49 クロフォードの憂鬱
「ほら、やっぱりカイルだぁ!」の声と一緒に抱きつかれたカイルは、驚きのあまり動けなかった。
「・・蘭? 蘭?」
ガバッとカイルから離れた蘭は、じっと探るようにカイルを見つめた。
両手でカイルのほっぺを挟み、右に向ける。次は左に向ける。
そして、両目の涙袋を引き下げる。それから肩からお腹を触って、足を太ももから足首まで念入りに触る。
大好きな彼女(もちろん両想いだと信じているが・・・)に一年弱会えなくて、漸く奇跡の再会でこのシチュエーションは一体何なんだ?
カイルの頭が追い付かない。
最後にカイルの体の確認を終えた蘭がカイルに再び抱きつく。
「良かった。カイルが病気してたり、泣いてたり、苦しんでたり、怪我してたりしたらどうしょうっていつも考えてた」
蘭の声が震えている。泣いているのが分かった。
「大丈夫だったよ。俺もいつも蘭の事を考えてた。もう二度と会えないって思ってたから本当に嬉しいよ」
抱き合っている二人の後ろでコホンコホンとわざとらしい咳払いが聞こえた。
「私の娘に抱きつくなんて、百年早いぞ」
洋一が恐ろしい顔つきで顔を近付けて威嚇するから、二人はグワッと離れた。
「何にしてもまた会えて良かったよ。こうして会えたのは蘭の執念の粘り勝ちだな」
葵が壁から出てきていつのまにか、ベッドに腰かけて二人を眺めている。
「本当よね~」
「ええ、毎日毎日朝晩ずっとしてたものね」
百合とアイラが頷く。
「そうだ、どうやってここにこれたの?」
カイルが聞くと蘭がフフンと得意そうに握りしめた手から大きな真珠の指輪をカイルに見せた。
「これって?・・指輪?」
カイルが不思議そうに眺めている。
「そう、これがあの牢屋の壁にずっと埋め込まれてたんだって。私達には全然見えなかったンだけど、アイラはあの壁を通り抜けた日から見えていたんだって」
蘭がアイラに話を振ると、アイラが話し出した。
「もうあの壁が壊されそうだと聞いたのですが、みんなでどうしようって悩んでいたのですが・・・でも何も出来なくて暗澹としていたら真珠の指輪が光っているのが見えて、皆さんに真珠の指輪の事を言ったら誰も見えてなくて驚きました。私だけにしか見えなかったので、壁に手を突っ込んだら簡単にその指輪が取れたんです」
「そこからだよ、毎日毎日蘭が壁に指輪を押し付けては『カイルのいる場所に繋げろ。繋げないと叩き割るぞ』って朝晩呪いの言葉を指輪に吐き続けて漸く今日繋がったんだよ」
葵がにやにや蘭を見ながら説明してくれた。
一年間呪われ続けた指輪も大変だったろうとカイルは苦笑する。でもそれ以上に諦めずに呪い・・信じ続けてくれた蘭に感謝した。
蘭がカイルの手を取って、その掌に真珠の指輪を乗せる。
「カイルが危険を感じたらすぐにこれで私の所に戻ってきて」
「でも、これを見つけたのはアイラだし、俺が持っててもいいのかな?」
アイラを見るとにっこりと手の甲をスッと掲げてカイルに見せる。その指には小振りだが美しいダイヤモンドの指輪が輝いていた。
「私には葵さんから頂いたこれがありますので、他の指輪はいりません」
「給料じゃなくて、バイト3ヶ月分の金額の指輪だけど」
葵が恥ずかしげにアイラに寄り添う。
「そうだ、この書類を渡そうとずっと持っていたんだった」
アイラの出生証明書や出自証明書一式と一緒に除籍証明証も渡した。
「アイラには申し訳ないけど、間違って私の虐待に荷担していた犯人にされてしまった時にアイラのお母さんがこれを役所に出してしまって・・・でも、きちんとアイラの名誉も回復させたよ」
リジュールの部下の責任だが、カイルは申し訳無さそうに書類をアイラに渡した。
受け取ったアイラは満面の笑みだった。
「葵さんに出会う前だったら、親に捨てられて落ち込んでいたかも知れないですが、今はあの一族から離れられて清々してます。良い機会だったと思いますよ」
アイラが肩の荷が降りたといった感じであっけらかんとしていたので、カイルもホッとした。
「リジュールさんがディサ家の妹に迎えてこちらで暮らせるようにしてもいいと言っていたので、またゆっくりとお兄ちゃんと・・・兄さんと相談して下さい」
