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10  もっと情報を

蘭と葵が学校に行った後、百合が慌ただしく家事を始める。


「カイル君。お買い物に行くけど、欲しい物ある?」


「ないよ」


「はーい。じゃあ、行ってくるからお留守番しててねー」



車のエンジン音が聞こえたなー、と思っていたら、直ぐに帰ってきた。今日の買い物は、駆け足でしてきたくらい速かった。


お昼ご飯を食べた後も、夕食の準備を早々始めた。

一段落がついて落ち着いた時、百合はニヤッとカイルを見る。


「カイル君、ちょっとこっちに来てー」


「はーい、何?」

カイルは、百合がニコニコしている隣に座った。


「カイル君は魔法が出来るンだよねー?」


「うん、出来るよ」

カイルが無邪気に答える。


「一度見せて欲しいなー。例えばこの曲がっちゃったスプーンを、元に戻せる?」


「そんなの、簡単だよ」

カイルが何か呟くと、手から青い光が出て、元のスプーンになった。


「す、凄いわ。カイル君、お願いがあるんだけど!」

百合の顔がいつもと違う。

驚いているカイルに、百合は詰めよった。






蘭も今日は6時間授業。

なので、葵と同じ時間に下校する。


二人揃って家に着く。

「「ただいまー」」


いつもなら、百合の「おかえり」が聞こえるが、今日はない。


不審に思いながらリビングに入るが、母もカイルもいない。


ドドドド!

