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11.疑問

外回りの帰り、私鉄の改札を抜けたところで長谷川の携帯に着信が入った。

知らない番号だ。

とっさに里井だろうかと思い、電話に出る。


「長谷川さん?」

「誰?」

「誰って・・・玉城ですよ。やぱり僕は登録されてないんですね、携帯に」

心底がっかりの様子の玉城に柄にもなく長谷川はクスリと笑った。

「どうした?」

「すみません。写真はきっぱり断られました。

もう少し慎重にするべきでした。野生の犬はなかなか心を開いてくれません」

「今度は野犬?あんた前、鳥だって言ってなかった?」

「いろいろ変化するんです」

「手こずってるってこと?悪いけど第二稿は今週中に入れてもらうよ。

この電話が締め切りを延ばせって要望の電話なら今すぐ切るけど。こっちも忙しいんだよ」

長谷川はきっぱりと言ったが、口元は柔らかかった。

「待って下さいよ!あ、いや、締め切りじゃなくて、電話は切らないでください。

僕だってプロです。締め切りは守りますよ」

「それなら結構。リクを特集した号は予約、売上げ共に伸びが凄いのよ。責任重大だからね」


「あ、それで思い出しましたよ。前号の効果、この目で見ちゃいました。

さっきリクのファンだって人がグリッドを見たと言ってリクに話しかけて来てくれたんです。

あれはちょっと感動しますよね。それに、思いがけない人物だったんです」


長谷川は一瞬黙り込んだ。

「・・・その人、なんでリクが分かったのかしら。写真も載せたこと無いのに」

興奮気味の玉城もほんの一瞬考えるように間を開けた。

「そう言えばそうですね。何処かで見たんでしょうかね。個展とか」

「あいつは個展しないよ。・・・で?誰だったの?」

「それがですね、今ちょうど市議会選に出馬している須藤って人でした」


「須藤!?」

長谷川は一瞬デジャブのように脳裏を横切った名前を引き戻して反芻した。

ついさっき、その名前を聞いた。里井とのやり取りで。


「ねえ、玉城。」長谷川は声のトーンを落とした。その先は慎重に進めたかった。

「はい?なんですか?」

「いい?よく思い出して答えてよ?」

「・・・な、なんです?」

戸惑うような玉城の息づかいが伝わる。

「その男はどういう風にリクに声を掛けてきた?」

「どういう風にって・・・そうですね、人違いだったら恥ずかしいなって感じで、

そっとリクに近づいて『ミサキリクさんですか』って。・・何か変ですか?」

「そしてリクは何て言ったの?」

「もちろん『はい』って言いましたよ。・・・ねえ、いったい何ですか、長谷川さん」


「そのあと男は何て?」

「ええ?そのあとですか?・・どうだったかな。グリッドを読んだ、会えてうれしい、とか

そんな感じじゃなかったですかねえ」

「リクは?リクはどんな感じだった?」

さらにしつこく長谷川は食い下がる。携帯を握る手に知らずしらず力が入っていた。


「リクは、相変わらずですよ。特に嬉しそうでもなく、迷惑そうでもなく。無関心、無感動」

「無関心?」

「ええ」

「じゃあ、分からなかったのかな。その男が誰か」

「リクは知ってましたよ。須藤さんのこと。リクが教えてくれたんです。

出馬している須藤さんだって。ああ見えて市政に関心があったりするんですかねえ」


長谷川は一瞬固まった。

電話の向こうの玉城にもその不自然な沈黙が異様に感じられたのかも知れない。


「ねえ、長谷川さん、どうしたんです?何がひっかかるんですか」

「玉城、須藤って男はどんな様子だった?リクが無反応で」

「いや、会えたのがよっぽど嬉しかったのかニコニコ上機嫌でしたよ。

よっぽどファンだったんでしょうね」


「どうしてだろう」


あまりに小さな声で長谷川が呟いたので、玉城は思わず聞き返した。

「え?なんです?」

「何でそんな小芝居が必要なんだ?」

今度は自分に問いかけるようにはっきりした口調で長谷川は言った。


「小芝居って何です。どっちが芝居してたって言うんですか」

「どっちもだよ」

長谷川は苛立ったような声を出して続けた。

「あの二人は知り合いなんだよ14年前の。リクは子供だったから忘れても仕方ないと思っていたけど覚えてた。まして須藤って男がリクの事を知らずに近づいたなんてあり得ない。グリッドのプロフィールを見たなら尚更。

名前だって本名だし、何度も押し掛けた家の子供だ。リクを知らないはずはない」


「長谷川さん、ちゃんと説明してくださいよ。それにいったい何の意味があるんですか」

さすがに少しイラッとした感情が玉城の言葉に混ざり始めた。

「あの二人に何があったんですか」


「あんたが知りたがってたことよ」

「え?」

「リクが殺されそうになった事件。あそこに繋がってるはずだよ、あの男は」

「・・・・」

今度は玉城が黙り込んだ。


「リクの様子、変じゃなかった?」

長谷川は再び慎重に質問してみた。

じれったいほどの沈黙の後、玉城がポツリと言った。


「変でした。いつもと同じように」

「まあ、わかるけど」

「ねえ、長谷川さん」

「ん?」

「須藤さんはなぜリクに近づいたんでしょう。リクが自分のことを覚えてるかどうか、

なぜ今確かめに来たんでしょう。こんな大変な時期に」

「あるいは、こんな大事な時期だからかもしれない」

「・・・」

「でもさ、・・・・・何も起こらないよね。もう何にしたって昔の話だし。リクは忘れてしまった振りをした。

須藤も忘れられたと思ってる。二人に接点はもう、ないと言ってもいいよね」

少しもスッキリとした風ではない、不安要素たっぷりのトーンで長谷川は話を無理矢理まとめた。


玉城がなにか言いたそうな気配を感じたが、

「玉城、報告ありがとう。写真のことはまた考えるよ」

早口にそう言うと長谷川は一方的に電話を切った。


一気に地下鉄の階段を降り、ちょうどタイミングよく滑り込んできた電車に飛び乗る。


---すっきりしない、もやもやした不安が残っている。なぜだろう。

まあ、どうでもいい。あいつに気を揉むのはやめよう。あいつの一番嫌がりそうな事だ---


長谷川は圏外表示になった携帯をバッグに押し込むとドアにもたれ掛かり、

次の打ち合わせに無理矢理頭を切り換えた。



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