大会3
ごとごと揺れる馬車の荷台、蜂蜜漬けの果物が入った樽に目移りしつつ、港町を離れて街道の外の草原に目移りしつつ。
「『真珠』が手に入る港町クルースはそれほど遠くはない。ここで一眠りでもしているうちだ。……さあ、樽の数でも数えているうちに終わる」
妙に艶めかしい声を出しながらアルコは背中からケーキを抱きしめてつむじをすんすんと嗅いでいる。それほど離れていなくても一眠りしてても樽を数えていても、この奇癖だけはケーキも耐え難い。
「その『真珠』について、もっと詳しく教えてくれませんか? 私も自力で戦って取ることになるので、入念な情報収集をしたいのですが」
「ん、そうだね。命の危険も確かにある。けど真珠は難易度低いしそんなに気をつけなくてもいいと思うけどなぁ」
話を続ける主人から逃げようとケーキが少しもがくが、今回のアルコの拘束は解かれなかった。それでもつむじを嗅がれないから良いのだが。
「巨大な引き潮があって、海の水嵩が著しく下がり、そのタイミングで海面に真珠が浮き上がってきて、それを拾い集めるらしい。と足がつかないくらいに水は残っているからほとんどの場合はボートを出したり泳ぐ必要があるが」
「海面に浮かぶ真珠を拾い集める……ですか。どれくらい?」
「一粒でいいよ。だから参加者のほとんどが手に入れることができる。誰でも手に入る一つ目に相応しい」
聞いて、やっとケーキは安心できた。小さな吐息も、アルコはめざとく感じ取ってケーキの頭に顎を載せてうりうりと弄る。それが疎ましくて敵わないが、諦めてケーキはその愛撫を受けた。
「泳ぐかボート使うか、そういうのもケーキに任せるよ。なんならクルースで私以外の仲間を作ったって良い。これくらいは私の力を借りずにゲットしてほしいねぇ」
「わかりました。大船に乗った気持ちでいてください」
「おっ! いいねその自信!」
うへへと嬉しそうに笑うアルコに、確かな自信を持ってケーキは真っすぐな視線を返した。
ケーキという名前はアルコがつけたものである。
『どうしてケーキなんですか?』
『ケーキ好きだから。君のことも好きになれるわけだ』
アルコの直情の通りの行動だったが、このケーキという名前はすっかり定着した。
ケーキの前の名前は村奴隷特Aランク1、この名前の時の扱いもそれほど悪くはなかった。
なんなら最初、小さな村でニムという名前で生まれ育った時の方が一番扱いが悪かったと言える。
しょっちゅうよく分からない修行をさせられてはよくわからない村の儀式や祭事にも参加を強制された。家の手伝いは元より村中を回ったり、そのクセ男の兄弟には母のように尽くしたり、一番忙しくて見返りの少ない頃だった。なんでも特殊な家系であるというのはニムが奴隷になってから知った事実である。
奴隷の時の待遇は、なんならアルコに買われる時よりも良かった。特Aという奴隷の中でも最高位であることに加え、そもそもその商人は別の国ではきちんと法的に認められた者達で、奴隷を商品として売り買い管理することに誇りを持っていたし、人間の尊厳を蔑ろにする割には低いランクの奴隷たちも大人しく恭順しているくらいには扱いが良かった。ニムなどは自分がお姫様になったのかと思うくらいであった。衣服は奴隷のボロキレであったが。
奴隷商人の誘拐は違法であるが売買は合法、つまりアルコとケーキの出会いはあくまで合法であった。
大きな国の大きな街の小さなオークション会場、数十人の観客が舞台の上にてライトを浴びる奴隷を見ては手を上げ値段を言い競りをする。
目玉であったニムは一番最後にステージに上がり、それをアルコは魔人ヘルローズ討伐の報奨金全てを払い手に入れた。
『……なんで私を買ったんですか?』
すぐそばに商人がいるのにニムは聞いた。今より遥かに幼く十にもなっていない少女は、純粋な疑問からそれを尋ねた。
アルコは商人から離すようにニムを抱き寄せて、腰をかがめて視線を合わせて、言った。
『可愛いから。他の奴より絶対に私の方が君を幸せにできると思ったから。誰にもとられたくなかったんだ』
嘘偽りのない本音であった。人の心がないようなアルコであっても、子供の可愛さというものには弱かったのか、それとも育ちざかりの使用人が欲しかったのか、ともあれその態度がひどくケーキを安心させた。自分が攫われ、奴隷になったにも関わらずケーキが取り乱すことなく、また心に傷を負うこともなくいられるのは偏にそんなアルコの人柄のためであった。
『君が耐え難くなったらいつでも言ってくれ。私は君と共生したい。無論、奴隷と主人としてだけれど』
『わかりました、ゴシュジンサマ』
『主って呼んでくれ』
『え? なぜですか?』
