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16.君が求めた真実

「え?」

思わず玉城は聞き返した。

リクはまだ仰向けになったままじっとしている。


「僕はずっと、あの養父母がやったんじゃないかと思い続けてた。

でも、もしそうじゃなくて、あの男だったんなら・・・」

「だったら?」

「そうだったらいいのに・・・って思う」

「・・・」


「聞いたんだ。さっき家を飛び出す前に、須藤さんに。

僕を殺そうとしたのはあなたですか? って。でもあの人は一瞬、何のことか分からないみたいだった。

僕の事件はあの人の記憶には残ってなかった。関わっていなかった。やっぱり、あの人じゃなかったんだ」

リクの声は、消えそうに頼りなかった。

それはまるで、罪を犯した人間が懺悔をする時の声に聞こえた。


「お前は、そんなことが聞きたくてこんな危ない真似したのか?」

「・・・14年間、ずっと聞きたかったんだ」


玉城は何か言おうとしたが、言葉に詰まってしばし黙り込んだ。

あきれると同時に、自分はこの青年を酷く誤解していたのではないかと思い始めていた。


玉城は何処かで、養父母の死はリクが仕掛けたのではないかと思っていた。

透明でありながらも、底知れない不安定さを感じるリクの何かを恐れていた。

けれど大きな間違いだったのかもしれない。この青年は・・・・。


「お前、信じたかったんだよな。その二人を」


玉城の言葉にリクは居心地悪そうに視線を反らせた。


・・・この青年はただ信じたかっただけなのだ。

短期間でも親代わりになった養父母を。

あの優しさは偽りの仮面ではなく本物だったと、信じたかっただけなのだ。

そして自分が一瞬でも疑い抱いてしまった殺意に、幼いあの日からずっと苦しんでいた。

10歳の少年の背中を焼いた忌まわしい犯人はもう、永遠に分からない。

危険を承知で探り出した今回の答えも、リクを救ってはくれなかった。・・・



「真実がすべてじゃない」

玉城が数分間の居心地の悪い沈黙を破った。


「え?」

「リクを襲ったのは、養父母の二人じゃないよ」

「・・・どうして?」

リクは困惑したように玉城の自信ありげな顔を見上げた。


「俺がそう決めたから」

「・・・?」

「俺が決めたから、もう決まりなんだって。

あれはタチの悪い大悪党が通りすがりにやってしまった犯行なんだ。

奴は今頃、別件で逮捕されて鉄格子の中でヒーヒー言ってるんだ。

でも、絶対出て来れない。終身刑さ。なんてったって、大悪党だから!」

「なんだよそれ。無茶苦茶だよ」

リクは可笑しそうに笑った。まだ脇腹に力が入らなくて、辛そうではあったが。

そして、確認するように聞いてきた。


「玉ちゃんの言ったことが真実?」

その口調はまるで何かにすがる時の幼い子供のようでもあった。


「ああ。神に誓って真実」

「じゃあ、信じる」

「仏教徒だけど、いいか?」

二人はまた可笑しそうに笑った。


雲がゆっくりと動くのが見えた。

薄くなった部分から大きな丸い月がボンヤリと姿を現す。

やんわりと辺りの木々の輪郭がはっきりと見え始めた。

月の明るさを、玉城は初めて実感した。



「何か楽しそうじゃないの」

すぐ側で、太く力強い声がした。

いつからそこに居て二人の話を聞いていたのか、長谷川が腕組みをして立っていた。


「あ!忘れてた。長谷川さん、大丈夫でしたか?」

「忘れてたって何よ。失敬な」

だが声は柔らかい。

長谷川がここに居ることに驚いているリクの所に、その女編集長はドスドスと近づき、しゃがみ込んだ。


まるで医者がするようにリクの顔を両手でつかみ傷の具合を確かめ、何の躊躇もせずシャツをめくり、

打撲で青くなった脇腹を触診した。

リクは戸惑いながらも、じっとしている。

野戦病院の医師さながらの、その慣れた手つきに玉城も思わず「どうでしょう、先生」と言ってしまいそうだった。


「タクシー呼んだから。車道まで歩ける?」

長谷川が事務的にリクに言った。

「タクシーって・・・なんで?」

「怪我したら病院に行くのよ。人間は」

「いいよ。こんなのすぐ治るから」

「じゃあ、もう一発殴って行く決心付けさせようか?」

「なんでだよ」


淡々とやり取りする二人が奇妙で可笑しくて玉城はこっそり笑って見ていた。

乱暴に口を利くこの敏腕編集長は、あのメール一本で他の仕事を差し置いてここへ飛んできたのだ。

つい玉城は、長谷川の耳元でささやいてみたくなった。

『あなたは子供の頃、好きな子にワザと憎まれ口を叩いてしまうタイプではなかったですか?』と。


「な? リク。携帯持ってて正解だったろ。いざって時には絶対必要なんだって」

玉城は自分の手柄のように自慢げに言った。

「携帯?」

「俺に掛けて来ただろ?電話。話し中で悪かった。来て欲しかったんだろ?」

「そんなんじゃないよ」

ムスッとしてリクが返す。

「じゃ、何だよ」

リクは一瞬戸惑ったように間を開けた。

「あれは・・・。そうだ、写真を・・・載せてもいいよって言おうと思って」


「写真を!?」

玉城と長谷川が同時に叫んでリクを見た。

リクは何か変な事を言ったのかと不安そうに二人を交互に見返す。


「よし、そうかリク。じゃあすぐに病院行こう!」玉城がニヤリとした。

「だから、いいって」

「怪我、治せって」

「そんなに酷い?」

「せっかく撮るんだからさあ」

「せっかくって何だよ」


ムッとしてリクがゆっくりと上半身を起こし掛けたとき、

家の前の車道に滑り込んできたタクシーのライトが辺りを照らし出した。

それを確認すると、まるで当然のように脇から手を入れ、がっしりとした腕で長谷川がリクを支えて立ちあがらせた。

「いいよ、歩けるから!わかった、行くから放してって!」

慌てるリクを、少し離れた所でニヤリと笑いながら玉城は眺めていた。

長谷川にはとてつもなく安心感がある。

彼女に任せていれば地球は救われる。そんな気までしてくる。


長谷川はリクを車に乗せて何か少し話をした後、車には乗らず、くるりと玉城を振り返った。

「このきかん坊はあんたが連れて行って。私はあの男の始末をつけるから」


・・・すっかり忘れていた。


あの男は長谷川に殺されやしないだろうか。

地球は救われてもあの男は救われない気がする。

ほんの少し不安はよぎったが、玉城は長谷川に「了解」と、大きく手を上げて合図した。




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