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 夢じゃなかった。

 寝なれた家のベッドよりは硬い土の床から起き上がって、春は寝ぼけた頭で池に向かい、その顔を埋めてみた。


「お前、死ぬのか?」

「すみません。帰れるかと…」

「二枝の泉を適当なことに使うな。髪の毛を掬っておけ。錬成する時に余計な材料が入っていたらどうしてくれる」


 春が上がってきた小さな池は「二枝の泉」というらしく、錬成術においてとっても重要なものらしい。

 投げ渡されたざるを使って泉の水面を軽く掬って、春は居間―――と称すべきと思われる部屋に戻っていった。


「この部屋は明るいですね。明かりもないのに」

「土に太陽の光を転写する物質を入れているんだ。これも錬成術だ」


 昨晩、寝ようとなった時にはルゥマは壁をとんとんと叩いた。するとゆっくりとその明かりは姿を消して、洞窟の中は完全な闇となったのだ。そして朝は自然と明るくなった。彼に言わせると太陽が昇ると同時に自動的に明るくなるらしい。

 仕組みは理解できないがとにかく素晴らしい技術だと思ったので、春は素直にそう言った。

 しかしルゥマは不機嫌そうに、かつてここを使っていたのであろう錬成術師が残した遺産であって自分の功績ではないとむくれてしまった。

 若干の理不尽を感じながらも、春は彼の機嫌を損ねないように気を遣うしかなかった。


「これを二枝の泉に投げ込んできてくれ」

「小麦粉と…ネジ? ですか?」

「パンになる」

「すごい」

「基本中の基本だ。こんなことでいちいち驚くな、役立たず(トンペ)が」


 一言二言多かったが春は文句を言わずに泉に向かった。

 言われた通りの分量を泉にばらばらと入れて、言われた通り釣り竿を垂らした。ネジはザルに入れ、泉の隣に設置されていた釜で熱しておいた。溶けたネジの物質が自動的に泉に流れ込んでいく造りになっているようだ。

 釣りはしたことがなかったが、しばらくすると竿の先が重くなった気がして、リールをくるくると巻いて引き上げた。水からびっしょびしょの食パンが現れてきた。


「ふ、ふあああああ」

「うるさい」

「パンが! パンが出来ました!」

「出来るって言ってあっただろう」

「すごい! びしょ濡れだけど!」


 ルゥマは春が大事そうに両手に乗せてきたパンを片手でひっつかんで回収し、何かの箱にぶち込んで腕を組んだ。

 この世界にもあるオーブンのような役割をするものらしいことは聞いていた。年代物に見えてしっかり働き者だ。


「釣り方が悪いんだ。水を払うように糸の先を回しながら引き上げればそのままでも食べられるパンが出てくるんだから」

「そうなんですか? すごいですね!」


 感心し通しの春から視線を逸らして、ルゥマは鍋の中をぐるぐると回し始めた。

 今朝は、少し多かった昨日のタ飯の残り物だ。シチューを温め直している。


「ルゥマ…くん、さんはお料理が上手ですね」

「要領は決まっていて単純だろ」

「すごいです」

「お前はそればっかりだな」

「昨日もごちそうでしたもんね! いつもあんなにとりどりに作っているんですか?」


 春は昨夜の晩餐を思い出して彼を褒めた。

 ちょっとでも機嫌が向上すればという下心がなかったわけではないが、本心だった。

 正直唐突なことが起こりすぎて昨日はパニック寸前だったが、思い返してみれば大きな肉に温かいシチューにパスタ、味もとてもよかった。と思う。


「…いつもなわけないだろ」


 彼の頬がほんの少し紅潮していることに、春は遅れて気が付いた。


「味方が来るはずだったんだ! 役立たずなんかに振る舞う羽目になって、おじゃんだ。それだけだ」


 オーブンから完成の合図の音が鳴ると同時にルゥマは混ぜていたおたまをがしゃんと鍋に叩き付けて、パンを机に運んでいった。

 からんと鍋の縁を滑るおたまを見ていると、どこからか彼が怖くないような気持ちがぽつりと湧いて、心の隅に残った。


 ***


 居間には二つの道が繋がっていて、一つは二枝の泉の間に続くもの。錬成部屋だ。もう一つは、()()に続くものだった。

 その先は行き止まりに見えたが、土壁に見える扉だった。これも昔の遺物だろうか。扉の先は足場の悪い鍾乳洞になっていて、何度か分かれ道を曲がっていくと本物の太陽が照らす外に出た。

