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7.ざわめき

午後10時。

築20年は経っているだろうと思われる3階建ての会社の寮の階段を玉城はトボトボと登っていった。

玉城のマンションから大東和出版やリクの家まではかなり距離があるため、

長谷川が空いていた会社の部屋を1年間格安で手配してくれたのだ。


長谷川には内緒だが、他社の仕事もそこを拠点にすれば動きがとりやすい。

契約の切れる1年後を思うと少々不安だったが、その頃に大東和出版の契約が続いていれば、

長谷川に頼み込んでみよう。そう玉城は思っていた。


「今お帰りですか?」

3階の自室の前でふいに声を掛けられ顔をあげると、左隣の部屋の前から

ヤマネが愛嬌のある笑顔で玉城を見ていた。

パジャマがわりなのか、白いロングTシャツを着ている。

汚れた蛍光灯の薄暗い光の中で、玉城は少し驚いてヤマネを見た。


「あれ?ヤマネさん。ここに住んでたんですか?」

「偶然ですね、お隣同志だなんて」

「いやあ、気が付かなくてすみません。そう言えば挨拶もしてなかったですね、俺」

「いいんですよ。社員さんじゃないんでしょ?」

ヤマネはニコッと笑った。


そして、おもむろに玉城の後ろや下の階の方を覗き込む仕草をしたあと、再び視線を玉城に戻した。


「あのね、気になってたんですけど、あなた誰かに後を付けられてませんか?」

「え?付けられてる?」

玉城は思いも寄らない言葉に驚き、慌てて辺りをキョロキョロ見回した。

「そんな事ないでしょ。いや、ないですって」

「そう?」

「そうですよ。何にも思い当たること無いし・・・」

玉城の顔が少し緊張で赤らむ。

ヤマネは指を唇に当てる仕草をしたあと、少し曖昧に笑って見せた。

「じゃあ、私の勘違いね。ごめんなさい。・・・でも、気をつけて」

ヤマネはまるで小さな子がやるように手をパーにして元気良く振ると、

「お休みなさい」と行って、ドアレバーに手を掛けた。

「おやすみなさい」

玉城も鍵を開けると、少し照れたように自室に入った。


「おやすみなさい」なんて女性に挨拶するのは久しぶりだなあ。

妙な照れくささでいっぱいになる。

隣からはドアの閉まる音も何も聞こえなかった。案外防音はしっかりしてるらしい。

少しほっとして玉城はジャケットを脱いだ。

ヤマネの言ったことはもうすでに玉城の頭に中には無かった。

ひねった水道の蛇口から出た水と一緒に、きれいに流れて消えてしまった。



    ◇   



誰もいない選挙事務所の明かりをつけると美木多は、夕刻自分が使っていた引き出しを開けて

携帯を取りだした。うっかり忘れて帰ってしまったのだ。

「タダでさえ時間がないというのに、とんだロスだ」苛立った独り言を呟く。


突然出馬を決めて家族、親戚を巻き込んだワンマン社長の叔父に、本当は直接言ってやりたいと思っていた。

仕事を工面して応援をすることが、どんなに大変な事なのかを。


鍵を再び取りだして美木多が帰ろうとしたその時、ファックスが受信を知らせた。

けたたましい電子音のあと、ドッドッドと規則的にその細い口から紙がはき出されてきた。

ピーっという終了音がガランとした事務所に響き渡る。


何気なくその紙を取り上げて目を通した美木多の表情に変化はなかった。

ただ少し肩をすくめたあと、整理棚の隅に無造作に伏せて置いた。


ふたたび時間のロスの苛立ちを思い出したのか、美木多はバンと強くプレハブのドアを閉め、

ガチャリと鍵をかけて足早に帰っていった。


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