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大会  作者: 陽田城寺
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真珠4

 クルースを徒歩で移動する女三人、かしましく喋るのを切り出したのはケーキから。

「ドラッグさんって王位継承権が欲しいんですか?」

 ロッコンがドラッグに頼まれて仕事をしているのは昨日の二人の会話の雰囲気で分かった。なので朝一、『真珠』を拾う大会のある場所まで歩いて移動するうちに是非聞いておきたかった。

 が、ドラッグは首をひねった。カールした髪がふわっと動く。

「正直、色々悩んでいるの。目標とかがあると人生にハリが出ると思って頑張ってみてるけど、駄目なら駄目で里帰りしてダンナでも見つけて適当に暮らす」

「えぇ……全然やる気なさそうですね」

「私、死にたいわけじゃないの。リアリストだから。でも、自分に自信が欲しいのよね。私の魔法、そんなに強くないし、傭兵としてちょっとは食べてきたけどこんなんじゃもう数年もやっていけないって知ってる。……優勝なんて到底できないってことも」

 急に重い雰囲気になってケーキのほうが困惑する。ドラッグは毅然と前だけを見つめて歩くが、よく視線を合わせてくれる彼女が前だけを見てひとりごとのように言うのだから、それが真剣に捉えていて、本当に悩んでいることはケーキにも感じられた。

「幸福になりたいとか自信を持ちたい、ってたぶん誰でも思うじゃない? 私は今がそれで、そのための『大会』なの。死にたくはないけど……死にたくはないけど挑戦がしたいの!」

 怒るようにケーキとロッコンに突然叫ぶ。叫ばれた二人がきょとんとしているのを見て、ようやくドラッグは自分がおかしかったことに気付き、赤面しながら取り繕う。

「いや、その、なんでもいいでしょ!? 『真珠』と『鱗』だけでも売って金を稼ぐってのもいいかもね!」

 あからさまに強がって見せる二人に、ケーキとロッコンは生暖かい笑顔を向けた。こういうのを微笑ましい、というのだろう。

「な、なによその顔! ケーキまで……!」

「頑張りましょうね! 『真珠』ゲット!」

「ガンバロー、オー」

「言われなくても頑張るわよ! 馬鹿にしてぇ!」

 怒って早歩きするドラッグを、二人は走って追いかけた。





 真珠拾い大会が始まる。

「レディースエンドジェントルメーン! 栄えある王位継承権をめぐる『大会』参加者たちよ! もしくは欲に塗れた宝石商よ! ようこそ『真珠』拾い大会へ!」

 燕尾服の男性が大声で、海岸線に並ぶ数百もの人間へと語りかける。

 並ぶ参加者の中にはケーキたち三人もいる。間には木製のカヌーのような細いボートがある。ただ、ケーキは居並ぶ中に主のアルコを探すがどうにも見つからない。

「どうしたの?」

「いえ、主……師匠が来ているはずなんですけれど」

「ま、これだけ人がいたら見つからないかもね。……その人と一緒に来なかったの?」

「別々で頑張るって話になったんです」

 ふぅん、とドラッグは特に意に介さずに話を切った。海岸線、海抜より低い位置の砂浜でもなお水のない湿った砂浜。強い引き潮で随分と海面が下がっている。

 それでも臨むのはいまだに青々と広がる、大きな大きな母なる海。

「皆さん一列に並びましたねぇー!? やがて合図とともに駆け抜けてもらいます! 準備は大丈夫ですかー!?」

「あの人なんなんですか?」

「司会の人。燕尾服の腕のとこに銅の変な勲章ついてるでしょ? あれがカッパードってやつ」

「河童……、ウォーターインプですか!? 田舎の川の魔物と聞いてましたが、海に出るとは?」

「え? 銅騎士(カッパード)はこの国の領主のことだけど。要するにこの事業を取り締まっている偉い人ね」

 言いながらドラッグはボートをしっかりと掴んでおく。これをまず海面まで運ぶのだ。三人でボブスレーをするように動かし、三人で漕ぐ。

 その時まで、ただ待つ。

「トロールと人のハーフっていうギョブは見えるわね。あのバカでかい図体の見るからにヤバそうなやつ。海底に足がつくからあいつがほとんどの『真珠』を拾うだろうけど、私達は三つあればいい。あいつから離れて安全に行く!」

 身長は十数メートルあるほどだろうか、海底に足がつくと言ってもそれほど深くまではいくまい。『真珠』は恐らく、それほど遠くない場所に出ると言うこと。

 ギョブとの距離は充分ある。安全地帯だ。安心して、確実にとる。ケーキもボートに手をやった。

「見えた! さあ競え! 進め! 行け! 始めぇッ!!」

 一斉に、誰もが駆け出す。

 やはり早いのはギョブ! ボートを持たない彼はボートを運ぶ者達よりも早くに進むことができる!

