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31  兄弟喧嘩

カイルはリリオに5日間は家で休みなさいと言われた。頭の怪我はあるが動いても大丈夫だった。

宿題もなく、家でごろごろしていると3日目、さすがに暇で百合に言って近くのコンビニに買い物に出た。


そこに学校帰りの葵が通りかかる。そこで、葵はカイルの買い物が終わるまで待っていた。

しかし、帰ってきて葵が一番に百合に抗議した。


「カイルを一人で買い物に行かせるなんて、危ないじゃないか」

怒る葵に百合は呑気だった。


「大丈夫よ。夜なら付いていくけど、あんなに明るいんだもの」

百合では話しにならないと、カイルに直接注意する。


「カイルは大丈夫だと思っても、まだ怪我は治っていないし、外は人通りが少ない時はお母さんに付いてきてもらった方がいいよ」


あまりの葵の力説にカイルは素直に「そうするよ」と返事をした。


しかし、葵の過保護はこれに終わらなかった。

6日目に勉強が始まるので、カイルが本館に行こうとすると、送っていくと言ってカイルの後を他の人に見つからないよう隠れながら付いていった。


そこからもうダッシュでがっこうまで行ったが、勿論、完全に遅刻だった。


2日目もカイルが断っても付いて行く。やはり完全に遅刻だ。


流石に2日続けて遅刻はマズイ。夕方に学校から電話が掛かってきた。

百合は「ハイ。ハイ。明日にはきちんと行かせます」と担任に話していたが電話を切ると遠い目で「葵は明日も遅刻だろうなー」と呟いた。

その様子をカイルが見ていて、何かを決意した。


「ただいまー」

葵が帰ってきた。

カイルは玄関に走る。


「お兄ちゃん。お願いがある。僕はもう大丈夫だから、明日からは一人でリリオ先生の所に行くね」


いつも優しい葵が、何かを恐れるように顔が崩れる。

「何言ってるんだよ。危ないに決まってるだろう。大丈夫なんかじゃないよ。明日も俺がギリギリまで見届けるから。いいね」


葵の目が怖くて、カイルそれ以上は言えなかった。


二人の会話を聞いていた蘭が、そっと階段を上がって自分の部屋に入った。

カイルには可哀想だが葵の気の済むまでやらせてあげたい方が大きかった。

「でもなぁ・・・流石にこのままは良くないよね。ちょうど明日はリリオ先生が家に来て家庭教師をしてくれる日だ。相談しようかな?」

しかし、その夜に喧嘩が勃発した。




これではいけないと、カイルが再度葵の部屋に言いに行ったのだ。


「お兄ちゃん、やっぱり明日は僕一人で行くから」


「ダメだ。ダメだ。あの世界には警察もいないんだぞ。エルザだってまだいるし、他にも危ない奴が沢山いるんだ」


「敷地内だから、大丈夫って言ってるじゃないか」

カイルがつい強い口調で言うと、もっと上から葵が強く大きく怒鳴る。

「お前はまだ小さいんだ。俺の言うことを聞いとけ」


「ううう、葵のわからず屋ー!」

カイルは叫んで葵の部屋から飛び出して1階の和室に入った。


(葵のバカ。全然話を聞いてくれないし、あんなに怒るなんて・・)

カイルは葵が自分に対してあんなに怒った事がなかったので、怖くてショックだった。


あんなに喧嘩したのに、葵は次の日もリリオの所に行くカイルを見送った。


二人とも顔も合わせないままだった。本館近くなると、葵が走って戻っていく後ろ姿をカイルはただ見ていた。


「昨日は『頑張って勉強してこいよ』て言ってくれたのに・・・」


喧嘩をした事がないカイルは悔しくて寂しくて涙がでた。

鼻をぐずぐずしながら執務室に入るとリリオが驚いた。


「どうしたの?」


「・・っぐず」


「泣いてちゃ分からないよ。言ってごらん」


「お兄ちゃんと・・ぐずっ・・喧嘩した・・・」


それから、カイルが今日までの話を、ぐずぐずとヒックを織り混ぜて、詳しく話した。



「うーん。そうだなぁ・・どちらも悪くはないよね。カイルは葵君に学校を遅刻して欲しくないし、葵君はカイルを心配しているんだよね。いい兄弟だなぁ」


微笑ましくてリリオはクスッと笑ってしまった。


「笑わないで・・」

カイルがじとっと見る。


「ああ、ごめん。えーと何から話そうかな・・そうだ、カイルが帰ってこなくて、探しに行った時から葵君はずっと張り詰めていたんだ。ドローンってので空から探してる時ももう少しおかしかった。

カイルがドローンに映し出された時、本当にカイルが死んでるように見えたよ。あの瞬間、葵君の中の何かがひび割れたと思う。それは『さっきまで元気だったカイルが』っていうトラウマになったんだろう。きっとあれから葵君はずっと怯えているんだよ」


「お兄ちゃんが怯えている・・・」

(そういえば、初めに『一人で行く』って言った時の葵の顔は見た事がなかった。そうだ、崩れたように見えたのは、恐怖からだったんだ。僕を心配してくれて、壊れそうなお兄ちゃんに何て事を言ったんだろう)


