15.月の見えない空
もうすっかり暮れてしまった空は雲っているのか月あかりもない。
更に郊外の住宅地であるため家からもれる灯りもまばらで寂しかった。
僅かに灯る街灯を頼りに、玉城は目を凝らして人影を探した。
大声でリクの名を呼んでみた。
返事はない。
遠くまで行ったのだろうか。
だが、家の裏手にある林の木々がザワリと葉を揺らした。
リクがいつも入り込んでいる雑木林だ。
まさか、そんなところに・・・と思うところに探し物はあるものだと、改めて玉城は思った。
その林のほんの入り口。少し傾斜した草の上にリクは横たわっていた。
少し離れたところに立つ街灯の明かりを頼りに玉城は恐る恐る近づいていく。
草を踏む音にもリクは反応しない。白いシャツの肩口が赤黒く染まっているのが見えてくると
玉城は胃の辺りがズンと重くなった。
「リク。・・・大丈夫か?」
近くまで行くと、玉城はそっと声を掛けた。
閉じていた目をゆっくり開け、首だけ動かして玉城を確認したリクが小さく「うん」と答えた。
けれど更に近づき、その酷い状況を見て玉城は顔をしかめた。
額のキズからの出血は左肩を真っ赤に染め、
裾のめくれたシャツの間からは殴られたアザが青黒く浮かび上がっていた。
「ちっとも大丈夫じゃ無いじゃないか。いったい何があった。あの須藤って男と何があったんだ?」
リクは不安そうな表情を玉城に向けた。
「家に入った?あの人は大丈夫だった? 僕、鉄の棒で思い切りあの人を殴ったんだ」
「あの男の心配してる場合かよ! お前殺されかけたんだろう? たとえ大怪我させたって構うもんか」
玉城は鼻息を荒くしてリクに覆い被さるように詰め寄った。
「なあ、もうこの際だから聞くけど、あの須藤って男が、昔お前に怪我させた奴なんだろ?」
いきなり今まで話題にもしていない過去の話を持ち出され、
リクは驚いたように目を見開いて玉城を見上げた。
「何でそんな事を・・」
「調べたんじゃないぞ。偶然知ったんだ。
なあ、そうなんだろ? リクが覚えてたんで、あいつが口止めに来たんだろ?」
「そうじゃないよ」
「・・違うのか?」
玉城が甲高い声を出した。
「あの人が殺そうとしたのは、僕の養父母なんだ」
「・・・え?」
「あの人が何度も養父母と金の事で揉めて言い争いをしてたのを知ってた。
殺してやると言ってたのも聞いた。
ある晩、僕はあの人が養父母の車のボンネットを開けて鬼のような顔で何か細工をしてたのを見ちゃったんだ。
目が合った。僕は逃げたけど、あの人は追って来なかった。
数時間後、車で出かけた二人は、車ごと崖から落ちて炎上したんだ」
そこまで抑揚を付けずポツポツと喋るとリクは、脇腹を押さえるようにして黙り込んだ。
「・・・それで、その事は誰にも言わなかったのか? 今の今まで」
「言わなかった」
「どうして。仕返しが怖かったのか?」
「望んでいたから」
「何を」
「養父母に、何かよくないことが起こるのを」
「え?」
玉城は改めてリクを見た。
リクは仰向けに寝たまま、感情の読めない目を真っ暗な空に向けていた。
「僕を殺そうとしたのは養父母の二人じゃないのかって、入院中ずっと考えてたんだ」
「じゃあ、本当に襲われた時の事は覚えてないのか?」
玉城は再び身を乗り出した。
「あの二人は優しかった。でも愛情なのか、僕の後ろにあるお金のためなのか分からない優しさだったよ。
彼らはあの時、とてもお金に困ってた。いつもお金の事で喧嘩していた。
あの須藤って人から土地も工場もすべて巻き上げなければならないほどに切羽詰まってたんだと思う」
「じゃあ、金のために養父母がリクを殺そうとしたと?」
「・・・僕とあの人は共犯なんだ。僕はあの人が犯罪を犯すのを知ってて見逃した。
どこかで養父母がいなくなることを望んでいたんだ。
でも、あの人は僕が怖かったんだね。誰かにバラすんじゃないかって、ずっとビクビクして生きてたんだ。
可愛そうなことしたよ」
「可愛そうなもんか!」
突然の玉城の大声に、リクはビクリと体を震わせた。
「犯罪者じゃないか!罪も償わないでのうのうと生きて!とことんビクビクし続ければいいんだよ。
ただその現場を見てしまった10歳やそこらの子供とは訳がちがう!」
「玉ちゃん」
「大体リクはなあ!なんであの時『自分はあんたのこと覚えてます』みたいなことを須藤に伝えたんだよ。
あの時ノートに何か書いたんだろ?
あいつはお前が覚えていないことを確認できたらこんな事をしなかったろうに!」
「・・・なんで分かった?」
リクは心底驚いたように玉城を見た。
「何でかって、こっちが聞いてるんだろ?」
玉城は心配した分の苦渋を怒りに変換させてリクにぶつけた。
リクは再び視線を真っ直ぐ漆黒の空に向けて、小さく答えた。
「聞きたいことがあったんだ。あの人に」
「聞きたいこと?」
「14年前、僕を殺そうとしたのは、あなたではないのですか?・・って」