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40.なぜ嗤うんだい?

 高校生になってから初めてのテストは、つつがなく終わった。どの教科も平均点以上だったから、結果は実に上々と言っていいんじゃないだろうか。


 一番の不安ごとは、(ともえ)先輩と生徒会の件だったけれど、あれから何事もなかったかのように、いつも通りのランチタイムを過ごしている。


 そして六月に入って三日目の今日は、一学期の一大イベントである球技大会だ。

 空には薄い雲がかかっていて、直射日光を防いでくれている。六月にしては湿度も高すぎず、なかなかの運動日和じゃないだろうか。


 けれど、体育会系ではない俺には、かったるいイベントである、という認識しかない。それでも、退屈な数学の授業を聞くよりは幾分かマシだ。


 まずはグラウンドに全校生徒が整列し、開会式が行われた。

 ダルいなぁ~と思いつつ突っ立っていた俺は、すぐにはっと目を見開くことになった。

 開会の挨拶をするために台上に登ったのは、生徒会長である巴先輩だったから。


 しかし、列の後方に並んでいる俺には、その姿はぼんやりとしか見えなかった。

 俺の位置からわかるのは、先輩が決してうつむかずに背筋を伸ばして立っていることと、上がジャージで下がハーフパンツであるということだけだ。


 ああ、ハーフパンツから伸びる、白く細い脚を間近でしかと目に焼き付けたかった。制服姿のときはハイソックスを履いているから、今日は生ふくらはぎ、生くるぶしを拝むチャンスなのに。


 惜しむ気持ちと共に、優越感もわいてくる。

 全校生徒たちよ。俺は、あの美しい生徒会長と共に、毎日昼飯を食べているんだぜ。

 今、毅然(きぜん)と台に立つあのひとから、特別な笑顔を向けてもらっているんだぜ。……なんて。


「みなさん、おはようございます」


 マイクを手にそう切り出した先輩の声は澄み渡り、緊張の色はこれっぽっちも含まれていなかった。とても落ち着いた声音で、聞き取りやすく、耳に心地よい。演説慣れしているな、とすぐにわかった。


 入学式のときも、こんな様子だったんだろうか。凛として、さぞカッコよかったんだろうな。尊崇の気持ちが、俺の胸を焦がす。先輩、素敵すぎます。

 

 陶酔状態に陥りかけていた俺だけれど、どこからともなく聞こえた笑声に、一気に我に返った。

 だってその笑い声は、明らかな嘲笑だったから。


 おそらく二年生の列から発せられたであろうその笑いは、ゆっくりと全校生徒へ伝播していく。

 一体どこの誰が笑われているのか、視線を向けて探るまでもなかった。

 それは間違いなく、台上の巴先輩へ向けられた嘲笑だ。なにか失敗したわけでもないのに、どうして。


「あの足、細すぎ」「蹴ったら折れそう」


 どこからともなく聞こえてきたその剣呑な罵倒に、俺はぞくりと震えた。


「静粛に!」「私語は慎め!」


 一部の教師と生徒が鋭い声をあげると、醜悪な笑声はぴたりとやんだ。……いや、それでもわずかに聞こえる。

 くすくす、ひそひそと。小さいけれど明確な悪意が生徒たちの中から生まれ、真っすぐに生徒会長へと向けられている。


「今日は天候にも恵まれて──」

「練習の成果を存分に──」

「体調には十分に気を付けて──」


 開会の挨拶を続ける先輩の声は、相変わらず落ち着き払っていた。でも俺はうつむいたまま、先輩の姿を見ることができなかった。


 脳裏に、先輩から聞いた生徒会の醜聞(スキャンダル)が蘇る。

 昨年の生徒会内部で飲酒と喫煙があり、すべてのメンバーが去っていった。先輩以外、誰も役員になろうとはしなかった。

 そして先輩がたった一人で、生徒会の信頼回復に向けて尽力している。


 その立派な先輩を(あざけ)る生徒たちがいる。

 まるでいじめ同然に、(わら)い、容姿をあげつらって……。


 どうしてここまで? 先輩は悪くないだろう? 

 どうして、頑張っているひとに対して、あんなに聞えよがしの嘲笑を向けられるんだろう? あまりにひどくないか?


 胸に義憤の炎が灯ったとき、はたと思い至る。

 本来なら不祥事を起こした当人らに向けられるべきヘイトを、生徒会そのものが、生徒会長ただ一人が受けてしまっている、ってことなんだろうか。

 俺のあずかり知らないところで、先輩はたくさんの理不尽に耐えている、ってことなんだろうか。

 すべて、覚悟のうえで。 


 道理で先輩は、俺が生徒会へ入ることを拒んだわけだ。俺が生徒会役員になれば、俺に対しても悪感情が向いてしまうから。


 そして俺には、『それでも構わないから、先輩の助けになりたいです』と言える勇気がない。

 さしたる苦労も知らず、のほほんと生きてきた俺には、どう考えても無理だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここ数話の展開が不穏で、いやーな予感がして心臓がきゅってなります……。 よからぬことが起きない(起こってなかった)ように祈ります(泣)
[一言] 確かにそれは理不尽に過ぎると思えるなあ。 無くて済むものなら別段いいのだけれど、そうでないならあえて火中の栗を拾っている人をそこまであざけることができるかね、って。
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