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大会  作者: 陽田城寺
10/13

真珠7

 土台になっているランニングマンの疲労の方が強かった。

 触手は既に数十本の全てが二人を狙っている。ランニングマンはそれを躱して、逃げようとするものの、逃げられるわけもない。

「逃げるなランニングマン、お前はまっすぐあれに向かって走れ」

 アルコはそんなことを言う。実際にアルコは、全ての触手を漏れなく叩き切っていた。自分もアルコもまだ攻撃一つ掠りもしていない。

 だが、恐怖はまだある。何よりギョブから受けた一撃の痛みが徐々に増してきた。

 それにアルコの剣術がどのような体の負担があるかというのも土台になってわかる。ただ土台をしているだけのランニングマンが肩や全身に疲労がのしかかってきた。

 ――どのみち死ぬ。ここで消耗しても、突っ込んでも死ぬのではないか。そこまで追い詰められてようやく彼は駆け抜けた。

「あとは任すぞ魔人殺し!」

「だから最初からそう言っているだろうが……」

 必死なランニングマンに対して、アルコは楽しそうに呆れて見せた。どうも、彼女はそういう人間の必死な覚悟が好きらしい。

 ついに貝魔王が最後の攻撃か、触手を数十本束ねて一本の巨大な触手にした。弾力も圧力もまるで違う、今までと同じように簡単に斬れるとは思わない。

 死を覚悟して、なおも、しかしランニングマンは走った。死に急ぐとはこのことかもしれないが、生命についてしか考えられなくなったランニングマンにとって行えることは走るだけだった。

 思えば走るだけの人生のようなものだった。歩行能力をとにかく鍛え、地元でも陸上競技の選手として有名になり、ついには魔法さえも走力にかけた走るだけの男。

 競技大会で魔法による違反を疑われてからその夢を絶たれたが、それでも彼は走ることを辞めなかった。走ることしか残されていなかったから、その技を磨き、名を挙げようとした。

 だから、死に直面してもなお走るしかなかった。

「覚悟決めたかランニングマン! あっぱれだ」

 力尽きかけたランニングマンの高度が下がる。巨大な触手を前に、ちょうどアルコは剣を、ギョブがしたように天に掲げていた。

 正常に呼吸することもままならず徐々に堕ちていくランニングマン、それでも走ることを辞めず、降下する中で首にまたがるアルコの剣は、その巨大な合体触手さえもバターのように切り裂いた。

 ――届く。

 ランニングマンの足はゴールに届いた。

「オラァッ!!」

 海をも割るアルコの斬り上げる剣の一撃は、貝魔王の殻を強引に開かせながら、それに大きな罅をもいれた。

 そしてなおも勢いはやまず、殻が砕けていく。

『バミュゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!』

 初めて貝魔王の苦悶と思しき超音波のような高音の叫びが発された。同時にいまだに残る触手をアルコの元へと殺到させるが、それもアルコは切り伏せていく。

 だが、足がそうはいかない。

「ランニングマン、もう少し踏ん張れ! このままじゃ皆死ぬぞ!」

 そうは言っても、もう聞こえていないのだ。耳も遠く、目も見えていない。ただ真っすぐ走る、前に走る、それだけが今彼に残されていたことだった。

 それでもランニングマンは走っていたのだ。もう腕でアルコの足を支えることすらせず、己一人で走っているような心持で、前へ、前へと。

 安定感の失われたアルコは、それでも己の体幹と足の力を駆使して剣を振り回す。水に投げ出されるよりかは、ランニングマンの力を借りた方がまだマシだった。

 そんな衝撃も今のランニングマンにとっては疎ましいことこの上ない。それでも振り解くような動きをするくらいなら、そのまま走り続けたかった。

『バミィィィィィイイイイイイイイイイイイイ!!』

 根負けしたのは貝魔王だった。

 大砲のように、ギョブほどの巨大な『真珠』を吐き出したかと思うと、その衝撃と勢いのまま貝魔王は貝殻を強引に閉じ、空を飛ぶように跳ねて遠洋の方へと逃げて行った。

「うっ、お!」

 巨大な『真珠』をぶつけられそうになりながら、アルコはそれさえも両断した。

 が、同時に再び貝魔王が起こした波に流される。それを斬ることも一瞬考えたが――

(……いっそ流された方が岸に戻るのは楽そうだな)

 ランニングマンが限界であることは彼女も分かっていた。肩車の体勢はやめ、おんぶするように彼の体にしがみつくと、そっと首を絞めて意識を強引に落とした。

「死ぬなよランニングマン! 美味い酒でも『真珠』でも奢ってやるからな!」

 やがて二人は波に飲まれた。流れていく先は、距離としても岸であろうが。



 岸には多くの参加者が避難していた。そも人間同士の争いくらいしか危険のない『真珠』であったのに、貝魔王の襲撃というイレギュラーの事態があって完全に会場は意気消沈の様相を呈していた。

 そんな中で平然としている、どころか妙に上機嫌なのはロッコンその人である。ボロボロのクロスボウに鎖付きの矢をセットして海の方を見ている。

「……ドラッグさんも目を覚まさないのに、なんで鼻歌なんて」

「心臓も動いているし水も飲んでない。むしろちょっと寝かせてやるくらいがちょうどいいのさ~」

 海に向かって歩きながら、ロッコンはなおも楽しそうに、靴をとんとんと踏みしめる。

「ケーキ、ドラッグをもう少し陸の方に。波が来るよ」

「……ロッコンさんは?」

「ん~、安全確保?」

 言いながら、ついにそのクロスボウ最後の一矢を放った。衝撃で分解しないように、手で機器の脆い部分を強引に抑えて、矢はまっすぐに飛んでいく。

 突き刺さった先は、最後に貝魔王が吐き出した巨大真珠、をアルコが半分に割断した片割れ。

 見事その真ん中に矢が突き刺さると、今度はクロスボウの最期の機構として鎖を巻き取り、波よりも早くにその巨大真珠を引き寄せる。

「ンンン……無茶か。砕ける、こっちもあっちも」

 鎖を巻き取る速度が遅くなっていく。波のおかげでこっちに近づく速度に変わりはないが、クロスボウは奇妙な音を立てて力を失くしていき、また近づいてきた真珠も目に見えてひび割れが増えている。

「……マー、ヨシ」

 やがて鎖を巻き取る機能が完全に止まると同時に、『真珠』の半分はバラバラに砕け散った。そして、それらは波に合わせて大量に岸へと流れてくる。

 また、貝魔王が去ったからか引き潮であったのがまた満ち潮へと変わりゆく。先ほどまで砂浜だった場所なのに、もうロッコンの足は水に浸かっていた。

「……しかし、『魔人殺し』アルコか。化け物だ」

 一人、波に打ちひしがれながらロッコンは呟く。射手として実力をつけて満足するに至ったというのに、ここにきて上の存在を目視し、再び修行と訓練の日々をすべきかと思い悩む。

「ロッコンさん! ドラッグさんが目を覚ましました!」

「オッ! じゃあ帰ろうか!」

「え、帰るんですか?」

「だってほら」

 遠くから声をかけるケーキも、海を見ればその意味は充分わかる。

 海一面に広がる、浮かぶ『真珠』の残骸たち。

『大会』の秘宝の一つ目『真珠』は誰の手にも渡ることになった。

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