11 色鉛筆が
葵は冬休みの宿題をしている。
実際はしているように見えて、全く手は動いていなかった。
侍女が言った言葉を何度も反芻していた。
(もし1月15日にカイルが出掛けるのなら、挨拶をしに行っている相手は陛下と言う事だ。一般市民が挨拶に行くか? 行かないよなー。じゃあ、カイルって?)
「あー宿題をしないと、それにお父さんも帰ってくるし・・気が重い。折角のクリスマスイブだし、もう寝よう」
葵は頭から布団をかぶって、眠る事にした。
クリスマスの朝
百合は皆を起こさないように音も立てずに、食パンをトースターに入れた。お湯を沸かしてインスタントのコーヒーを淹れる。
静かなキッチンに、トースターの出来上がりの音が『チーン』と
大きく響く。
静かに朝御飯を食べながら、百合は考え事をしていた。
(このままカイルが、ここで生活していけるなら、小学校の編入手続きも出来るわよね? 市役所に相談したら、うちの子になってもらえる方法もあるよね? ランドセル買っちゃう? 色は黒? 青かしら? 春木カイルかー。いいじゃない!)
先々の事を想像すると、独りでに笑顔になる。
カイルは和室が気に入って、リビング横の和室は現在、カイルの部屋になっている。
リビングと和室を分けるリビング戸襖は3枚の引き戸で、今はしっかりと閉まっている。
その和室から布団がバサッと捲れる音がした。
百合がジーッと聞き耳を立てていると、「ぁッ」カイルの小さい声が聞こえた。
その後、カサカサと包み紙を触る音がする。
「わぁー!」
何かを確信したのか、今度は大きな声と共に、リビングに出てきた。
「お母さん、サンタさん来たよ! ほら!」
プレゼントの包みを2つ抱えて百合に見せた。
「良かったね~」
嬉しそうなカイルの顔を見て、百合はほっとした。
いつも、どこか遠慮がちなカイルが、最近漸く甘えられる様になってきたところだったので、こうやって子供の顔が見れると安心するのだ。
カイルが包装紙を丁寧に取っていると、欄も2階からバタバタと降りてきた。
「おはよう。あッカイルも今開けてるの? じゃあ私もー」
蘭は包装紙を豪快に破り、中身を取り出す。
2人は共に、サンタさんにお願いした物を貰えたので、お互いに顔を見合わせてにんまり笑った。
「「やったー」」
「おはよう。カイルも蘭も良かったな」
ボサボサの髪をワシワシ掻きながら葵が起きてきた。
「お兄ちゃんは何もらったのー?」
2人はとても興味があるのか、葵に纏わり付く。
「電子辞書」
「・・・へー、そうなんだ」
聞いてきた癖に、興味のない声で、2人共自分のプレゼントを眺め出した。
カイルはグローブを左手にはめて、右手の握り拳をグローブに打ち付け、パンパンと感触を確かめている。
蘭は72色入りの色鉛筆を、キラキラした目で眺めている。
カイルがあまりにも嬉しそうなので、葵は自分が初めてグローブを買って貰った時の事を思い出した。
(すぐにでも公園行って、キャッチボールしたかったんだよなー)
「カイル、朝ご飯食べ終わったら、公園に行ってキャッチボールしようか?」
カイルの顔がぱぁーッと笑顔になる。
「うん! 行く!」
カイルがふと向こうの世界のご飯処理を、思い出した。
「忘れないうちに、ご飯の片付けをしてくるよ」
カイルがリビングから階段に向かう。
「私は色鉛筆を、自分の部屋に片付けてくる」
蘭が眺めていた色鉛筆の蓋を、閉めて立ち上がった。
その時、葵も何となく自分も行った方が良いような気がしたので、蘭の部屋に付いていった。
カイルが壁をすり抜け、いつものようにご飯が置いてる扉に行こうとした時、蘭が部屋の椅子に躓いて転けた。
その拍子に蘭が持っていた鉛筆を、こっちの部屋と向こうの部屋の両方に、色鉛筆をぶちまけてしまった。
葵とカイルが振り返る。
「アーアー。何やってるんだよ。そそっかしいなぁ」
葵が向こうの部屋に散らばった色鉛筆を拾う。