『お兄ちゃん』呼びが何となく恥ずかしくなったカイルが言い直す。それを聞いた葵が、アイラの肩を取って今にもいい雰囲気になる。しかし、ここでも洋一のコホンコホンと咳が響いた。
「まぁまぁ、せっかく繋がったんだし、カイルも久しぶりにこっちにいらっしゃいよ」
百合の言葉が合図でみんな頷いて、春木家に戻る。
久しぶりの春木家は何も変わっていなかった。
リビングでカイルのあの後で起こった事を全て話した。
百合は涙ぐんだり鼻水を啜ったりと大変だった。
カイルの陛下との暮らしと今日から始まった新しい生活の話もした。
これから、カイルは料理長が付いてきちんとした食事が出来るので、ここで食事をするのが減ってしまうと言うと蘭が一週間に一度はここで食べれるように交渉して欲しいと言い張った。
それと、なぜかお風呂は絶対に春木の家で入りなさいと蘭に強く詰め寄られてカイルがうっかり「そうする」と言ってしまった。
蘭はカイルが浴室で侍女のお手伝いを受ける事が耐えられそうもなかった。
沢山の使用人がいるので、そうそう隠れて行き来するのは難しい。なので、何としても絶対に安全な協力者を探さなければならない。これがカイルの当面の課題となった。
真珠の指輪にまつわる話をカイルが思い出した。
「庭師のオリバーが話してくれたんだけど、昔、婚約者がいる女性を無理に妾にしようとした皇子が、言うことを聞かないその人をあの地下牢に閉じ込めてたらしいんだ。でも次の日に見に行ったらいなくなってたんだって」
「それって・・この指輪を嵌めてたのがその女性かもしれないわね」
「きっと、女性は婚約者の元に帰れたんだわ」
この後女性達が、その話で盛り上がったのは言うまでもない。
朝一番に屋敷に戻る事にしたカイルは、大好きな和室に布団で寝る事にした。
興奮し過ぎて眠れなかった。蘭も同じだったらしく。そっとみんなが寝静まってから和室に入ってきた。
「カイル、起きてる?」
「うん、起きてるよ」
蘭の声にカイルは、布団の上に座る。
和室に入ってきた蘭は嬉しそうにその横に座って、カイルの手を握る。
「本当にここにいるんだね。寝たらカイルがまたいなくなっちゃいそうで怖くて眠れなかったんだ」
二度と離したくない気持ちから、蘭はカイルの手を離せない。
カイルも漸く掴んだ幸せを離したくなかった。
蘭が寒さでブルッと震えた。
カイルが蘭を近くに寄せて二人で座ったまま布団を被る。
そのままで二人は遅くまで会えなかった時の話しをし続けた。
朝、二人が寄り添ったまま寝ているのを洋一と百合が見ている。
「あらあら、かわいいわね~」
微笑ましい姿にクスッと笑う百合に対して、洋一の顔がヒクヒクしている。
「どこがかわいいのだ。まだ、中学生なのに、こんなこんな・・」
「無邪気に寝ているだけじゃない。でもそろそろと起さないと遅刻しちゃうわね」
百合が洋一のやきもき感を全無視で、朝の支度を進めながら、二人を起こす。
カイルは朝御飯があるので、寝ぼけ眼で蘭の部屋に向かった。壁を越える時は流石に、ずっと繋がっているのだろうかと不安になり、立ち止まったが勇気を出して壁を越えた。
また、新しい春木家との繋がりで
新生活が始まった。
(ここでは、おじい様もいない寂しい生活になると覚悟していたのに、こんなにワクワク楽しい生活が始まるなんて最高だ)
家令のクロフォードは、カイルの顔が昨日と打って変わって溌剌としているのに、気がついた。
クロフォードは昨晩、カイルが寝付けないのではと心配になり遅くにカイルの様子を見に部屋の前までやってきたが、カイルと複数の声が聞こえ侵入者かと思ったが、カイルの声がとても明るいのだ。
『カイルも久しぶりに、こっちにいらっしゃい』
と柔らかい女性の声がした。
無邪気に笑うカイルの声。
クロフォードは暫く考えていたが、全く人気が消えたので、ドアをノックして部屋に入ると誰もいなかった。カイルもいない。
クロフォードは部屋の隅々まで探した。ベッドの下。大きめの壺の中も見た。いなかった。
騎士を呼んで屋敷を探させようとしたが、朝まで待つ事にした。彼の第六感がその方が良いと判断したのだった。
クロフォードは朝まで寝ずにカイルの部屋の前で主が帰ってくるのを待った。しかし、誰一人この部屋に帰ってこなかった。にもかかわらず、部屋から人の気配がする。クロフォードがノックすると「どうぞ」とカイルの声が返ってきた。
