真珠1
ケーキがまず向かったのは酒場であった。それほど大きな町ではないが、できるだけ大通りで人が多そうなにぎわっている場所を目指して。
師であるアルコはしょっちゅうこういう場所で情報を集め、また仲間を募ることがあった。他にも冒険者ギルドや兵の駐屯所などに足を延ばすこともある。
ただアルコ曰く『酒を飲んで気がおおらかになったやつとは仲良くなりやすいし、口も滑りやすい』、というのでケーキもそれを覚えていた。
が、しかし。
「ちょっとちょっとお嬢ちゃんいくつ? こんなとこ来たら駄目だよ真昼間っから」
「ガキぃ十年早いぞテメェ!」
「とっとと出ていきな!」
「あ、あの私、真珠拾い大会について……」
「テメェみたいなガキが参加できるわけねえだろ!」
お呼びではない、どころじゃなくブーイング一歩手前にまで徹底的に排斥されてしまった。
これにはケーキも応えた。人通りが多い大通りの真ん中でポツンと立ち尽くし、周りの人間がちょっと気にかけつつも無視して通り過ぎるような、そんな風景がまた胸を痛めた。
思えば家で愛され、奴隷として大事にされていたケーキがここまでひどい目にあったのは初めてだった。泣きそうなのをぐっとこらえて、手をぎゅっと握りしめて唇を噛み締めて、なお俯いている。
ギルドには登録なんかが必要になったり、場合によっては様々な条件が課せられることもあるからこの町でするのは考え物。駐屯所はどうだろう、とあくまで前向きに考えようとしていたところ。
「ねえお嬢さん、真珠拾いについて何が知りたいんだい」
酒場から出てきたやや露出の多い女が声をかけてきた。どこか優しい声音で柔和な笑みを浮かべている。
「あなたは……?」
「私はロレーナ。私も真珠拾いに仲間たちと出るつもりでね。アンタもそのつもりでここに来たんだろ? ガラの悪い奴が多いけどあいつらも悪気があったわけじゃないんだ。酒場に子供一人なんて不釣り合いだろ? あいつらも本当に悪い奴ってわけじゃないんだ」
そんな優しい説得を受けて、ケーキは確かに、と頷いた。アルコと回った多くの国々で子供は酒を飲んではいけなかったし、連れられながらしょっちゅうアルコが『そんな子供をこんなところに連れてくるな』と叱責を受けていたことも思い出す。アルコはどこ吹く風で自分のためにミルクなんかを注文してくれたが、こういう場所では今のような反応が普通なのかもしれない。
「さ、それより真珠拾いについてだね。情報と、できれば勧誘もしたいから一緒に来てくれないか?」
「は、はい!」
ケーキは感激しながらロレーナの背中を追う。
それを、陰から見つめる二人組がいた。
一方アルコは既に宿に入っていた。クルースは海岸の風景と『真珠』による観光業があるため、宿泊施設はある程度整っている。アルコが選んだのは町の中央に近い白塗りの大きな建物であった。
屋内に入ってチェックインを済ませて、まずアルコが感じたのは人の多さであった。潮風の通るようなガラスからは外からもロビーが丸見えだが、明らかに只者ではない戦士たちが談笑したり、見張りあったりしていた。
(『真珠』……、たくさん手に入るから今更こんなものを求めている奴いないかと思ったが、まさかこいつら全員『大会』参加者か?)
多少の警戒をしてみても、アルコほど強い者はここにはいないだろう。だがケーキを倒せる者、となれば山のようにいるだろう。ケーキはあまりに実戦の経験がない。野生の獣やならず者とは戦ったし、自分よりも小回りの利く武器で暗殺向きの戦法を得意とする十分な強さはある、と思う。
だがやはり、か弱い。ずっと庇護者であったケーキが海千山千の古強者たち相手に秘宝の奪い合いをするにはまだ年月が足りなさすぎる。
(……どうしようか。ケーキに会いたい……)
あまりに寂しいあまりに切ない、このまま大通りを歩きケーキやいケーキやーい! と大声を出して行脚するほどにまで傷心に駆られ、ついにアルコはホテルを出てしまったが。
そこにいたのは白銀の鎧に身を包む二人と、その間に一人。
黄金の冠と錫杖、豪奢なマントをまとい、後ろに控える馬車は皇帝専用のもの。
刻まれた皺と顔の下半分ほどを彩るカイゼル髭に、青い双眸はまっすぐアルコを見つめていた。
だがアルコはその皇帝本人をまるで意に介さず、二人の騎士を見つめていた。
ニヨル帝国最強の戦力『白銀騎士』、皇帝の右に立つのは短い黒髪の壮年の男で、左に立つのは銀髪の若い女。
二人とも大会参加者と思しき者たちとは雰囲気も迫力も違う。二人がそれぞれアルコと同等かそれ以上の実力者であると判断できた。
「……何か?」
先に口を出したのはアルコだった。警戒心と敵意を隠そうともしない態度は、周りで恐れ見守る国民たちとて肝を冷やすほどの不敬、男性の騎士が思わず剣に手をかけるのを、皇帝自らが制した。
「魔人殺しのアルコ、だな。まずは謝辞、よくぞ我が国民を殺した男を捕らえ、突き出してくれた」
偽エリゴスのことであろう、皇帝は頭を下げることもしないが、その謝辞には十分な価値があり、男の騎士は剣を収める。
「そこにレストランがある。食べながら話でもしないか?」
あまりにも身分違いの提案に、断れる道理もなければ、理由もない。しかしアルコの人生であっても王族からの会食の誘いなどはこれが初めてであった。
「……えーと、喜んで」
ケーキのことを忘れるほどに緊張しながら、アルコは王の馬車へと相席した。




