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 夜は素晴らしい隠れ蓑だ。

 もちろん殺し屋の業務時間とは夜なのだろう。

 春はそう信じていた。

 しかしやはり本日の業務も日中に行われた。


「ああっ! しっかりしてください! 傷は浅いです!!」

「もう死んでいる」

「ルゥマさん、悲しみに支配されてはいけません。彼女の死が安らかであることを祈りましょう」

「即死だったから苦しんでいない」

「最低です! このひとごろし!」

「お前は本当に忙しい奴だな」


 あまりに手際よくさくさくと殺してしまうので、春は住居を同じくしている男が人を殺していることを、死体を目の前にしてもすぐ呑み込めないようだった。しかし二拍ほど置くとそういえばこいつ殺し屋だったと気が付いて罵倒してくる。ルゥマは早々にこの気性を理解して、仕事を手伝わせるのはやめようかと考え始めた。

 今日の家は昨日の家よりずっと小さくて、言い方は悪いが粗末なところだった。

 複数の家庭が部屋を分けて暮らしている集合住宅の一室だ。薄い壁を数枚隔てた向こうから、幼い子供の泣き声が聞こえてくる。

 被害者は中年の女性で、主人と子供は仕事や学校に出かけていたのだろう、一人で掃除などをして過ごしていた。

 そこにむくむくと煙が立ち込めてきて、女性はどこかの部屋で魔法をかけたまま放置してしまったのだろうかと慌てて出所を探りに部屋を出た。するとちょうど足首辺りに紐が掛かっていて、彼女は躓いてしまった。

 彼女も立派な魔法使い(オトナ)だ。

 体が床に落ちる前に浮遊して戻ってきた。

 反動の魔法は落ちるスピードと同じスピードで上がっていくことで相互の力をゼロにする基礎魔法だ。体が起き上がるスピードは通常よりも速い。それに、その時に頭の後ろに何が置いてあるかなんてわざわざ気にしたりしない。

 たから彼女はあっさりその後頭部にルゥマの持っていた鈍器の角を自ら押し当てて、脳震盪を起こして倒れた。

 ルゥマはその瞳に薬を入れて脳を更にかき混ぜて、彼女の脳はぱったり死んでしまったのだ。


「こわい!」

「今回は自然死を装うオプションが追加依頼されていたからな」


 彼女の遺体はその鈍器―――大振りの写真立て―――が元々飾られていた場所まで運ばれていって、写真立ては自然を装って改めて彼女の頭めがけて落とされた。帰ってきた人は帰ってきた人は事故で落ちてきた写真立ての角に頭を打って、打ち所が悪くて亡くなったと思うだろう。


「こわいです!」


 再び遺体目掛けて額縁を落とすルゥマを見て春は再び叫んだ。

 遺族は彼女がどのようにして亡くなったのか知ることもないのだ。

 もしこれが自分の身内だと、想像してしまうだけで、喉の奥から諸々の何かがさーっと引いていくような気分だ。

 しかしそんな恐怖に溺れている真っ最中に、ルゥマは春の頭を上から押しつけて床に落とした。


「何するんですか! 殺されたかと思いました!」

「静かに! 治安維持班だ」


 窓の外を真っ赤な衣装の魔法使いたちが綺麗な隊列を成して飛んでいた。乗っているのは真っ黒な箒だ。ゴミがよく目立ちそう。


「不正を成す魔法使いや役立たず(トンペ)がいないか見回りしている。僕たちの敵だ」

「見つかったら、私たち、生ゴミにされちゃうんですね」

「そうだ。それに殺しをやっているところを見られたらそれどころじゃない」


 また別種の恐怖が襲ってきて、先ほどまで狼狙していた春は一周して静かになった。

 自分の命を守るためにはここはクールでなくてはならないと本能で悟ったようだ。


「あれはパトラという男だ」


 ルゥマは窓枠の下でしゃがんだまま小さな鏡を傾けて外を窺っていた。映っているのは鼻の尖ったいかにも神経質そうな男だ。目は細められて、空に留まったまま下方をくまなく見分している様子だ。