カイルが階段を勢い良く下りてきた。


「良かったー。2人が帰ってきてくれた・・・」

カイルがなんだか泣きそうな顔になっている。


「どうしたの?」

葵は嫌な予感がした。


「えーっと、そうだ2階に来て。百合が大変なんだ」


その言葉を聞いて、蘭と葵が急いで2階の百合の部屋に駆け込む。


すると、百合がベッドで倒れ来んでいるのを目にした。

「お母さん、どうしたの?」

蘭と葵が近寄る。


「えーっと、それは・・」

言葉に詰まる百合を見ると、マントを羽織っている。


「マント?」

ここで、なんとなく察した葵が「チッ」と舌打ちする。


「親に舌打ちする?」

「いやー、するでしょ!」


ため息を付き、カイルに謝った。

「ごめんね、カイル。お母さんが魔法を教えて欲しいとか、無理を言ったよね?」


葵の言葉に、カイルがチラッと百合を見る。

すると仕方無さそうに百合が頷く。


「やっぱり・・それでどうなったの?」


「だって・・魔法が使えるなら・・教えてもらったら、私でも使えるかもって・・思ったのよ」

百合がしどろもどろで答える。


「それで、黒マントを羽織って、手には杖を持ってやってたの?」


「前に大阪のUS☆のハリーパッターエリアに行った時、折角マントと杖を買ったンだし。それに形から入った方がいいかなって思ったの」


「で?」


「教えてもらって、杖を振ったら腰を痛めた・・・」


カイルが申し訳無さそうに、立っている。


「気にしなくていいよ。全面的に悪いのは、お母さんだからね」


「そうだよー。お母さんはこんな失敗いつもしてるから」

蘭が、薬箱から湿布を出しながらカイルに笑い掛ける。


「カイル君、心配掛けてごめんね」

百合はかなり恥ずかしそうだ。


「あっそうだ。お母さんには魔力が皆無だから、魔法は使えないよ」


「えー残念・・なんちゃらレビオーサって言いたかったわー」


「お母さんってば、ハハハ」

葵と蘭が笑いだし、カイルも漸くホッとした。





母の魔法事件から40日過ぎた。カイルも漸くこちらの世界に慣れてきた。


カイルは、たまに葵の野球チームの練習に参加したり、近所の元警察官のお爺ちゃんに、剣道を教えてもらったりして、忙しく暮らしていた。


春木家に来た当初は、痩せ細っていたが、近頃は顔色も良く逞しくなってきた。


外はクリスマスの装いに変わっている。

百合も2階のクローゼットから、大きな箱を出してきた。


「カイル、ごめん手伝ってー」


「お母さん呼んだー?」


この頃になると、百合は「カイル」と呼び、カイルは「お母さん」と呼んでいた。


「この箱を、2階から荷物下ろすの手伝ってー」


2人で大きな箱を、リビングに運び入れる。

「この箱何?」


「クリスマスツリーよ」

百合が嬉しそうに蓋を開けると、緑の塊が出てきた。


それを取り出し、組み立てると130cmの高さの木になった。


折れ曲がった枝を伸ばして、長いライトを枝に掛けていく。長いオーナメントも飾る。リンゴ、お星様、どんどん飾り付ける。


「ほら、どう? カイルのお陰で素敵なクリスマスツリーになったわ」


「うわー。綺麗」

カーテンを閉めて、ツリーの明かりをつけると、チカチカ光った。


「12月24日がクリスマスイブで、ケーキ食べたり鶏肉を食べたりするのよ。そして、その夜にサンタさんがやって来て、よい子にしてる子供に、素敵なプレゼントを持って来てくれるのよ~」

