04 ゲームは長時間してはいけません
葵が一通り説明した話に、母は半信半疑だった。
しかし、しっかり者の葵までが言う事なら、真実味が増した。
それで、葵に言われて、蘭とカイルから直に説明を聞こうと蘭の部屋に来たのだった。
先ず初めに、百合と葵は優しく、蘭が朝、泣いた理由を聞いた。
理由は衝撃的だった。
壁の向こうの男の子の状況が酷かった。部屋の汚さ。足の鎖。朝一度きりのご飯。女の態度。
子供を育ててる百合は、鼻の頭と目の縁が赤くなっていた。
葵も憤っていたが、ズルズルと鼻を啜る母の様子を見て、逆に冷静になる。
蘭はきちんとカイルに説明したいと、落書き帳に書き始めた。
『こっちがお母さんの、ゆりです。こっちが兄のあおいです』
(なるほど、声が聞こえないから、手書きで書くしかないのか。てか、書くの遅い!)
葵が蘭の手書きのスピードにイライラするが、蘭は気にしない。
「『初めまして、カイル・フランともうします。どうぞカイルとお呼び下さい』って書いてるよ」
葵はふと気になり、カイルの文字を聞いた。すると蘭は見た事がない文字だと言う。
どういう仕組みかはわからないが、文字を翻訳してくれるのが分かった。
それで蘭の代わりに葵が文字を書くことになった。
『君はいつからそこに居るの?』
『半年くらい前から』
『その前はどこにいたの?』
『生まれてからずうっと、屋敷の一室にいたの。お母さんが亡くなった日に、ここに入れられた』
蘭が読み上げた後、3人は胸に重い鉛を抱えた様に、気分が沈んだ。
『カイルのお父さんは、どこにいるの?』
『会ったことがないから、分からない』
葵はカイルの身が、非常に危険な状態だと察した。
きっと、父親に身限られて、命の危険に晒されている筈だ。
蘭に女が持ってきた、カイルの朝ごはんはどうしたのか聞くと、「ここにあるよ」と蘭が器ごと持ってきた。
「蘭がどうして持ってるの?」
百合が少し大きな声で聞いたから、蘭は怒られたと思い、小さな声で答える。
「だって、近くで見たかったの。どんなのかなって。見たら美味しくなさそうだったし、こっちのご飯の方が絶対いいもん」
確かに、と葵は思った。小さな器に盛られたのは、食欲が失せるものだった。
とは言え、向こうの世界では、この食べ物が普通なのかも知れない。多分違うと思うけど、確かめないといけない。
『カイルのご飯は、その部屋に閉じ込められる前も、こんなに少なくて、まず・・・こんな感じのご飯だったの?』
葵は、不味そうと書きかけて、止めた。
『前は3食、ご飯があって、もう少し、・・・美味しかった』
「やっぱり、ここの人達は故意にご飯をあげてないし、残飯をカイルに与えてるんだ」
葵の言葉に、百合が拳を握る。
「今日は、お肉を焼くわ!」
「ダメだよ、急にいっぱいご飯をあげたらダメってブーブルで調べたでしょ!」
蘭が慌てて止める。
「あぁ、昨日のはそう言う事だったのね」
百合は納得した。
「やっぱり、カイルの体は痩せてるの?」
百合は健康が気になって、見えない壁を見つめた。
「うん・・とっても痩せてる」
「そうか、今後は栄養を考えた食事を、用意して上げよう。今リンが必要かも知れないから、高野豆腐とかいいのかな?」
百合と蘭が、変なスイッチが入った葵を、遠巻きに見る。
まだ、一人でぶつぶつ言っている。葵が急に百合と蘭に指示する。
「蘭、カイルに今何歳かもう一度聞いといて。それからお母さん、家に銀製品の食器やスプーンある?」
「銀? そんな高級なのないわよ」
「お兄ちゃん、カイル今7歳だって! やっぱり私とおんなじ~」
「よし、お母さんは明日、デパートで銀のスプーン買ってきて! 予備で2本いるよ。蘭はこのままカイルと勉強をしておく事!」
そう言うとさっさと、自分の部屋に戻っていった。
百合は、あれだけ落ち込んでいたが、解決すると今自分の置かれている状況を把握した。
ベランダに洗濯物が干しっぱなし。まだ、夕御飯の準備は何もしていない。蘭は・・・振り返るとカイルと勉強を始めたようだ。
手伝って貰おうと思ったが、今日はなんだか言い辛い。
葵は何かに没頭すると、頼めない。頼むと碌な事にならないのだ。
よし!と気合いを入れ、百合は家事をこなして行く。
蘭は、絶対に信じてもらえないと思っていたのに、兄に相談するとポンポンポーンと色んな事が解決した。
悩みの種だった、カイルのご飯が解決した事は、本当にほっとした。
『カイルのごはん、あさ、ひる、ばんたべれるよ』
『え! でも蘭のおうちの食べ物が減っちゃうよ』
カイルの答に、また胸がグッとくる。
(カイルって、天使なの?)
『たべもの、あるから だいじょうぶ』
蘭は明日から、学校行く為、朝から夕方まで家にいない事を伝えた。
カイルはしょんぼりする。
そんな悲しい顔は見たくない!
蘭は部屋中を、見回し遊べる物を探す。
凄く良いものを見つけた!
ゲーム機だ!
