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再会


 久しぶりに顔を合わせた男は、親しい隣国の王から敵国の王へと立場を変えていた。しかし慣れぬ真似事などしたからか、恥ずかし気に頬を掻くその姿は紛れもなくノナの良く知るソルだった。


「さて、早速で悪いのだが姫も知っての通り余は堅苦しいのは苦手でな。ついては、常の言葉で語らぬか?」


「ええ、構いません。では、わたくしも陛下に見習うと致しましょう」


『いつものように話そう』、そう誘ってきたソルに、ノナはルーナに扮したまま鷹揚に頷く。折角の再会なのに公的な王族の仮面を張り付けたままでは味気無い、そう感じたのはノナも同じだった。

 王や大臣達も居並ぶ場でなら話も違ったが、戦に敗れた今となってはこの場にいる王国人は自分と傍らに控える馴染みの老将の二人のみ。

 まして戦勝国の王の申し出を断る道理もなく、ノナはソルの()()()に大人しく甘えることにした。


「では改めてーールーナ、こうして言葉を交わすのは久しぶりだ。春のテルーモ王の誕生祭以来か? ……少し、やつれたな」


「ええ、戦時でしたからね。まともに食事を取る(いとま)もありませんでしたし」


「うぐっ! それを言われると痛いな……」


「敗戦国の人間としては、ソルに恨み言の一つくらいはぶつけたくもなります。……とはいえ、今回の戦の発端は帝国から再三に渡り要求されていた、デフェクティオ皇国への軍事通行権の見直しを無視し続けた父の責任でもありますが」


 ノナの指摘の通り、もしもテルーモ国王がデフェクティオに認めていた軍事通行権を取り下げさえすれば、今回の侵略戦争は未然に防げただろう。

 ただしその場合、代わりにデフェクティオ皇国がテラ王国へ侵略戦争を仕掛けたかも知れないし、アルファルド帝国軍が軍事通行権を要求して来てデフェクティオ侵攻に協力させられたかも知れない。

 二つの大国に挟まれるテラ王国は、地政学上どのみち戦に巻き込まれる運命にあると言っていい。

 この一週間で多くの兵を看取ったノナが敵軍の首魁を前にしてもどこか達観しているのは、彼女が部下の死を悼むより(ソル)を優先する薄情者であるとかではなくて、大国の都合に翻弄される小国に住む人々特有の『諦め』から来るものだった。


「テルーモ王か。……ずばり聞くが戦の最中の指揮は王ではなく、やはりルーナが?」


「ご明察の通りです。尤もこのオドアケルの助けを借りて、やっとの有り様でしたけど」


 そう言ってノナがちらりと隣の男に目をやると、彼はソルとその背後に居並ぶ家臣に深く一礼した。

 テラ王国軍第一将オドアケル。先王パテルの時代からテラ王国を守って来た、防衛戦に定評のある将軍である。大国に挟まれたテラ王国が今日までその国土を守ってこれたのは、パテルの巧みな外交手腕とオドアケルの用兵術あってのものだった。


「なるほど、かの『守護神』殿がお相手だったとはな、それは手強かったわけだ。天上へ昇った兵達も少しは浮かばれよう。だがルーナ、民を都市外に逃がしたのは将軍ではなくお前の仕業だな?」


「……どうしてそう思われるの?」


 ソルは確信めいた口振りだったが、実際それは当たっていた。

 囮としてアルファルド帝国軍を王都に食い止めるよう命じられたノナは、そこに民が含まれていないのを良いことに本物のルーナも使った城の隠し通路を使い、民を逃がしたのだ。

 王でありながら一線級の将としての眼を持つソルならばそのことには気付くと思っていた。

 疑問なのは、何故オドアケルでなくノナの発案によるものだと見抜けたのかだったが、ソルは得意気に種明かしをしてみせた。


「分かるともさ、長い付き合いなのだからルーナの考えそうなことくらいはな」


「まあ! ならわたくしが今何を考えているか当ててみてくださる?」


「ふうむ……さしずめ、『分かっているなら犬の鳴き真似をしてみろ』とか、そんなとこだろう?」


「すごいっ、正解ですっ! ではお一つ、可愛らしく犬の真似をどうぞ、ソル陛下?」


「おいおい、勘弁してくれよ。これでも『太陽王』などと呼ばれる身なんでな、臣下の前で示しが付かん」


「あら残念。きっと似合うと思いましたのに」


 ソルが降参とばかりに両手を上げるとノナは口ほどには残念そうも無く、くすくすと笑った。

 一連の気軽なやり取りは、この場にいる他の者達の緊張を和らげるには十分だった。ほんの数刻前まで矢を降らせ合っていた国同士とは思えないほど和やかに、時に冗談を交えながら話し合いは進んでいきーーいくつか戦後に向けた取り決めもまとめたところで、不意にソルが切り出した。


