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17  テスト

陛下の第1側近のリジュールが子供達の顔を、順番に見ていく。


どうやら、顔と年齢を確認しているようだ。


リジュールが手を上げると、一斉に一枚の用紙が配られた。

そこに書かれていたのは、小学1年生が解くような足し算の問題だった。

5+12=  7+9=


そして、引き算も簡単だった。


これが、小さい子から大きなお兄さんまで配られている。


たったの10問。

カイルはすぐに解き終わり、じっとしていた。

肩を叩かれた子が席を立って、どこかに連れていかれた。


カイルを虐めた子達も全員、肩を叩かれて部屋をでた。


また、用紙が配られた。


今度は掛け算、割り算の問題だった。

今度もカイルは、すぐに解き終わった。

顔を上げると、リジュールと目があった。

彼はカイルの席にやってきて、問題用紙を見ると、頷いてカイルに次の問題を渡した。


分数、少数、応用問題の速さの問題、割合、等次々と用紙が配られた。


カイルが顔を上げると、部屋にはカイルしか残っていなかった。


リジュールが最後の用紙を見ると、訪ねてきた。

「君はどこで勉強をしてこんな難しい問題が解けるのかな?」


「えっと・・」

カイルは葵の事も言えず、返答に窮した。


「しかし、不思議だな。今日のテストであれをカイル様に教えられる程の者はあの家にはいないだろう。しかもカイル様は学校にも行っていない。本当に不思議だ。是非とも教えて欲しいですね」


リジュールが優しい微笑みで聞いてくる。


(葵が言っていたのはこの事だ。優しい顔で裏切る事が出来るのが悪い大人だって言ってた。信用出来るのか出来ないのかは、先ずは僕の気持ちを推し量ってくれる人か違うのかを見なさいって言ってた)


「僕はカイル様が答えてくれないと大変困るんだよ。答えてくれるかな?」


少し、リジュールの話し方が変わった。

カイルの事を考えず、ぐいぐいくるリジュールを、信頼出来る大人からはずす事にした。


そうと決まればカイルのする事は1つだ。

「これくらいの問題なら、教えて貰わなくても解けると思うのですが」


カイルは、もうリジュールを見ない。表情から変に読み取られては困ると判断したのだ。


それも(▪▪▪)、誰にも教わらずにやっているのかな?」


カイルは返事をしなかった。


リジュールはため息をついて、

「今日はもう終わりだよ。帰っていいよ」


リジュールの砕けた言い方が、気になったが、カイルは逸早く家に帰りたかった。

春木家の皆が待っている家に帰って、蘭の話や葵の話を聞きたかった。お母さんのご飯を食べたかった。もうお腹がペコペコだった。


漸く帰りの馬車に乗りこめた時は、お母さんの今日の晩御飯は何だろう?と安心しきっていた。



馬車が屋敷に着いた。いつも通り牢屋に行くのだろうと思ていたら、屋敷の方に連れて行かれる。


カイルがこの屋敷の中に入った時の思い出は、嫌な事だけだった。


玄関の前に立つと、大きなドアが開いた。すると従者の男に後ろからゴンと押され、転びながら中に入る。


カイルが顔を上げると、第2皇子ポールの正妻のエルザが腕組をし、仁王立ちになってカイルを見下していた。


エルザの後ろに隠れるように、その子供のロペス(男)とリロ(女)がニヤニヤと笑っている。


エルザより一歩引いた後ろに、面倒臭そうに立っている男がいた。


ロペスが母親に泣き付くようにいう。

「ママ、こいつのせいで、僕達散々おじい様にもっと勉強をしろって怒られたんだよ」


「可哀想なロペスちゃん。カイル、私のロペスに酷いことをしてくれたわね。偉そうに何を企んでいるの? お義父様に学校に行かせてくれって頼んだの? 身分も卑しいなら、やる事も卑しいわね」


