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2.鳥

玉城が一時的に借りている大東和出版の社員寮からバスで40分。

更に10分歩いた静かな住宅地にリクの間借りしている一軒家があった。


そこに向かう途中にある街路樹はいつも鮮やかな木の葉を揺らし、サワサワと心地よい木漏れ日を落とす。

玉城はその道を歩くのが好きだった。


2カ月前からリクが移り住んでいるその家はかなり年季が入ってはいるが、ログハウス風で可愛らしかった。

ダミーの煙突、とんがった屋根。ちょっと見ると教会のようでもあった。

リクを気に入って放さないあの画廊のオーナーの所有物らしい。

両隣に家は無く、後ろには自然公園とは名ばかりの雑木林へ入って行く道もある。

気まぐれに住む場所を移すリクもこの場所は手放せないんじゃないだろうかと玉城は思う。


人気のない公園を過ぎ、空き地の横のその家の前に立った玉城は、ポスト横のドアホンを押してみた。

しばらく待ったが反応がない。

留守なのだろうか。ドアレバーを引いてみる。

カチャリと軽い音を立ててドアが開いた。

そっと首を玄関に突っ込んでみた。


木の香りがする。

そして高校の美術室のような、絵の具と木炭の懐かしいにおい。

天上の高い、吹き抜けのリビング。ロフト部分まで見渡したが人の気配はない。

名前を呼んでみる。

反応はない。

玉城は少しムッとした顔でドアを閉めた。


「あのバカ、また鍵も掛けずに出かけてる」


何十回注意したか分からない。

あの部屋には引く手あまたな作品がいくつも置かれてるだろうに。

玉城はくるりと家に背を向けると、管理能力ゼロの野生児を探しに行くことにした。


彼が居るところなら見当はつく。

鳥を探す事に掛けては随分腕をあげた。

玉城はそう自負していた。



     ◇  



市街地の国道沿い。

にわかに作られた選挙事務所の中には大型送風機が取り付けてあったが、

熱気溢れる人たちを冷ますことは難しかった。


まさに今日告示日を迎え、市議会選にラストスパートがかかった。

須藤浩三は朝早くから詰めてくれていた後援会長の樋口に丁重に礼をいうと、

もう休んでくださいと、にこやかに帰途につかせた。


小さな印刷工場を営む須藤の人柄と熱意に惚れ込んだと、樋口は須藤を市会議員に推薦してくれた。

自分が後援会長を勤める。安心してほしいと。

以前他の無所属議員の後援会を仕切りみごと当選させた経緯をもつ樋口だが、

あの男にとってそれがステイタスであり自慢なのだと須藤は思っていた。

けれど、それでいい。どんな力を借りてでもこのチャンスを逃がすわけにはいかない。

やっと自分は浮き上がることができる。これが目的の場所ではない。

ここからだ。45にして、やっと自分の力を試せる時が来たのだ、と。


運動員や後援会加入者は樋口の力もありすぐに集まった。

大きな第一段階をクリアできたことは幸運だ。けれども難関は多い。

自分の会社でポスターやハガキの印刷ができるのでその分切りつめる事はできるが、

それでも期間前にすることは山ほどあり、低予算で上げることはなかなか難しい。

そのせいもあって須藤の妻は未だに渋い顔をしている。

家族で戦う事が美徳になっている選挙戦だが、妻は工場の手を休めるわけにはいかないと

事務所にも顔を出さず、ずっと家業につきっきりだった。


「駅立ち、お疲れさまでした。昼食後1時から三原地区で街頭演説、その後は車で街宣します。ウグイス嬢は3時にここに来る予定になっています」


そつなくキビキビと仕事をしてくれているのは運動員リーダーの山ノ上の長女だ。

須藤は頷いた。

壁には一面に自分のポスターが貼ってあり、にこやかに笑いかけている。

高校時代からラグビーで鍛えたがっちりとした体と力強さは、その歳になっても様になっている。


絶対に登りつめてやる。

あの頃の自分はもう居ない。ここからなんだ。

須藤は拳を握りしめた。


「高田の小学校前のポスターに落書きされていたそうです。張り替えて貰うように手配しました」


「ああ、すまないね」


“きっと小学生だ。クソガキめ。”

一瞬心によぎった汚い言葉を押し込めて、須藤は穏やかな調子で答えた。

自分を見つめている自身のポスターには「子供達の明るい未来のために」と書かれている。



電話のベルが鳴る。

FAX 用の回線だ。すぐにFAX独特の電子音が鳴りはじめ、受信を開始した。


須藤の顔が青ざめる。


席を立とうとしたスタッフを「あ、いいよ」と作業に戻らせて須藤はFAXに近づいた。

平静を装ってはいるが須藤の腹の底はすでに怒りで煮えたぎる予感に満ちていた。


“またあのファックスだ”


ピーッという終了音と共にファックス用紙を引き抜き、チラリと見ただけでそれをシュレッダーにかけた。

その場にいるスタッフに見られていないのを確認すると須藤は少しホッとした。

けれどもその苛立ちは収まらない。

発信してきた人物がもしもこのファックスの中に居るのだとしたら

須藤はすぐさま叩き壊していたに違いない。

自分以外の人間にこの文面を見られたら、と思うと、それだけで胃が痛んだ。

たった一枚の紙切れに踊らされることが情けなくいて腹立たしくて気持ちのやり場が無かった。


“自分の人生に石を投げ込む奴は許さない!”


須藤は細切れになって排出されるファックス用紙を怒りにまかせて睨みつけた。

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