百合がワクワクした顔で、ウィンクする。


「ケーキを食べて、プレゼントも持って来てくれるの? そのサンタさんは僕の事、知ってるかな?」


「勿論、カイルの事も知ってるわよ。カイルはサンタさんに、何をプレゼントして欲しい?」


「グローブが欲しいなぁ。でも、ダメかな?」


「今、葵のお下がりを使ってるから、自分のが欲しいわよね? うん、きっと、カイルが頑張ってるから、サンタさんが持って来てくれるわよ」


「そうかな? プレゼントくれるかな?」


百合はその様子に、ニッコリ微笑んだ。


寒い日が続くが、クリスマスが近付くこの頃は、何となくそわそわと楽しい雰囲気がする。


こっちの世界でクリスマスは、待ち遠しいイベントだ。

その後は正月休みで夫の洋一が帰ってくるのだが、毎年一波乱ある事が分かっているだけに憂鬱だ。


更に、向こうの世界でカイルが毎年1回だけ大きな城に出掛けるという行事が、1月にあるようなのだ。


詳しい日にちは覚えていなかったが、カイルは1月の新年を祝う花火を部屋で聞いた数日後に、馬車に乗って行った事を、思いだした。


夫を迎える準備と、カイルが向こうの世界に行く準備。


百合のはぁぁぁーと長いため息が漏れる。


否、こんな時こそ、元気を出して目の前の楽しいイベントに全力を注ごう! 百合はキラキラ光るクリスマスツリーを見て思った。



24日、終業式のこの日、絵の具や上靴といった、沢山の荷物を持って蘭と葵が帰ってきた。


蘭はいつもなら言われるまで、絶対に出さない『あゆみ』と書かれた通知表を、帰るなりランドセルから取り出し、百合に見せた。


百合が見る。

「オオーう! 『良くできる』がずらっと並んでる!」

以前は沢山あった『頑張ろう』が姿を消しているのだ。

蘭は手を腰に当ててどや顔だ。

きっと一緒に勉強するカイルの集中力のお陰で、蘭の成績も向上したようだ。


葵はいつもながらの優秀ぶりだ。

でも、いつもと違うのが先生からの一言だ。

『お友達が困っていると、逸早く手助けをする事が多くなりました』と書かれている。

これもカイルの優しさが、葵にも反映されているようだった。


百合は学校とは別に、葵、蘭、カイルの3人に『通知表』を渡した。

蘭と葵のは、家でのお手伝い等を中心に考慮した通知表だ。


カイルのは、家で勉強をしているカイルの成績を中心に書かれた通知表である。


蘭とカイルは、お互いに見せ合

っている。


「あー、待ち遠しいなー。サンタさん私の色鉛筆、忘れてないかな?」

心配する蘭は、ふと、兄に聞く。


「お兄ちゃんは、何を頼んだの?」


「俺が一番望んでるのは、私立じゃなくて、公立の中学校に通う事なんだけどなー」

チラッと百合を見て言う。

百合は珍しく、「分かってるんだけど・・」と戸惑っていた。


「えーそんなのサンタさんに頼んだの?」

蘭がつまんないとばかりに、口を尖らす。





上靴を洗って、学校の道具を片付けてから、冬休みの宿題を始めた。

カイルは進み具合が早いので、小学2年生のドリルをしている。


「おーい、料理出来たから運んでー」

百合の声にそれぞれの宿題を片付け、キッチンに向かう。


最後の料理が食卓に運ばれると、鶏肉の皮が焼ける、香ばしい香りが広がる。シャンメリーを蘭とカイルがコップに注がれるのを、見つめている。


ローストチキンレッグにかぶり付く蘭と葵。

食べ方を確認してからカイルも、鶏肉にかぶりついた。

蘭とカイルは、口の回りがタレだらけになっている。


「明日から冬休みだけど、ダラダラしないで冬休みの宿題を、さっさと終わらせてよー」

この百合の言葉は、蘭一人にしか当てはまらない。


「お母さん、折角美味しいご飯を食べてる時に、嫌な話はしないで!」

蘭がむすっとする。


「ハイハイ。でも、書き初めの宿題は、去年みたいに登校日の朝に書いたりするのは、絶対にやめてよー」


「あーそう言えば、去年そんな事があったなー。慌て過ぎて墨汁こぼして、大変だったな」


「お兄ちゃんもお母さんも、カイルの前で変な事言わないで!!」


葵の言葉を遮る様に、蘭が言う。


蘭が顔を赤くしてカイルを見たが、カイルの関心はちょっと違った。


「かきぞめって何?」


蘭は先程の話を、カイルの記憶から消してしまう勢いで、書き初めがなんたるかを詳しく説明し始めた。


締めのケーキはチョコクリームに、沢山の苺とサンタさんの飾りがのっていた。

ケーキを食べ終わると、もう満腹で、3人はリビングの隣の和室で、コロコロしている。


「あっ忘れてた!」

急にカイルが飛び起きる。


「どうしたの?」

蘭がカイルの様子に驚いて、自分も立ち上がる。


「今日の朝御飯を、壁の向こうの部屋から取ってくるのを忘れてた」

うっかり忘れててそのまま放置しておくと、不審に思った侍女が確かめようと、扉を開けて入って来られると困るから、必ず朝御飯とは名ばかりの残飯を片付けて、皿を元の台の上に、置いとかないといけない。


面倒臭そうに、和室から出ようとしたカイルに、葵と蘭が「一緒に行くよ」と声をかける。


3人が壁の向こうの部屋に行くと、ポツンと朝御飯が置かれていた。

「そうだ、ついでに小型カメラを回収して、録画チェックしよう。カイル、閂を外してくれるかな?」

葵が辺りの様子を探りながら、外に出て、小型カメラを回収してきた。


3人は、パソコンを覗き込む。

「毎回、こいつを録画している時間がもったいないんだよなー」


いつもの侍女が、一切の表情筋のスイッチを切った表情で歩いて来るのが映っている。


動体検知録画機能なので、暫くすると切れる。侍女の姿ばかりが映っていたが、ある時、男と立ち話をする侍女の姿があった。


録画と録音機能付きなので、音量を上げると2人の会話が聞こえてきた。


『おはよう、今日は寒いね』


『おはよう。もうすぐ休暇で実家に帰れるわ』


『お前、他の侍女の休暇を横取りしたんだってな。あんまり酷い事するなよ』


『あの子が家に帰るお金が無いって言うから、代わりに休暇を使ってあげたのよ』


『はいはい。所でいつ帰ってくるんだ?』


『陛下の誕生祭がある、15日より前に帰ってくるつもり』


『あ、ごめん。俺、ダリルに頼まれてた薪割りを忘れてた。じゃあな』


ここで男に手を振る侍女が画面から切れていく。


「・・・」


「お兄ちゃん どうしたの?」

額に手を当てて考え込む葵を、心配するカイル。


葵が顔を上げてカイルの顔を見つめる。

「いやいや、いやいや。まさか、カイルって王族?・・・」


「何?」

カイルが首を傾げている。


「よし、やっぱり情報がもっと必要だ。電池交換してからまた設置しに行こう。今回多分だけど・・、カイルが出掛ける日は、1月15日だと予定して準備をしておこう」


「・・?はーい」


蘭とカイルが訳も分からず、呑気な返事をする。


(蘭がカイルの事を、王子様だと言ってたけど、もしかしたら、本物?)


あーもっと、もっと情報が欲しいー。

葵が心の中で叫んだ。



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