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大会  作者: 陽田城寺
11/13

真珠:幕間

 窓から吹き抜ける風に潮の香りは少なく、どちらかと言えばクルース北にある森の新緑が香るようであった。

 病院、とは言うが形式としては宿に近く、清潔なシーツに広いベッドがあるが、確かにここには医者がいて、金を払えば治療を受けられる。

「無理をさせたな、ランニングマン」

 ベッドに横たわるのはランニングマンと名乗る男であった。既に意識は回復しており、見舞いに来たアルコと談笑している。

「ああでもしなきゃ全員やられていたかもしれない。お前が謝ることじゃないさ、魔人殺し」

「そう言ってくれると助かる。ま、『大会』の優勝はお前が入院している間にいただくかもしれないがな」

 これはアルコも冗談半分、本気半分だ。あまりに長く休んでいると、それくらいの余裕は出る。そもそも、まだアルコに優勝する気はない。

 だが、ランニングマンからは意外な言葉が出た。

「それなんだが、俺も優勝はしないよ。元々『真珠』の筋力増強が目当てなだけだったからな」

 妙に爽やかに言われるも、競技ではそんなことをしても何の意味もない。

「って言われても、なんでまたそんな」

「とにかく速く、走ってみたかったんだ。魔法でもドーピングでもなんでもして、速く、できる限り速く。……でも今回、死ぬほど走って満足したわけだ」

 ドラッグと違う形でもランニングマンも何かしら悩みを抱いていたのかもしれない。それを突破するための打開策としてたまたま『真珠』を選んだ、と。

「……ま、それで満足なら私もうれしい。ケーキを助けてくれたことには感謝している、が、ここまでだ。またいつかどこかで出会えたら酒でも奢るよ」

 今はランニングマンの骨折と腹部の傷などが原因でアルコールは厳禁だ。さて、奢る機会などあるかどうか、とアルコは嘯くが。

「あ、これを持っていけ。いざと言う時に」

 ランニングマンが渡したのは、薄汚れた布だった。ちょっと臭う。

「……ゴミか?」

「フレグシートを知らないのか?」

 手のひらに収まるほどの小さな布をひらひらと見せつけた。

「この大陸じゃ鳥を使って手紙のやり取りするんだ。その宛先がこの紙の臭い。犬みたいに臭いを辿って鳥が飛ぶわけだ。……要するに困ったら助けを呼べってことだ。俺はこの大陸出身だからな」

 言われてはた、と思い出す。皇帝が金色の鷹で手紙を受け取っていたが、ああいう情報伝達手段は皆に開かれているらしい。

「じゃ、ありがたく」

 なんて言いながら、果たしてこんな走る男に助けを求める日が来るのだろうかと首をかしげる。大きい河を渡る時に橋が壊れていたら……と思っても海を割る女なのだから、やっぱり想像がつかない。

 ともかくその場は後にした。順調に『蜜』と『目玉』が取れる森まで秘宝を集めていけば、彼の手を借りることはないだろう。

 病院の外、アルコを待つ者が三人いた。

 愛しの奴隷ケーキと、彼女が仲間にした二人の傭兵。

 病院を出てすぐ、アルコは頬を膨らませて不機嫌を隠そうともしなかった。

「あの、主。私の仲間のロッコンさんとドラッグさん、です。改めて」

「ヨロヨーロシクシーク! ロッコンです」

「えっと、ドラッグ・ルームです。……ええと、旅に同行してくださるって本当ですか?」

 ロッコンは相変わらず、であるがドラッグとケーキは緊張していた。ドラッグはもちろんだが、ケーキとしても初めて恋人を親に見せるような気持ちで、妙な居心地の悪さと気恥ずかしさと、ちょっぴりの見栄があった。

 ケーキが彼氏を連れてきた娘というならば、しかしアルコは厳格な父親といったところだろう。

「……ぐ」

 しかしケーキが二人を大事にしているのも、二人がケーキを助けているのも知っている以上強くは言えない。今から二人きりでの旅に戻ろう、などと言うと空気の読めない大人になってしまうのだ。

