真珠2
まずアルコが思ったのは、馬車が非常に質素なものだということ。内装や外装には宝石や高級な布地が使われているのは、そこに座り、見ればよく分かるが、皇帝が使うにはあまりに狭い。
一人で座るアルコはまだしも、鎧の騎士二人と並んで座る皇帝はあまりに窮屈そうだ。
御者も一人、白馬は二頭、おそらくは速さを重視したもので、本来は高級装飾も不本意なのかもしれない。
「ニヨル帝国は」
皇帝が口を開いた。
「軍事国家である」
アルコが次に思ったことは、この皇帝の表情があまりにも読めないということである。
傭兵として渡り、人のご機嫌を取ることを覚えたアルコは、人の心がわからないなどと言われても感情くらいは手に取るようにわかるようになった。例えば男の騎士は、にじみ出る皇帝への忠誠心が熱く、一方で部外者である自分や隣の騎士のことを疎ましく思っている。それほどの熱血漢。
一方で女の騎士は自分という外の者に興味を示しているが、そもそもこの護衛の仕事自体が退屈で、皇帝に仕えることも面倒臭そうにしている。馬車の外を見る目や、頬杖をついてしまうところなんかでわかる。
皇帝の表情は、喋っていてなお無であった。
「存じてます」
「領主――すなわち侯爵、公爵、伯爵、子爵、また血縁を結んだ諸王たちは皆が戦を生き抜いた将軍であり、兵であった。強き者が弱き者を統べる、それがこの国の形であった」
皇帝はどこを見ているのか。まっすぐアルコを見つめているようで、その実どこも見ていないかのような、全ての国民に向けて語っているかのような威容は狭苦しい馬車の中にあって確かな威厳があった。
アルコはそんな話を聞いて一つのツッコミを入れようかと思ったが、押し黙った。アルコにさえ空気を読ませるほど皇帝は皇帝然としていた。
だがその雰囲気に気づいて皇帝は嘆息し、アルコの心の声に答えた。
「私は戦士ではない。宮廷に生まれ宮廷に育ち、そして皇帝となった」
「……そうですね」
「嘆かわしき事である」
「陛下、そのようなことは……」
男の騎士が痛ましげに呻くが、皇帝はまたそれも制する。女の騎士は退屈そうに窓の外を見ていた。
「この『大会』はけして道楽ではない。『魔人サイア』と戦い、私に謁見したものに王位継承権を与え、我が十六の王位継承者の中に割って入り戦士として新たな皇帝になるための布石なのだ」
「……そうですか」
「『魔人サイア』を倒さないのか、アルコ」
名前を呼ばれて奇妙な戦慄がアルコに走る。全ての国民に向けていたかのような言葉が、初めてアルコという一人の個を捕らえたかのような響きがあった。
「……いまだ誰も手に入れられぬという宝剣、それを最初に手に入れても、他の五つの秘宝を集めているうちに盗まれることになるでしょう」
無論、やすやすと盗ませるわけもないが、それが現実であった。
宝玉を盗めば宮廷の戦士たち、この白銀騎士にも狙われることになるだろう。だが宝剣もまた十しか存在しない秘宝であり、同時に誰も手に入れられていない秘宝。
真っ先にそれを手に入れれば今まで以上に刺客だらけの生活になることは間違いない。
「なら、五つの秘宝を今ここで譲るとしたら?」
言いながら皇帝は、懐から袋を出した。無造作に袋の口を開き、真っ逆さまにするもので、アルコは思わず両手を出してそれが落ちないようにした。
手の上に落ちてきたのは、白く光る球、赤銅色の宝石のような欠片、琥珀色に透き通る液の入った小瓶、ひんやり冷たい透き通った氷、そして生暖かい目玉。
紛れもなく『真珠』、『鱗』、『蜜』、『氷』、『目玉』、五つの秘宝であった。
騎士二人は目をそらしている。いかにルール無用の『大会』と言えど、ここまでの異常な行為はルール違反とみられてもいい。出来レースなんて言われたっておかしくない。
「受け取れません」
「王位を求めて、優勝しに来たのではないのか?」
「秘宝を五つ集めて、私の奴隷の修行がメインです。……『魔人サイア』に興味がないと言えば嘘になりますが」
確かにアルコは弟子の手前魔人サイアを倒す覚悟をした、などと言った。けどそれは虚勢のようなもので、実際に倒すつもりはなかった。
そもそも魔人サイアを倒せば、その後は宝剣をもってそのまま宮廷に乗り込み宝玉を奪って王位継承権を得るしかないのだ。王位に興味がないこともないが、ケーキさえいれば後はどうとでもなれという気持ちにさえなってきたのだ。
そう、今別れて気づいた。ケーキの修行と成長を願って『大会』に参加したが、国の先を見据える皇帝を見てケーキの将来を考え始めた。こんな危険なことになるならケーキと一緒にいればよかったと後悔ばかりが渦巻く。
「……お前の名声は私の元にも轟いていた。お前ほどの戦士が王位継承権を得れば、と思っていたが」
