13 始めてのハンバーガー
アイラの情報を迂闊にも、カイルのいる所で聞いてしまった事に、葵と百合は悔やんだ。
カイルには父も母もなく、継母によって過酷な状況に置かされているのだと 勝手に思っていた。
しかし父は生きており カイルのことを 無視したまま 現在まで放置していた事になる。
この事実が カイルをどのように苦しめているか計り知れない。
「僕のお父さんいたんだ・・・」
カイルはポツリと独り言の様に話す。
葵も百合もその横顔を見守るしかなかった。
カイルが視線を床から、少しずらすと、今朝、サンタさんに貰った新しいグローブが見えた。
(朝はあんなにも楽しかったのにな・・葵とキャッチボールの約束もして・・・)
カイルは闇に堕ちて行きそうな気分を、自分自身で振り払った。
(僕を見捨てた人の事で気落ちするより、今僕を見てくれている人達と前を見ていこう)
カイルは強く握っていた拳を緩め、葵を見た。
「お兄ちゃん、新しいグローブで早くキャッチボールしたいな~」
葵と百合は瞠目し、葵はすぐに優しい手でカイルの頭をワシワシと撫でる。
「よし、行こう。トンボ公園でしよう。皆も誘ってみるよ」
葵は皆に連絡し、2人は動きやすい服に着替えた。
2人はバタバタと用意をして、百合が2人分の水筒にお茶を入れた頃には、玄関から声がしていた。
「ちょっと、待って! 寒くても喉が渇くのよ。お茶を持っていってちょうだい」
靴を履き終えて出掛ける2人に、水筒を無理やり持たせた。
「「いってきまーす」」
「きっと、お昼前には帰ってくるからー」
ガチャッと閉まった後、百合は玄関で、ハーと息を吐きながら座り込んだ。
「 お母さん、カイルはきっと大丈夫だよ」
百合は振り向くと、小学1年生とは思えない、物事を見定めた表情の蘭が立っていた。
「カイルはね、あんな奴らに負けないの」
「蘭って女の心意気ランクでは、私より上だわ」
百合は感心して、ついつい心の声が出てしまった。
トンボ公園では、葵とカイル(黒髪)と野球チームの何人かが集まっていた。その中には尾形兄弟となぜか違うチームのキャプテンのレンもいた。
「なぁなぁ、葵ぃー。私立の中学校行くなよー。折角同じ第3中学校なんだから、一緒に野球部入ろうぜー」
カイルとキャッチボールをしている横で、レンがずっとグダグダ言ってくる。
「俺も公立に行きたいけど・・いや、今カイルとキャッチボールしてるから、邪魔するなよ」
カイルにあわせて、力加減をしながら軽めに投げる。
「カイル! もうちょい強目に投げてもいいか?」
「うん、いいよ」
カイルが練習を始めた頃は、下からのトスも捕れなかったが、最近は少し強目のボールも捕れるようになってきた。
葵がもう少し大丈夫かなと、少し腕の振りを速くした。
「あッ」
ボールはカイルのグローブを弾いて後ろに飛んでいった。
新しいグローブはまだ固くて、手に馴染んでない。それを忘れて油断してしまい、後ろにそらしてしまった。
カイルが慌ててボールを追い掛けると、歩いてきた体躯の良いおじさんが、ボールを拾ってニコニコ顔でカイルに投げてくれた。
「・・ありがとぅ・・」
カイル消え入りそうな声で、礼を言った。
「おーい、レン。まだ遊んでるのか?」
おじさんが声を掛けると、他の子供達が一斉に挨拶をする。
「「おはようございます!」」
「おう、おはよう」
葵がカイルにこそっと説明をしてくれた。
「あの人、レンのお父さんで、レンのチームのコーチもしてるんだよ」
カイルは大人の男の人が、苦手だった。
今まで大人の男は、自分に危害を加える人物ばかりだった。そのせいで、大人の男の人は怖かった。
「まだ帰らないよ。だってまだ葵の中学の件、説得中なんだから」
レンはニヤッと笑って葵を見る。
「じゃあ、みんなでマクドカルドで食べながら、考えようか?」
レンパパは、レンと似た顔でニヤッと笑う。
「「ハイハイ! 行く行く!」」
尾形兄弟の返事は、誰よりも速い。
「行ける子は家に電話して許可貰って~」
