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16  お城へ

こたつでゴロゴロした元旦は、カイルにとって、初めて尽くしだった。


お雑煮、お年玉、年賀状。


2日目は書き初め。

長い半紙に太い筆で字を書くのはとても面白かった。


もらったお年玉を持って、友達(尾形弟)とおもちゃ屋さんに行った。


あっという間に三ヶ日が終わり、4日目は普通の日常に戻っていった。

冬休みの宿題に終われる蘭に勉強を教えつつ、カイルも葵に勉強を教わった。


そして、冬休みも終わり、また日常が始まった。


そんな14日の夕方、ガチャッと玄関の扉が開き、一人の男が入ってきた。


カイルはちょうど通りかかって、その男と対面した。

「ああ、君が・・」

それだけ言うと、男は靴を脱いでそれ以上何も言わずにリビングへと入っていった。男は180cmを優に超す大男で、その目にカイルは映っていないようだった。


男はどさっと荷物をおくと、ソファーに腰を下ろした。


「あの・・もしかして、葵兄さんのお父さんですか?」

カイルが思いきって聞くが、男は無愛想に「ああ」と言うだけだった。


ベランダから洗濯物を取り込んで降りてきた百合は、その男を見て一瞬凍りつくが、すぐに余所行きの微笑みで

「あら、あなた。おかえりなさい」と声をかけた。


男はチラッと百合を見るが、「疲れた」とぼそっと言っただけだった。


暫く沈黙が続いた後でおもむろに、カイルの方を向いた。

「君は家には帰らないのか?」


この言葉にカイルよりも百合が反応した。


「その話は何度もしたわよね? 覚えてないの?」

いきなりイライラ口調の百合が、洋一に食って掛かる。


そこに、友達の家に遊びに行っていた蘭と、蘭を迎えに行った葵が玄関で鉢合わせになった。


葵はカイルの泣きそうな表情から、父が何を言ったのか解った。

父から笑いの起こる楽しい話を聞いた事がない。それならば、なるべく顔の見えない所にいく方がいい。

「行こう、カイル」

すぐに、2階に誘った。


蘭も不穏な雰囲気を感じて、慌てて2人の後に着いていった。


蘭の部屋で、葵はカイルに「気にするな」と慰めた。

「お父さんは、『ただいま』って言った事がないんだよ。いつも帰ってくるなり、『勉強はしてるのか?』『まだ野球なんてくだらない事をしてるのか?』って言うのが一番最初の言葉なんだ」


「あーそう言えば、私が『おかえりなさい』って言っても、次に言われるのは、ここにすんごいシワを寄せてね、『テストでは満点を取っているんだろうな?』って言うの。満点なんて無理に決まっているのにね~」

蘭が眉間のシワをずっと寄せたまま話し、呑気(のんき)に、キャハハと笑う。


その時、ノックもなくガチャっとドアが開いて洋一が入ってきた。


「皆に話があるから、下に降りてきなさい」

そう言うと、洋一は先に降りていった。


蘭は「今の聞かれたかな? やばーい」と真剣さもなく軽い。


リビングに先に座っている百合は、顔が強張っていた。

百合の隣に洋一が座ると百合の口がグッと力が入った。


その2人の前に葵、蘭、カイルが座った。


「葵、お前はまだ公立中学校に行くことを希望をしているのか?」

腕組して、威嚇をしているかのような洋一を前に、葵は臆することなく意見を言う。


「今チームが別で敵同士の友達と一緒の野球部に入って、今度は味方で試合がしたいとずっと思ってた。だから、公立の中学校に俺は行く。それに、勉強も手を抜かずに頑張るって約束もする」


