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43  満員御礼

文化祭当日、一般寮は朝から大盛況だった。

農家直送の朝市。りんご飴。

焼きとうもろこし。これは春木家から借りた砂糖醤油で焼いている。辺りにいい匂いが広がって客を引き付ける。

フィオん家の自転車教習は列をなして並んでいた。もちろんフィオの自転車屋の地図が記載された広告を渡すのを忘れない。

パン屋は歩き持って食べれる一口チーズパンを納入してくれた。

こんなお店が20軒出店してくれている。


そして10時・1時・3時に我が一般寮のアイドルグループが踊って歌う舞台が3公演行われる。

衣装提供は春木家の近所の皆さんだ。百合が着なくなった服があれば譲って欲しいと声を掛けたら、ドバッと沢山集まった。


カイルにはすっかり見慣れた服だが、こっちの世界ではジーンズやTシャツも珍しい。サイズの合う服を選んで舞台で踊って貰う事にした。


1回目の公演は舞台から大きな音量でお客さんを呼び寄せた。

新しいダンス、歌、珍しい服に観客がどんどん増えた。


1回目の公演終わりに蘭と葵とアイラと約束をしていたので、待ち合わせ場所に行く。

カイルが待ち合わせ場所に着くと「よお、カイル。俺達は好きに見て回るから」と言って葵はアイラと二人で消えてしまった。


蘭と歩くカイルが、すれ違う生徒に「その子は誰?」と聞かれその度カイルが顔を赤くして「俺の・・」とだけ答えるので、その続きを予想した生徒が「へー」と去っていくのを繰り返した。


途中トレスとサハラとフィオに捕まったカイルは『俺の』の続きを執拗に聞かれて、最後に蘭の手を握って走って逃げた。


噂を聞いたお客さんが2回目の公演で溢れ返る。

蘭とカイルも人波に押されながら会場に入る。公演が始まると歓声が上がる。

カイルは蘭が人に押されて潰れないように抱き寄せるように胸で守る。

「ごめん。こんなに人がいっぱいになるなんて想像してなくて・・苦しくない? 外に出ようか?」


カイルの声がカイルの体から聞こえる。昔は蘭とカイルは一緒に寝た事もあったが、最近こんなにくっついていた事なんてなくて、蘭の心臓がドキドキしている。


「このままでいいよ」

蘭がかすれた声でカイルに言う。


蘭が心配だったが、このままでいたかった。カイルも蘭の温もりを感じて腕に力が入る。


5つのグループのステージが大いに盛り上がった。2回目の公演も終わり観客が動き出す。

カイルも蘭もその流れに沿って動き出しカイルの体から蘭の温もりがなくなる。

スッと蘭が手を握って来る。

カイルはその手を恋人繋ぎに握りなおす。


「お前達、ステージ見てたか?」

二人の頭の上から葵の声がして、二人は慌てて手を離す。


「おおおお兄ちゃん!びっくりさせないでよ」

蘭とカイルの慌てぶりに葵は意地悪く笑う。


「見てた。多分見てた」

カイルが顔を見られまいと体を背ける。


「また、カイルは店の見回りがあるんだろう? だから蘭を迎えに来たんだよ。そんな怖い顔するなよ」

確かにライブ終わりに蘭を迎えに来て欲しいと頼んでいたが、早すぎる。

カイルは蘭とこのいい雰囲気をもっと楽しみたかった。


しかし、どの店も大繁盛でそろそろ品切れのところも多く出てきている。明日の在庫を補充するのか決めに行かないといけなかった。


「ごめんね、蘭。俺もう行かないといけないんだ。お兄ちゃんアイラさん、蘭の事頼みます」


カイルは二人に礼をして、蘭には手を振って別れた。


「凄い賑わいですね」

カイルは急に声を掛けられた。

振り向くとサーガイル公爵だった。

「はい、寮生みんなが力を合わせた結果がこの成果に繋がりました」

カイルは警戒しながら、慎重に距離を取った。


「そんなに警戒しなくても、こんなに一目で付くところで何もしませんよ。それに、今日はお礼を言いたくて来たんです」

サーガイル公爵の表情からは全く何を考えているのか読めない。


「お礼・・・?」

カイルが益々不審そうに顔を引き締める。


「息子にお見舞いの品を持ってきてくれたでしょう? 私も嬉しかったんですよ。だからありがとう。それと私は人に借りを作ったままは嫌なので貴方が困った時は、一度だけ助けましょう。では」


サーガイル公爵は言うだけ言うとさっさと行ってしまった。


「何だったんだ・・・」

カイルはサーガイルの背中を見送っていたが、今は忙しかったんだと大急ぎで屋台に向かった。





文化祭最終日も一般寮の賑わいは変わらず、大成功だった。1日目の噂を聞き付けた街の人がどんどん押し寄せた。


ライブコンサートは入場制限がかかる程だった。



そんな中、特別寮は閑散としていた。オペラだけで去年と同じ演目に、誰も興味を持たなかったようだ。

皇族の繋がりで、ちらほらと観客は入っていたが、その人達も一般寮の賑わいに誘われて、そちらへ流れていった。


あまりの人の少なさに、アダン皇子自らお忍びで一般寮の会場を見に来たが沢山の貴族達が訪れている事を知って顔を強ばらせて立ち去った。


特別寮に戻ると、観客のいないステージ下でドニエマーロが父に泣きついている。

「庶民に負けるなんて悔しいです。なんとかしてください」


息子に泣きつかれたアダン皇子は唸りながら、爪を噛んでいる。

「待っていろ。俺が皇帝になった時にはどうなるか思い知らせてやる」


近くにいた側近を呼ぶ。

「一般寮の主だった企画立案者を調べろ」


側近は流石に文化祭ごときで皇族から圧力を掛けるとなると示しがつかない、と言葉を選んで進言する。

「文化祭の運営は全て子供達で行っているのでアダン殿下がお調べになられるのは、世間的によろしくない噂が立たないとも限りませんし・・お控えになられた方が良いかと・・」


