第14話 第3の魔女
——翌日。
直人とメルはいつもと変わらない日常に戻っていた。そもそも春華の依頼に答えること自体が、直人たちにとっては日常といえば日常だ。しかし、いつもの仕事とは違うこともあった。
「これで今回の依頼は一件落着カナ?」
メルはやれやれといった仕草で、直人に確認する。
「そうだな。今回は俺もすごく勉強になったよ。欠陥だと思ってた俺の能力も役に立つことがあるんだな」
「最初はあんなに嫌がってたくせにネ~」
茶化すように直人の頭に手を乗せる。だが、今の直人はまったく気にならなかった。
「欠点は、必ずしも欠点じゃないんだな。それが良く分かったよ。人によっては、その欠点が役に立つこともあるんだもんな」
直人は、それまで抱いたことのない気持ちを抱いていた。基本的にネガティヴ思考な直人は、これまで自分の欠点が誰かの役に立つなど考えたこともなかった。直人にとって、欠点はできればない方が良いものでしかなかった。
「そうだヨ。だからサ、もう、依頼を受けないなんて言わないでヨ」
「分かってるよ。俺は俺にできる仕事を全力でやる。結局、それしかできないからな」
「良かった。これで、ボクのチョコレートは安泰だネ」
冗談のようなセリフだが、メルはいたって真面目だ。チョコレートを継続的に摂取できるかどうかは、メルにとって死活問題になる。
「依頼が来れば……だけどな」
「そういえば!! 春華から報酬もらってないじゃないか。もらわなくて良いの?」
重大なことを忘れてたと頭をかかえるメルとは対照的に、直人は落ち着いていた。
「良いんだよ。お前の言うとおり、最初散々嫌がって振り回しちゃったからな。その迷惑料ってことで報酬はもらわないよ」
直人はそう言うと、新たな依頼の有無を確認するため端末に目を落とす。そのとき、入口ドアの鐘が威勢よく鳴った。音に驚いた直人が慌てて顔を上げると、そこには春華と冬華が仲良く並んで立っていた。
「こんにっちわー!! 先生! メルちゃん! 元気?」
春華は直人とメルの姿を確認すると、元気よく手を上げて直人の許可を待たずに事務所の中に入った。その後を遠慮がちに春華がついて歩く。
「昨日、会ったばかりじゃないか。元気に決まっているヨ」
「それもそうか。あのさ、今日はちょっと2人に話があってきたんだよ」
「話? 君たちの依頼はもう解決したと思ったけど、まだ何かあるの?」
直人が怪訝な顔を向けると、春華が慌てたように首を振る。
「違うんです。依頼ではなくて、私たちからのお礼と言いますか、お願いと言いますか……提案があるんです」
「提案? 提案ってどんな?」
ますます、話が見えずに直人は、首をかしげる。
「はい。昨日の夜、ウカちゃんと相談したんですけど、先生とメルちゃんさえ良ければ、うちの応接室を事務所代わりに使っていただけないかな、と思いまして」
「え~~~!! あの大きな部屋を使っていいの? そんなの断る理由がないヨ。ネ? ナオ」
直人が反応する前に大声が響く。メルはバンザイの姿勢で固まっている。いや、銃口を向けられたときのようなポーズの方が近いかもしれない。いずれにしても春華の提案は、メルと直人の度肝を抜いた。
「それはありがたいことだけど、そこまでしてもらうほどのことを俺たちはしていないよ。だから、迷惑をかけるわけにはいかない……」
「直人~。迷惑なんかじゃないんだよ。そうやって、他人から向けられる好意を、全部ネガティヴに捉えちゃダメ!」
冬華は、直人に向けて両腕でばってんを作る。それから、腰に手を当てて人差し指を立てると話を続けた。
「それに、私たちにメリットがないわけじゃないしね」
「メリットってどんなメリットがあるの?」
直人が尋ねると、冬華はよくぞ聞いてくれましたとばかりに身を乗り出した。
「私たちは、こんなにか弱い女の子2人でこれから暮らしていくんだよ? 何かあったらって思うと怖いじゃん。そこで直人やメルちゃんが一緒にいてくれたら安心だな~って。直人は男の人だし、メルちゃんは良く分からないけど、かわいいし。私たち、親しくしてる人もいないし、他に頼める人いないんだよ」
「ちょっと待て!! それって事務所を移すだけじゃなくて、一緒に暮らすってことか?」
追い討ちをかけるような話に直人まで大声をあげる。メルは手を上げたまま天井すれすれまで浮き上がっている。
「ご名答!!」
直人とメルの反応とは裏腹に、冬華は簡単なクイズに正解したくらいの軽い調子でウインクした。
「いや、それはいくらなんでも……」
「それじゃあ直人は、私たちが夜寝ている間に暴漢に襲われても良いっていうの?」
「そういうわけじゃないけど……」
冬華は、直人の逃げ道を先回りするように言い訳の出口を塞いだ。
「ウカちゃん。脅すようなことはダメですよ」
少し強引な冬華を春華がたしなめる。春華の方が一応は妹ということになっているが、この姉妹にはどちらが姉でどちらが妹かはあまり関係がないようだ。それから、やんわり冬華を肯定するように付け足す。
「でも、不安なのは本当なんです。父は魔法を奪う者がいるかもしれないと思っていました。父の思うとおり、魔法を奪おうとする者が現れるんじゃないかと思うとやっぱり怖いんです」
「その心配はないと思うけどネ~。でも、ボクはあのお屋敷で暮らすことに賛成だヨ」
ようやく落ち着きを取り戻したメルは、3人の目線まで降りてくると春華と冬華に向かって親指を立てた。
「2人の不安は分かるし、悪い話じゃないけど……本当にいいの?」
気持ちの上では、魅力的すぎる提案に二つ返事で応えたい直人だったが、人との上手な距離の取り方が分からない。即答してしまっては、印象が悪いのではないかとこの期に及んでそんなことを心配していた。
「はい。お部屋はたくさん余っていますし、先生さえ良ければお好きなお部屋をお使いください」
直人の心の内を知ってか知らずか、春華は淡々と答えた。変わらない春華の様子から、本当に善意と自分に迫る危険を不安に思っての提案だと分かった。どこまでも疑い深い直人は、それでやっと安心して2人の提案に乗ることができた。
話が一段落すると、冬華が思い出したように手を上げた。全員の視線が冬華に集まる。
「そうだ!! ねぇ、メルちゃんって結局、何者なの? おサルさんって言うけどさ、普通のおサルさんはしゃべらないよね?」
視線を集めた冬華は、援護を求めるように春華に向かってうなずきながら、メルを指差した。
「ボク? ボクは、魔女だヨ。時間をつかさどる第3の魔女メルティオラだヨ」
メルは、あっさりと冬華の疑問に答える。直人には何度も答えたが、信じてもらえなかったことだ。
メルは嘘を吐かない。言う必要のないことをあえて言うことはないが、口を開けば本当のことしか言わない。だから、メルが魔女だというのは本当のことだった。