 二人のいる窓より僅かばかり高い位置にしばらくいたが、後ろに整列する四人の赤い男たちに腕で合図すると真っ直ぐ上に上がっていって、その姿は見えなくなった。


「トンペに厳しいという噂だ。五尊師のリネールのお気に入りと言われていて、僕も何度か追いかけられている」

「ごそん…」

「天敵だ。あいつに限らずあの赤い服装を見たらなるべく避けろ」


 聞き慣れない単語に人名らしき単語が付随してきたが、その説明はなかった。

 彼らが立ち去るとルゥマはそそくさと階段を降り始め、さっさとその場を後にした。


 ***


 パトラは人より正義感溢れる治安維持班員だ。

 親に愛されなかった哀れなトンペのために日夜労力を惜しまない。生き残ってしまった可哀想なトンペを殺してやるために日々巡回をしているのだ。

 この島で第三位の権力を持つリネール女史から気に入られているのは、彼女と同じようにトンペを憎んでいるからだと言われているが、それは違う。

 街中で成長したトンペがいるということ―――それは、そのトンペが虐げられて生きているに違いないから、それから救ってやるためには殺してやるしかないからだ。慈しむためにトンペを手元に置いて庇護している魔法使いなんて存在しない。彼らに虐められているに違いない。だから、助けてやらないと………………。

 トンペの存在をこの島の恥と信じ忌避している島民たちにとっては理解しにくい思慮だ。

 その分、彼の崇高な志を崇拝する後輩も多くいた。

 役立たずに慈悲を与えるなんて、彼は素晴らしい聖人君子だと、一部の治安維持明員からは熱狂的に慕われていたのだ。


 ***


「あのパトラっていう治安維持班だが」

「はい、覚えていますよ。目がこう、尖っていて、オールバックで、鼻のつんとした」

「もう忘れていい」

「ええ、何故です」

「死んだ」

「このひとごろし!」

「僕じゃない!」


 思わず投げつけた籠をすぐに打ち返され顔面に反撃を受けた春はその場に沈み込んだ。

 床に近付いてきた春の顔を見てマリーが愉快そうに飛び跳ねている。遊んでもらえると思いやってきたのに、彼女は見悶えているだけだ。猫のような白い綿の塊はすぐに飽きて部屋の壁を走り回る遊びに転じた。


「最近、この森と街の境になっている細い川の辺りで奴を見かけた。あいつはトンペ捜索以外にも僕がやった殺しの現場検証と犯人捜しもしている。居場所が割れてしまったかと思ったが…」

「場所が割れる前に殺されたのですね。なんて手の早い」

「人聞きの悪い言い方をするな。僕は依頼のない殺人はしない」


 ルゥマは持っていた大きな包丁をダァンとまな板に叩き付けた。

 肉を切るような大きな包丁だ。威力がでかい。

 向かい合って錬成術に使う素材を切り刻む作業を手伝っていた春はその迫力に戦き、理不尽な怒りに屈した。


「それに、死に方も変だ」

「仰らなくて宜しいですよ」

「街外れの住人が夜間休みなく呻き声が聞こえるので追ってみたら、四肢を捥がれたパトラが森の外れに転がっていたと言うんだ。それも血のあとは一つもないから、どこかで殺してわざわざ移動させたのだろうという話だが、それであれば呻き声がずっとその辺りから聞こえていた理由が付かない」

「何故仰ってしまったのです?」


 春は光速で壁を回る猫を今までにない反射神経で捕まえて腕の中に閉じ込め、息が詰まるほど抱きしめた。

 パトラに限らず、治安維持班員は全員が身を守り島民を守る最低限の武術…、魔法術を修めている。それなのに何故こんな死に方をしたのか分からないというのだ。それもその場所はこの拠点から街へ下る道のすぐ近くだ。


「魔法でやった形跡がないらしく、トンペによる復讐ではないかとも囁かれてている」

「ああ、やはり。ルゥマさん、悪いことは言いません。一緒に出頭しましょう。大丈夫、私がご一緒して差し上げますから。怖くない」

「僕じゃない」


 春はルゥマの手を取り優しくさすった。

 言葉でこそ抵抗したが、ルウマはその手を振りほどくことはしなかった。

 むしろ重なる手をじっと見て、なんだか物珍しげにしていた。


「他にも警戒の必要な治安維持班員はいる。写し絵があるから参考にしろ」


 いわゆる写真のようなものは存在しないらしく、魔法使いが魔法によって肖像画を描いたりその一瞬の思い出を念写したりして記録に残すらしい。トンペのルゥマは魔法が使えないので、似顔絵を描いて保存しておいた。