「・・・・」
部屋に入ってきたクロフォードが、カイルの顔を見たまま、何も言わず口だけパクパクしている。
少し怖くなったカイルが「どうかされましたか?」とクロフォードに距離を取りつつ聞くと漸く昨日のイケオジの出来る家令に戻ったクロフォードが今日のスケジュールを言い始めた。
「分かりました。クロフォードさん、ありがとうございます」
「カイル様は私に敬語を使わないようにお願いします」
釘を刺して部屋を出ていった。
カイルはクロフォードの狼狽が何だったのかと考えたが、侍女が運んでくれた朝食に気を取られてすっかり忘れてしまった。
◇□ ◇□ ◇□ ◇□ ◇□
どんどん元気になるカイル。それに比べて日に日にやつれるクロフォード。
あれから、夜にカイルが度々姿を消すのだ。
ロラン騎士団長とは皇居でお互い幼い時から顔見知りだったので、
カイルがいなくなった夜、とうとうロランが当直の時に、「カイルがいないので、一緒に探して欲しい」とお願いした。
そして、二人で部屋に飛び込むとなぜかカイルがベッドでスヤスヤ眠っていた。
「おいおい、ねぼけるなよ」
ロランに「ボケたのか?」と嫌みを言われた。
ロランだから、だめだったのでは?とクロフォードは考えた。
ブルーオーキッド邸には、ポール時代から警護に当たっている騎士団がある。そのドートレイン騎士団長にもう一度だけお願いしてみようと騎士団長の部屋にやってきた。
何事にも動じないクロフォードだが、今回の件では一人であたふたしている自分が情けなかった。
騎士団長室に足を運んでいるが、団長室の前でノックする手が止まっていた。
(カイル様が夜中に消えるのです。等と言ったら私は職を失くすのではないだろうか? ええい、ままよ)
覚悟を決めてノックした。
「はい、どうぞ」
書類から顔を上げたドートレイン騎士団長は、おや?っと意外な人物の訪問の少なからず驚いていた。
「お忙しい所、誠に申し訳ございません。先日ご挨拶させて頂いたところですが・・・その時警護で不安な事があれば何なりと言ってください、と仰って下さいましたので、早速お伺いした所存です」
「警護に不安な所があるなら、是非仰って下さい。警護計画をすぐに練り直します」
ドートレイン騎士団長が敷地内図と間取り図を出して机に広げた。
今にも全計画を変更しそうな勢いに、クロフォードは躊躇う。
(こんなに真面目に対応してくれている相手に、主が夜中に消えるなんて、どう説明すればいいのだろうか?)
「遠慮せずに仰って下さい。ポール様の時代には、しっかりとお守り出来なかった方です。今回は我が主となられたので悔いのないようにお守りしたいのです」
ドートレインの圧力に、クロフォードが思いきって話す。
「ドートレイン団長、私の事を気が狂ったと思わないで下さい。これからお話するのは、本当に最近カイル様に起きている事なのです」
クロフォードが長い前置きをするので、ドートレイン団長が生唾をゴクッと飲む。
「実はカイル様が、夜中に部屋から忽然と消えるのです。それで朝になるといつの間にか部屋にお戻りになるのです」
クロフォードはドートレイン団長が変な者を見る目で自分の事を見ていないか気になったが、話し終えるとドートレイン団長は、「あー、それは」と解った顔で頷いていた。
「その件はカイル様に相談してから、それから後にクロフォードさんに報告させて頂きます。カイル様が消えるのは心配なさらなくてもいいのですが、私の口からは今は申し上げられません」
ドートレイン団長が深々と頭を下げる。
クロフォードには不思議な現象だったが、ドートレインには解決出来そうで安心した。
(私が知らない隠し通路を作っていたのだろう。それならば、ロラン騎士団長にも伝えておかないと行けないのだが・・・まぁ、説明を聞いてからにしよう)
クロフォードは
隠し通路だと思い込んでしまった。
アイラが見えていた真珠の指輪の話は12話の初めの方に出てきます。ちょっとしか触れなかったのですみません
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