 木々が広がっているがその間は広く鬱蒼とは言いがたい爽やかな光景だ。足場もそう悪くはない。

 鳥の声に獣たちがかけていく足音が絶えず聞こえる。草の掠れる音に、甘い蜜の香り。都会に住む春には新鮮な景色だった。


「ここから拠点までの道を覚えろ。街に買い物に降りることもある。一人で帰ることになった時に僕を煩わせないように」

「いい景色ですね! あれが街ですか! しゃ、しゃる」

「シャリアール」


 木々が少し退けた先の下方に城のような建物の頭が見えた。鐘を備えた塔が天高く存在を主張している。まだ見えないけれど、その足元にシャリアール―――魔法使いたちの街が広がっているらしい。


「街に勝りて、とん…?…役立たずとバレたら殺されてしまうのではなかったですか?」 

「持つ力を測るのには目に魔法を宿さないといけない。わざわざそんなことに力を割いている物好きは、相当トンペを憎んでいるような頭のいかれた奴しかいない。まあ、滅多に会わないだろう。見つかったら殺して逃げろ」

「無茶を」


 小高くなっている森を抜けていく、思いの外街は近かった。

 細い川で遊ぶ子供たちの声が聞こえてきて、ルゥマは彼らから姿を隠すようにして岩場を見つけて移動していった。


「おい、足音を立てるな」

「水場ですから無理ですよ」

「無理じゃない。何で出来ないんだ?」


 ルゥマは心底不思識そうだった。

 春からしてみれば何故足音を立てずに済むのか不思議だった。

 幸い川には元気のよいトビウオに似た魚がたくさんいて、多少の物音では水遊びに夢中になっている子供たちには気付かれなかったようだ。


 レンガ作りの塀が囲う酒落た建物が徐々に増えてきて、道は舗装され靴がかつかつと鳴る。落ち着いたワインレッドの屋根が多い。

 奥まるにつれて建物の間は狭くなっていき、背の高い建造物が増えていく。車道と歩道の別はないようだが特別車のような乗り物は見

 当たらない。空の様子は見慣れたものと変わらない。少し遠くなった森の先を大きな雲が非常にのろのろとしたスピードで移動していく。どこまでも果てない青空を―――大きな鳥のようなものが通り過ぎていった。


「ああっ、人です! 人が飛んでいます!」

「騒ぐな! 当たり前だろ。魔法使い(オトナ)なんだから移動手段は大抵空を飛んでいくものだ」

「あれは魔法ですか?!」

「聞かなくたって分かるだろ」

「すごい! すごいです!」


 春は目を細めて遠くの飛行物を捕らえようとした。まばらだが、いくつかが空を自由に横断している。

 辛うじて見えたのはいくらか低空を飛行している大きな敷物に乗った人の姿だった。


「箒じゃないんですね」

「箒に乗るやつもいるけど、マントに乗るのが主流だ。荷物になるから。………何を落胆している」


 物語の中で見た魔法使いと違う姿に、春は僅かばかり肩を落とした。

 箒に乗ってその房に黒猫を乗せてマントを風に乗せて…と思ったら、広げたマントに乗っている。でも、空飛ぶ絨毯と思えば、やはり夢物語の一部分をこの目で見ている気になってきた。


「空飛ぶマントを手に入れれば、我々も飛べるのではありませんか?!」

「馬鹿か。あれは乗る者の成す力(アルカ・キリシュ)によって飛んでいるんだ。目立つからあまり愚かしい発言をするな」

「アルカ…、きりしゅ? ハルではなく?」

「ううん…ええと…、とにかく魔法が使える者じゃないと使えないんだ。馬鹿め」


 真正面から二度も罵倒されて、さすがに春の浮上したテンションは落ち着いた。

 時間的なものなのか、裏通りなのか、ルゥマは人気のない道を選んでいるようだった。すぐ後ろからついて行っていた春は、その足の速さにちょっと息切れがしてきた。普通に歩いているように見えるが、たまに駆け足にならないとすぐ距離が空いてしまう。