カイルに見せると興味津々で聞いてくる。
『ゲームだよ いまね ポケモ〇のピカチ〇を、そだててるから レベル上げしといて ほしい』
カイルは蘭の言ってる事がさっぱり分からない。
(どうしよう・・言葉の言い換えするのが、壊れてしまった? 直るかな? どうしよう・・)
心配しているカイルに、蘭が何か分からないが、小さい箱を渡そうとしている。
『ぜったいに おとさないでね! こわれるから』
蘭は片手に小さい箱、片手に紙を見せている。
「凄く大事な物なんだね。しっかり受け止めるよ」
カイルは、聞こえていない蘭に、話しかけた。
受け取った箱は、綺麗なピンク色で少し重かった。
「大事な物をありがとう」
カイルは、綺麗な箱を大事にしようと思った。
すると壁の向こうの蘭が、同じような箱を持って、パカパカと箱を開けたり閉めたりしている。
「あぁ、開け方を教えてくれてるのか」
そっと開けると、黒い四角ツルツルしたところと丸い形の押しボタン等があった。
蘭が、『下の方の丸いボタンを押して』と紙を見せながら、次に蘭の箱のボタンを指で指している。
「ここかな?」
押して見た。上と下の所が明るくなって、何か絵が現れた。
「えッ? これ魔法? 蘭の魔法、凄いよ」
更に蘭からの指示通りに、絵の中の場所を押すと、いきなり魔獣が出てきて吠えた!
「わあ!」
カイルはゲーム機を、落としそうになったが、大事な物だとキャッチした。
それを見た蘭は胸を撫でる。
「きっと音量が最大でびっくりしたんだね。音を小さくしとけば良かったのに、ごめんね」
慌ててカイルに、音量の操作ボタンを見せながら、教える。
「え? なんだろう? 箱の横をずっと指差してる。え? 上げ下げするの?」
見よう見まねですると、音が鳴ったり消えたりした。
「うん、分かったよ。音だね」
「そうそう音・・・」
二人が顔を見合わせる。
(あれ? 今、声が聞こえたよね?)
「カイル?」
「うん、蘭?」
「「聞こえる!」」
二人は大はしゃぎした。
「カイルの声、ずっと聞きたかったんだー」
カイルはドキッとする。
「えーと、僕の声変だった?」
「全然! 思ってた通りいい声だったよ」
カイルはほっとする。初めて向き合ってくれるお友達に、「いい声」と言われて嬉しかった。
「それじゃ、ゲームのやり方教えるよー」
「うん。あっ、その前に、聞きたいんだけど、この箱の中の魔獣は外に出てこない?」
「まじゅう? あー! ポケモ〇の事かぁ。うん大丈夫だよ。それ、絵が動いてるだけだから」
「絵が・・蘭の魔法は絵を動かす事も出来るんだね」
「魔法じゃないよ。あれ? それってカイルは魔法出来るの?」
「出来るよ。今は出来ないけど・・」
カイルは首に巻かれてるチョーカーに触れそうになり、ビクッと手を離した。
「その首に巻いてるの、何?」
蘭はカイルの首にある物から、嫌な感じがして、ずっと気になっていた。
「これは、僕が魔法を使えない様にする物で、僕は触れないんだ」
蘭はカイルの様子から、触るとどうなるか、想像出来た。
自分ではどうする事も出来ないので、後で兄に報告する事にした。
(お兄ちゃんなら何とかしてくれるはず!)
一通りゲームの仕方を、教わったカイルは蘭にレベル上げと次の町に行く事を頼まれた。
しかし、これは長時間するといけない物だと、分かった。
それは、暫くゲームで遊んでいると蘭の母がご飯を、部屋に運んできてくれた時の事だ。
この時もう既にカイルは、百合の声も聞こえた。
そして、百合が蘭のゲームを見るなり、怒り出したのだ。
「勉強もしないで、何でゲームしてるの? 長い時間してたんじゃないでしょうね?」
「カイルに、教えて上げようと思って、さっき始めたとこ。多分ご、5分くらいよ」
焦って嘘を付く蘭を見て、カイルは長時間しないようにしようと思った。
「あっ、お母さん。それより、カイルの声が聞こえるようになったんだよ」
「え?」
百合は、壁を振り返って、また蘭を見る。
「今のも、聞こえてたのかしら?」
〔聞こえてたよ〕
「うん、聞こえてたって」
「カイル君、ゲームは長時間すると目が悪くなるから、気をつけてね」
蘭は母の態度の変わり身の速さに驚きつつ、
「ごはん運んできてくれてありがとう」
と礼を言う。
蘭は母が運んでくれた二人分の料理を、テーブルの上に置く。
蘭がカイルの分を、壁にゆっくり押し付けると、カイルが嬉しそうに向こうで受け取った。
壁に飲み込まれていくお皿を百合と葵も見ていた。
百合は、信じると言ったものの、どこか半信半疑だったが、今の出来事は夢でも見間違いでもなかった。
百合は自分でお皿を持って、壁に押し付けてみた。
しかし、壁に当たったままだった。
蘭がお皿を全部渡すと、座り直して「いただきまーす」と元気に言う。
〔いただきます〕
「「・・!」」
百合と葵にも、微かに聞こえた。
「カイル? 今何でもいいからしゃべって」
葵が急に壁に向かって話す。
「カイルが何をしゃべったらいいのかな?って聞いてるよ」
蘭が返事した。
「聞こえなかった・・」
蘭が二人を見ると、母が落胆していたが、葵の落胆はそれ以上だった。きっとこの不思議な現象を体験したいのは、葵が誰よりも望んでいたのだ。
去年、小学5年生で量子力学に、ハマるという天才でもまだ子供だ。ファンタジーを目の前で見たい筈なのだ。
二人はがっかりしながら、部屋から出た。