 ボートを使わずに単独で行く者がそれに続いた! 歩幅は敵わずとも、泳ぎで勝ればよいのだ! この走る段階でボート組に距離をつければ充分勝てる!

 そこから遅れてボート組が後を追う! ボートの上から確実に『真珠』を拾う者達が、最も遅くとも確実で安全!

 なのに、更に遅れて、ドラッグとケーキ。

「あそーれ頑張れ頑張れ!」

 まだ砂浜なのに、ボートの上でロッコンが踊っている。

 二人が必死に運ぼうとしているボートの上で、ガンバレダンスを、踊っている!

「……ウォオオオオオーーーーーーーロッコンーーーーーーー!!」

 ドラッグがブチギレてぶん殴った。ロッコンを堂々と、まっすぐ、その拳で、頬を、顔面を。

「私の! 私の! 私の自信と幸福を!!」

「ドラッグさん落ち着いて! 今はボートを!!」

 ケーキは二人を止めることもなく、とにかくボートを一人で動かした。だがそもそも、一人でボートを運ぶような者はいない。ほとんど最後尾からのスタートになる。

 最後尾の人間が勝てる道理はない。最後尾の人間にまで『真珠』が手に入るなら、こんな大会は開かれない。

 追いつく必要がある。そうしないといけない。ぶん殴られて倒れたロッコンはただ青い空を眺めて仰向けに寝転がっている。

「ソラ、空って……青々としている」

「ロッコン! 給料は絶対に払わないからな! お前はもうクビだ! どうとでもなれ!」

「エエー! ご無体な! ほんの冗談なのにさぁ」

 やっとロッコンも混じってボートを動かす。だがこの調子では遅れを取り戻すことなどできるわけもない。

「クソ、クソぉ……、次のシーズンが何か月後かわかっているのか、ロッコン……!」

 既に泣きそうになりながらボートを運ぶドラッグに、ロッコンは特に表情を変えず。

「……私も、見損ないました。……許せない、ドラッグさんがしていなかったら私が殴っていました」

「……そう」

 ロッコンはそれだけ呟くと、ただ静かにボートを運ぶ。

 着水する時、既に周りに人はいなかった。

「漕げ! 漕げ漕げ漕げ漕げロッコン! お前のっ、お前のせいで……!」

「漕がなくてもいい」

 泣きながら罵倒するドラッグに冷たい言葉を吐きながら、しかしロッコンは確かに、懸命にボートを漕いでいる。

 その発言と行動の食い違いに、ドラッグも一瞬怒りを忘れる。何を考えて発言したのか、ボートを漕ぐ手を思わず止めるケーキに、ロッコンは再び言い放った。

「そう。お前だ、ケーキ、お前は漕がなくてもいい」

 まだ、ただロッコンは漕ぎ続ける。ドラッグと一緒に、ひたすらにオールを漕ぐ。

「足場がいくらでもあるだろう。ケーキ、お前の身のこなしなら」

 ロッコンの言葉を待たずして気付いたケーキは、揺れる船の不安定な足場をものともせず、ボートを飛び降りた。

 ――否、ボートから、先にあるボートへと飛び移った。

 移られたボートの者達からは小さな悲鳴が上がる。だがそれを気にせずケーキは次のボート、次のボートへと飛んでいく。

「……こんな方法に気付いていた、って? それはケーキに負担が強いられる。私の魔法も、使う必要がない」

 少し落ち着いたドラッグは、けれどロッコンへの文句と怒りは残る。なにせ、そんな大事なことは相談してくれないと困るからだ。

 それにケーキが裏切った場合などもある。相談不足はあまりに作戦としてずさん。

「ケーキはしっかり怒ってた。真面目で良い子だよ。だからふざけてみせて確認したかった。彼女は私達の分の『真珠』も取ってきてくれるよ」

 言いながら、ロッコンはクロスボウを構えて、射た。

 戦場を駆けるケーキを狙う攻撃を、未然に防ぐために他のボート上で構えられた武器を次々に破壊していく。

「……アンタって実は天才で、しかもぶりっ子よね」

「ぶりっ子ってなに?」

「いや、もういい」

「それよりほら! コゲコゲ~! ケーキが戻ってくる船をもっと寄せないと!」

