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『太陽王』ソル・レグナス

現段階で書き貯めてある分は投稿しようと思います。

 

「思いのほか……手こずった、な」


 ソル・レグナスは城門の開かれたアベンエズラ城を前に複雑な心境でため息を付いた。『太陽王』の別名の通り赤金色に輝く頭髪は、今は少し蔭って見える。

 彼が見据える城壁の上には夕闇の中にうっすらと、だが確かに白い旗が靡き、テラ王国軍が降伏した事を示していた。


 首を落して返されることもやむなしと遣わした特使が無事な姿で、しかし降伏には応じないという書状を持たされて帰還してから今日で七日目。

 即座に全軍に攻撃命令を下したソルだったが、思い切ったことに首都の大部分を放棄し周囲を湖に囲まれたアベンエズラ城に籠城して徹底抗戦の構えを見せた敵軍に対し、この七日間アルファルド帝国軍は思うほどの戦果を出せずにいた。

 いかに地の利が敵軍にあるとはいえ、所詮は寡兵。一気に攻め立てれば何のことは無いと息巻いたものの、敵軍の士気は異様と言えるほどに高く一筋縄では行かなかったのだ。


 その理由は一目瞭然、『月の姫』とも謳われる第一王女ルーナ・アクシアスが自ら陣頭指揮を執り、白銀の髪を靡かせながら兵達を鼓舞していたからだ。

 その美しさは敵軍の向ける槍の穂先以上に脅威で、自軍の中にも戦場にあっても煌めく彼女を神聖視する者が現れ出すほどだった。

 加えて彼女個人の武勇と知略も厄介だ。それは一昨年、北海より襲来した蛮族討伐の折りに友軍としてくつわを並べた事のあるソルには既知であった。……一国の姫であるはずのルーナ・アクシアスが何故これほどの将器を有しているのかは彼も、そして参謀陣も頭を悩ませるところではあったが。

 とはいえ敵軍がいかに士気の高さでこちらを勝ろうとも、引き籠る彼らには補給の術が無いのも現実だ。

 対してこちらは王城以外のテラ王国全土を手中に収めているため、王国内で徴発するなり本国からの輸送を頼るなり、補給が途絶えることはない。このまま我慢比べを続ければ、ルーナ・アクシアスの存在を加味しても先に根を上げるのがテラ王国側なのは疑いようもなかった。


 だが、そこで問題になったのが時間である。

 今の季節は秋の終わりであり、もし戦が長引けば冬が訪れてしまう。そうなれば幾ら補給の心配が無いと言っても当初想定した以上の戦略物資と人的資源を浪費するのは明白だった。

 またテラ王国の右隣がアルファルド帝国であるなら、左隣にはデフェクティオ皇国がある。皇国はテラ王国と同盟関係にあり帝国とは敵対関係にある。テラ王国が持ちこたえればその隙にデフェクティオ軍が王都を包囲する帝国軍の背後を突きに来るのも考えうる事態だ。

 王国内を通ってしばしばちょっかいを掛けるデフェクティオ軍には帝国も辟易しており、この際通り道であるテラ王国を併合してデフェクティオに睨みを利かせよう、というのが今回の派兵の理由の()()だったのだがーーこのまま籠城が続くようなら、早期講和のために一国の長として非人道的な手段に頼る必要もあるかとソルは心中で城壁に立つルーナ・アクシアスに詫びた。


 しかしソルの覚悟は不必要に終わる。

 アベンエズラ城攻防戦七日目も一進一退の戦況のまま日暮れを迎え、兵を休ませようと前線から引き下げさせたその時、不動だったアベンエズラ城の跳ね橋が不意に下り始めたのである。そして閉ざされていた城門が開くと、白旗を振る特使が以前勧告された降伏条件に全面的に同意し降伏する旨を告げて来た。

 ソル個人としてもアルファルド帝王としても拒む理由は無く、こうして一週間の苦戦が嘘のようにテラ王国侵略戦争は終戦を迎えたのだった。


「しかし解せませんね。何故また、今になって降伏勧告に応じたのでしょうか」


 ソルの傍らに控える側近のアルバヌスは納得いかなそうに首を捻った。ソルもまた思うことは同じだった。

 早々に王都を放棄して王城に立て籠り、テラ王国内で絶大な人気を誇るルーナ・アクシアスを前線に出す危険を冒してまでの徹底抗戦。デフェクティオが奇襲を仕掛けるまでの時間稼ぎかとも思ったが、デフェクティオ皇国との国境に向かわせた第三師団からもデフェクティオ国内に潜入させた諜報からもそれらしい動きは報告されていない。

 ならば今になって降伏する理由とは。

 不可解、現状を言い表すならその一言に尽きた。


「確かにそうだ。ならば直接聞いてみるとしよう、第十三代テラ国王テルーモ・アクシアス陛下御自身にな」


「はっ。近衛師団総員、突入準備は出来ております。あとは陛下の号令を待つのみです」


「うむ。では皆の者、月の国の最奥にお邪魔するとしようか! 総員、突入せよッ!!」


 ソルの号令を受けて完全武装の近衛師団が城内に雪崩れ込んでいく。降伏は認めたが、罠の可能性も捨てきれない。条文を守りこれ以上の戦闘をこちらから行う気は無くとも、あちらから仕掛けられれば対応せざるを得ない。


「一階制圧完了致しました。敵軍の抵抗、ありません!」


「二階全体も掌握完了致しました。こちらも抵抗ありません!」


 突発的な戦闘に備えて先行させた近衛師団だったが、それらしい抵抗もなく王城の制圧は進んでいるようだ。


「ふむ。罠の可能性も無い、か。小細工なぞ力づくで蹴飛ばしてやろうと思っていたが、いささか拍子抜けだな」


「……陛下、兵の損害を抑えられたのですからここは喜ぶべきところでは?」


「あっ、いや、これはだな!?」


 肩を透かすソルだったが、アルバヌスに白い目で見つめられた途端に焦りだした。

 ソルの乳母ラクスの実子であるアルバヌスは幼少期から共に育ち、信頼の置ける臣下である以前に竹馬の友だ。

 ソルの弱味や思い出したくない過去の出来事を何もかも知り尽くしたアルバヌスは敵に回すと面倒な相手であり、ましてラクスに告げ口されようものなら後が怖い。


「おぉ、見よ! どうやら城内の制圧が終わったようだぞアルバヌス。ではテルーモ陛下に謁見と参ろうではないか! 陛下はご高齢であらせられるしな、戦疲れもあろうし話は手早く済ませた方がよかろうよ!」


「あっ、陛下! お待ち下さい陛下ー!!」


 決して敵に背を向けた事がない『太陽王』も、惚れた女と幼馴染、そして乳母には弱い。

 ソルは戦略的撤退を決め込み、アルバヌスを煙に巻いてアベンエズラ城内に足を踏み入れるのだった。



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