「さて、だ。ここからが本題だが、ルーナに一つ聞きたいことがあってな」


「何かしら、お答え出来ることなら良いのだけれど」


「俺としてもお前が答えてくれることを願うばかりだがーールーナ、テルーモ王の居場所を知らないか?」


 ルーナ・アクシアスはテラの第一王女であり、ソルとこうして交渉するには十分な身分を持つ。だが王ではない。

 すでにテラ王国全土を押さえたアルファルド帝国ではあったが、テルーモ王以下国家の中枢が無事なまま他国にーーそれこそデフェクティオ皇国にでも亡命された場合、介入してくる口実を与えるばかりか一度統治下に置いたテラ王国民が反旗を翻す可能性もある。

 そのため本当の意味で戦を終結させるには、テルーモ王の身柄を早急に確保する必要があった。


「愚問ですね、父を売る娘などいませんよ」


「ほう。その口ぶりは居場所自体は知っていると?」


「ふふっ、内緒です。わたくしを煮るなり焼くなりして吐かせますか? それともドレスの下の秘密ごと暴いてしまわれるのかしら」


 先ほどのソルの真似ではないがノナは行儀悪く片目を瞑り舌を出して挑発してみせたが、彼は沈痛な面持ちで彼女を叱り付けた。


「この俺が、お前にそんな畜生にも劣る下卑た真似をするはずがないのは、お前が一番分かっているだろう! 冗談でも口にするなッ!!」


「……ごめんなさい、口が過ぎましたね」


 ノナは敗戦国の姫(影武者だが)なのだ。そして若く、美しい。拷問の類に留まらず、その身を獣欲に汚される危険は十二分にあり得た。

 今そうなっていないのは、ひとえにソルがそれを望まないからに他ならない。


 強い目だ。そうノナは思った。

 この身を焦がしてしまうほどの、熱い激情が込められた男の瞳。

 以前にも、彼から同じように見つめられたことがあった。それはノナの心の奥深くに大切にしまわれた、数少ない幸福な記憶の一つだった。


「ーーあの日も」


「むっ?」


「あの冬至祭の日も、ソルはわたくしに言いましたね。冗談でもそんなことを言うなと」


「そう言えば、そうだったか。あの時はルーナが妙なことを口走るものだから、つい、な」


 一年ほど前になるだろうか。アルファルド帝国で盛大に執り行われた冬至祭に、ノナはルーナ・アクシアスとして出席していた。

 幼少期はそれはもう手の付けられない悪童として名の通ったソルに苛められた苦い記憶を持つルーナ姫は、以来顔を合わせるのも嫌がってソルの相手は全てノナに押し付けていたのである。

 その日、各国の王族や貴族、大使達の注目の的だったノナは相継ぐダンスの申し込みに笑顔の裏に隠しきれない疲労を滲ませていたのだが、それを見兼ねてバルコニーへと彼女を連れだしたのは他ならないソルだった。


「あれはソルがいきなり突拍子もないことを言い出すからです! わたくしを貴方の妃に、だなんて……」


「俺としては事を急いたつもりは無かったんだがな。ルーナも、俺の想いには気付いていたろう?」


 そうだ。あの夜、しんしんと雪の降るバルコニーでノナはソルに求婚されのだ。

 短くない付き合いだ、ノナはソルがそれまで口にしてこなかった想いに気付いていたーー彼女もまた、同じ想いを胸に秘めていたのだから気付かぬはずもなかった。


「あの日から何かと理由を付けてのらりくらりと躱されていたが……今日こそは逃がさんぞ、ルーナ。気付いているだろうが、正直に言えば今回の侵攻はテラ王国の地政学上の価値だけで決めたわけではない。半分は別だ」


「……降伏勧告の条文は、やはりそういうことですか」


 帝国軍が要求してきた条件は三つ。

 武装解除と王都の解放、王侯貴族の私有財産の供出。そして三つ目は、()()()()()()()()()()()()()()だ。


「女一人満足に口説き落とせず、力に頼る無骨者だと俺を笑うか? ははは、そう思われても仕方ないな。我ながら情けないよーーだがな、俺は本気だぞ。お前を手に入れる為ならば、もはや手段など選ばん」


 想いの丈を語る度に、その目線から、言葉から、炎が溢れてノナを炙るようだった。

 触れれば火傷では済まない。動悸が乱れ、顔に熱が溜まるのが分かった。

 この落ち着かなくとも心地の良い情の炎に、この身の全てを委ねてしまいたいーーそう思わなかったかといえば嘘になる。

 それでも、


「どうか答えてくれルーナ! 俺の妻になると!!」


 ソルの目にはノナ、いやルーナしか映っていないようだった。彼の背後で線の細い、文官のような印象を受ける将があたふたと慌てていることからも、これはアルファルド側にしても想定外の事態だと如実に物語っていた。

 戦後の会談で交渉もそっちのけに敵国の王女に婚姻を申し込む若き王。

 ノナが密かに愛好している劇団の演目にありそうな、淑女であれば一度は夢に見る恋芝居。


 しかし、熱に浮かされてそのまま頷いてしまいそうな舞台に上げられてもなお、ノナの返答は一年前と同じだった。


「何度言われても、答えは変わりません。わたくしは貴方と添い遂げることは出来ない……わたくしは、いつ死ぬとも知れない身ですから」



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