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18  ランドセル

カイルは体を縛られて動けない夢をみた。

朝目覚めて、なぜそんな夢を見たのか理由が分かった。

蘭と葵に挟まれて寝てて、二人がカイルを抱くように横向きで寝ていたのだ。

二人の暖かさが嬉しくて、そのままじっとしていたが、流石に重かった。

「うんしょと・・」二人の腕をずらしてカイルは寝床を起き出した。


「あら、カイル。もう起きてだいじょうぶ?」

百合がキッチンから慌てて出てくる。


「うん、もうすっきりしてるよ」

そう言ったカイルのお腹がぐううと鳴る。


「ウフフ、昨日何も食べてないものね。すぐにご飯するから待っててね」

百合とそんな話をしていたら、蘭と葵も起きてきた。

洋一も起きてきたが昨日までの態度を反省してか、気恥ずかしそうに席に着いた。


五人で和やかな朝食が始まった。

洋一が一緒なのに、これだけほんわかする朝ご飯は本当に久しぶりだった。


土曜日で学校は休み。しかも、朝から雨が振っているので野球の試合もなくなったと連絡があった。


カイルの体調を考慮しながら、昨日何があったのかを聞いた。


カイルはいつも通り皇帝陛下のご挨拶に行った後、沢山の子供達が集められ簡単なテストを受けさせられたということを伝えた。


そこまではみんなは大人しく「ふんふん」と聞いててくれた。


しかし、カイルの館に帰ってきたところからの話は、皆の表情が一気に険しくなった。


蘭の眉間のシワがぐぐっと深くなった。

「はぁぁん? 何でロペスのテストの悪いのが、カイルの頭の良いせいになるのよ! ロペスの頭の悪さは勉強してないせいでしょ! 蹴りも入れとけば良かったわ」

蘭が机を叩いて悔しがる。


「そんな事で大人が子供にあんなことをするなんて・・・今度あったら奴等に道徳ってものを体の隅々まで叩き込んでやる」

洋一も珍しく感情を大爆発させている。


「そうか、これからはカイルは向こうの家庭教師に習うのか・・・向こうの時間が増えると状況が判らない時間が増えて危険だな」

葵だけ一人冷静な分析を始めて、ぶつぶつと考えている。


「葵・・・お前って随分冷静だな・・・」

自分のテンションが恥ずかしく思えた洋一が、葵の言葉に落ち着きを取り戻す。


「・・・俺は今まで、俺の意見を聞こうともしない人と長年交渉の仕方を考えていたら、感情的になったところで解決しないって事を勉強したからだよ」


葵の洋一に対する最大の嫌みが、洋一にヒットした。


「・・・・」


「でも、牢屋にその家庭教師は来てくれるのかしら? それとも、カイル君が行くのかしら?そこが問題よね?」


「・・・・・」


さっきまで泣いて怒っていた百合も冷静さを取り戻したようだ。

その、切り替えに洋一が驚いた。

その横でまだ怒りが収まりそうもない蘭が「今度あったら顔面にパンチを入れてやる」と言っている。


(今まで沈着冷静だと自分では思っていたが、俺は蘭タイプなのだろうか?)