「お上手です」

「ふん」


 ルゥマは否定も肯定もせず、ただちょっと類を染めて包丁を引き続き落とし続けた。

 もう一人の治安維持班員はメドルーサ。意思の硬そうな、いかにも実直そうな、中年の男だ。ルゥマによると背が高いらしい。

 彼はただただ上の命に忠実なタイプの男で、島民からの信頼も厚い真っ直ぐで堅実そのもの。妻子を持つ。


 ***


「メドルーサは死んだ。忘れていい」

「もう罪を重ねないでください…」

「僕じゃない」


 今度ばかりはルゥマは怒りを出さず不思議そうに首を傾げた。

 春は連れて行ってもらえなかった殺しの仕事から帰ってきたルウマの第一声がそれだった。外は雨らしい。びしょ濡れの外套を絞りながらルゥマは頭を振って髪の雫を取り払った。

 雨の日はマリーは草原ではなく洞窟に帰ってくる。ルゥマより一足先に土より現れたマリーはずうっとお腹を差し出して激しく体全体を膨らせてはまるで呼吸しているようだった。とうとう主人に腹を割いて中身の報酬を取り出してもらえて、身軽さを喜ぶようにそこら中を駆けずり回り天井まで上って落ちて上って落ちてを愉しんでいた。


「どなたか、他のトンペさんがやっているのでは?」

「僕以外に…。あまり想像が付かないな。大の男を二人殺せるのであればそこそこ成長はしているはずだ。この世界で生き残ってこれたのであればそれなりに知恵が回らないといけない。それなのにあえてトンペを嫌う治安維持班員だけを狙うのは、浅慮だ。カモフラージュに他の治安維持班員も殺すべきだ」

「考えが回らないほど、憎んでいるのかもしれません」

「そうかもしれない。殺し方が普通じゃない。メドルーサの体で残っていたのは頭から胸にかけてのみで」

「あ、あ、もう結構です。結構です」


 春は耳を塞ぎ目を閉じた。

 前回のパトラも四肢を失っていた。

 残酷な表現を避けて、ルゥマはとにかく無くなった体の部位が見つからないということを教えてくれた。


「こんなことは、急に増えたのですか?」

「うーん、よく言えば切磋琢磨、悪く言えば競争社会だからな、殺し合いは珍しくはない。ただ、魔法の痕跡がないというのは珍しいかもしれない。それにやり方が酷い」

「耳に針を刺すのも頭に鈍器を落とすのも酷いと私は思います」

「人が殺されるのには絶対に理由がある」


 無視だ。


「あの二人も殺してほしいというなりの理由があった」

「どんなものですか?」

「耳に錐野郎は、虐めをしていた。虐められていた子供は自殺をした、その子供の両親が殺害を依頼してきた」

「はあ…、なんてことでしょう…」


 世知幸さに春は悲しんだ。

 こんな話は自分の世界にも有り得そうな話だ。加害者か被害者が死ななければならないなんて、どちらも死んで終わりだなんて、なんとも後味の悪い話だ。


「脳震盪として死んだ女は、彼女の子供が貧乏なくせに魔法の扱いが優秀で、そのことを妬んだ有権者の子供が苦しめばいいという依頼してきた」

「くっそやろうですね」


 つい、引っ張られるようにして春の口調は荒れた。

 努力して優秀と呼ばれるだけの力を手に入れたのであろう子が、そのために母を失うなんて、あんまりだ。

 しかし何故そんな理由と分かっていて依頼を受けたのか問い詰めたら、仕事だから、生きるためには収入が必要だからと、簡単に片付けられてしまった。


「もっと仕事は選ぶべきです」

「命に貴賤をつけるのか?」

「それとこれとは」

「それなら後者の方が報酬に色がついていた。僕にとってはそちらの方がお得意様だ」


 どちらの方が大切な命かなんてことは、春だけの道徳に則った不平等な天秤だ。

 春は色々言いたいことも問いたいこともあったが、自分が口を出すことではないのかも分からないと思い口を閉ざした。

 トンペを嫌う治安維持班員は、その後、同じく森の外れで二人殺された。

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