『アルコと主って似てるし、いざとなったら私を名前で呼べるようになる』
全く意味不明な願い事であったが、アルコにとってケーキは対等な相手として見ようとしたための試みであった。
そしてアルコは戦闘も含めて様々な技術や処世術をケーキに教え込んでいく。二人の関係は主人と奴隷である以前に、親と子であり、師匠と弟子であった。
「じゃあ、ケーキ、出会ってから二年間、短いようで長かったけれど、クルースについたからとりあえずはお別れだ。これからは秘宝の五つ目、『蜜』を得るまでは別行動になる……いや別行動って言っても大体の行先は同じだし、というか最終的に合流しなきゃいけないからチェックポイント的に君を探しては出会うことになるけれど、大丈夫か? 嫌なら一緒に頑張っていこうと思うけど……、あ、お金とか大丈夫じゃないしいくらか持たせるけど……あと仲間を組んで良いって言ったけど男は許しませんから……、ど、奴隷だからな! お前は! 離れるって言っても奴隷だからその命令は絶対だからな!? 嫌なら一緒に行くのも全然いいから……、親離れできないっていうケーキの気持ちもあると思うし、だな」
いざクルースについて、覚悟を決めていた、と思っていたはずのアルコの方がしどろもどろと言葉を詰まらせながら別れの言葉のような、後悔めいた言葉を寂しさ全開で振りまいていた。
厳しい言葉を向けようにもケーキに視線を向けると寂しくて泣きだしそうなアルコであるが、もうケーキは呆れ果てて溜息をついて苛立ちすら覚える始末。
「えっと、っていうかケーキが『真珠』をゲットできないこともあるよな! 次の『氷』がある洞窟は北だからクルースの北にあるベリティアっていう宿を待ち合わせ場所にするからそこで待ち合わせだから、えっと……」
「主、見苦しいのでとっとと行ってください」
「いっ! 見苦しいって! 手持ちのお金も充分じゃないでしょ。もうちょっと……」
懐から金貨袋を取り出すアルコの姿に、ケーキはついに怒りが限界に達した。その金で繋がりを求めるような姿は主人に見たくないものであった。
「最近は宿も食事も私が手配しているでしょう! お金が足りているのは私が重々承知しています! もうさっさとどこへなりとも消えてください!」
「う、ううっ、ひどっ! 『真珠』が出るのが明後日だから明々後日の朝にベリティアだからな! 三日後だからな! ……うぅーっ!!」
普段から余裕たっぷりのアルコとは思えないほどの取り乱し振りにケーキも少し戸惑っていた。ただそれ以上にケーキは反骨精神たっぷりのお年頃、俗に言う反抗期のようなものなので、アルコから向けられた期待の分だけ自分自身の力で色々やってみたいという気持ちに溢れていた。
クルースは二人が最初に訪れた港町同様に海沿いの街であるが、船を止めるには海岸と海の深さが合わずに船を使った交易が難しい、港がないためにそれほど栄えていない。
つまり、より田舎臭くて、大きい建物もなくて、人に活気がない……。
と思いきや、完全にそうではない。田舎臭いし大きい建物もないが、それにしては人が多く活気にあふれていた。
ふと、ケーキは主人が去ったのを見送った後、建物にチラシがあるのを見た。
「……『真珠拾い大会』?」
内容はその通り、真珠拾い大会が明後日に行われるということで、参加費を払って王位継承権を得よう! という文言で人を集め金を集めようという企画するものであった。
要するにこの村では船での交易をおこなえない分、季節的に発生する『真珠』の出現と帝国の王位継承権が与えられる『大会』を絡めて目玉行事として興行収入を得ているわけであった。これなら村がしょぼくてもそれなりに人を集められるわけである。
しかしこれはケーキも考えを改めなければならない。
この調子では、恐らく多くの人が集まる。それも村人のルール通りに動かなければならない形での参加を余儀なくされる。
秘宝を集めるだけの大会ではなく、ルールの定まった競技であるならば、状況が変わったならば、情報を集めねばならない。
不測の事態を前にして! しかしケーキは不敵な笑みを浮かべていた!
初めての一人での行動! 一人での戦い! 王位継承権をめぐる戦いの中で己の実力を試す機会!
昂揚感! 挑戦と初体験が少女に昂揚感を満ち溢れさせていた!
せいぜいが山賊相手に技を振るうだけで訓練した戦闘力も発揮できない、毎晩毎晩愛玩人形のように抱かれて眠る子ども扱いの日々を、ようやく脱却できる。自分は強い一人の人間であると誇示できる。
未知への挑戦! 実力の誇示!
ケーキは堂々と歩きだした。肩で風切り、胸を張り、まっすぐ、ずんずんと進んだ。
大会、一回戦『真珠』、始まります。