「食品の調達はここと、あとそれぞれの方角に一カ所ずつある。衣類は…」


 買い物に使う場所を紹介してくれているようだった。簡単に指で示すだけで通り過ぎたが、初めての街だし絶対に一度では覚えられないと確信していたが、春はそんなことは言葉に出せないと思って黙っていた。

 ふんふんと聞くふりをして春は目新しい街や店のウインドウに並べられた不思議な形の道具を見たりマネキンの服装を見たりして、半ば観光気分だった。


「いつもここに買いに来るんですか?」

「東の区画にも行く。遠いから他の用事がない時に優先的に」

「近くにあるのですからここでよいではありませんか」

「日常的に使っていると店員に顔を覚えられるだろ」


 なるほど、と春は相槌を打った。

 怪しまれるのを恐れているのであろうことは春にも想像が付くことだった。


「ここだ」

「ここは?」

「メグスアリ家」

「ご友人のお宅ですか?」


 街に住んでいるお友達を紹介して貰えるのかと、春は襟元をただした。

 ん、とルゥマから差し出された鞄を見ても、まあ荷物持ちくらいはしてやるかという気持ちで受け取った。

 そうしてルゥマはまるで我が家のようにその家の扉を開き、入り口近くの階段を上っていった。廊下の奥に見える部屋の方から、鍋の音が聞こえてくる。包丁をとんとんと下ろすような音も。そして入ってすぐのところに飾られていた花の香りに混ざって、腹をくすぐる朝の食卓の香りもしてきた。

 この家の奥様がいらっしゃるに違いない。春はそちらにご挨拶しなければ、と考えたが、ルゥマが二階に上がって行ってしまった手前、初対面の自分が一人きりで奥へ行くのも失礼かと考えて、ルゥマの後に続くことにした。


 二階は天井が吹き抜けになっていてとても開放感を感じる空間だった。階段を上った正面の壁は一面の窓だった。立派な建物を一望できる壮観な景色だ。広い間隔をあけて扉は三つほど並んでおり、ルゥマはその中で一番階段から遠い扉の前に立った。

 ノックもせずにその扉を開けるので、春は今度こそこの家の住人に挨拶をする時だと信じて、ルウマが入ったすぐ後にその部屋に一歩立ち入った。小さく「お邪魔しています」と声をかけて。


