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月の姫と影の姫

文章の練習で書きました。10話前後で完結すると思います。

 

 王国歴735年。

 テラ王国に対し、『太陽王』ソル・レグナスが統治する隣国のアルファルド帝国が突如として宣戦を布告したのは、収穫期も過ぎてもうじき冬も迫ろうかという秋の終わりのことだった。


 大国アルファルドの軍勢十万に対し、小国であるテラ王国側の手勢は僅かに二万。

 奮戦も空しく王国軍は防衛線の後退を余儀なくされ、テラ王国王都イネスをアルファルド帝国軍が包囲するまで開戦から十日と時を要さなかった。


 王室直属の護衛であり諜報を任じられている影人(スキアード)、その一人であるノナが主のルーナ・アクシアスの居室に呼び出されたのは、アルファルド帝国軍が王都を包囲したその日の夜のことだ。

 侍女達に口やかましく指示を出して何やら支度をさせていた主のルーナは、入室したノナの姿を認めると不愉快そうに眉をひそめたが、それでも椅子に座るよう促すと他の者には下がるよう命じ、部屋の中にはルーナとノナの二人だけが残された。


「いいこと? 一度しか言わないからよく聞きなさい、影。お前はわたくしとお父様にお母様、そして王家派の貴族達が城を脱してデフェクティオ皇国の国境に辿り着くまでの七日の間、城に残ってわたくしの身代わりをなさい」


 そして開口一番、ルーナは無茶としか言い様の無い命令を下すのだった。

 既に王都は敵の包囲下。そして申し訳程度にイネスを守る城壁などアルファルド軍がその気になれば早晩突破されることだろう。

 自ら軍を率いて出征しているというソル・レグナスが未だそれを命じる気配が無いのは、日が落ちたからではなくテラ王国に提示した降伏の条件を王国が呑むか、それとも拒否するかの答えを待っているからに他ならない。


(ああ、なるほど)


 ノナは今さらになって、主の心の内を理解した。

 常に余裕に満ちたーーただ尊大で人を見下しているだけとも言うーールーナが、今は落ち着きなくしきりに部屋中を見渡したり、爪を噛んでいた。まるで何かに怯えるように。

 それはアルファルド軍に包囲されたこの状況ゆえと思っていたが、正確には少し違っていたようだ。


 テラ王国側に提示された条件は以下の三つ。

 一つ、王都城門を開放し武装を解除すること。

 一つ、王家の私有財産ならびに貴族の私有財産の供出。

 一つ、ルーナ・アクシアス第一王女の引き渡し。


 以上がなされた場合、天罰神ハーゼリオンの名に誓って全ての戦闘行為を中止し、以降は王家や貴族含むテラ王国民全てをアルファルド帝国民と同等と見なし、略奪の憂き目に遭うことは無きよう確約する、というものだ。なお期限は一夜中とあった。


 敗北が目に見えている戦況だ。降伏など持ち掛けずともただ兵力差任せに力押しするだけで、王城まで攻め落とすのは容易だろう。

 その後に好きに奪い、好きに犯せばいい。

 それをしないのは侵略者と言えど、ソル・レグナスの恩情に他ならなかった。


 民を想うならば呑むべきだ、とノナは思う。

 しかし国王も妃も貴族達も、そして主であるルーナもまた受け入れたくないのだ。

 民の為、財や身を削ることなどもっての他であり、彼らが逃げるだけの時間を稼ぐために戦えと、つまりはそういうことか。

 だがしかし、そんな我が身可愛さの自分勝手な命令であってもーー、


「承りました我が主。私は貴女様の影なれば、如何なるご命令でも遂行いたしましょう」


 ノナ・スキアードの辞書に、主の命令に逆らうという文字はない。

 影人とするべく過去の記憶と名前を奪われ、ルーナの身代わりとして元の姿形すら失った彼女に残されたのは、訓練過程で繰り返し刷り込まれた主への盲目的な忠誠心のみだった。


(私はルーナ様の影だから。……ソル、貴方が相手でも躊躇わないわ)


 胸に小さな痛みを伴う想いを秘したまま、ノナはルーナに平伏した。

 一方でルーナはノナの悲愴な覚悟など露知らず、自分と同じ顔をした忌々しい女がこの機にいなくなるかも知れないと考えるだけど、危機的状況に己が置かれているのも忘れて胸のすく思いがした。そこに忠臣への情など一欠けらも無い。


(どこぞの馬の骨とも知らぬ娘風情がわたくしの似姿なぞ腹立たしかったけれど……それも今日までのこと。明日からはわたくしこそが、唯一のわたくしよ!)


 影武者として幼い頃からノナは優秀だった。いや、()()()()()と言ってもいい。

 暗殺の危険がある式典や視察、時にルーナが面倒がって任せた講義などもノナが代行していたが、その際の評価はルーナ自らが携わった時よりも常に高かったのだ。

 指南役を務める将軍すら唸らせる剣術の腕も、馬上の人となれば人馬一体と誉めちぎられる手綱捌きも、有力貴族の奥方を集めた茶会を盛り上げてみせた小噺の数々や、異国の使者に相手の母国語で流暢に立ち回って見せたのも全て、ルーナではなくノナの仕業だった。

 無論、影武者の存在を悟られては意味が無いので城内でも限られた者しかノナの存在は知らない。それに影はあくまでも影、ルーナ()あってのノナ()なのだ。だから、それらの称賛はルーナに向けられたものとして受け取れば良い。

 だが真実を知るルーナにすれば、優秀なノナの存在は自分の影ではなく自分に取って代わろうとする化け物に思えてならなかった。


 同じ顔、同じ髪、同じ背丈、同じ声。

 しかし自分よりも優秀な影武者の存在をルーナはずっと疎んじて来たし、ノナもまた主から疎んじられていることに気付いていた。

 それでもノナはルーナの為に命を賭ける覚悟をし、ルーナは忌まわしい影が野蛮な太陽王に焼かれて消えることを望んでいた。

 だがこの影は優秀だ、口惜しいがそれはルーナとて認めざるを得ない。ともすれば精強なアルファルド軍を持ってしても七日の間を生き抜き、自分の側に馳せ参じるやも知れぬ。

 ゆえに、ルーナはこうべを垂れる己の影武者に悪魔のごとき笑みを浮かべて最後の命を下すのだった。


「ーー影よ、もう一つお聞きなさい。もし七日の間を戦い抜き、わたくし達がデフェクティオに逃れるまでの時を稼ぎ終えたのならーー」



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