「『今回の文化祭は実に見事だった故企画立案者を褒めたい』と言えば中等部のやつらなら口を割るだろう。さっさと調べてこい」

側近は諦めて、一般寮へ調べに向かった。





側近が一般寮の会場に入ると、沢山の屋台に活気がある呼び込み。

さらに、ライブステージ。

(こんな楽しそうなのが側にあるのに、オペラだけで勝てる訳がないな。子供相手に何をムキになっているのか・・この役目は嫌だな)

側近がやる気もなくブラブラしていると、一般校の中等部の1年生らしき集団がこのお祭りを満喫していた。

側近は彼らに近付く。

「君達、この祭り凄いね。君達の文化祭を表彰したいって人がいてね、この文化祭の運営に携わった人を教えてくれるかな?」


聞かれた1年生は自慢げに色々と側近に教えた。


「リーダーは寮長のスタン君、企画立案者がカイル君だね。教えてくれてありがとう」

側近は命令だから聞いたものの、まさかカイルの名前が出てくるとは思ってもみなかったので、焦っていた。


一度殺されかかったが、アダン皇子の魔の手から逃れた子の名前が出たのだ。

今、カイルの名前を出せばどうなるか、用意に想像が付く。


しかし、側近は自分の命と天秤に掛けて、アダン皇子に重い足取りでカイルの名前を報告しに行く。



側近がアダン皇子の待つ控え室に帰ると、サーガイル公爵も来ていた。

(アダン皇子とドニエマーロとサーガイル公爵。なんて悪い取り合わせの時に来てしまったんだ)

側近は自分のタイミングの悪さを

呪った。


「どうだった。誰が首謀者だ」


「首謀者って・・・」

(悪い事を企んだんじゃないんですが・・・たかが文化祭です)

側近は言葉を詰まらせた。


「早く言え」

イライラしたアダン皇子が急かす。


「では、広告配布係テリー、広告製作係コルト、寮長スタン、店舗誘致フォーク、発案カイル、ステージ係ランド、人員配置係オートリニア、等多数がこの文化祭に係わっています」


側近は一気に言ってカイルの名前をごまかした。つもりだった。


「発案者のカイルとは・・・カイル・フラン・アルフォンか?」


側近がごくりと唾を飲んで覚悟を決める。

「そうです」


「クソッ。またあいつか。目障りなやつだ。サーガイル、お前が以前逃がした結果こうなったんだぞ」

言いがかりを付けられたにもかかわらず、サーガイル公爵は悠然と構えている。

「そうだよ。サーガイル、僕の文化祭をめちゃくちゃにしたカイルをなんとかしろよ。それに、最近

トレスの奴も僕の言うことを聞かない時がある。ちゃんと(しつけ)とけよ」

ドニエマーロが父親そっくりな横柄な態度を取る。

全く表情を変えないサーガイル公爵がドニエマーロの『躾』の言葉で眉が僅かにピクッと動いた。

しかし、人の感情の機微に疎い二人に分かる訳がなかった。


「カイルの一連の件は私どもは手を貸せません。また、我が息子が好き勝手をしていますがそれを合わせて、最近我が公爵家に沢山の借り入れをされているドニエマーロ様とアダン皇子にこの度のお詫びとして、借金をなかった事に致しましょう」


「うん? 借金? どういう事だ?」

アダン皇子が聞くと、素早くサーガイル公爵が懐から、借用書の束が出てきた。


「なんだ?この額は・・・?」


ドニエマーロの側近たちがヒソヒソとアダン皇子に説明をする。


「ドニエマーロ、この金額はお前が使ったのか?」

「ああ、トレスに言うとお金をホイホイ出してくれるんだ」

悪びれる様子もなくドニエマーロが平然としている。


「これから、こいつがお金をくれと言っても渡すな。それからお前もしばらく街に出るな」

アダン皇子は怒りでプルプル震えたまま立ち上がり、学園から出ていった。


訳がわからないドニエマーロは、父がなぜ自分にも怒っていたのか理由を聞かされないまま、取り敢えず後を付いていった。




サーガイル公爵はカイルとアダンを比べ、深く息を吐く。

「あいつら(アダン皇子)に深入りすると、民衆の敵になりそうだな。立ち位置を見直さねばならないな。とは言え、次期皇帝に一番近いのがアダン皇子だ。カイルがもう少し年齢がいってて、後ろ楯があったら・・」

ないものは仕方がないと首を振る。


「父上、私の事でお金を使わせてしまいました。申し訳ございません」

控え室の隣で話を聞いていたトレスが、出てくる。


「あれは、初めから奴らは返済する気がないのを知っていたので、これで回収させてもらったんだよ。だから、お前は好きな相手と友になればいい」


トレスはこんな父を見た事がなかった。

友人を選ぶにも、父が決めた。その友は有益が必ずついた。だから、ドニエマーロという嫌な奴に付いて回らなければならなかった。


しかし、今はトレスを目の前できちんと見てくれて微笑んでいる。


「お前が倒れたと聞いて、初めてお前に無理をさせていたんだと気が付いた。悪かったな」

トレスの肩に手を置いた。


「だが、前にも言ったがカイルはとても危険な位置にいる。お前が巻き込まれそうな時は、無理にでも引き離す。お前に恨まれても失いたくないんでね」

ポンポンと肩を叩いてたちあがる。そしてそのまま控え室からサーガイル公爵も出ていった。




トレスはロペスに相談をした。

それにより、この日を境にカイルにもドートレイン騎士団から一人護衛が付くようになった。




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