 その時にはもう、部屋の主人は絶命していた。


 ルゥマが入って数分も、一分も経っていなかったはずだ。

 立ち尽くすルゥマの目の前でその若者は椅子に腰掛け、両耳から真っ赤な血をつーと一筋首へ流しながら、瞳孔を上に向けて口を開いていた。


 春は鞄を抱きしめて悲鳴を上げた。

 ルゥマは心底驚いて凄まじいカで春の口を鷲掴み彼女をまるで人形のように片手にぶら下げながら窓から外に出た。


「針を回収し損ねた」

「人が死んでいました!」

「お前が騒ぐからだぞ!」

「きゅ、きゅ、救急車を呼ばないと!」

「まだ騒ぐつもりか!」


 ルゥマは春から鞄を取り上げて、中から板のようなものを取り出した。

 それはスイッチーつで縦に細長い箱のように変形して、ルゥマはその中に春と自分を無理やり押し込んで息を殺した。

 何が起こっているか分からないまま、春はぼろぼろ泣きながら手を組み、自分より少し低い位置にあるルゥマの後頭部を見つめていた。


「とんだことです。あまり嘆かれないでください、ルゥマさん。まだ助かるかもしれません」

「助かったら困る」

「お友達があのようなことになられて、私も自分のことのように、ええ、とてもひどい。なんてお可哀想」


 春は片手を口に当ててもう片方の手でルゥマの紫色に煌めく髪を高速で撫でた。

 見た目よりさらさらしていて、意図的に撫でなくとも指が滑ってしまいそうな触り心地だった。

 一方のルウマは涙だか涎だか鼻水だか分からないものに湿った指で頭皮を触れられるのが不快だった。


「まさかと思うが、僕が殺したと思っていないのか?」

「訪ねていったら亡くなってたなんて、なんて恐ろしい。あなたが認めたくないのも分かります。悲しい時は悲しんで頂いて構いません。私でよければ付き合います」


 ルゥマは呆れて自分が殺したと言った。

 春はしばらく信じなかった。

 あの若者がルウマの友人だという先入観は徐々に剥がれていって、彼が自分を殺し屋だと自称していた記憶がおもむろに顔を出してきて、春の涙は引っ込んだ。


「ひ、ひ、ひとごろし!」

「そう言っている」

「何故その現場に私を連れてきちゃったのですか! 」

「お前は僕が扶養してやってるんだぞ、ゆくゆく仕事を覚えてもらわないと困る」

「人殺しは出来ません!」


 狭い箱の中で春は顔を覆ってわーっと泣いた。

 先ほどの泣き方より煩くてルゥマは耳を覆った。

 想像よりずっと、使えない味方だ。


 ***


 箱の中にどれくらいいただろう。

 春の涙も枯れて「立ちっぱで辛い」と思える程度に落ち着きを取り戻し、「近くて暑苦しいので離れてください」と厚かましい発言をするほど余裕も出てきたところで、ルウマも苛ついて春の顎に錐を突きつけて黙らせていた。

 そして何が合図になったのか、ルウマは急に箱を空けて外に出て、春も引っ張り出して手際よく箱をしまうと、来た道とは別の道を選びながら森に向かって歩き始めた。


「一人で仕事した方がマシだった」

「あんな朝っぱらから人殺しをなさるとは」

「ターゲットの生活習慣を見てあの時間が一番都合がよかった」


 春の気持ちはずんと落ち込んでいた。

 マジマジと子細に見たわけではないが、あの開けっぱなしのロと決して多くはなかった血の跡が忘れられない。

 本当ならば凶行後の凶悪人物と行動を共にするなんて真っ平なのだが、それでも彼の言うことを信じるならば他の人にも助けは求められない。

 森に入りとぼとぼとルゥマの後についていき、ふと、前の人物の足が止まった。

 まだ彼が拠点と呼んだ洞窟ではなさそうだ。周囲が草木ばかりなので朝に通った場所と同じかどうか、これまでの道のりは春には判別が付かなかった。しかし、ここは間違いなく見たことのない場所だ。

 いくらか木がなくなって開けている。花はないが背の低い草が生い茂り、小さな草原のようだ。

 その一力所を、ルゥマは鞄から取り出したシャベルのようなものでがしがしと刺した。

 彼のことを恐ろしくは思っていたが行動の謎が気になった春はこっそり近寄ってその手元を見た。刺されてぐったりとした草の合間から、ぴくぴくと動く黒いものが浮いてきて、そしてぼんっと白い綿の塊のような何かが飛び出してきた。


「マリーだ」


 ルゥマは春の方へ振り向いてその小さきものを紹介した。

 顔もお尻もまあるく、卵のような形をしていた。卵…よりは円柱に近いか。底面の四つ角に四つの突起が付いていて、それは足のように土を蹴っていた。黒いボタンに絵の具で白いハイライトを描いたような柄の目が付け足されたように浮いている。ぎょろぎょろと落ち着きなく動き、同じく黒いボタン状のものがぽつんとついた鼻もずうっとひくびひくひくひく動いている。口はない。真っ白なそれには猫の耳のようなものが付いている。

 正直、春は最初はそれを気味が悪いと思った。見るに触り心地は押せば沈む心地よいぬいぐるみのそれだろう。しかし、その猫と思われる、猫のぬいぐるみと思われる物体が、それこそ犬がじゃれついて腹を出すようにごろんと寝転ぶと、まあ、なんて愛嬌のある子かしら、と春は微笑んだ。