と洋一はふとおもった。


確かにこれからの事をしっかり対処していかなければと、春木家全員がおもった時、カイルが消えた。


4人は一斉に蘭の部屋に急いだ。

洋一は少し遅れたが・・・





まだ身体が本調子ではないのに、寒い牢屋に戻ったカイルが薄着で寒そうにしている。


壁はまだ通り抜け出きるので、蘭が急いで暖かい服と、カイロを渡す。


ガチャガチャと鍵を開ける音がして、牢屋の扉が開くが誰も入って来ない。


「おい、押すなよ。巨人がいたらどうすんだよ」

若い男の声が響いた。


「早く中を見ろって。中の様子だけ確認すればいいんだから」


声は聞こえるが怖がっていて姿は見えない。どうやら、昨日の事を聞いた使用人が見に来たようだ。


「見ればいいんだろう!・・・それにしても不気味だな・・薄暗いし」


若い男がソロッと覗く。

「あれ? 坊っちゃんしかいないぞ」


「本当か?」


もう一人の若い男も怪物がいないと判ると安心して中に入ってきた。

この二人は始めて見る男達だ。


「坊っちゃん、他に誰かいますか?」

意外にもこの二人はカイルを丁寧に扱ってくれる。


カイルが首を振ると二人はホッと肩の力を抜いた。


「噂では聞いていたけど、本当にこんな小さい子を牢屋にいれてたなんて・・・ここの屋敷の人は酷い事すんな」


「おい、大きい声で言うとお前も牢屋に入れられるぞ」

もう一人は誰も近くに来ていないか扉の方を気にする。


「俺たち庭師なんだけど、昨日ここで大男が出たって騒ぐのがいて、確かめに行けって言われて来たんだけど知ってる?」


カイルがどうしようかと迷っていると壁をどんどん叩く音がして、そっちを見る。


若い庭師の二人には聞こえていないので、カイルが急に壁を見ているのにビクついて、カイルに聞いてくる。


「ネェねぇ、何かそっちにいるの?」


そう壁には、春木家のみんながいて心配そうに張り付いて見ている。だが、庭師の二人には見えない。

二人には聞こえもしないので、カイルに葵がアドバイスを言っている。


「カイル、『昨日は僕もビックリしたけど、3人が急に騒ぎだしてビックリした』って言うんだ」


葵のアドバイスも聞こえていない二人にそのまま伝えた。


二人は納得したように頷いた。

「そうだよな、そんなのいるわけないよな。ロペスの坊っちゃんも

あいつらも、何か変な夢を見ていたんだろう」


「でも、あの坊っちゃんも性格悪りぃから、ずっと怖い夢みてりゃいいんだ」


「おいおいおい」

慌てて止める。


「あっそうだ、カイル坊っちゃん。明日からはここの鍵は開けっぱなしなので、ここから本館2階の事務室の一角で家庭教師による勉強が始まるようですよ」


「え? ここから?」

カイルが発したこの言葉を二人は、逆の意味に捉えて顔をしかめた。


「そうだよな、こんな所・・・もし嫌なら俺達の使用人の棟にくるか?」

カイルにとってこの牢屋はどこにもかえがたい部屋なのだ。しかし折角誘ってくれたのに、断るのは申し訳ない。


カイルは必死で断りの言葉を探す。


「ずっといて、もうこの部屋に慣れたからここが良いです。それに、僕が貴方達の部屋に行ったらきっと迷惑がかかると思う・・・」



「・・・グスッ・・良い子や・・俺の名前はオリバーって言うんだ。いつでも来いよ」

庭師の男はカイルの頭を撫でて、「頑張れよ」と声をかけて上司に報告しに帰っていった。





カイルが春木家のリビングでくつろいでいた。


「アー良かったぁ~。本館に移動しろって言われたらどうしょうとおもったよ」

カイルが伸びながらほっとしている。


なぜか百合の顔が暗い。

「どうしたの?」

蘭が百合の変化に気付く。


「うん・・・あのね・・これを買ってたの」

そう言って持ってきたのは青色のランドセルだった。


「今年からカイルを小学校に通わせてあげたいと用意をしていたの」


「そうか、カイルと一緒に学校に行きたかったなぁ・・」

蘭が残念そうだった。


カイルもそのランドセルを名残惜しそうに見ている。


「それを持って家庭教師の所に行ったらどうだ?」

洋一は、カイルがあまりにも残念そうにしているのが可哀相に思えた。


「そうよね、あの人達がカイルの鞄を用意してくれる訳がないもの。しかも、カイルが鞄を持っていても持っていなくても気にしないと思うわ」

百合はカイルに使ってもらえると思うと元気になった。


「もし、その鞄をどこで手に入れたか聞かれたら、壁から出てきたといえば良い」

葵が大胆な意見を言い出す。


「それって言っていいの?」

流石の蘭さえ不安になる。


「大丈夫だ。見せてみろって言われたら出してやればいい。きっとこの壁はカイルの事を守っている。だから、本当に危ない時は人がいても、みんな壁を通り抜けて異世界に行けただろう? カイルが危険な状態なら鞄でもなんでも通してくれるさ」


葵の大胆な解釈にみんなが納得した。




日曜日にノートや筆記用具を揃えて、月曜日からの家庭教師の授業に備えた。

百合は、世間一般の入学式前日の母親のようにそわそわして、カイルの持ち物に名前を書いたり、確かめたりと余念がない。


そして、月曜日の朝。

カイルは百合が用意した服をきて、ランドセルを背負って牢屋に戻る。

そして、そこからもう開けっぱなしの扉を開けて見守ってるみんなに「行ってきます」と言って出ていった。


今日から少し変わった毎日が始まる。






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