レンパパが言うと、葵、カイル、尾形兄弟と後1人ともちろんレンが行く事になった。
レンパパの車は7人乗りのミニバン。
黒い車体のスライドドアを開けると、尾形兄弟ともう一人がキャプテンシートの間を通って、3列目に陣取った。
葵とカイルが2列目に乗る。
ドアが閉まり、走り出した途端、尾形兄弟が騒ぎ出す。
「おじさん、音楽かけてよー」
「うん? 何がいいの?」
レンパパは気安く返事する。
「じゃあこれは?」
レンが代わりに操作して、音楽を流す。
「あー、知ってる。レンも好きなの?」
葵が珍しくハイテンションでレンに聞く。
「深夜番組のオープニング曲だから、みんな知らないと思ったけど、さすが葵。知ってたか」
レンも嬉しそうだ。
次にかかったのは、蘭がよく聞いてる曲だから、カイルも知っていた。
レンが歌い出すと、葵も、尾形兄弟も歌い出した。カイルも始めはおずおずと口ずさむ程度だったが、サビの頃にはしっかり歌っていた。
マクドカルドにつくと、葵がカイルにレジ上のメニュー表を指差しながら、どんなのが挟まれているかを説明した。
葵が小銭入れを、確かめているとレンパパが葵の頭をポンポンと叩いた。
「おじさんが出すから、好きなの頼めよ」
「「ありがとうございます!!」」
この時の尾形兄弟の返事は、遠慮がない分、誰よりも速かった。
「ありがとうございます」
葵が尾形兄弟の後で、お礼を言う。
カイルはそれに引き続いて、小さな声でお礼を言った。
席に着いた一行は、ガサガサとハンバーガーの袋を開けて、かぶり付く。
カイルは隣の葵の真似をして、チキンナゲットのソースのふたを開ける。
「えーと、カイル君はここは初めて来たのかい?」
先程からのカイルの様子を見ていたレンパパが、不思議そうに尋ねた。
「うん。初めてだよ。食べた事がないのをいっぱい食べられて、嬉しいなぁ」
カイルはハンバーガーの中に何が入っているのか、齧りついた後を確かめていた。
「ハンバーガーは初めてだったのか?」
「うん。葵お兄ちゃんは色々連れていってくれるけど、ここは初めてだよ」
「カイル君のパパとママは、あんまり、こんな所は来ないのかな?」
ファストフードを好まない親もいるから、カイルの両親はそういうタイプなのかな?とレンパパは思った。
「お父さんは会った事ないし、お母さんは死んだって聞かされた」
チキンナゲットに興味津々のカイルは、さらっと答える。
「!・・・」
レンパパは、カイルのそんな様子に、ますます言葉を失った。
「お父さん、目を押さえてどうしたんだよ」
会話を聞いていなかったレンが、不審な行動を取る父を、訝しげに聞いた。
「いや何でもない。手を洗ってくる」
レンパパは顔を背けたまま、お手洗いに急いだ。
「カイルのソースを付けさせてよ」
尾形(弟)がカイルのバーベキューソースを付けると、自分のマスタードソースをカイルの前に差し出した。
「これも初めてなんだろう? 色んな味を試してみろよ」
尾形兄弟はさっきのカイルとレンパパの会話を、聞いていたようだった。
「これも食べるか?」
尾形(兄)もアップルパイを半分割ってくれた。
カイルにとって、男友達とワチャワチャと喋って、食べて、ふざけて、とても楽しい一時だった。
レンがまた、葵に中学校の話をしだした。
「第3中学校行こうよー」
「おいおい、葵も困ってるだろう。その辺にしとけよ」
戻ってきたレンパパが、諫める。
「悪いなー。レンは中学校に行ったら葵とバッテリーを組むんだって楽しみにしてたから、ショックなんだろう」
レンパパがレンの頭をワシャワシャと撫でる。
その様子を見ていたカイルが、時々葵がそれを自分にしてくれた事を思いだし、なんだか嬉しくなった。
親しい間柄にする行為だと、分かったからだ。
家に帰って、マクドカルドでの話を百合と蘭にすると、2人は楽しそうに聞いてくれた。
百合は朝のカイルの父親の話から、気を揉んでいたが、元気に帰って来たカイルを見て心底ホッとしたのだった。
しかし、もうすぐ帰ってくる子供達の父親である、洋一の事を考えると気が重くなった。




