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52.お子様舌のあなたに捧げるカレー その2

 相変わらず破壊力抜群のエプロン姿の先輩と共に、俺はキッチンへ立った。

 まずは、先輩に米を研いでもらう。ややつたない手つきだったけれど、問題はほとんどなかった。


 唯一最大の問題は、冷水にしっとりと濡れた先輩の手指が、すごくセクシーだったこと。

 きれいに整えられた爪、手荒れのない(すべ)らかな指先。血管の浮き出た白い手の甲、そこから続く細い手首……。

 その得も言われぬ美しい光景を、俺はしかと脳裏に焼き付けた。

 いつか、米を研ぎ終えたあとの先輩の手をそっと握って、温めてあげたいものだ。


 なんてデレデレしている場合じゃない。米を炊飯器にセットしたあと、カレー作りにおいてもっともデンジャーな工程が始まる。


「では、ジャガイモとニンジンの皮をむきましょう。ここにピーラーがあります。俺が見本を見せるので……」

「ピーラーくらい使えるよ!」


 俺の言葉を遮って、先輩が勢い良く主張する。本当かなぁ……。


「……スパッと皮膚が切れちゃうので、十分に注意してくださいね」

「はーい、先生」


 元気いっぱいの返事と共に、先輩はジャガイモとピーラーを手に取った。先輩の美しい手の中で、ジャガイモの皮がスーッとむけていく。


 しかし、見ているこっちはハラハラドキドキ。ピーラーも一歩間違うと、使い手を傷付ける恐ろしい凶器になってしまうから。

 ばあちゃんが俺に料理を教えてくれたときも、きっと同じ気持ちだったんだろうな。


「ゴウくんは包丁で皮むきができるの?」


 ジャガイモ一個を裸にし終えた先輩が尋ねてくる。


「そうですね。あんまりピーラーは使いません」

「わたしも早くその領域に達したいなぁ。包丁でスルスルむけたらカッコいいもんね」


 と、アイドルに憧れる幼女のような目で、まな板の上に置いてある包丁を眺める。なんだか危なっかしいものを感じた俺は、つい否定的なことを口走ってしまった。


「む、無理しなくても大丈夫ですよ……」

「あ、なんか引っかかる言い方!」

「よそ見しちゃダメです……」


 むっとした様子を見せながらも、先輩はなんとかジャガイモの皮むきを完遂した。


 次のニンジンは真っ直ぐな形状をしているので、比較的容易にむける……かと思いきや、力を入れすぎているようで、途中で引っかかることがしばしばあった。まぁ、こういうのはやっぱり慣れていくしかない。


 さて、次は玉ねぎだ。


「玉ねぎは、こんな感じで両端を切ります。ただし全部切らずに、一部残して、ここから皮をぺりぺりーっとむきます」

「なるほど!」

「甘いカレーがお好みなら、玉ねぎは大きめのくし切りにして食感を残しましょう。トロトロ甘々になりますから」


 個人的に、よく煮込まれた玉ねぎの食感と甘味が大好きだ、というのもあるけれど。くし切りならテクニカルな包丁さばきは必要ないし、初心者向けだろう。


「へぇ~、カレーに入れる玉ねぎって、みじん切りのイメージがあったよ。トロトロ甘々もいいね!」

「みじん切りのやり方はまたいずれお伝えします。まぁ正直言えば、みじん切りはめんどくせーです。フードプロセッサーは後片付けがめんどくせーですし……」

「そうなんだ、わたしもめんどくせーのは嫌だなぁ」


 先輩は俺の物言いを真似っこして、テヘッと肩をすくめた。俺の心のアルバムに、先輩笑顔コレクションがまた一つ増えてしまった。


 動揺を抑え込み、まずは俺が包丁を手にし、くし切りのお手本を見せる。

 それから先輩にバトンタッチして、残りを切ってもらった。その間、俺は目を皿のようにして、玉ねぎを押さえる先輩の指先を注視していた。危険を感じたらすぐにストップをかけられるように。


「こんな感じでいいのかな?」

「はい、上出来です」

「包丁を使うのって、楽しいね!」


 その発言ってなんだかアブなくない? と思いつつ、俺は「そうですね」と返しておく。


「ジャガイモとニンジンは乱切りにしましょう。こんな感じで、大きさは不揃いでいいので、一口サイズに切っていきます」

「要するに、テキトー切りってことだね」

「……まぁ、そんな感じですね。大きさは適度に合わせてください」


 しっかり者の先輩も、料理に関してはとても大雑把になるみたいだ。気負い過ぎるよりはいいかもしれないけれど、講師役の俺は不安でいっぱい。


 トントンと小気味いい音と共に、根菜たちがバラバラになっていく。うん、おおむね問題ないと思う。


「上手ですね」

「やったー!」


 子供のようにはしゃぐ先輩がどうしようもなくかわいい。頭を撫でて、ぎゅーってしたくなる。ダメだ、冷静になれ、俺。


 己を戒めながら、キッチン上の収納スペースから大きめの鍋を取り出す。カレーやシチュー、おでんを仕込むときに使う、厚手のものだ。


「大きいフライパンとかでも作れますけど、これくらいの鍋があるといいですよ」

「うん、家になければ買うね」


 鍋を火にかけ、油を熱し、豚コマを投入する。肉の焼ける音が響き、油がぴちぴちと跳ねた。

 鍋調理のいいところは、食材が飛び出しにくいところと、油が飛散しにくいところだ。つまり、初心者にも比較的安心安全。跳ねた油が、先輩の美しい肌に傷をつけることもそうそうないだろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] このカレー料理だと、一番大切な作業は、どのブランドのルーが良いか選ぶ行程かもしれない/w
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