「それだけ買いかぶられると光栄の極み。秘宝を五つ、己の手で集めきったならば、銅騎士にでもならせていただきます」
「……まあ、いい」
皇帝は落胆のような表情をした。人間らしい表情を初めて見たのでアルコはようやく安心した。
やがて馬車は止まり、本当に人のにぎわうレストランに着いた。海に程近く外にまで広がったテーブルにはカップルや一人の客も揃っている。
こんなところで皇帝が食事をするのか、とアルコは驚いたが、彼は堂々と座って店員を呼んだ。アルコも、それに従う。
と同時に、黄金に光る鷹がテーブルの上に降り立った。
ニヨル帝国にある連絡方法で、鷹は王家専用のものだ。足首の輪を外すと、そこから書簡を取り出した。
「……む、急用だ。すまない、食事代は払っておく」
「いえ、滅相もありません」
注文だけした皇帝は、またも堂々と馬車へ戻っていく。まったく生きた心地のしない時間であったが、アルコは落ち着いて、名産である鮮魚の食事を嗜んだ。
そして、一人。
「いやケーキからめちゃくちゃ離れてしまった!!」
一人、叫ぶ。馬車の旅は、『真珠』拾いの会場には程近くなったが。
ケーキは追い詰められていた。
仲間たちの隠れ家があるという場所にロレーナに導かれるままあれよあれよと人気の少ないところに向かい、ついには袋小路で一人壁際に追い詰められた。
周りは廃墟だろうか、薄汚れた建物を管理するものはいないだろうが、確かに隠れ家であるらしく敵意を向けてくる者たちがいくらかいた。
「……ロレーナ、さん?」
「本当にバカなガキだね。見た目がいいから高値で売れそうだけど」
自分が騙されていることはすぐに気付いた。裏切られたことのショックよりも、ケーキはとにかくこんなに安易に騙されてバカだと罵られることの方がショックだった。自分が世間知らずで師匠がいなければダメな子供であることも、戦える戦士として見られていないことも辛い。
恥ずかしくて辛くて虚脱して、けれどロレーナを含めて五人かそれ以上の刺客を前に戦わねばならない。
「……なんか、逆にイライラしてきたので本気で殺しますよ」
怒りがあると同時に、たびたびアルコから教わったことをケーキは思い出していた。
『いいかいケーキ、屑野郎は殺すんだよ。男でも女でもガキでもなんでも、自分が殺されそうになったら王族でも殺せ。いや王族は殺したらまずい世界中で狙われるしそれなら殺されても変わらないな……ああいや、ならず者とか犯罪者なら正当防衛だから平気で殺せってそういうことだ。いいね?』
そう言いつつ、アルコが人を殺すところをケーキは滅多に見なかった。敵が複数人で襲い掛かってきても、血を流させたり四肢を切断させることがあっても死なせてしまったことは本当に少ない。それも不慮の事故のようなものしかない。
『私は本当に強いから殺さずに済む。だがケーキ、お前はそんな容赦はしなくていい。そういうのは油断とか慢心っていうやつだ。偉そうにしているから敵を殺さずに優しくしてやろうなんて思っちゃうのかもしれない。ケーキは優しいからな。でも私はそうじゃなかった、私は最初の頃は殺してしかいなかった。傭兵として雇われ護衛として殺して殺して、殺し続けて、それでやっと殺さずに無力化することができるようになったんだ。この頬の傷を見ろ。これは殺し損ねた相手に剣でぶっ刺された傷跡だ。穴空いてお口が二つになっちゃったんだからな、今はもう塞がっているが……。私はケーキにそんな傷を負ってほしくない。だからケーキ、平気で、本気で殺せ』
やたらとアルコは念押しするように、そういったことを何度も言ってきた。
しかし今ならケーキもわかる。殺さなければ自分がどうなるかわからない。アルコはケーキが心底優しい子だと思ってたびたび言い聞かせたが、ケーキはよく現実がわかる子なので即座に殺すと決めた。
懐から即座にナイフを二本投げた。それらは男二人の脳天に突き刺さる。音もなく放たれたそれを攻撃だと認識する間もなく、二人が倒れる音があってようやく戦闘が始まった。
「ガキィ!」
先頭にいたロレーナが鞭を手に襲い来る。中で、唯一名の知っているものであるが、ケーキはしゃがんで横薙ぎの鞭を躱す。
同時に指に嵌めるタイプのナイフを両手に装備してそれを右のナイフで切り落とし、左のナイフでロレーナの喉笛を掻き切った。容赦はなかった。
「うおおおおおおおおおおお!」
後ろにいた男が槌を思いきり振りかぶる。潰されればペシャンコにもなろうが、大仰な動きはバックステップで距離を開き、ナイフを投げればよい。
ナイフの一投目は男が振り下ろした槌に阻まれるが、その隙の二投目で致命傷。
同時に矢がケーキを掠めた。
(遠距離攻撃!?)
