大会2
アルコの人生は限りなく単純にできていた。
第一に己の感情以上に優先するものがない。寝たい時に寝る、お腹が減ったら何か食べる、限りなく理性はないに近い、自分の欲望のために生きているといって過言ではない。
多種多様な魔法があるこの世界で、己に魔法の才能がない時には悔しくて一晩中泣いた。一晩中泣いた後、負けてなるものかと剣を振り続けた。そうして剣の才能と、遅れてきた魔法の才能に恵まれた。アルコが六つの時である。
親は、良くも悪くも放任的であった。それでアルコはのびのびと成長したが、その分他人への思いやりやらには少し欠けるところがある。何度か痛い目を見て彼女もだいぶ学んだが、そのクセは今でも抜けていない。
だが他人を見下すような悪癖は徐々に周りから非難されなくなっていた。理由は二つ、一つ目は単に人間とそれほど深い関係を作らなくなったから。傭兵として各地を転々としているうちに、そういう奴だと異名と共に認知されて行ったのかもしれない。
もう一つの理由は、彼女がそれだけ強いからである。アトランタとヘルローズ、二人の魔人を殺した彼女を悪く言える人間などそうそう存在せず、偉そうな態度も実力があるからこそ認められるようになった。
「ケーキ、食事の用意は」
「できています」
「洗濯は?」
「掃除も日誌もベッドメイクもできています。風呂の準備は宿の主人がしている最中です」
「さすがケーキ、優秀すぎる」
「そう仕込んだのは主です」
満足そうなアルコに対して、ケーキは表情を変えることなく黒い髪を揺らして小さくお辞儀をした。
奴隷の少女も今はフードを外しており、また個人的な空間から黒い長髪から見える表情には安心した年相応の柔らかな笑顔があった。
奴隷であるケーキにとって主人がどのような存在であろうとすることは変わらないが、アルコは主人として優良物件だった。強制されて一緒にいるし身支度などで忙しいが、離れて途方に暮れるくらいなら彼女と一緒にいた方が幸せになれるというのは明白だ。
ただ一つ悩ましいのは――。
宿屋の一室、非常に簡素なボロ屋で物を入れるための箱と一つのベッドしかないような部屋で、小さなランプ一つから伸びる影が部屋の薄暗さを強調してしまうような空間。窓はなく、入り口は一つ、ともすれば悪人を収容するような場所。
アルコがケーキを背中から抱きしめてつむじのところをすんすんと嗅ぐ。
「眠いのですか? 風呂も食事もまだですよ」
「ケーキが可愛いからだ」
言いながらアルコは自分より頭二つは背丈の低い少女にキスをした。アルコが奴隷としてこの少女を買ったのは、身の回りの世話を全てさせるためであり、かつ単純に見た目を非常に気に入っていた。ケーキさえいれば他の誰も必要ない、と最近アルコは本気で思っているほどだ。
幸せそうにうっとりするアルコは、よくこんな調子でケーキを抱いて眠っている。生きた抱き枕のようにされることはもう慣れているが、風呂も食事もなしでは奴隷としてケーキが溜まったものではない。急いで、彼女は話を紡ぎ始める。
「七つの秘宝、集める手立てなどは考えておられますか?」
「ん、今日は饒舌だね?」
「いえ、誰もがなし得なかった大会の優勝ともなると、流石に不安で」
もはや情事一歩手前、無遠慮に喋るケーキは、確かに表情を不安げに曇らせた。それはこの奴隷の少女にはあまりに珍しく、アルコも大仰に驚いてその気分を失くしてしまった。
「不安! ケーキも不安とかあるんだ。可愛いね」
「私、死にたくはないです」
「そうかそうか。じゃ、説明しよう」
言いながらケーキをベッドに座らせて、アルコは荷物の中から紙の束を取り出す。明らかにウキウキとご機嫌で、手に紙を持ったまま、ケーキの横に腰掛ける。
「ん」
そして、ぽんぽんと自分のヒザを叩く。その合図でケーキは少し呆れながらアルコの膝の上に座った。
「じゃあお勉強タイムだよケーキ。七つの秘宝は、『宝剣』『宝玉』『鱗』『真珠』『氷』『蜜』『目玉』、と呼ばれている。入手方法も場所もきちんと情報が出ていて、大体の大会参加者は既に三つから五つは手に入れているんだよ」
「すでに半分以上手に入れている人がいるんですか。じゃあ優勝するのは無理では?」
「早計だね。既に数年経っているのに、何故いつまで経っても優勝者が出ないか、その理由がきちんとあるわけだよ。ん?」
言いながらアルコはケーキの頭をなでたり顎を撫でたり、心底楽しそうに教授していく。撫でられるケーキはむず痒そうにしているが。
「『氷』、『蜜』、『真珠』は割と簡単に手に入るんだ。洞窟の奥深くにある、氷龍の守る溶けない氷はほぼずっと眠っている氷龍の横で削ればいいんだ。これは度胸試しみたいなもので誰だって手に入る」
「誰だって、は言い過ぎではないですか?」
「王位継承権を得ようって戦士なら誰だって手に入れるさ。次に『真珠』は定期的に干ばつや季節による潮の満ち引きで出てくる貝から手に入る『サーレン貝の真珠』、これを取ればいい。っていうか、これが取れる季節が来たから参加することにしたんだけど」
だから、これが最初に手に入れる秘宝、と付け足してアルコはケーキを撫でる。ケーキの頬をむにむにする。それにケーキは睨むような顔をして、慌ててアルコは話を変える。