 そしてルゥマはその腹を小刀で上から下に引き裂いた。


「きゃああああ! ひとごろし!」

「うるさい!」


 可哀想なマリー! と叫んで春はその猫のぬいぐるみのような物体に駆け寄って顔を寄せた。先ほどと変わらず休みなくぎょろつく目と鼻を見て、春はすんっと冷静になった。

 近くで見ると可愛くない。

 コレの心配をする必要が一体あるのだろうか。

 引き裂いた腹からは臓物や血は出てこなかった。

 代わりにコロコロとした形の整った石が出てきた。三色ほどのバリエーションはあったが、色も一通り揃っていて、宝石のようにも見えた。


「わあ、これは何です?」

「通貨だ。お前のところでは違うのか」

「お金! ですか。私のところではコインとお札です」

「お札?」

「ちょっと上質な紙…でしょうか」

「頼りないものでやっているんだな」

「それを言うなら、こっちは嵩張るじゃないですか」


 張り合うつもりではなかったが、ルゥマの目がじとっと細められたので春は目を逸らした。

 仰向けになったマリーは足と思われる突起をじたばたさせていた。ルゥマが横から押してやると元通り四つ足で立って、何事もなさそうに短い足で草原をぐるぐる回り始めた


「依頼主との連絡係に作った」

「ルゥマさんが作ったんですか?」

「初めて作った生き物だから………、ちょっとおかしいかもしれないけど、ちゃんと機能している」


 仕組みは不明だが、このマリーとかいう猫を模したのであろうぬいぐるみは、依頼主から依頼内容が書かれた手紙を受け取ったり報酬を受け取ったりして、その後拠点の近くまで帰ってくるらしい。それも、尾行されないように地面を掘って移動する。とっても優秀だ。抱かせてもらったら見た目通りの抱き心地の良さで、両手にすっぽりと収まるちょうどいいサイズだった。


「賢いですね」

「そう作ったからな」

「すごいです! 魔法みたいです!」


 ルゥマは春を無視してさっさと歩き出してしまった。

 すぐに見覚えのある湿った岩場に辿り着いた。もうすっかり空はタ暮れにさしかかっている。

 春の腕の中で目と鼻だけ動かし続けていたマリーは、突如暴れて拘束を解くと、鍾乳洞の中へさーっと走って行ってしまった。追いかけていくと土の扉の前で早く開けろ言わんばかりに飛び跳ねている。

 猫というより、帰宅を喜ぶ犬のようだ。

 こんなものが作れるなんて、錬成術も充分不思議で未知だ。


「錬成術は、道具を作るものだ。作ったものは誰にでも扱える。魔法は、魔法使いにしか扱えない」

「魔法でマリーみたいなものも作れるんですか?」

「もっと上等なものが作れる」

「ヘえ! すごいですね!」


 徐々にハイライトをペイントされた黒いぐりぐりの目が面白くなってきて、春はマリーと視線を合わせるように自分もしゃがみ込み、マリーの前で猫のように顔を落とした。マリーはそんな春を面白がるように顔面を顔面にぶつけてきては走って遠ざかっていったり、だ一っと駆け寄ってきて直前でブレーキをかけたりして、遊んでいるようだった。春が四つん這いになったことで出来たお腹の下のトンネルをひたすら出たり入ったりして、絶えず動き回っていた。


「魔法で出来た猫ならもう少し落ち着きがある」

「でも可愛いですよ!」


 持ち上げてもまだ土を蹴るように四つ足をせわしなく動き回している。

 腹に顔を押しつけて息を吐き出してみるとその短い足は春の頭を抱くようにぎゅーっと締まった。ぶにぶにの綿が詰まった低反発枕みたいだ。


 マリーと遊んで時間を過ごしているうちに、春は夕飯を配膳してくれる男が朝に人を殺したことなんてすっかり頭から抜けてしまった。

 手伝え、と言われて付いていった二枝の泉からどでかいベッドがずりずりと出てきて、それが春の寝床となった。

 深夜に耳から血が流れてくる夢を見てようやく昼間のことを思い出したが、猫の腹に口を塞がれて苦しそうにうなされながら寝ている若い男を見ると、恐怖はすーっと冷めていき、春は無事安眠を得た。

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