「おいおい、陛下がそいつを学校に通わせろってわざわざ言ってきたんだ。逆らう訳にはいかないぞ」

エルザの後ろの精彩さのかけらも無い男が、おろおろしている。


カイルはショックをうけた。

話の内容から、この男がカイルの父である、ポール・ドルテ・アルフォンと言う事になるからだ。


「俺は知らないからな」

そう言い残し、男はさっさと部屋に入った。


エルザはそのまま恐ろしい顔で、

下男を呼びつけ、男に何かを指示した後で、カイルがテレビで見た悪者が悪事を働く時に見せる笑みを浮かべた。


「うちの子供達を傷付けたんだから、また牢屋に入れておいて頂戴。それからまだこの子から匂いがするから、牢屋で水浴びをしておいてね」


エルザは残忍な笑いのまま、子供達を引き連れて、奥の部屋に消えていった。







蘭はなかなか帰らないカイルを、自分の部屋で待っていた。


カイルはいつもなら、皇帝に挨拶をして、午前中には帰ってくると言っていた。だから、学校から帰ってきたら、きっといつもどおりに、カイルと遊べると思っていたのに、玄関を開けて迎えてくれたのは、百合だった。


「まだ、帰ってこないの」

百合も不安そうに、2階を見る。


蘭は急いで2階の自分の部屋に確認に行く。しかし、牢屋は薄暗く、人がいる気配はない。


蘭はカイルが帰ってくるのを、祈りながら待っていた。

(神様、お願いです。カイルを無事に帰して下さい)


葵も帰ってきて、カイルがまだなのを知ると、蘭の部屋に来た。

1階では、洋一がカイルを児童相談所に連れて行けなかった事に苛立っていた。


そんな洋一の声を聞きながら、更に不安が増していく。


「・・・カイル、遅いね」

「・・・うん。きっと帰ってくるよ」

葵は泣きそうな妹を慰める。


ガチャガチャ。

バーァァン


牢屋の扉が開いた。

カイルが帰ってきたと喜んだ2人に、壁が立ちはだかる。


2人が見ている前で、下男がカイルを突き飛ばした。


「キャー・・カイルが・・・」

蘭が叫ぶ。


下男ともう1人が、雪の降る寒い夕方だというのに、倒れているカイルに水をかけた。


「やめろー! カイルに何すんだ!」

葵が壁を殴るが何も出来ない。


カイルが震えながら僅かにこちらを見る。


二人の声を聞いて、百合と洋一が蘭の部屋に入ってくる。


カイルが見えている百合は、その様子に口を手で押さえて、涙を流す。


だが、洋一には白い壁に向かって異様な行動をとっている家族に驚いていた。


「お前達、どうしたんだ?」

三人とも気が狂ったとしか思えず後ずさりした。


「ねぇ、お父さんカイルを助けてよ!」

父にすがり付く蘭だが、洋一の目がカイルを見ていない事に気が付くと絶望の眼差しを父に向けた。


「・・・お父さんには見えないの?」


洋一は蘭にそんな失望の目で見られた事に激しく困惑した。


(一体何がみんなには見えていると言うんだ? あの少年カイルが来てから、皆がおかしくなってしまったのではないのか?)


カイルのせいなのか?と考えたが昨日のカイルの瞳を思い出した。


(いや、あの子は悪い子ではない!)

