに、葵が来ていたお下がりの長袖のシャツとズボンを壁の向こうのカイルに渡す。


「カイル着替えたら、来てた服をこっちに出してね。あれ? カイル聞いてってばー」


蘭が話しかけながら着替えていると、反対を向いたままのカイルが無視をする。


「カイルー」

まだ無視している。


「あのね、蘭は女の子でしょ!」

「うん。男の子じゃないよー」

蘭は当たり前の事を聞くカイルが面白くて「ははは」と笑ったら、カイルが困った顔でため息をついた。


「・・・そうじゃなくて、着替える時は見えない所で着替えて欲しいんだ。だって・・恥ずかしい・・でしょ?」


(・・恥ずかしい?)

蘭は考える。

「あれ? そうなの? お兄ちゃんも気にしてないし、体育の時、男子も女子もみんなで着替えてるし、気にした事なかったやー」


「え? みんなで着替えるの?」

カイルは、一人でドキドキしている自分がおかしいのか?と考える。


「カイルが恥ずかしいなら、隅っこで着替えるねー」

蘭は深く考えずに、さっさと着替えた。


それを見て、カイルはまたも(はー)とため息をつく。蘭が恥ずかしくなくても、カイルは恥ずかしいと言う事を覚えて欲しいと思った。




◇  ◇  ◇  ◇  ◇

〖ここからカイルの呟きです〗



蘭が学校に言った後も、僕はそれなりに忙しかった。


毎朝、侍女が運んでくるご飯は蘭にすぐに渡す。

葵さんが銀のスプーンで混ぜて、毒の有無を調べている。そのご飯は今は食べていない。

でも毒を混ぜるような人がいるなら、他の事も気を付けないといけないという事らしい。

前に一度ご飯を食べた後に吐き気がして、倒れてから3日くらい動けない時があった。

病気だと思っていたけどもしかして毒だったのかな?

そう思うと怖くなった。


それから朝、蘭から充電をし終えたゲーム機を渡される。

レベル上げと次の町までのお題が出される。先日、攻略本という分厚い本をもらってからは、更に進ませられるようになった。


そして葵さんが言った分だけ問題集をするのだ。葵さんは忙しくても夜に答え合わをしてくれる。

とても凄い先生だ。算数、社会、理科全て分かりやすく教えてくれる。

僕のレベルに会わせた問題集も、買ってきてくれた。蘭の問題集より少し難しいらしい。


ご飯は蘭が朝に、朝とお昼のご飯を渡してくれるから、僕はお腹が空いて動けなくてしゃがみこむ、という事はなくなった。

夜は蘭と一緒に、壁を挟んで食べている。一緒に誰かと食事をする、という事が今までなかったから本当に楽しくて嬉しい。


病気がちだった母はずっと、ベッドで過ごす事が多かった。必然的に母とご飯は別々だった。


母も僕も、部屋の外に出る事は、許されなかった。1年に1回だけ僕だけ馬車に乗って、大きなお城に行かされた。不機嫌な男の人に挨拶をして帰るだけの事だ。でも、町並みが見れて楽しかった。

それ以外はずっと部屋にいた。

部屋は大きくて、ベッドも天蓋付きで今から思うと、凄く豪華な部屋だった。


たまに入ってくる侍女以外は、ずっと母と二人きりだった。寂しくはなかったが、窓から外を眺めると、僕くらいの子供達が声を上げて楽しそうに庭園で遊んでるのは羨ましかった。でも、たった1日だけ庭園に出た事がある。それが、絶望の始まりだった。