ケーキはアルコに技を教えられ、ナイフを投げることはできる。だが銃や弓矢のような徹底した距離を取る狙撃武器には滅法弱い。一人では勝てないほどに。
――だが掠めた矢は、廃墟から這い出てきた別の刺客に刺さっていた。
そして道の奥から、五人目を羽交い絞めにした二人組の女が現れた。
「タタタッ、助けにきたヨ~!」
陽気な女は腰元まで茶色い髪を伸ばしていた、ブーツやチョッキも茶色にまとめて統一感のある格好で、アルコと違った若々しさがある。奇妙な喋り方にケーキは眉を潜めたが。
もう一人の女は、その奇妙な女に一瞬呆れる素振りを見せたが、すぐケーキに向かった。クリーム色の髪がカールした少しお洒落な雰囲気もあるが、茶髪の女と同じパンツスーツスタイルで動きやすさや戦いやすさに重点を置いている分で只者ではないとわかる。
「えっと、初めまして。私はドラッグ・ルーム。こっちの変なのがロッコン。えっと、酒場出たところから尾行してたんだけど」
「尾行、何故ですか?」
警戒したケーキが懐のナイフに手を伸ばすより先に、ロッコンのクロスボウがケーキに狙いを定めた。それ以上武器に手を近づければ撃たれる、と確信するほどに迅速であった。
が、そのクロスボウの射線をドラッグが強引に動かした。
「こらロッコン! 脅かすなって言ってるでしょ! えっと、お嬢さん、私達は味方、味方。あんまりお嬢さんが強いから助けるの遅れちゃったけど、あいつらが奴隷商人って知ってたから隙を見て助け出そうとしてて」
「ソッソッその通り~! キラン!」
ロッコンはお調子者らしく横ピースで舌を出して笑う。殺意と実力は確かに感じたが、ふざけた態度にケーキはどうも調子が狂う。
「……でも、うん、申し分ない! 私達も『真珠』集めるところなの! 人数が多いに越したことはないし一緒に参加しない!?」
「……騙そうとしていませんか?」
さすがに騙されたばかりのケーキはロッコンとドラッグに不審の目を向ける。ロッコンが武器を収めた以上自分も武器を収めるが、それでもいざ戦えばロッコンが勝つのは目に見えていた。だから、言葉は合わせるが。
「してないしてない。これも何かの縁だと思って。えっと……人手、二人じゃ普通に自信ないし」
両手を挙げて無害を示すドラッグの態度には嘘も偽りもなさそうだ。それに捕らえるとか殺すというのなら、確かにこんな嘘を吐かなくても二人ならできそうであった。
今のケーキはお金も秘宝もそんなに持ってない。わざわざ騙すとすればアルコ絡みだが、そこから見張られていたとも考えられない。
「……わかりました、けど……」
「オウオウお嬢さん、仲間になるなら愛想良い方がいいよ~? 私みたいにね、キランッ!」
横ピース。滑っているけれど愛想良い方がいい、というのは事実だろう。
「私、ケーキです」
「ん、よろしく! それじゃ、えっと宿屋の方、チェックイン増やそうか!」
ドラッグが率いて、とんとん拍子にケーキは仲間を二人増やすことになった。




