表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/52

15  おみくじ

仕事のあるアイラが帰って行った。


カイルが落ち着いたのを確認してから、アイラが置いていってくれたメモを再び皆で見る。


「お祖父様 皇帝陛下 イサベルト・デ・アルフォン」

葵が読み上げた後、暫く沈黙になった。


「皇帝陛下・・・」

百合がもう一度呟く。百合と葵が顔を見合わせてため息をついた。


「こーてーへいかって何?」

蘭が明るく聞く。

「そうそう、僕も何かな~って思ってたんだー」


「カイルもかっ!」

2人が同じ調子で、何故かわくわくした感じで聞いてくるのを、呆れながらも葵が説明する。


「幾つかの国をまとめて統治している一番偉い人だよ」


「へぇ~」

よく分かったような、分からないような返事を蘭がする。


「あっ、その国の1つに、僕のお母様の国のレイヨル王国があったんだ」

それからカイルはとても複雑な顔をして考え込んだ。


「どうしたの?」

蘭が心配そうにカイルの顔を覗き込んだ。


「お祖父様は僕の事をどう思っているんだろう?」


「カイルは年に一度会ってる筈だけど、覚えてる?」


「年に一度って・・あの大きなお城で会うあの人がお祖父様なのかな?」

カイルは唸りながら顔を思い出そうとしたけれど、殆んど俯いて挨拶をしていたので、思い出せない。


「お会いしている時、僕は俯いたままだから、きっとお祖父様も僕の顔は見たことないね・・きっと・・」


顔をあげなさいと言われた事がないのだから、お祖父様も僕には興味を持っていないのだろうと、カイルは結論付けた。


偉い人だという事は分かったが、あまりにも遠すぎて、テレビで見る日本の首相の方が身近に感じた。


「今度1月15日にそのイサベルト陛下に会う事になるかもだから、気を付けてね。その時に顔を見られるといいね」


そう葵に言われたが、やっぱり興味を持てなかった。どこかで何かしら声をかけてもらえるかもと期待して、がっかりする方が嫌だったのかも知れない。


後、紙には、父の正妻とその子供達の名前と、おばあ様の名前が書かれていた。


でも、カイルはすっかり興味を失っていた。


カイルの表情がどんどん『無』になっていくのを見た百合が、

「じゃあ、この辺でこの話は終わりにして、掃除をしまーす」


「カイル、私たちは何があっても家族です」

百合がカイルの背中をポンポンと叩く。


「そうだね。お母さんも蘭もお兄ちゃんもいる。よし、窓を全開にして掃除始めよう!」

いつも通りの元気なカイルに戻った。


「沢山窓を開けた人が勝ちね~」

蘭が一番近い窓のクレセント錠に手を掛け、勝手に窓開けゲームを始めた。


蘭に続いてカイルも葵も「よ~し開けるぞ」とどんどん窓を開けていく。


部屋に充満したどんよりとした空気が、サァーッと冷たく綺麗な空気に換わっていくようだった。






大晦日。

大掃除も終わり、子供3人が和室のこたつでゴロゴロしていると、百合の携帯電話が鳴る。


「はい。どうして・・?この前も・・分かりました」


電話を切った百合は明らかに不機嫌になっていた。


「また、お父さん帰ってこれなくなったんだね?」

葵がいつもの事じゃないかと言わんばかりに、さらっと流す。


「そうなんだけど・・きちんと葵の事を話したかったのに」

百合はその後もまだ恨みがましく、「あの時だって・・」と、ぶつくさ文句を言っている。


蘭は2人の会話を聞き流して、ゴロゴロしている。

こたつの中で、カイルが蘭の足をチョンチョンと蹴る。


「うん?」

カイルの方に顔を上げる。


「蘭のお父さんってどんな人?」

百合に聞こえないように小声で聞く。


「んーとね。あんまりお喋りはしなくて、私たちとお話する時は、ここに眉を寄せて怖い顔になるの」

蘭が自分の眉間を指して教えてくれた。


(蘭の話だと少し怖そうな人なのかな? お父さんというとレンのお父さんを想像したけど、ちょっと違うのかな?)

