16.写真の中のあなた
「失礼します」
「あっゴウくん、久し振り~!」
六日ぶりに生徒会室を訪れる俺に、先輩は連休前と変わらない、朗らかな笑みを向けてくれた。ああ、めちゃくちゃ癒される。
つられて笑顔になった俺に対し、先輩は意気揚々とした様子で、派手な色合いの袋を掲げてみせた。
「はい、ゴウくん! おみやげだよ!」
袋に描かれたキャラクターを見た俺は、先輩が連休中にどこへ行ってきたのかをすぐに察した。
関東の有名テーマパークだ。
「あ、ありがとうございます」
袋の上から触れた感触だと、どうやら缶っぽい。中身はチョコかクッキーだろうか。一個や二個ならもらったことがあるけれど、こうして一缶まるまる頂戴するのは初めてだ。しかも、異性から。ちょっと照れるな。
「ほんと……わざわざすみません」
「遠慮しないで! いつもわたしの方がお世話になってるんだから、ね!」
と、先輩はえへへと笑う。かわいい笑顔に癒される反面、俺の心に黒いモヤが発生した。
──誰と行ったんだろう。
彼氏だったら、いやだなぁ……。
「えっと、楽しかったですか?」
動揺を隠すため、ありきたりな質問をしてしまった。
「まぁね。でも人が多くて大変だったよ」
「ああ……そうでしょうね」
「写真、見る?」
「え、あ、はい」
先輩の明るい提案に、俺は唾を飲み込んで覚悟を決めた。仮に男と写っていたとしても、決してうろたえまいと。
先輩は俺に身を寄せ、スマホの画面を見せてくれた。右肩に感じる先輩のぬくもりよりも、どんな人物が写っているかということの方が気になって仕方ない。
最初の一枚は、先輩が一人で写っているものだった。有名なお城が背後にそびえたっている。
初めて見る、先輩の私服姿。俺はそれに釘付けになった。
ダボっとしたパーカーに、ショートパンツというシンプルな服装は、先輩のスタイルのよさを実によく引き立てている。
黒いタイツは肌の露出を隠す半面、脚線美を際立たせていた。ハイカットスニーカーを少し崩して履いているところなんて、すごくオシャレに見える。
なにより、カメラ目線の先輩が見せている満面の笑顔が、あまりに魅力的だった。撮影用の不自然な笑みじゃない。楽しくて仕方がないということが如実に伝わってくる、最高の表情。
これは、撮影者を心から信頼していないと引き出せない笑みだ。
──この画像、欲しい。
──でも、誰が撮ったんだろう……。
そんなことをぼんやりと考えたとき、先輩の指が画面をなぞり、画像が入れ替わった。
今度現れたのは、先輩と、サングラスをかけた女の人だった。その人も先輩と同じような、長身で痩せ型の体格をしている。アトラクションの看板の前で寄り添う二人は、とっても仲がよさそう。
「あ、お姉さんですか?」
ピンときた俺が尋ねると、先輩はブブッと噴き出した。
「やだー! これ、うちのママだよ!」
「へ? わ、若いですね」
「若作りなだけだよ。もう四十五歳だもん!」
と、先輩はけらけら笑う。そういっても、傍目からはだいぶ若く見える。スタイルもすごくいいし。サングラスをとった素顔も、きっと美人に違いない。だって、先輩のお母さんなんだから。
「ママがキャラクターの大ファンなんだよね、ここ。混雑するから、わたしはあんまり来たくなかったんだけど……」
といいつつ、写真の中の先輩はどれも、とてもいい笑顔をしている。大きなクマのぬいぐるみを愛おしそうに抱いている画像もあって、その隣には、人の好さそうなおじさんが写っていた。
「この人がお父さんですか?」
聞いてからちょっと後悔した。『ママの恋人』とか言われたらどうしよう……。
「うん、パパだよ。行くたびにぬいぐるみ買ってくれるの」
「そうですか……」
俺は、ほっと胸を撫で下ろしていた。
先輩の旅行の同行者が、彼氏なんかじゃなかったことに対してもだけれど、なにより、先輩の家族関係がとても良好そうだったから。
家庭の味に飢えていて、毎日コンビニで昼食を買っている先輩は、もしかしたら複雑な家庭環境かもしれない、なんて余計な気を回してしまっていた。
安心した俺は、写真鑑賞に集中する。だって、次々とスマホに映し出される写真たちのすべてが、俺にとってあまりに眼福だったから。
さらに、画像を見ながら思い出を語ってくれる先輩の弾む声も、俺の耳と脳をトロットロにさせた。俺の口元にも、自然と笑みが浮かぶ。
そんな至福のときも、10分足らずで終わってしまう。でも、連休中の思い出を語りつくした先輩は、実に満足そうな表情をしていた。そのホクホク顔も、実に魅力的。
「ゴウくんは連休楽しめた?」
「あ、はい。でも俺は特に遠出してないです。中学時代の友達と遊んだくらいですね」
両親に、『映画に行かないか』と誘われたけど、親子三人で映画鑑賞なんて恥ずかしすぎるだろう。
「イマドキの男の子って、みんなで集まってなにするの?」
興味深そうに首をかしげる先輩。俺は、やや照れながら答える。
「テレビゲーム……ですね。ネットに繋いで、遠方に引っ越していった奴とも久しぶりに遊べました。そいつ、高校に入ってすぐカノジョができたなんて言うから、みんなで協力してボコボコにしてやったんです」
やってることが子供っぽすぎて呆れられたかな、と思いきや、先輩は手を打ち鳴らして大笑する。
「あはは、なにそれすごく楽しそう! 男の子っぽ~い!」
「そうですか?」
「うん、女子だったら、素直に祝福するか、裏で嫉妬して悪口言うか、どっちかだもん。ゲームでボコボコにする、って、平和的でいいじゃない?」
「そんなもんですかね」
今度は俺が首をかしげた。あまりにボコボコにしすぎて、友情が断絶する一歩手前だったけれど、そのことは黙っておこう。
「じゃあ先輩。そろそろお昼ご飯にしませんか?」
「う、うん……」
俺が巾着袋に手をかけると、先輩の頬に赤みがさす。肩を縮めて、急にもじもじし始めた。え、なにこの反応。かわいすぎて俺もどきどきしてしまう!
先輩は、ひとしきり視線をうろうろさせたあと、喉をコクリと小さく鳴らし、
「……ずっと、待ってた」
とぽつりと言った。