「よろしく頼む……!」

 歯を食いしばり血の涙を流さんばかりの勢いで、そんな呻きをアルコは漏らした。

「体調悪いの?」

「さあ……」

 ケーキは不審そうにアルコを見るが、付き合いは長いので別に問題はないと判断した。

「トニカクトニカク! 行こう、北へ。『氷龍の洞窟』へ」

 ロッコンが先陣を切って走り出す。おいて行かれぬように、とドラッグ、ケーキ、アルコが続くが、また突然、ロッコンが踵を返した。

 その先は、二人をかきわけてアルコの方へ。

「エイムって女、知ってる? 傭兵やってたんだけど」

 アルコは首を捻って、考える素振りをしつつケーキを見た。特に何の含みもないためケーキは反応しないので、アルコは率直に答えた。

「これといって記憶にはない。尋ね人か?」

「昔同じ職場であって、すごく印象に残っていて。……あ! でもでも! もしエイムに会っても私のことは言わないでほしい。できれば、顔を見てわかってほしいから」

 このお願いはケーキも初めて聞いた。おそらくはあとで注意するつもりだったのだろうが、この時の彼女のどこか遠くを焦がれる視線は、儚げで思わず応援しようと思うものだった。

「わかった。約束しよう」

「なもんで、コレコレ!」

 そんな淡い雰囲気を払拭して、妙に明るくロッコンが取り出したのは一片の布切れ――フレグシートである。

「エイムに出会ったら鳥バサバサ、ヨロシク~」

「ほー。流行ってんだな、鳥バサバサ」

「鳥バサバサじゃなくてレターバードだけど……ま、何でもいいでしょ」

 ドラッグのツッコミは全く聞かず、ロッコンが楽し気に鳥バサバサと言えばアルコもそれに追従する。子供のケーキが呆れるほどに。

 何はともあれ『真珠』を得た四人、次の目的地は氷龍の洞窟の近くアイルの町。

 次なる秘宝『氷』を求めてゆく先に何が待ち受けるのか。



――――――――――――――


 ――影が揺らめく。

 

 両手首を失ったギョブであるが、貝魔王騒動のおかげで無事『真珠』は入手できていた。

 ランニングマンが小賢しく入院しているのを『意趣返し』してやろうか、などと思ったが、誰もが『真珠』を持っているのでそんな無駄な真似はやめた。

 憎いのはアルコだ。手首を落とされて、それでもトロール族のハーフであるため大きな傷ではない。ただ完全再生というわけにはいかず義手くらいは必要になるだろう。

 両手は病院で包帯を巻いたまま。予定であった氷龍の洞窟は後回しにし、火龍の住み着く火山近くで義手を作る風に予定は変更したが、なおも秘宝を集めることは諦めていなかった。

 恵まれた体格と筋力は他の参加者にはない圧倒的なアドバンテージ。異種族の皇帝となれば、疎まれ迫害されたこの出自も輝かしいものになる。

 なにより彼は力が好きであった。権力、暴力、剛力、誰もが自分より小さく跪き、己の圧倒的な力で他を倒す、生物として生まれた以上誰もが望むべく勝利を、『大会』で優勝することで絶対にするのだ。

 勝たねばならぬわけではない。だが勝ちたい、強くありたい、何物にも勝り、その力を誇示したい。

 だからこそアルコは許されない怨敵となった。自分に矢を放ってきた敵もいたようだが、遠くから地味な攻撃しかできないやつなど眼中にもない。

 病院を出て、爽やかな風が抜ける。建物の前には待たせていた馬車があり、白馬がヒヒンと調子よく嘶く。

 導かれるのは火山の町フィネンではない、勝利への道――


 ――影が揺らめいた。

 ギョブの足元から伸びた影は彼の背後で人の形となり、その鋭いナイフで首を貫いた。

「んっ!? ご……」

 不意の攻撃に手を伸ばすが、その手は既にない。抵抗することもなく、致命的なところまで喉笛を掻き切られる。

 ついに血を吹き倒れるギョブは、地面に倒れることなく、己の影に落ちて、沈んだ。

(この巨体からなる『怪力』、得た……)

「乗りましたかー? 出発しますよー? ギョブさーん?」

 御者が馬車の裏まで回ってみるが、そこには既に()も形もない。

 

 野心と共に大陸を訪れ、この世界のどこからも消えてしまった一人の男。馬車の御者は約束をすっぽかされたと怒って帰り、しかしそんなことも日々の中で忘れ行く。

 生命を奪う『殺人鬼』はそんなことを考えもしない。ただ貪欲に、己のために殺しを重ねる。

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