カイルが蘭のお父さん像を思い浮かべたが、うまくいかなかった。


今までカイルが見た男性は、自分に冷たく当たる下男の男や、花壇や庭で働く植木職人だったりと、身近にはいなかった。


「そんな事より少しでも、お昼寝していた方がいいよ。年を越す前に眠たくなるよ」

葵が2人の会話に割って入る。


カイルは少し前に蘭から、大晦日の過ごし方を聞いていたので、わくわくしていた。


夕食のお鍋の後も、トランプで遊んだり、テレビを見たりして楽しんだ。


カイルの最近のお気に入りは、こたつでみかんを食べる事だ。


スーパーマーケットに行っても、自分で吟味してみかんを買う程だ。


「あんまりミカンばっかり食べてると、年越しそばが食べられなくなるわよ」

百合がカイルの前に山と積まれたミカンの皮の量を見て釘を刺す。


「そうだった。年を越す為の特別なおそばを食べるんだよね」


「特別でも何でもない普通のそばだけどね」

葵が説明する。そのうち、キッチンからだしのいい匂いがしてきた。


「あら、普通じゃないわよ。お腹いっぱいの人の為に、具材をあまり入れない工夫をしているのよ」

百合がふふんと自慢げだ。


「それって・・いや、何も言わないでおこうっと」

葵が迂闊な一言を回避したところで、おそばが運ばれてきた。


お鍋もその後のお菓子もみかんもいっぱい食べたのに、お蕎麦もスルスル入る。


ばくばく食べるカイルを見て、百合は感慨深げにそれを微笑んだ。


百合以外の3人で、おそばを食べ終わった後片付けをした。百合がお腹をさすって、動けなくなったからだ。



そして、テレビでカウントダウンが始まり、12時を過ぎると春木家のみんなが正座する。


カイルもそれに倣う。


「「「「明けましておめでとう御座います」」」」


Nチャンネルを放送するテレビから、ゴーンと除夜の鐘が聞こえてくる。


カイルはここに来て、夜中の町に外出した事がない。


今から新興住宅街を出て、村中にある三都神社に向かう。


「寒くないように、着込んでね」

百合がもふもふのコートを蘭に着せようとしているが、友達に会ったら恥ずかしいとの理由で、それを拒んでいる。


カイルも葵も既に出掛ける準備をして、玄関で待っていた。


「女の準備って長いよなー」

葵が靴の紐を結び直し、鏡で服装チェックをしながら待つ。


「お待たせ~」

漸く出発が出来るようだ。カイルと葵がホッとした。


夜の町はいつもならシーンと静まり返って物陰から何かが出てきそうなのに、今日は人の気配があちらこちらでする。


それだけでもわくわくするのに、遠くからゴーン ゴーンと除夜の鐘がが聞こえるのだ。さらに気持ちが高揚した。


いつも遊ぶ公園に来ると、ぞろぞろと神社へ向かう人が増えてくる。


道なりに進むと、大きな鳥居が見えてくる。ここで人の列が出来てて前には進めなくなった。


紅白の提灯がずっと奥までぶら下がっていて、カイルはその幻想的な世界に目を奪われていた。


ゆっくり進んでいると、目の前の人たちがバラバラに散って、手を洗い出した。


「カイル、手水舎で両手と口をすすぐんだよ」

葵が柄杓の水で左手、右手を清め、口をすすいで残った水で柄杓の柄を立てて洗い流した。


蘭とカイルも同じようにしようとしたが、蘭は左手と右手を洗ったところでお水を使い果たし、お水の追加をしていた。


始めてだったのに、カイルは葵と同じように出来た。


「スゴいなー。カイルは何でも上手だね」

蘭が尊敬の眼差しでカイルを見ている。

「ありがとう。蘭はいつも素直に僕を評価してくれるから、僕も素直に嬉しく思えるんだ。それって凄い事なんだよ。だから、蘭、ありがとう」

少し照れたように、カイルが頭を掻きながら笑う。


また、列に戻ってゆっくり進んでいくと、大きな鈴が2つ付いた長く太い紐があった。


カイルは葵を見習って、鈴を鳴らし、2回お辞儀をして、2回手を叩いて、1回礼をした。


その後真剣にお祈りをした。


