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64.打ち上げ花火、先輩と見るか、友人と見るか その5

 野郎どもの待っている場所へ戻ると、鞘野(さやの)先輩を中心になにやら盛り上がっていた。


 陰キャ男子に囲まれる、小柄な美少女……。

 ああ、『オタサーの姫』というのは、たぶんあんな感じなんだろうな。


「みんな、お待たせ」


 先輩が声をかけると、全員がニヤニヤしながらこちらを振り向いた。予測はできていたが、どうせ先輩と俺のことを話題にしていたんだろう。

 俺はむすっとしながら、瑛士(えいじ)にベビーカステラの大袋を手渡す。


「先輩にお礼言っとけよ!」

「あざっした~!!」


 野郎どもが口を揃えて、妙に明るい声で礼を言う。

 さっきまでどいつもこいつもおどおどしていたくせに、この短期間で鞘野先輩から女子耐性を獲得したらしい。ニヤけた(つら)をしながら、我先にと紙袋に手を突っ込んで、ベビーカステラを(さら)っていく。それを口に含んで、さらに表情を緩ませた。


 傍目から見ているとたいそうキモい光景だけれど、奴らの気持ちも理解できる。美女が買ってくれたというだけで、なんの変哲もない屋台の食い物も、ウマさ五割増しになるもんだ。


「みんな、ゴウくんとは付き合い長いの?」


 先輩の問いに、それぞれが「中学からで~す」とか「俺は小学校で~す」とか答える。


「そっかぁ、ワイワイ楽しそうでいいね」


 ふふっと先輩が笑うと、野郎どもは一斉に目を泳がせた。付け焼き刃の女子耐性ごときでは、先輩の破壊力抜群の笑顔に耐え切れなかったらしい。


 そのとき、連続して炸裂音が響いたため、みんなで夜空を見上げる。色とりどりの光の大玉が、雲一つない夏の夜空を彩っていた。

 得も言われぬほど美しい光景に、自然と感嘆の声が漏れる。


 来年は、先輩と二人きりで見れるだろうか……。友人たちには悪いけれど、ついそんなふうに考えてしまう。

 想像だけならいくらでもできるけれど、それが現実のものになるとは到底思えなかった。

 大学生になって交友関係が広がり、さらに美しさを増した先輩が、今となにも変わらない俺を相手にしてくれるのだろうか。胸がずきりと痛む。


「あきら、そろそろ行こっか。アンナたち、場所を確保してくれたみたい」


 鞘野先輩が、スマホを確認しながらそう言った。ああ、俺の幸福な時間もここまでか。


「じゃあ先輩、また水曜日に」


 男らしく(いさぎよ)く、俺から別れを告げる。


「うん、またね」


 小さく手を振ってから、先輩は俺に背を向けた。

 ……と思いきや、不意にくるりと振り返る。


 なにか忘れ物だろうかと目をぱちくりさせる俺に向けて、先輩は形のいいくちびるをきゅっとつり上げてみせた。


「足が痛くなったら、ホントに呼んじゃうからね。おんぶ、お願いね」

「!! え、え、え、遠慮なくどうぞ!」


 呆気に取られながらも勢いよく返事をすると、先輩はくすっと笑ってから去っていく。俺を翻弄して楽しんでいるような、小悪魔的な笑みだった。


 先輩の姿が暗闇に消えてしまうまで、目で追っていた。

 いや、その姿が見えなくなっても、視線を動かすことができない。頭の中がポヤポヤして、まるで媚薬でも盛られたみたいだ……。


「ゴ・ウ・くぅ~~~ん」 


 背後から気色の悪い声が響き、俺は否応なしに現実へと引き戻された。逃げる間もなく友人たちに取り囲まれ、頭や肩を(はた)かれて、(すね)を蹴られる。

 うう、予想通り、私刑が始まった……。ここは甘んじてされるがままになるべきだろうか。


 しかし俺への暴行はすぐにやんだ。ホッとしたのも束の間、今度は恐ろしい精神攻撃が始まる。


「で、ゴウくぅ~んはいつ告白するのかね」

「真夏のアバンチュールってか? 夏休みが終わる頃には一皮も二皮も剥けちゃってんのかぁ?」

「あれは『びじんきょく』ってヤツだろ、なぁ」

「ぼくもおんぶしてぇ~ん」

「料理のできる男はモテますねぇ」

「よせよ、お前ら!」


 最後に鋭い声をあげたのは、一番付き合いの長い瑛士だった。眉間にシワを寄せて、俺をからかう友人たちを(にら)み据えている。


「からかうな。豪は真剣に恋をしてるんだよ」

「瑛士……」


 さすが、一番付き合いの長い友なだけある。俺は感動で胸を熱くし、他のみんなはばつが悪そうにうつむいた。


「それに、よく考えてみろよ」


 と、瑛士は空っぽになった紙袋をぐしゃりと潰す。


「豪があの美人と付き合った(あかつき)には、俺たちにも女子を紹介してもらえるかもしれない! だから豪のことを、精一杯応援しようぜ!」


 途端、友人共が雄叫びに近い歓声を上げる。うへぇ、マジかよ……。


「で、いつ告白するんだ? やっぱ、この夏休みの間に?」


 及川の問いに、全員が期待に満ち満ちた目を向けてきた。どいつもこいつも、幼児のように汚れのない(まなこ)をしていやがる。内心は下心でいっぱいのくせに!