その日は、初めて庭園に呼ばれて、他の子と遊んでもいいと言われて大喜びで出掛けた。


「行ってきます」と母に言うと、悲しいお顔で微笑まれた。でも、外に行けるのが嬉しかった僕は何も考えずに、ドアを開けて出ていった。


楽しみにしていたお外遊びは、嫌な事を言われて意地悪をされただけだった。

女の子達は僕を見ると小声で何か言い、クスクス笑う。とても嫌な感じだった。女の子達は僕の名前で呼ばずに「人質」と呼んでいた。


男の子達は、僕を突き飛ばしたり殴りかかって来た。それを避けると、一人の男の子が、鞭で僕を叩こうとした。その時、僕は魔法で男の子を吹き飛ばしてしまった。

それを見ていた大人達が僕を殴り付け大慌てで、僕の首に魔封じを着けた。

お友達と遊ぶという事が、あんな事なら、二度と遊ぶもんかと部屋に帰ると、いつもいる筈の母が居なかった。


母の代わりに、手の指に指輪をいっぱい着けた女の人が立っていた。

僕は嫌な予感がした。女の人の真っ赤な口が横ににやっと動くのを見た瞬間、心臓の音が大きくなってくるのを感じた。


声が震えた。「お母さんはどこにいるの?」と聞いた。

「会わせてあげる」と言う言葉を信じて付いて行くと、鎖を付けられて、ここに入れられた。


この部屋に僕を閉じ込めた女は、嬉しそうに「あなたのお母様は亡くなったわ」とだけ言い残して去ろうとする。


どういう事か分からなくて、女の人のドレスを掴んで『お母さんに会わせて』って頼んだ。

そしたら思い切り頬を平手打ちされた。『汚い手で触るな』って怒鳴ったあの人は、本当に恐ろしかった。


それから、何日も何日も過ごした。この何もない部屋で、お腹が空いて、寂しくて、悲しくて、暗くて、怖くて、死にそうだった。


あの日はもう寂しくて、誰かに名前を呼んで欲しくて、「誰か来て」って言ったんだ。


そしたら、真っ黒だった壁が、光りだした。眩しくって目を瞑って、次に目を開けたら黒い髪の黒い瞳の女の子が、こっち向いてびっくりしてた。


庭園で遊んだ時の女の子達に、意地悪な事を言われたから、この子も意地悪なのかな?と、戸惑っていたら、眩しいくらいの笑顔で勢いよく走ってきた。


で、壁に激突。


かなり痛かっただろうに、でも笑いながらまた近付いて来てくれた。その顔を見て、この子は天使なのか?って思っちゃった。


あの時から蘭は、僕に真っ直ぐの瞳で見つめてくれる。


その後、蘭のお母さんとお兄さんも僕に会いに来てくれた。

僕は見えたけど、彼らには僕が見えなかったのが残念だ。


蘭は少しでも僕が寂しくないように、学校に行ってる間にする事をいっぱい考えてくれる。


初めてゲームをした時は、本当にびっくりした。

一度、庭園に入ってきた魔獣を窓から見た事があるけど、それに似ていたからびっくりした。


今ではゲームって分かるけど、本当に蘭は箱の中で魔獣を飼っているんだと思ったんだ。


でも、その後もっとびっくりしたのが、蘭の声を聞けた事だった。

嬉しかった。

今でも、蘭が「カイル」って呼んでくれるのが嬉しいんだ。


ただ、困るのは、蘭が着替えてる時も、「カイル」って呼ぶから振り返って下着姿の蘭を見た時は、

「ダーッっ」って大声を上げちゃったよ。


僕の事、男だと認識してないのが、ちょっと悩みかな?

学校の体育で、男女同じ所で着替えてるって聞いてから、気掛かりで仕方ない。


蘭だけでも、学校では男の子と違う所で着替えて欲しいとお願いしたけど、

「そんなの面倒臭いよー」って笑い飛ばされちゃった。


僕を見て、蘭はいつも笑ってて欲しいって思うんだ。でも・・


蘭と出会った次の日の朝、侍女がいつも通りに朝ごはんを床に置いていった時、声は聞こえなかったけど、号泣しているのが分かった。


大粒の涙が蘭の頬を、ポロポロつたっていた。

僕は蘭が泣いている理由が分からず、不安な気持ちで見ていた。


僕の事が嫌になったのかな?って考えたら胸が痛くなった。


だから、泣いた理由が分かった時、ホッとした。それと同時に、僕の代わりに、怒ったり泣いたりしてくれた事が嬉しかった。


屈託のない笑顔で、僕を呼んで笑ってくれる蘭。


早く帰って来ないかなー。待ち遠しいな。









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