混沌(カオス)を越えて
百八の魔星の守護神チョウガイと、筆頭軍師の天機星「知多星」ゴヨウは、揃って帝都の夜空を見上げていた。
超時空要塞「梁山泊」は相も変わらず、帝都上空に漂っている。
「混沌の災禍、未だ収まらず……ですね」
ゴヨウは珍しく軍師の礼装を身にまとい、羽毛扇を手にしていた。
外見が若いので今一つ決まらないが、彼はすでに二十代半ばを過ぎている。
ちなみに童貞であった。
「どうでもいいじゃん、そんな事!!」
「誰と話しとるんじゃ」
チョウガイはゴヨウをいぶかしんだ。彼は長ラン姿の凛々しい青年の姿をしていた。
その腰には、伝説の聖剣の一つ、黄金の剣を提げていた。
チョウガイの持つ黄金の剣は、不動明王の持つ降魔の利剣に等しい。
そんなチョウガイは、ゴヨウが恋する女性「バレンタイン・エビル」から告白され、まずは友達から始めていた。今ではLINEで頻繁にコミュニケーションを行っている。
「……お、お、おお」
ゴヨウは羽毛扇で顔を隠し、泣きそうになるのをこらえた。
バレンタイン・エビルのチョウガイを見つめる顔のまぶしさ。
恋する女性は美しかった。
それは正しく真実だったが、この悲しみをどうすればいいのか。
「ゴヨウ、気張れ!! 今は世界中が『大いなる災い』に覆われておるのだぞ!!」
チョウガイの一喝がゴヨウから悲しみを少しだけ吹き飛ばした。
そう、今や世界は「大いなる災い」に覆われていた。
世界中に広まった病魔によって、人界は恐怖と不安に包まれていた。
それはゾンビ映画で表現されるような終末の世界のごときだ。
そして恐怖と不安の中で、人間は変わっていくーー
病魔のもたらす「死」を眼前に突きつけられて、変わらぬ人間など、そうそういるわけがない。
「それでも人間は……」
ゴヨウは言う。
死を覚悟した者達が、子どもの未来を守らんと、魂を輝かせて、積極的に行動していると。
「悲しいが人間は……」
チョウガイは言う。
病魔への不安から生じた死への恐怖に怯えた者達が、欲望のままに、畜生にも劣る所業に及んでいると。
言うなれば世界は混沌のもたらした病魔をきっかけに、白と黒の世界に真っ二つに分かれたのだ。
「俺なんかは早々と真っ黒になりそうですがね!!」
「おい、ゴヨウ……」
「オ、オホン…… まあ、もうじきハロウィンですから」
ゴヨウはのんびり言った。そう、もうすぐ世間はハロウィンなのだ。
そうなれば、彼女が動き出す。
「概念」と「存在の意義」を守る「守護者」の一人である「レディー・ハロウィーン」が。
「向こうの世界」からやってきた悪霊や妖魔から、人々を守ってきた者の末裔ローレンがハロウィンには活躍するはずだ。
「性格はきついがな」
チョウガイは夜空を見上げ、つぶやいた。彼はレディー・ハロウィーンの双子の妹、バレンタイン・エビルから話を聞いていた。
「……あ、ががが」
失恋の痛みを思い返してゴヨウはうめいた。ちょっとおかしい人になりつつある。
そんな彼を慰めるのは、地然星「混世魔王」ハードゥやシルキーローズ、戦乙女セレーネといった女性達である。
捨てる神あれば、拾う神ありーー
拾われるのにも資格が必要ではあるのだが。
**
深夜の高速道路を「レディー・ハロウィーン」ローレンはノーヘルで疾走する。ヘルメットの代わりに魔女の帽子をかぶっていた。
魔女のコスプレをしたローレンの脚線美が艶かしい。
ローレンは混沌の闇と、人知れぬ戦いに臨んでいるのだ。
「いくわよー!!」
ローレンはバイクで跳躍した。
宙を飛んだバイクの着地点には、魅惑の女性型人造人間「フランケン・ナース」のゾフィーが待ち受けていた。
「はい、お嬢様あ!!」
ゾフィーはローレンの乗ったバイクを肩で受け止めた。衝撃にゾフィーの体が数メートル、引きずられるように前に出た。
ゾフィーはローレンの侍女にしてボディーガードだったが、戦死した後に人造人間として甦った。
土気色の肌の全身には、無数の縫合痕が刻まれている。頭部には左右一対の電極を生やしたゾフィーは、長身巨乳美女として帝都では有名であった。
「来たわよ!!」
「了解です!!」
ローレンとゾフィー、彼女達の前方には混沌の闇がーー
人間の悪意から産まれた闇が広がっていた。
「「トールハンマー波動砲、発射あー!!」」
ゾフィーはバイクのスタンド付近から飛び出した引き金を引いた。
バイクのライト部分から闇を切り裂く閃光がほとばしった。
ローレンとゾフィーは心と心を合わせ、虚無を突き破る明日への光輝く一撃を放ったのだ。
**
「チョウガイ、これが運命だ」
混沌の重鎮、ネロは雷鳴剣を手にしてチョウガイを見据えた。
暗き空の雲の彼方に、無数の稲光が交差する。
帝都郊外にネロは己の軍勢、数百人を率いて現れたのだ。
それを迎え撃つべく、百八の魔星の先陣を切って現れたのは、守護神チョウガイと知多星ゴヨウである。
「わしもお前も同じ宿星に産まれた…… 戦う事が我らの運命」
チョウガイは黄金の剣を手にしてネロを見据えた。闘志は充分だ。
「そうだ、四千年の時を越えて我らは戦う!!」
ネロの持つ雷鳴剣が輝き、暗き空から数体の雷龍が舞い降りてきた。
万を越える軍勢すら翻弄する雷龍の群れが、チョウガイに殺到する。
「今こそ決せよ、明星は天に一つでいい!!」
チョウガイは黄金の剣を振るった。光輝く一閃が暗い世界を切り裂いた。
「ーー速き風よ!!」
マントを羽織ったゴヨウ(普段とは比較にならぬ凛々しさだ)は、右手を高く掲げた。
「光と共に解放されよー!!」
ゴヨウは右掌を混沌の軍勢へと突き出した。
途端に生じた暴風は混沌の軍勢数百人を飲みこみ、上空高く吹き飛ばした。
それはまるで鳳凰の羽ばたきのごとし凄まじさだ。
悲鳴と共に、混沌の兵士数百人は、数十メートルの高さから大地へと落下していく。
「いくぞ、混沌!!」
ゴヨウは自身の聖剣「花鳥風月」を手にして、跳躍した。
花鳥風月に秘められた天地自然の力を借りて、ゴヨウは暗き空の高きまで飛び上がった。
そこに屹立する巨大な人影こそ、宇宙の彼方よりやってきた混沌であった。
この宇宙の真理は、ゴヨウには未知のものだ。
だが、やがて彼は多くの謎を知り、宇宙の正体を知るだろう。
なぜならば、ゴヨウは天の機を知る宿星ーー
天機星「知多星」ゴヨウなのだから。
〈了〉
※ありがとうございました!!