 真剣に相手するのが馬鹿馬鹿しくなる。それはロッコンがふざけているからか、ロッコンのあまりの知略に自分が及ばないからか。

 ただ、ドラッグは言われた通りに漕いだ。ケーキの疲労も馬鹿にならないだろうから。



 ボートを乗り継いでいったケーキが、次に見つけた足場は……。

(……これも、ロッコンさんは織り込み済みなんでしょうか)

 泳ぐ背中が綺麗に並ぶ。走れそうなほどだ、と思ったけれど、これを踏んでいいのか、と悩む。

 だが、ケーキは二人のために、自分のために勝ちたい。

 水泳組の他の参加者の背中を踏み台にしてでも、だ。

「ぐえっ!」

「ごぼっ!」

「ぎゃ!」

 背を踏んで、踏んで、とにかく先へ。

 泳いでいる者達が先へ進めば進んでいるほど、この遅れてから相手を踏み台にする作戦は功を奏す。だからロッコンがふざけたのかと思うと、なるほどその知略はケーキも舌を巻く。

 なぜなら、ほら、手を伸ばせばそこに『真珠』が一つ……。

 伸ばした瞬間、別の手がその『真珠』を奪い去った。

「な、にぃぃぃぃぃぃ!?」

「おっとお嬢ちゃんお先に失礼! その『真珠』は俺のものだ!」

 ありえなかった。泳いでいる人間をケーキは視認していない。いるはずがないのだ。

 だから、考えられるのは。

 ケーキと同じように――走ってきた人間。

 水面に落ちたケーキが、立ち泳ぎをしてなんとか見たのは、その場で走ることで海の上に浮いている男。ぴっちりとした帽子をかぶり青を基調としたラフな格好に身を包んだ若い男は、確かに海の上を走るようにして浮いていた。

「ランニングマン、このダークホースの名前を覚えておけ」

 その名を確かにケーキは聞いた。自分に勝利した、男の名。

 以前に、もはや人生で最後に見る風景として。

「ごぼっ……がっ……たしゅけっ……あぷ……」

 両の手足をバタつかせながら、それでも体が浮かずに徐々に沈んでいく。苦悶の表情を浮かべながら、水を飲み、噎せながら、せき込みながら、それでも必死に息をしようとする様子を、ランニングマンも訝しんだ。

「……おい、おいおいおいお前、まさか、泳げないのか!?」

「がっ……げご、おえ……」

 ランニングマンはその場を走りながら、『真珠』をケーキに投げた。

 だが溺れているケーキはそんなもの拾えるわけもなく、そのまま徐々に沈みゆく。

 ケーキは泳ぐくらい簡単だと思っていた。泳いだこともないくせに、一人前の人間なら自然と泳げるものだと、今の自分なら泳げると信じ切っていたから。

 結果はこうである。

 ランニングマンは自分の頭をがしがしと掻いて、仕方なくケーキに手を伸ばす。

「あークソ! できねえことするんじゃねえよ!」

 暴れるケーキの手をとって引っ張り出してやると、そのまま手近な、大きなボートへとぶん投げてやる。

「いいかお前! 今度こんな無茶してみろ! 助けてやら」

 ギョブの棍棒がランニングマンを叩き潰した。

 ぷかぁ、と男が海面に浮かぶ。こういった大会で死者が出ることは珍しくなく、殺し合いだって罷り通る。

 それが『大会』だった。

 人助けをしようだとか、命を救おうというのが馬鹿馬鹿しいのだ。

 自分が助かるためならなんだってするし、優勝のための手段も選ばない。それが勝つ者に必要な覚悟だ。

 ――だが、勝つために必要なのはそんな打算ではない。

 打算すら、圧倒しうるほどの絶対的な力。

 彼女は見ていた。

 酒に酔いすぎて、二日酔いで、開催日時も忘れるほどで。

 なんとか走って海上に着たら、最先端で愛しのケーキが溺れていて。

 それを律儀にも助けた男が、不意打ちされる様子を。

「シャアアラッ!!」

『魔人殺し』アルコが大地を走るように剣を切り上げると、まっすぐに海が割れた。

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