洋一がそう思った時、小さい声が聞こえた。


「・・た・・すけ・・て」


洋一がバッと顔を上げて声のした、壁を良く見ようと目を細める。


目を凝らすと白い壁が薄く透けてくる。

カイルが見えた。

しかし、その時のカイルはずぶ濡れで小さく震えていた。


「・・・一体あいつらは何をしているんだ?・・」

洋一が信じられない気持ちで叫んだ。


その時カイルのいる牢屋に、長男ロペスが入ってきた。

「なんて、気持ちの悪い所なんだ。おい、そいつにもっと水を掛けろよ。そうだ、もっとだ」

ロペスがカイルが弱っていくのを楽しそうに見ている。


「こいつのせいで、今日はおじい様の前で恥をかかされたんだ。鞭の痛みで自分のした事を反省しろ」


ロペスが鞭を振り上げた瞬間、春木家の怒りが爆発した。


洋一が大声で叫ぶと、牢屋中に響き渡った。

「オオォォーー!」

洋一の怒りの雄叫びで壁が完全に消える。

そして、葵がロペスに体当たりで吹っ飛ばした。


「いい大人がこんなに幼い子供に、こんな事をして恥ずかしくないのか!」

洋一の187cmの大きな体で下男を投げ飛ばす。


入り口付近まで吹っ飛ばされた下男ともう一人の男は、急に現れた大男に驚き、お坊っちゃまのロペスを置き去りにして逃げていった。


「おい、僕を置いていくな!後でお母様に言い付けるぞ」


ロペスの叫びも牢屋に響くだけだった。


「おい、よくも俺の弟にここまでひどい事をしてくれたな」

温厚な葵は今まで1つ年下にだって手を出した事がない。しかし、この時の葵の怒りは尋常ではなかった。


ロペスは葵に魔法で攻撃するが、葵には全く効かない。

怒りで跳ね返しているようだった。

どんどんロペスに近付く。


か細いカイルの声が葵を止める。

「お兄ちゃん、僕の為に止めて」


「そうよ、お兄ちゃんがそんな奴に暴力振るう事なんてない。私で十分よ」


蘭がロペスの前に仁王立ちで立ちはだかり、いきなりロペスの頬をひっぱたいた。

「あんた、私の大事な家族に今度酷い事をしたら、お尻百叩きよ!わかったら、二度とするんじゃないわよ」


フンっと鼻を鳴らす。


ロペスは蘭の顔を睨むとそのまま走り去った。


洋一は体温が著しく低下しているカイルを抱きかかえて、我が家に戻る。

百合、葵、蘭も後に続いた。


「お父さん、カイルは大丈夫なの?」

蘭は顔色が悪いカイルの事が心配で洋一に張り付いてしまう。


「蘭、お父さんに任せましょう」

百合が蘭の体を抱き上げて少し離す。


「低体温症になっている。しかし、ジバリングはあるが、意識もあり軽度だ。だが、体を一刻も早く暖めてあげないといけない。百合は湯タンポの用意をしてくれ。葵は押し入れに仕舞っている電気毛布を出してきてくれ。蘭は・・・」


蘭も何か役に立ちたいと目を輝かせて洋一の指示を待っている。


「蘭は湯タンポがそのまま体に当たると火傷をするから、湯タンポを包むバスタオルを持ってきてくれ」


蘭は張り切って、「はい」と返事し洗面所に走っていった。


カイルを着替えさせて、濡れている頭を乾かす。

湯タンポを蘭がカイルの足元に入れようとしたら、葵に注意された。

「バスタオルにくるんでいても、湯タンポを体に当てると低温火傷をするから少し体から離してあげて」


洋一は葵をじっと見つめた。


「何? お父さん」


「いや、そんな事も知っているんだな?」


離れて暮らしているうちに葵も蘭も随分大きくなっているんだと

気付かされた。


カイルの震えが大分と治まってきた。電気毛布の温度調節をしながら様子を見ているとカイルの震えが止まった。


でも、カイルの枕元から誰も離れなかった。

カイルが目をうっすら開ける。

「カイル大丈夫?」

顔色の良くなってきたカイルに恐る恐る蘭が効く。


その声を聞こうと、一斉にカイルの顔を覗き込む。

カイルはなんだか恥ずかしいような嬉しい気持ちになった。


だって蘭、葵、百合、そして洋一が覗き込んでいるんだから、こんな酷い目に会ったのに、ついつい顔がニマニマしてしまう。


「おい、カイル君大丈夫かい?」

洋一がカイルのにやけ顔の意味がわからず焦る。


「うん、大丈夫だよ。何だかこんなにみんなに注目されていると恥ずかしくて、こんなにみんなが優しくしてくれるのが嬉しくて」


「うっっ」

洋一の心に何かが刺さる。


洋一はカイルの様子を見て、もう大丈夫だと判断して、葵と蘭にはもう部屋で寝るように言ったのだが、二人とも頑として動かない。仕方なくカイルの横に布団を敷いて寝ることになった。





子供達が寝た後で、洋一は漸く百合の話を真剣に聞いた。


カイルが皇帝陛下の孫なのに、正室の継母に牢屋に入れられている事。ご飯もまともな物を与えられていなかった事など・・・・


洋一にとって、昨日まで全然取り合わなかった話だったが、現実に目撃してしまったからにはもう信じるしかない。

洋一は心からカイルの境遇を悲しみ、その回りの大人達に怒りを覚えた。





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