カイルは自分の思いやりのない言葉に自分の頭を殴りたくなった。


「今日は春木家で家庭教師の日だね。みんなでキチンと話をしよう。さぁ、それまでは勉強をしよう」


鼻をかんで、落ち着きを取り戻したカイルは、ノートを出した。






「ただいま・・」

家に帰ってきたカイルの声はいつもより半分くらい小さい。


「お邪魔します」

リリオの声はいつもの倍大きい。


「あら、おかえりなさい」

百合はいつも通りだった。

キョロキョロしているカイルに、百合が「葵はまだよ」と笑う。


「夕御飯の用意をするから、リリオ先生はゆっくりしといてね」


いつも通りの百合にリリオは不思議に思った。

「あの、百合さんはカイルと葵君の事どう思っていますか?」


「そうね、初めての兄弟喧嘩だったから興味深かったわー」


「・・・興味深い・・」

百合の呑気さに少々呆れた。


「カイルが怪我して葵がちょっとというか・・かなり傷付いたから、少し気の済むまでと言うか、カイルが大丈夫な事が分かるまで好きなようにさせてみようかなと思ってたんだけど、これ以上遅刻すると行きたい高校に行けなくなるって言われて、私もお手上げなのー」


お手上げと言う割にあっけらかんとしている百合に、蘭を思い出したリリオとカイル。


((似ている。やっぱり親子だ))



「たっだいまー」

「ただいま・・・」


明るい蘭の声と消えそうな葵の声がした。


早速リリオ先生の勉強が始まる。


葵は全くカイルの方を見ない。

どんどん俯く角度が大きくなるカイル。

思いきってカイルが声を掛ける。「お兄ちゃん・・ごめん・・」


葵は顔もあげないで「いいよ」と答える。

それがカイルにはさらに寂しい。


「お兄ちゃん、カイルの顔を見てあげて」

蘭の強い口調に葵が顔をあげる。

カイルと目が合った葵は「ごめんな、カイル」どうして良いのか分からずまた、下を向いた。


「ごめんねカイルー。へたれなお兄ちゃんで。でも許してあげてね。あれからずっと寝てる時うなされてるの。カイルを一人にするのが怖いのよ。私も怖いけど・・」


「誰がヘタレだ・・・」

葵が蘭の言葉のそこだけに反応する。


カイルは自分だけが怪我をしたと思っていたのに、回りの方が大きな傷を負っていた事に居たたまれなくなる。


話が途切れた時、リリオがある提案をする。

「葵君、どうだろう。君が心配がなくなるまで、私がここまでカイルを迎えに来るよ」


「そんな訳には・・」

言い掛けた葵を蘭が特大の声で邪魔をする。


「えーいいんですか?先生ー。それはとてもありがたい話です。ありがとうございます」

それにさらに乗っかる百合の声。

「本当にありがたいですー。カイルを迎えに来て頂いている間、なんなら先生の分の朝御飯を用意しますよー」


「え? 本当に? 朝早くて食べれなくて、ここに着いた時に食べられたらありがたい」


リリオが大喜びしている。


葵とカイルにはこの3人の会話が猿芝居のように見えなくもないが、ここで口を挟む事もできずに納得する。


「じゃあ、明日から葵は遅刻しないで学校に行ってね」


「う、うん」



()くして、葵はカイルの送りがなくなり、平常に戻っていった。


そのうち徐々にではあるが、葵が夜にうなされる事もなくなってきた。


その内ロペスの頑張りにより、牢屋のある建物の近くにかなり立派な学習館ができた。これで、リリオの送り迎えもなくなった。


初めは小屋くらいと思っていたのに、ポールの目を盗んでロペスが建築士と勝手に立派な構造の建物に変えたのだった。


ロペスはリリオに頼んでリリオの講義にいれてもらう事になった。

流石にこんな立派な建物を作ってもらったからには、リリオも承諾した。


リリオは初め渋々だったが、ロペスの態度は以前とは全く違った。

きちんとノートを取って、真剣にリリオの話を聞いている。


そして何よりもカイルに対する態度が違いすぎた。


カイルの事を『カイル様』と呼ぶのだ。カイルが嫌がってもそれを変えるつもりはないらしい。


彼が言うには、カイルは将来自分が仕える主になるお方・・らしい。

ここまで変わると怖いくらいだが、本人はいたって真面目なのだ。



その様子に以前カイルの事をいい加減に扱っていた下男や侍女もエルザがいない所では、『カイル様』呼びに変わっていった。


しかし、数ヵ月後にまだカイルの事をエルザ同様になおざりにしていた者がいた。それは料理長だった。他にもエルザの権力を笠に着た奴が沢山いた。


ロペスが父に直訴したがポールはのらりくらりと返事をかわした。エルザとロペスに挟まれて、とうとう部屋に逃げてしまった。




みんなが変わっていくうちに2年過ぎた。蘭も小学5年生、カイル10歳。葵は高校1年生になった。





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