「貰ったばかりの新品なのに、もう芯が折れてるー」
泣きそうな蘭を宥めようと、カイルが蘭の頭を撫でる。
「大丈夫だよ。ちょこっと折れただけだよ」
3人で拾ったので大方見つかったが、後3本見つからない。
蘭の部屋を隅々探したが無い。
という事は壁の向こうの部屋だ。
しかしこの部屋は薄暗くて、端が見にくい。
3人で、「あった?」「イヤ、無い」とごそごそ探していた。
この時3人は色鉛筆よりも重大な見落としをしていた。
それは、いつもなら置いてあるカイルのご飯が、まだ運ばれてなかったのだ。
そうとは知らず、呑気に3人で声を出して探していた。
きっといつものように、カイルが1人で部屋にいたなら、侍女が牢屋の通路を通って歩いてくる足音も聞こえていただろう。
カツカツカツ。
ご飯を運びに来た侍女は、中から聞こえる声を扉に耳を付けて聞く。
次にご飯を入れる扉に付いてる小窓をそっと開ける。
しかし角度が悪くちょうど見えない。
侍女はドキドキしながら、閂をそーっと外して扉を開ける。
扉は侍女が思っていたよりもずっと大きい音がした。
ギギギーィィー
恐る恐る侍女が中を覗くと、3人の子供がいた。
びっくりして、侍女が叫びそうになった時、葵が素早い動きで侍女の口を押さえて聞いた。
「騒がないで。俺達悪い事してないから。ところで君は誰?」
今日カイルのご飯を運んできたのは、葵と同い年くらいの女の子だった。
その侍女はカタカタ震えながら、3人の足元に突っ伏して、命乞いをした。
「わ・・私は何も一切ここでの事は他では喋りません。で、ですから命だけは取らないで下さい。お願いします」
葵が目配せをすると、カイルが頷いて牢屋の扉を閉めた。
ガシャ
ビクッとした女の子は、顔の色が真っ白で唇の色は青くなっていた。
葵は女の子が心臓マヒを起こすのではないかと心配になり、丁寧に一人称を『僕』に言い換えて優しく問いかける。
「僕たちは決して君を傷付けたりしないよ。だからお願いする。先ず顔を上げて、僕たちを見て欲しい」
女の子は踞って震えていたが、3人は女の子が顔をあげるまでじっと待っていた。
でも、なかなか顔を上げない。
それどころか、変な息の仕方に変わってきた。ますます顔が白くなる。
ガチャッと蘭の部屋のドアが開く。
「「「ギャ」」」
3人は飛び上がった。
心臓がバクバクした状態で振り向くと、百合が勢い良く入ってきた。
「ちょっといつまで遊んでるの! 早くご飯を食べて頂戴。片付か・・ない」
百合は怒りながら、壁の向こうに集まっている子供達を見た。そしてその真ん中に女の子が顔を真っ白にして、踞っているのが見えた。
女の子は、『ハッハッハッハッ』と短い呼吸を繰り返している。
「ちょっと、どうしたの? アッ! この子過呼吸になってるわ!」
百合は女の子を抱えて、蘭の部屋に運び入れて、女の子を起こして顔を見る。目が合った。
「大丈夫よー。落ち着いてねー。いいかしら? 私の言う通り呼吸をしてくれる?」
返事もなく、まだ短い呼吸を繰り返しているが意識はある。
「頑張って、ゆっくり吸ってー。今度は長ぁーく、長ぁーく吐いてー」
百合が励まして呼吸をさせていると、10分程度で落ち着いてきた。
「もう大丈夫ね?」
百合が背中を擦りながら、聞くと
頷いて小さな声でお礼を言う。
「ありがとうございました」
恐縮して体を小さくしてお礼を言う女の子の周りで 、しゅんっとなってる3人を見た。
「ごめんなさいね。この子達があなたを凄く怖がらせてしまったのね? 後でおばさんがキツーく叱っておくから許してくれるかしら?」
百合は出来るだけ怖がらせないように、穏やかに優しく言った。
「いえいえ、私の方こそ勝手に驚いてしまい、皆様にご迷惑をおかけしました。申し訳ございません」
女の子は身分の高そうな女の人に、謝られて慌てて謝罪する。
そして、漸く気が付いた。
「あの~・・。ここはどこですか?」




