愛すべき日常
百八の魔星の軍師、天機星「知多星」ゴヨウは、仲間と共にトレーニングジムにいた。
「せい!」
柔道着姿のゴヨウと天空星「急先鋒」サクチョーは、柔道場で乱取りだ。
サクチョーはゴヨウに身長は二十センチ以上、体重は四十キロ以上も勝る巨漢だ。
それにも構わずゴヨウは果敢にサクチョーに挑んだ。
正対せずに、ややサクチョーの左手側からゴヨウは組みついていく。
組みつくや右足で小外刈をしかけた。が、サクチョーは動じない。
ゴヨウはサクチョーの胸に飛びこみ、彼の巨体を体全体で押すようにして崩す。
そして瞬時に小内刈、更には大内刈と繋げていく。
見事な連携だが、体格差のあるサクチョーには通じない。
逆にサクチョーの小外刈で体が浮き、畳の上に落ちた。
「やりますな、軍師」
サクチョーは笑っていた。非戦闘員であるゴヨウが意外な強さを持つ事に感心していたのだ。
「同じくらいの体重のやつが相手なら、けっこういけんじゃねえか?」
天暗星「青面獣」ヨウジはニヤニヤしていた。配下に小馬鹿にされているゴヨウだが、ただの軍師ではない事が気に入ったようだ。
「はあ……」
ゴヨウは畳の上から立ち上がった。
衝撃に息が詰まりそうだ。
それよりも心苦しい事がある。
世界を覆う病魔の事がまず第一だ。
師事した天間星「入雲龍」ソンショウの死という代償に、異次元での死闘ーー
それらを経ても、未だ病魔は……
その悔しさがゴヨウを駆り立てる。仲間と共にトレーニングジムに来たのは、そのせいだ。
地震、大雨、数々の天災は、この星が人類を淘汰しようとしているからではないか?とさえ、ゴヨウは疑っていた。
「ゴヨウ!」
そこにやってきた可憐な人影は、戦乙女の副官シルキーローズだ。
トレーニングウェアの彼女の胸元に、ゴヨウの視線が向いた。
シルキーローズの背後にいる韋駄天様が顔をひきつらせていた。韋駄天様という恐いお兄さんがシルキーローズについているのだ。
ーーピロロロ
その時、ゴヨウのスマホが鳴った。ゴヨウが柔道場の隅に置いたバッグからスマホを取り出してみれば、戦乙女セレーネからのLINEだった。
ーーゴヨウ先生、こんなのが好きなんですか?
何事かと思えば、ゴヨウが語った史上最低の映画を鑑賞したとの事だった。
だがゴヨウが教えた(すすめたわけではない)のは「悪霊の盆踊り」であった。
セレーネは間違えて「死霊のボイン踊り」を鑑賞したらしい。
「い、いや違うよ!」
ゴヨウは慌ててLINEの返信を打ち始めた。
「この野郎…… 女の前で別の女にLINEだと……?」
「お兄ちゃん、それもゴヨウ先生の甲斐性なのよ」
「軍師、二股はいけませんな」
「はっはっは、ゴヨウ先生もやるじゃねえか!」
ゴヨウは必死でLINEを打つ。
憂いは多いが、忙しい日常も愛すべきものだ。