「いちおう、告白する時期は決めてる……。九月の末か十月の頭くらい……かなぁ」


 俺は頬を掻きながら、正直に答えた。ベストタイミングはやはり、先輩から『生徒会長』の肩書きがなくなる頃だろう。

 成功率はたかが知れているけれど、言わずに後悔するくらいなら、言って後悔した方がずっといい。


「なんで九月なんだよー」

「意味わかんねー」

「うるせぇな、こっちにも事情があるんだよ!」


 ぶー垂れる奴らを一喝すると、及川がポンと手を打った。


「ああ、思い出した! あの美人、うちの学校の生徒会長だろ!」

「あー、そうだそうだ、生徒会長だ!」


 瑛士もあとに続き、納得したようにふむふむと(うなず)く。


「そういうことか。会長の任期が終わる頃に、ってワケね。ま、いろいろ大変そうだし、タイミングとしてはちょうどいいのかもな」


 と、妙に訳知り顔で言ったあと、他の奴らへと向き直る。


「それがさー、うちの学校の生徒会ヤバくてさぁ。今年の九月で廃会になるんだぜ?」

「……え?」


 今、瑛士はなんて言った? 聞き間違いかな。

 呆然とする俺をよそに、友人たちは会話を続ける。


「生徒会が廃会、ってなんだよ。そんなことあり得るの?」

「去年の役員が問題を起こしたんだってよ。それで、今年の九月いっぱいでお取り潰しって、全校投票で決まったんだって」

「マジか、やべぇな。生徒会をなくして、どうすんの?」

「十月からは、風紀委員を中心にした『委員会総会』が生徒代表組織として活動すんだってさ」

「あー、なるほどね。不祥事を起こした組織は解体して、新しいのを立ち上げるわけだ。オトナの社会ではよくある話だよな」

「じゃあ豪のカノジョは、『最後の生徒会長』ってわけなんだな」


 ……『最後の生徒会長』。その言葉がやたらと耳に残った。


「もしかして豪、生徒会の後始末の手伝いとかしてるのか? あんな美人と一緒とはいえ、大変だなぁ」

「!!」


 及川ののんきな(ねぎら)いが、俺の心をカッと沸き立たせる。


 なにが『大変だなぁ』だよ!

 先輩は、俺を生徒会に関わらせてくれない。大丈夫大丈夫と、いつも流されて。

 それどころか、お取り潰しだとか、最後の生徒会長だとか、そんなことさえも話してくれてないぞ!


 あと一歩のところで、及川に怒鳴り散らしてしまうところだった。理性を総動員して激情を抑え込み、極力冷静に瑛士へと尋ねた。


「すまん、俺、生徒会が廃会うんぬんは知らねーや。いつどこで聞いたんだ?」

「入学初日に、担任から。生徒会はなくなるから、そういう活動がしたい人は委員会に入ってね、って」


 言葉を失う俺に、瑛士ははっと目を見開く。


「あ、お前、休んでたんだっけな。でも、今の今まで知らなかったのか」

「……そうだよ」


 俺の声は、相当絶望感にまみれていたんだろう。友人たちが一斉に同情の眼差しを向けてきたから。


 そうだ、俺は入学早々風邪をひいて、数日間学校を休んだ。

 そんな俺への諸々の説明は、学級委員長のワタベに一任された。でもワタベは、学校生活に関する必要最低限のことしか教えてくれなかった。


 それはワタベのせいじゃない。俺がさっさと奴から離れていったから、説明の機会が失われてしまったんだ。

 もし奴と付き合いを続けていれば、いずれ知る機会があったかもしれない。


「……あー、すまん。大丈夫だ。今度、先輩に直接聞いてみるから」


 俺は無理に笑顔を作った。

 せっかくの花火大会、せっかく集まった友人たち。雰囲気を悪くするわけにはいかない。


「かき氷でも食おうぜ」


 露店の方へ誘導すると、みんなぞろぞろとついて来てくれた。でも『お通夜みたいな空気』っていうのはこういうのをいうんだろうな。


 ブルーハワイの青いシロップが瑛士のTシャツにくっきりと染みを作るまで、俺たちの雰囲気は暗いままだった。 

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― 新着の感想 ―
[一言] 生徒会がなくなるっていうのは、もうずっと前から決まっていたのかあ。知らなかったのは彼だけ。 全校投票だと、彼が入学する前から決まっていたんだなあ。その状況でも無理して生徒会長をやっている。な…
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