葵の言葉を洋一は鼻で笑った。


「そんな甘いことを言ってると、大人になった時にずいぶんと差が出て後悔するんだ。子供のお前は大人の言う事を聞いておけばいいんだ。わかったな」


「ああ、そうだった。俺の意見はいらないんだった。でも、俺私立は受験しないよ」

自嘲ぎみに笑う葵を、洋一は無視して、百合に「学校の担任に、私立を受ける事を連絡しておきなさい」と勝手に話を進める。


カイルには、「明日には児童相談所に行って、親御さんの事をキチンとしてもらおう。わかったね」

と百合が再三に渡って説明してきた事を全く理解しようとしないまま、どんどん話をすすめた。


百合と葵がこれには、抗議するために、立ち上がった。


「ねぇ、お父さんは耳が聞こえないの?」

蘭がいきなり洋一に聞いた。


「何を言ってるんだ?」

ロボットのように首を回して洋一は蘭を見た。


「お母さんが説明したカイルの事も、お兄ちゃんの言ってる事も聞こえてないんじゃないかと思って。お父さんは、病院で患者さんの言う事をキチンときいてる?」


洋一は、蘭の顔を見たまま、それきり何も言えなくなった。


葵はなにも言わずに立ち上がり、フラッとリビングから出て2階に行ってしまった。


「葵、待って」

心配した百合も2階に行ってしまった。


「カイル、お兄ちゃんが心配だから2階に行こう」

蘭がカイルに言うが、カイルが洋一を見て動かない。


蘭はそのまま一人で百合の後を追った。


カイルはリビングで眉間に皺をよせて座っている洋一を見ていた。

「なんだ、妻子にそっぽ向かれた父親が珍しいのか?」

洋一はギロっと睨む。


「お父さんなんだと思って・・」


「なんだそれは? 嫌みか?」


「僕はお父さんと話した事もないし、・・そもそも同じ家にいたけど会った事もないから、あんな風に言い合えるって凄いなと思って・・『こうした方がいい』とか期待されるような事も言われた事がないから・・」


洋一は帰ってきてから始めてカイルの顔をまっすぐに見た。


「君は同じ家にいて、父親に会ったことがないのか?」

洋一の眉間の皺がより一層深くなった。


「うん・・名前もついこの前知ったばかりだから・・」

恥ずかしそうにポツリと話す少年を洋一は改めて見直した。


百合がいきなり、『壁の中で虐げられていた子を保護している』と言い出した。洋一は詳しく聞いたが、全く分からない。嘘つきの家出少年に、家族が騙されているのだと思っていた。


だが目の前の少年はそんな感じが全くしない。


洋一は深く溜め息をついた。

カイルはそのため息で、洋一が話しを聞いてくれる人だと確信し、話を続けた。

「葵はレンと味方同士で野球がしたいんだと思う。凄く仲がいいんだよ。普段は違うチームで敵同士なのに、凄く息が合ってるんだ。ちょっといいなーって思うんだ」


「・・・」


「それと、野球している時のお兄ちゃんも勉強している時のお兄ちゃんも楽しそうなの。難しい問題が解けた時もホームランバッターを三振におさえたときも同じくらい嬉しいんだって」


「・・・」


洋一が知っている葵の顔は、今の自分と同じ眉根を寄せた顔だけだった。

洋一がカイルに聞く。

「君は・・・ここにいるのが楽しいかい?」


「うん。たのしい!」

そう言うと、葵が心配になったのか、「お兄ちゃんを見てくるね」と言い残して、2階に行ってしまった。


「俺は、『会った事のない父親』の次くらいの愛情しか掛けていなかったのか・・・」

そう思わざるを得ないくらい、家族の顔の表情が思い浮かばないのだ。


いつ頃からこんなに家族と距離を取るようになったのだろう。


百合の父親の病院で人間関係が上手くいかなくなり、病院を辞めてからだ。


(そうだ、百合に八つ当たりをして、友達に誘われるまま遠くの病院を選んだんだ。それから、対話をする事から逃げていたんだ)


自分でもこのままでは駄目だと解っていたが、もうやり直しが出来なかった。


その日は食事の時も喋らず、皆一様に黙っていた。


洋一は正月の休みの分を消化していなかったが、明日には一人暮らしのマンションに帰ろうと思っていた。




朝5時だというのに、やけに朝から騒がしい。

洋一は昨日遅くまで寝付けなかった為に、一段と不機嫌な声を出した。


「朝からなんなんだ」


「前から言ってたけど、15日はカイルが祖父に会いに行く日だって、言っていたでしょう?


