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6.迷い

「うちのデータベースを検索させろって、どういうこと?」

長谷川はちらりと腕時計を見たあと、玉城をめんどくさそうに見た。


「すみません、こんな時間に。ちょっと調べものをしたくて。

ここのデータベースなら過去の事件の資料が詳しく保存されてるんじゃないかと思って」

「図書館に行きなさいよ」

「とっくに閉まってます」

時刻は夜9時をまわっている。

「じゃあ明日にしなさいよ。私ももう帰るところなんだから」

なるほど、編集部員はもう数人しか残っていない。

最近は大幅な残業は社の方針で禁じられていると、玉城は聞いていた。

けれど、食い下がる。


「リクの身に起きた過去の事件を知りたいんです」

玉城はそう言って長谷川の反応を待った。彼女の好奇心がくすぐられはしないだろうか、と。


長谷川はしばらくじっと玉城の顔を見ていたが、何も言わずPCを立ち上げて椅子に座った。

「何かあったの?」

データベースの画面を開き、暗唱コードを入力しながら長谷川が聞いた。


玉城は事件のあった地名とうろ覚えの年月日を長谷川に伝えると

大ざっぱすぎるほど大ざっぱに説明を始めた。


「10歳の頃、何者かにさらわれて殺されそうになったんです。

斬りつけられて火を付けられた。目撃者の通報で救急車が来たときは意識も無かったそうです。

犯人は捕まっていません。とっくに時効も過ぎています」


今度は玉城がロボットのように淡々としゃべった。

感情など入れれば怒りが込み上げてくるのはわかっていた。

長谷川はやはり面倒くさそうにカチャカチャと無言で検索をしている。

もっと違う反応を期待した玉城は、ほんの少し長谷川に失望した。


その長谷川の手が止まった。求める記事を発見したらしく画面を食い入るように見ている。


「どうしてこんな単純な事件が未解決に終わるわけ?目撃者はいたんでしょ?

あきらかに怪しい養父母はちゃんと調べたのかな」

「目撃者も視力の弱い老人だったし真夜中だった。単純な事件ほど難しいのかもしれないですね」


二人はしばらくじっと画面を読み続けた。

内容は里井が話してくれたものと大差はなかった。


「この養父母、リクが退院した後自家用車で事故死してるじゃない!」

関連記事に目を移した長谷川が少し驚いた声を出した。

「リクが退院してすぐですね。里井さんも何かの因縁を感じて背筋が凍ったって言っていました。」


「リクは・・・・」長谷川が言いかけた。

「え?」

「リクは本当に自分を殺そうとした犯人を見ていないんだろうか」


玉城は眉間に皺を寄せて長谷川を見た。

「それはどういう意味ですか?」

「リクは嘘つきなんだよ。」

長谷川は意味ありげに横に立つ玉城を見上げた。

「そんなこと隠して何になるんですか」

「そんなこと知らないよ」

長谷川が少しむくれたように言う。

「仮に犯人を覚えてたとして、どうだっていうんですか」

なぜか突っかかった言い方になったが、玉城は長谷川が言わんとしていることがわかっていた。

だが、それはあまりに非現実的だ。


長谷川は玉城を無視するように淡々と記事に目を通していった。

「養父母の乗った車は原因不明のトラブルで崖から転落。そして炎上。

運転していた夫がハンドル操作を誤ったのか、心臓発作でも起こしたのか。

遺体は司法解剖も叶わないほど焼けこげていたらしい。」


「度重なる不運ですよ。リクの周りで起こった」

「じゃあ、その2つは何の関係もない?」

「あるわけないです」

「リクが本当は犯人を見たんだとしても?その犯人が身近な人間で、言い出せなかったとしても?

けれども、あとから憎しみがわき上がってきたとしても?」

「何が言いたいんですか、長谷川さん。そんな勝手な仮説立てないでくださいよ」


「でも、10歳の子供に大人は殺せないよ」


「え?」


玉城はハッとして長谷川を見た。


「そんなこと、不可能だよ。子供に」

長谷川は玉城の目を覗き込んで続けた。


「そう言って欲しかったんでしょ?玉城は」


「・・・・・」


玉城は言葉が出なかった。


「だから私にこの記事を見せたんでしょ?」

長谷川はニヤリと笑うとPCの電源を落とした。

玉城は自分の心を見透かされたような気分になり、慌てて視線をそらせた。


「付き合ってもらって、どうもありがとうございました」

長谷川に一礼して、玉城は逃げるように編集室をあとにした。


“馬鹿げている。どうしてそんな発想をしてしまうのか。子供のリクを疑うなんて”


廊下の隅にポツンと置かれている観葉植物に目が行った。

少し毒々しい色をした大きな葉だ。


『その葉のエキスを体内に取り込むと、筋肉麻痺を起こして昏睡状態に落ち込んじゃうんだ』

そう言って笑った、きれいな横顔を思い出した。


ブンと頭を振る。


「バカじゃないか、俺は」


そう小さく呟くと、玉城は足早に階段を駆け下りた。



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