あまりに真剣に拝んでいたから、蘭が心配になってツンツンと袖を引っ張った。


帰り道の参道は提灯と、出店で幻想的だった。


「夏祭りは、この倍の夜店が出るから楽しみにしていてね

蘭が嬉しそうにカイルの手を握って教えてくれた。

それから、カイルを出店に引っ張ると、当て物屋の前に立つ。


「カイル、ここで今年の運勢を占うの。カイルはどれが欲しい?」


カイルが店の中に所狭しと吊ってある商品に目を向けている間に、蘭がお金を払って、くじが舞っている透明の球体の中に手を突っ込んでいた。


「これだ!」

蘭が、球体からくじを取り出して恐る恐る開く。


「・・外れた・・。あのピンクの指輪が欲しかったのに・・」

物欲しそうな目を向ける先に、キラキラ光るピンクの指輪があった。


「あれが欲しいの?」

カイルが聞くと、頷く蘭が可愛く見えた。


カイルもお金を渡して、球体に手をいれ、獲物を見つけた様にくじを掴んだ。

カイルのくじには番号があった。


「はい。蘭」

蘭がカイルの手を開くと、ピンクの指輪があった。


喜んでくれると思ったのに、蘭は困惑の表情で指輪を見つめていた。

「これ、カイルが魔法で取ったんじゃ無いよね? 偶然だよね?」


「・・・うん。偶然だよ」

カイルは嘘を付いた。

でも、カイルの言葉に蘭の顔が嬉しさで一杯になる。

もう、カイルは本当の事が言えなくなった。


「良かった~。カイル、これ私にくれるの?」

カイルが頷くと、蘭が手を差し出した。


「えへへ。大人の結婚式みたいに、カイルが指に嵌めて欲しいな」


カイルは蘭の小さな指に嵌めて上げた。


「ありがとう。絶対に大切にするね」


蘭が嬉しそうに指輪を眺めている。

カイルは自分の嘘がばれないかドキドキしながら、蘭を見ていた。

そんな時だったので、葵に頭をポンと叩かれた時は、心臓が口から飛び出そうな程驚いた。


「見てたよ」

葵の一言に、カイルが凍り付く。


「あの、僕・・どうしよう・・」

泣きそうなカイルに、葵が優しく言う。

「ここで、魔法を使う時は誰かを守る時だよ。カイルの大事な魔法はあんな事(イカサマ)に使っちゃだめだ。もう、しないよね?」


コクンと頷くカイルを見て、葵がカイルの頭をくしゃくしゃっと撫でる。


「良し、もうこの話しは終わりだ。カイル、本当のくじを引きに行こう」


葵が、神社の横の人だかりの場所に連れてきた。


「ここで、おみくじを引くと、今年の運勢が占えるんだよ。ほら、あの筒の中に数字の書かれた棒が入っているから、あの紅白の服を着た巫女さんに言うと、おみくじをくれるんだ」


ようやく、前に巫女さんのまえに来る事が出来て、おみくじの筒を振る事が出来た。


「62番」


カイルが言うと、巫女さんが長くて薄い紙を渡してくれた。


すぐ隣の葵は「45番」の紙を渡されていた。


2人は其々(それぞれ)のおみくじを見比べた。


「カイルは『吉』か。『助けを借りて前に進める』って書いてるね」

「助けって、みんなの事だよね」

カイルは嬉しそうだ。


「俺は、『大吉』、『良縁逃がすな』・・・関係ねーー」

葵が叫んでいると、「えっ? お前大吉なの? 負けたー」といつの間にか来ていたレンが叫ぶ。


葵がレンの手から、取ったおみくじを見ると、『末吉・回りを良く見て行動しろ』と書いてあった。


「その通りだ・・」

ついつい、葵が心のままに喋ってしまった。


「おい、どういう事だよ」とレンが絡んできた。


(そう言う所だよ)と葵は今度はきちんと心の中で思う事が出来た。


百合も蘭も、後からおみくじを引いていた。


蘭のおみくじ

『90番・吉・大事な人の手を放すな』


百合のおみくじ

『50番・末吉・夫婦の絆を結び見つめ直す時』


百合がこのおみくじを木に(くく)り付けず握り締めたまま持ち帰った事は、誰も知らなった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