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12.弱さ

一方、いきなり電話を切られてしまった玉城。

セルフ式カフェのテラスで、すでに飲み干したコーヒーのカップを前に仏頂面だった。

「もう昔の話だし・・って。思いっきり掘り起こしてるのは長谷川さんじゃないか」

ムスッとして携帯にぼやくように呟くと玉城はOFFのボタンを押した。

それと同時に着信履歴が一件、画面に表示された。

長谷川との通話中に掛かってきたらしい。


相手を確認して驚いた。リクからだ。出会って初めての電話だった。


慌てて掛け直してみた。

けれどすでに電源が切られているか、あるいは圏外なのか全く通じない。

リクが自分に電話する用事とは何だろうと一瞬頭を巡らせてみたが、思い当たらなかった。

唯一あるとすれば『気が変わった。取材はやはり断る。二度と来ないでくれ』

という注文くらいだろう。


だったら電話は繋がらなくて良かった、と玉城は思った。

それは自分の仕事の失敗を意味する。

たとえ今までの情報であと2回分の記事を書けたとしても、それは玉城の中で失敗なのだ。

相手の心に突き放されて書く記事など死んだ文章だ。


遠くの選挙カーからしつこく立候補者の名を連呼する声が聞こえてくる。


ふと先程の長谷川の言った内容が玉城の頭をよぎった。

リクと須藤が互いに交わした小芝居。

なぜそんなことをする必要かあったのだろう。

須藤は何を警戒していたのか。

『接点がないなら、何も起こらないだろう』

長谷川は言った。

あの時、何も接点は無かった。

リクに変わった様子は無かったか、長谷川は聞いた。

無かった。

少し不機嫌だったのは、玉城がワザとサインなんかさせたせいだ、と思っていた。


---違うのか?


『玉ちゃんのせいだからね』

そう言えばリクはそう言った。

俺のせいって何だ?サインか? 接点・・・サインか?

『後悔するなら、やらなきゃいいのに・・・って思う』

そう、確かリクはあの時そう言った。


何をしたんだ?リク。


『リクの背中の傷にあの男は関係しているかもしれない』長谷川の声が頭をよぎる。

何をしたんだ?須藤は。

なぜ初対面だと嘘をつき、リクが自分を覚えているかどうか確かめに来たんだろう。

リクも初対面を装った。

嘘をつく。

リクが身を守るために身に付けた手段。

あの時リクは何から身を守ろうとしたのか。---


すでに答えは次のページをめくればそこに書いてあるような気がして

玉城は鼓動が少し早くなるのを感じた。


---リクは自分を殺そうとした犯人を覚えていたのではないのか?

たとえばその男が自分に近づいて来たら---


あの日リクは何かに怯えていたのかもしれないと玉城は思った。

ちゃんと名演技で初対面を装ったというのに。


『玉ちゃんのせいだからね』


玉城が促したのは、サインだけだ。

---サイン? いや、サインではなかったのか?---


「あのバカ、あのノートにいったい何を書いた!!」


玉城は慌ててもう一度リクに電話をかけた。

だがやはり繋がらない。

一瞬考えて今度は長谷川にかけてみた。しかしこちらもダメだった。

椅子から半分腰を浮かせるようにして長谷川に宛ててメールを早打ちする。


『接点はありました。リクは須藤のノートに何か走り書きをしてたんです。

今、リクから電話がありました。リクの所へ行きます』


送信すると玉城はトレーをかたづけるのも忘れ、走り出した。


   ◇


リクは電源を切った携帯をコトンと壁際のチェストの上に置いた。

・・・自分はなぜ、玉城に電話をかけたのだろう。


ゆっくり首だけ動かして部屋を見渡す。

自分はたった一人なのだという事実を確認するように。


あの時玉城を非難する言葉を投げた事を後悔していた。

玉城のせいであるはずがない。

自分の弱さと狡さと甘えが腹立たしかった。


---すべて自分のせい。今日やったことも、14年前の出来事も、これから起こるかもしれない事も。

自分の罪だから---


外はすでにすっかり暮れていた。

閉めた窓の外からは気の早い虫の声が聞こえてくる。

決して肌寒い季節では無かったが、リクの指先は冷え切っていた。


風が吹き始めたのか、窓の横に立っている大きなケヤキの木がザワザワと騒ぎはじめた。

遠くで大型犬らしい犬の遠吠えがひとつ聞こえた。


“来るよ”


優しくもない、ただ騒ぎを面白がる(やから)たちが無責任にリクの耳元でささやく。



“来るよ”



リクがひとつ大きく息を吸い込んだ、その時。


玄関のベルが大きく部屋に鳴り響いた。

ビクリと肩を震わせ、リクはドアを振り返った。

ドクドクとハンマーで打ち付けられるように心臓が鼓動する。

体が動かない。


そしてリクは改めて理解する。

自分は玉城に助けて欲しくて、そばにいて欲しくて電話をしたのだと。



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