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18.お守り

「何て顔してんだよ。もっと笑えよ」

一眼レフを構えた玉城が苛立った声をリクに投げかける。

猟銃を構えた密猟者を威嚇する獣のように、険しい顔つきでリクはカメラを睨みつけた。


あきれたようにカメラから顔を上げる玉城。


「OKしてくれたのはリクだろう? いい加減、普通に撮らせろよ」

「何で玉ちゃんが撮るんだよ」ムスッとした声でリクが言う。

「知らないよ、長谷川さんにお前が撮れってカメラ渡されたんだから。

それともあれか? 美人の女性カメラマンとかが良かったか?」

「嫌だよ」

「じゃあ大人しく撮られろ。ワガママな奴だなあ」


玉城は呆れ顔で目の前の椅子にふてくされて座っている気難しい青年を見た。

原稿は入稿済みだ。今日中に写真を上げなければ発行日さえ危ぶまれる。

きっと長谷川はピリピリしながら苛立って待っていることだろう。

玉城は溜息をつきながら何となくリクの部屋を見渡した。


窓からは薄いシェード越しに柔らかい木漏れ日が差し込んでくる。

微かな木の匂いと、どこからか聞こえてくる小鳥のさえずりが心地いい。

窓の外のケヤキは穏やかに揺れている。

リクの周りの空間は穏やかだった。

と、言うことは目の前の青年の機嫌も実は悪くは無いのかもしれない。

そんな風に思ってしまう自分が奇妙で、玉城は可笑しくなった。


「なあ、リク」

「なに」

リクが不機嫌そうに返事をする。


「この間あげたお守り、覚えてるか? あれって結構効果あったんじゃない?」

「え・・・・どうして」

「最近あまり変な奴らに付きまとわれずに済んでるだろ?

やっぱり魔よけの効果は絶大なんだよ、あのお守り」


リクは何となく居心地悪そうに視線を動かした。

「え?そうじゃないのか? やっぱり何か出る?」

「いや、大丈夫だけど」

「ほらみろ。そうだろ? 感謝しろよ。霊とかお化けの類には、なるべく会わない方がいいんだ」


「・・・うん。そうだね」リクは柔らかく笑った。

その瞬間を玉城は逃さなかった。


オートフォーカスがギュンと唸り小気味よいシャッター音がカシャリと響く。

「おお! いいの来た!」

満足そうに笑う玉城。


「ねえ、玉ちゃん。やっぱりごめんね。あのお守りさあ・・・」

そう言いかけたリクをカシャリとまたファインダーに収めた後、玉城が「何?」と聞いた。


「あのお守りさあ、やっぱり効かないと思う」

「え? 何で?」

カメラから顔をあげる玉城。

「あのお守りはずっと玉ちゃんが持ってるんだよ」

「へっ? 俺が?」

「うん。貰ったあの日、玉ちゃんのバッグのポケットに押し込んだから」

「えーーーっ。そうなのか?ひっでぇーーー!」

玉城は足元に置いてある黒いショルダーバッグを持ち上げてサイドポケットを探った。


「あった」

「ね?」

「ね? じゃないよ。酷いなあ、人の親切を」

「ごめんごめん、僕より玉ちゃんの方が必要かと思って。つい」


「俺はそんな体質じゃないんだって。しつこいなあ。・・・・あ。

でもさあ、俺の方こそ何も出てこなかったんだから、やっぱりお守りは効いたってことだろ?」

そう自身げに言ってまたカメラを構える玉城。


リクは真っ直ぐにファインダーの向こうの玉城を見て、優しげな表情で言った。

「そうだね。“真実がすべてじゃない”・・だね」


どこかで聞いたセリフだと思いつつも気にせずに玉城は、

今日一番の柔らかいその表情をカシャリと捉えた。

「よし、バッチリだ。俺ってカメラマンの才能もあるな。リク、次号はさらに期待しててくれよ!」


「しないよ」

満足げにはしゃぐ玉城を見ながら、リクは溜息混じりに呟いた。



     ◇



上機嫌でリクの家を後にし、自分の寮の階段を登っていた玉城の携帯に長谷川からの着信が入った。


「どう?」

「バッチリですよ。何ならこれからカメラマンとしても使って欲しいくらいです」

「調子いいわね」あきれた声の長谷川。


玉城は自分の部屋の前まで来たところで立ち止まり、鍵を探した。

その玉城の横をヒョロリとしたメガネの青年が通り過ぎていく。

青年は軽く玉城に会釈すると、左隣の部屋の鍵を開け、何の躊躇もなく入っていった。


「あれあれ?」

携帯を持ったまま思わず声を出す玉城。

「何? どうした?」

「いえね、僕の隣の部屋って、グリッドの編集の女の子が住んでるはずなんですけど」


そう言いながら玉城はチラリとその部屋のネームプレートを覗き込んだ。

そこには「松宮」と書かれている。


「編集部の子? 誰よそれ」

「ヤマネさん」

「・・・・・は?」

「だから、編集部のヤマネさん」

「山根由梨ちゃん?」

「そう、そんな名前だった」

「居たけど、もう6、7年くらい前に事故で亡くなったわよ」


「え?」


「もしもし? 玉城? 何で由梨ちゃんのこと知ってんのよ」


「え?」


「玉城?」


長谷川の太い声も、次第に遠のいて行った。


「玉城? 聞いてる?」





『ごめんね、あのお守り、やっぱり効かないと思うよ』


気遣うような、申し訳なさそうな、リクの言葉が蘇ってきた。


同時にゾクゾクと足元から背筋へ冷たい感覚が這い上がってくる。

玉城はゆっくりとショルダーバッグのポケットから、あの朱色のお守りを取り出して眺めた。


・・・全部お見通しかよ、リク・・・


次に会ったときは素直に敗北宣言しなきゃいけないな、と玉城は思った。


あのお守りは、全然効果なかったよ・・・・と。

 


                   (END)



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