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9.マイノリティ・イート

「あ、卵はそのままレンジにかけちゃダメなことは知ってますよね?」


 念のため尋ねると、先輩は頬を風船のように膨らませ、俺に肩パンしてきた。


「それくらい知ってるよー!」

「す、すみません」


 反射的に謝ってしまったけれど、たいした一撃ではなかったし、先輩は決して本気で怒っているわけじゃなさそうだ。

 その証拠に、先輩のむくれ顔はみるみるうちに(しぼ)んでいき、最後に哀愁漂うため息をこぼした。


「……わたし、そんなにおバカな子に見える?」

「そんな、とんでもないです!」


 今度は本気でショックを受けているようだったので、俺は慌ててかぶりを振る。真におバカな子だったら、生徒会長なんて務まらないだろう。


 でも、『食』に関してはちょっと(うと)い印象を受ける。小松菜とほうれん草の違いもよくわかっていなかったし。

 さすがに、『卵そのままはレンジNG』というのは知っていたようだけれど……。


 先輩は目線をテーブルに落とし、ぼそりとした声で言う。


「まぁ……ちっちゃい頃、やろうとしたことはあるけどね」

「へっ」

「ママに見つかって、未遂で終わったよ。卵をレンジに入れたら危険だなんて、言われなきゃわからないでしょ!」


 と、開き直ったように腕組みした。……先輩のお母さん、肝を冷やしただろうなぁ。


 つい、『うわぁ』みたいな表情をしてしまった俺を見て、先輩は憤然と抗議の声をあげた。


「んもー、今度こそバカにしてるでしょ! 八歳くらいの頃だから仕方ないの!」


 そして、今度こそ怒りを込めた殴打をかましてくる。

 でもちっとも痛くなかった。むしろ、感情表現豊かな先輩が微笑ましくて仕方ない。

 だから調子に乗って、冗談を返してしまう。


「うっ、意外と剛力ですね……」


 大ダメージを受けたかのように右肩を落とすと、先輩はますますくちびるを尖らせ、なんともかわいらしいむくれ顔を作った。


「女子に向かってひどい~!」

「暴力に訴える先輩の方がひどいですよ」


 応酬(おうしゅう)のあと、どちらからともなく口元をほころばせ、しばらくけらけらと笑い合う。他愛ないやり取りがなんとも楽しくて仕方なかった。


 こんな日常がずっと続けばいいけれど……そんなに長く続かないだろうことは覚悟してる。

 一年と三年、一般生徒と生徒会長、凡人と美人。些細な切っ掛けで、この日々は終わってしまうに違いない。


「ところで先輩、お昼はいつも一人なんですか?」


 意を決した俺は、ずっと気になっていた疑問を口にした。

 でも、この美人で明るい先輩が、俺のようなぼっちだとは到底考えられない。他の生徒会メンバーだっているはずだ。


 モテモテのリア充である先輩には友達やファンがいっぱいいて、誰も彼もがこの御方(おかた)御相伴(ごしょうばん)にあずかりたいと熱望しているに違いない。

 だからこそ不公平にならないよう、あえて一人で食べているのでは、なんて妄想をした。


 いいや、あながち間違っていないかも?


「……わたしね、大勢でわいわいご飯食べるの、苦手なの」


 先輩は笑みを絶やすことはなかったけれど、声音はどこか物寂しそうで、俺ははっと息を飲んだ。なんか訳アリっぽい。


「にぎやかなのは嫌いじゃないし、友達はみんないい子だよ。でもね、ご飯は静かに食べたいっていうか……。落ち着かないっていうか……」

「お、俺と食べるのは大丈夫なんですか?」


 恐る恐る尋ねると、先輩は俺を安心させるようににっこり笑う。


「うん、少人数だったら平気だし、むしろその方が好き。……ちょっとワガママだね、わたし」

「そんなことは……」


 上手なフォローの仕方を見つけられないでいると、先輩は気を取り直すように上を向いて、こぶしを握った。


「それに、せっかく生徒会長になったんだから、生徒会長っぽいことをしないとね」

「なるほど、昼休みに生徒会室で飯を食うのも、生徒会長っぽいことの一つ、ってわけですね」

「そーゆーこと。まぁ、食堂代わりにすることだけが目的じゃないよ」

「というと?」

「この教室を、『生徒会室』として使ってあげたいんだ。少なくともそれは、会長であるわたしがここに座っていることで果たされてる気がするの」


 先輩の言葉はどうにも難解で、俺は頭上に疑問符を浮かべて首をかしげることしかできなかった。 

 そんな俺に、先輩は笑って言う。


「土日はゴウくんのおかずが食べれなくて残念だな。月曜日、楽しみにしてるね」

「ひゃ、ひゃい」


 俺は一瞬にして舞い上がって、『俺だって土日に先輩に会えなくて残念でしゅ』とか思っていた。

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