百合はいつあの牢屋に戻されるか分からないカイルに、朝御飯をしっかり食べさせていた。


「蘭、カイルのあの服を持ってきて頂戴」

蘭は言われた通り、例のカイルの牢屋用の服を持ってきた。


「この前随分小さくなってたから、新しいのを作ったんだけど、大丈夫ね」


蘭が持ってきた服は質素な少し汚れの付いている服だった。


「なんて汚い服を用意してるんだ」


洋一が蘭からその服を取り上げて、ゴミ箱に捨てようとする。

葵がその手を止める。

「それを着ていないと、カイルが大変な事になるんだ。事情が分からないなら、口出ししないで欲しいです。お父さん」


葵は冷たい声で、洋一の手から服を取り返す。


なにも言わずに、そのまま洋一はリビングのソファーに座り、心を無にして、新聞を読み始めた。


「祖父がいるなら、そこで一緒に暮らせばいいだろう?」

洋一は皆に聞こえるか聞こえないかの声で、抗議した。


バタバタしている皆の耳に、その言葉は届いたが、カイルが悲しむと思って、反応しなかった。


カイルが朝御飯を食べ終え、質素な服に着替え終わった時にその時がきた。


今までそこにいた、カイルが消えたのだ。


洋一以外の3人は急いで蘭の部屋に駆け上がった。


壁の中に、カイルがポツンとたっている。

心配そうに見つめる3人に、カイルが微笑む。

「大丈夫だよ。いつもみたいに、挨拶したらすぐに帰って来るから」

そう言って手を振ったら、ガチャンと牢屋の扉が開いた。


無愛想な下男の男が、急き立てるようにカイルを押して、牢屋から出ていった。


暫く、3人は空っぽのカイルのいた牢屋を見ていたが、百合が「今日は学校よ」と暗い声で2人を1階に下りさせた。


「何をバタバタしているんだ? ところであのカイルという子はどうした?」


「・・・」

泣きそうな蘭と、悔しそうな葵に代わって、百合が返事をした。


「あの子は祖父に会いに行ったわ。無事に帰ってきてくれるかしら・・・」


「何時頃帰ってくるんだ?

今日はあの子の親のところに行くか、児童相談所に行くかすると言ってただろう?」


洋一は早めに用事を済ませて、さっさと帰りたかったが、どこに行ったかも分からないなら仕方がない、とカイルが帰ってくるのを待つ事にした。


蘭と葵は心配のあまり、朝御飯も喉を通らなくて、珍しく二人とも食事抜きで学校に行った。




蘭が先に家に学校から帰ってきたが、まだカイルが帰ってきてないと分かると、部屋に籠ってしまった。


葵も大急ぎで帰ってきたが、カイルがいないと分かるとがっかりし、蘭と一緒に部屋で待った。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


朝、一番で牢屋から連れ出されたカイルは、毎年のように浴槽でごしごし洗われて、いつも着ないようなヒラヒラのブラウスにクラバットを結ぶ。半ズボンにジャケットを着せられた。


そして、一人でボロボロの潰れそうな馬車に乗って大きな宮殿に入って行く。


従者の男と一緒にずっと廊下で待たされて、呼ばれたら大勢の列の後ろに並ぶ。


前の人が挨拶をしたら、カイルも同じところまで行って、片膝をついて、


「ご尊顔を拝し奉り、恭悦至極にございます」

とカイルが言うと、「うむ、遥々ご苦労」

と皇帝陛下が言うと、隣に立っている若い人が、「下がれ」と言って、漸く帰れる。


今日も皇帝陛下の言葉が聞こえてから、「下がれ」って声を待っていたが、全然言ってくれない。


「顔を上げなさい」

初めて言われカイルは恐る恐る顔をあげた。


眼光鋭い、気難しそうな老人が、じっとカイルを見つめていた。


「何歳になった?」


「7歳です」


「帝国貴族学校での成績は、どうなっている」

皇帝陛下の言った学校は行った事も見たこともなかったので、どうしようかと、答えあぐねていたら、皇帝陛下の隣の男性が何か耳打ちをした。

すると、皇帝陛下の顔が険しくなる。


「集めて学力を調べろ」と陛下が男性に言うと、その男性がカイルを手招きで呼んだ。

その男に言われた部屋で待っていると、カイルの他にも沢山の子供達が集められた。カイルよりも小さな子から、上は葵よりもっと大きな大人のお兄さんまで集められていた。


小さい子は怖くなって、泣き出す子もいたが、大人達は全然見向きもしない。


カイルだけが、泣いている子の傍にいき、「大丈夫だよ」と慰めた。優しいお兄ちゃんの傍に小さい子達が集まりだしたので、カイルが葵に教えて貰った桃太郎のお話を帝国風にアレンジしてお話してあげた。


物語が終わったちょうど、陛下の横に立っていた男性と他数人が、部屋に入ってきた。


大きな部屋に机と椅子が並べられて、1人ずつ座らされていく。


60人程の子供達がいたが、カイルが会った事があるのは数人だった。

見知っていた全員がカイルに意地悪をしてきた子達だったので、とても居心地が悪かった。


男性が自己紹介を始めた。

「私は、陛下の第1側近のリジュールと申します。以後、よろしくお願いします」


カイルよりも大人なのに、とても丁寧にお話をしてくれる人なんだなとおもった。


カイルはこの世界でも普通に優しく話す男性を始めて見たと思った。



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