「『蜜』は『世界樹オールラン・ジル』の樹液のことで、これは周りにそこそこの魔物がいて、それを倒せる奴ならだいたい採取できるんだ。難易度が高いから普通の依頼なら超高価報酬だけど、王位継承権と比べると簡単なんだ」
「……四つ目はどうなんですか?」
「『鱗』だな。火山の火龍からとれる『鱗』、獰猛で厄介な魔物だが、『鱗』だけなら売買するなり近くで拾うなり手に入れる手段がある。私なら直接剥がしてやれるがね」
「そうでしょうね」
平然と、むしろ当然だと言わんばかりにケーキは頷いた。ケーキは主が女に現を抜かすアホであるという理解があるが、実力が本物で最強に近いというくらいには思っているため、他の者にできることは大体できるだろうという風に考えているからである。
ただ褒められ慣れていないアルコは戸惑ってしまうが。
「……四つ手に入れることができるとして、なぜ優勝者は出ないのですか?」
「そ、それは残り三つの難易度が高いからさ。まず『目玉』は世界樹の近くにある不気味な『魔生物ヴェリトン』。目玉だらけの化け物らしいが、それを戦って勝ち取らないとダメ。だが神出鬼没で森のどこに出てくるかわからないし、火龍より不気味で奇妙な術を使うというし、挙句目玉は簡単には抉れないから。ただ、これもいくらかの奴は手に入れているだろう」
「では、猛者は五つ手に入れていると」
「そう。けれど『宝剣』はまず無理だ。『魔人サイア』……、彼女の持つ十本の宝剣のどれかを奪ってこいということだ。一番死人が出ているのはこれだろうな」
そう語るアルコの目はどこか遠くを見据えていた。
『魔人殺し』と呼ばれる女の、既に二人の魔人を殺した女が、新たに魔人を殺さなければならないと言った状況にどういう想いを抱いているのだろうか、そんなことをケーキは考えた。
「そして『宝玉』……、誰もが最後に手に入れようとする、帝国の至宝」
「帝国の至宝?」
「『国宝ヴェイルストーン』……、特別警備を強めているわけでもなく、盗もうと思えば誰でも盗める場所においてくれている。が、盗めば帝国の軍が動きそいつを殺す。だから六つの秘宝を得た後に、国宝を奪ってそのまま皇帝に献上する。それが『大会の優勝条件』というわけだ。最初に奪ってもダメだが、七つの秘宝を集め皇帝に
献上した者には、宝玉を帝国から奪い去ったことを免除するほどの恩赦が与えられる。この恩赦をもって大会に優勝するということになる」
「そうですか。……聞けば、魔人さえどうにかできれば簡単そうですね」
「そうは言ってもほとんどの人間は一つも手に入らないさ。私が強いからだいたい簡単って言っちゃえるだけ」
「自画自賛をしていたのですか」
「いや客観的な事実だよ」
なんて言いながらわっはっはとアルコは笑う。自画自賛の自己賛美、油断としか言いようのない余裕っぷりも今に始まったことではないのでケーキは特に反応せず呆れて見せる。
「おめでとうございます。優勝」
「いや、そう簡単にはいかない」
と真剣にアルコが言っても、ケーキはあまり本気にしない。アルコは一応警戒するが、今まで何度だって平気で乗り越えてきたからである。
「『魔人サイア』……、あいつは別格だ。参加しようと思えばいつでも参加できるこの大会、参加しなかった理由は『真珠』じゃない。『サイア』と戦う覚悟が決まったからだ」
語るアルコの表情を、ケーキは真剣に見ていた。自分をいじくることなく、自分を見ることもなく語るアルコには確かな決意と覚悟があった。戦士として、傭兵として、一人の人間として生きる道を見据えるアルコの姿は普段とまるで違う美しさがあったから。
「その魔人を知っているんですか?」
「会ったことがある。というか、殺し損ねたというか、逃げられたというか」
「勝っていたんですか?」
「ああ。と言っても、今戦えばどっちが勝つかはわからないけど……今はお前がいる。様々な技術を教え込んだお前が」
頭を撫でるアルコの表情は慈しみに満ち眦は下がっている。その愛撫を受けるケーキは自分の手を血に染めて覚えた戦闘技術を思い出す。
「……そして、この大会に参加するもう一つの理由は、お前だ、ケーキ」
「私、ですか」
再びアルコの表情には真剣さが灯っていた。慈しみながら、しかしどこまでも真剣な、成長を見守るような親のような表情。
「大会は五つの秘宝を献上すれば離脱することができる。……お前の修行のために、この大会、五つの秘宝をお前にも集めてもらう」
突然の提案にケーキは言葉を失くす。だが、奴隷である以上自分には反論することは許されない。
危険は承知であろう、奴隷という所有物を失う覚悟以上に、そして自分の大事な愛弟子で旅の仲間であるケーキを失う可能性をアルコも考えたはず。
それでも、修行をさせるのもアルコなりの親心のようなもの。
「……できる限りやってみます」
「よく言った。……なあに、今のお前ならきっとできることだ。お前は強い、安心しろ」
言いながら、アルコは正面からケーキを抱きしめた。普段は背中から抱き着きつむじを嗅ぐのだが、珍しいこともあったものだ、とケーキは何故か照れた。
二人はそのままベッドに倒れる。結局、風呂も食事もどこへやら。




