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8.待ち合わせ

「まずいな、もう待ってるかな」

腕時計をチラリと見ながら、玉城はリクを呼び出した喫茶店に急いだ。

こんなに打ち合わせが長引くとは誤算だった。30分遅刻だ。

やはりリクは今日も携帯を所持していないらしく連絡も取れなかった。

気が焦る。きっと恋人を待たせていたとしても、こんなにハラハラはしないはずだ。

リクは気の長い方なのだろうか。それとも短い方だろうか。

長く彼を観察し続けているが、玉城にはそんな所さえわからない。


「たまには会社の近くで会おうか」と電話で提案すると、

「何のために?」と、しごく当たり前な答えを返され、玉城は苦笑した。

「取材」と言うとリクはあきれたように「そんな所まで行って語ることは何もないよ」

と笑った。

それも、もっともだった。


隔月の美術誌に3回分。32ページの特集だ。

編集部がこの若く才能のある画家に入れ込んでいるのが強く感じられる。

玉城はそれに答えるべく、いろんな角度からこの青年に切り込んで行かなければならなかった。

退屈な記事にはしたくなかった。


玉城が言い淀んで沈黙していると、意外にもリクの方から答えを返してくれた。

「いいよ。そっちに行く用事が無い訳じゃない」と。

ほんの少し人間に慣れて近くまで寄ってくるようになった野犬の物語を玉城は小学生の頃読んだ。

戸川幸夫だったか、椋鳩十だったか、はたまたシートン動物記だったか。

例えは悪いが、その時感じた安堵感にどこか似ていると思った。

「野生の犬は時間にうるさいのかな」

そんな失礼なことを考えながら玉城は地下鉄の階段を登っていった。


地上に出て右に折れた、三軒先が待ち合わせの喫茶店だった。

驚いたことに店先の壁にもたれて、リクは立っていた。

入らずに外で待っている様子が玉城には意外であり、少し可愛くも思えた。


声を掛けようと近寄ったその時、彼に近づいて来る人影に気付いた。

玉城は何となく咄嗟に隣のビルの壁面に隠れ様子を伺う。

リクに近づいてきたのは40半ばくらいの背の高いガッチリとした男性だった。

暑さの中、ハンカチで額を拭いながら少し戸惑った様子でゆっくりリクの視界に入ってきた。

リクは男に気付いてその顔を見上げた。

男も目が合うと更に緊張した様子でリクを見つめる。

奇妙なほどその時間が長く感じられて玉城は違和感を覚えた。

リクの表情は玉城からよく見えなかったが、とくに何の反応もせず相変わらず壁にもたれたまま

じっと男を見ている。

「あの・・・ミサキさんですか?画家の」

男はようやく恐る恐ると言った感じで口を開いた。

リクは少し間を開けた後、「はい」と小さく答えた。

とたんに男の表情が安心したように笑顔になる。

「ああ、やっぱりそうですか。人違いだったら申し訳ないと思って。良かった。

以前からお会いしたかったんですよ。少し前に美術誌であなたの記事も読みました」

男が嬉しそうに少し興奮気味にしゃべる。

「・・・そうですか」

リクも穏やかな声でそう言った。


“そうか、ファンだったのか。しかも自分の記事を読んでくれている。”

ムズムズするような嬉しさが込み上げて、玉城はそこから飛び出した。


「リク、待たせてごめん」

自分でも白々しいと思いつつ、玉城は大声でそう言って二人に近づいていった。

「遅いよ」不機嫌な声でリクが言う。

想定内だ。玉城はすかさず低姿勢でごめんと言った。


「待ち合わせでしたか。お邪魔してすみません。では、私はこれで」

男は慌てたように一歩さがり、立ち去ろうとした。

「あ、待って下さい。ファンの方?」

絵画愛好家をファンと呼ぶものなのか玉城には分からなかったが、取りあえずそう呼び止めた。

「リク、せっかくだからサインとかしてあげたら?」

ニヤッとして玉城が言うとリクはあからさまに「バカじゃない?」という表情で玉城を睨んだ。

それも想定内だ。玉城の中のほんのイタズラ心だった。

「あ、そうですね。是非お願いします。いい記念になります」

男はそう言うと持っていたカバンから大学ノートとボールペンを取りだしてリクに渡した。

リクは恨みがましそうに玉城をチラリと見ると、しばらくノートを見つめ、渋々ペンを走らせた。

サインなんて初めての事だろうと思うと、リクの戸惑いを感じて玉城は妙に楽しかった。

リクがパタリとノートを閉じて男に差し出すと男は丁寧に礼を言い、

また汗を拭きながら地下鉄への階段を降りて行った。


「ああいう人もリクの絵を買うのかな。金持ちそうだったよな」

「買わないよ」

不機嫌そうにリクが言う。

「そうかな。・・・まあ、それはいいとしてさあ」

玉城はまだリクが怒っているらしいことを肌で感じ、話をそらしてみることにした。

「さっきの人、見たことがあるような気がするんだけど」


そう玉城が言うと、リクは男が去っていった方を見て、ポツリと言った。

「市議会選」

「えっ?」

「立候補した人だろ?ポスターでよく見かけるから」

「ああ!そうか、それで見たことがあったんだ。すごいなあ。代議士がファンか」

リクはつまらなさそうに目の前の通りを見つめていた。

「で、・・・なに?」

「え?」

「何の話があって呼んだの?」

リクが不機嫌そうに玉城の目を見て聞いてきた。

「ああ・・・。じゃあ、中に入って話ししようよ。いろいろとあるんだよ。

次の号にリクの写真を載せさせて欲しいとか」

「それは断る」

きっぱりとした声で言うと、リクは喫茶店の中にスッと入っていった。


「ダメか・・・・。やはり」

これで話の8割は終わってしまった。

玉城は少し肩を落としてリクのあとに続いた。



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